第64話 狂戦士
あれはアメリカのニュースだったか……灰色に染まったトルネードが凄まじい速度で、あらゆるものを根こそぎ地面から空中へと巻き上げては町を破壊してゆくその恐ろしい姿を見たとき、心底日本に生まれてよかったと思った。
まぁ、日本にも台風はあるのだが。それとは比べ物にならない、細く天高く渦巻く自然の恐怖だった。
我がこの世界で見たものは、凄まじい速度であらゆるものを根こそぎ雪像へと変えてゆく白き悪魔だ。
――我らが軍師が立案した、小型ゴーレムの圧殺部隊すら巻き込んで教会のほうへと突き進む。
手ごろな二階建ての家の屋根に着地し、STとMPの回復のためのクールタイムを設けつつ、周囲の状況を確認する。
「司令部より! ゴーレムでの制圧はそのまま、部隊を再編成し作戦を続行せよ! 繰り返す! ゴーレム部隊での制圧はそのまま、部隊を再編成し作戦を続行せよ!」
暗殺ギルドの一人が声を張り上げる。
まだ青年と言った風だが、一兵卒のたたき上げといった貫禄というものがある。隊長であろう。集団行動ならば十人単位で動く彼らが五人ずつで固まっているということは、街に満遍なく配置するためには部隊をさらに分ける必要があったのであろう。
(軍師は軍の采配までは任されておらぬ……指示は近藤であるな)
了解と声を上げた数名の召喚師たちはすぐさま≪詠唱破棄≫し、雪の牢獄に下半身を囚われてしまったゴーレムたちを一度消し去り、召喚する。
その間にもゆっくりと、積雪を乗り越え、雪像となった同胞を乗り越え進軍してくるゾンビ集団を相手取るのは、
「前衛部隊、召喚師に指一本でも触れさせるな! 召喚師は編成次第前線へ押し出せ!」
「「「応」」」
召喚による再編成にかかる時間を稼ぐために備えていた近接専門集団。隊長は動かない、いや、正しくは動くわけにはいかぬのだ。彼は不意打ちを警戒し、最後の砦とならざるを得ない故に、である。
たった三人の防衛戦。持つかは怪しいが――
(ま、大丈夫であろう)
召喚師の召喚速度が思ったより速い。アレならば戦列に参加させつつ召喚を続けることは可能であろう。
ゾンビは基本的に動作が鈍いのである、そして彼らは素人というわけではない。召喚するさいの思考制御が切れるタイムラグなどほとんど気にする必要などないのだ。
そしてゴーレム系は頑丈である故に多少の攻撃ではびくともせぬ、その上足の速いゾンビドッグは他の隊員に任せればよいのだ。
もっとも、さすがにゾンビオックスの突進力は凄まじい。簡単に跳ね飛ばされ、破壊一歩手前になってしまう事もあるが……まぁ、生産速度より殲滅速度のほうが速い。
(あの≪ブリザード≫はアスールか?)
それにしては威力が強すぎる。そのうえ城のほうから飛び出してきた――あれが出来るのであれば……さすがに軍師がああすればこの街が完全な雪原となる。そも七十八レベル、よほど運動神経が良くなければ一瞬で雪の牢獄に閉じ込められてしまう。
(シスター、は専門が回復役。ヘルフリート、キリヤは純粋なる近接職。タロスは論外……)
消去法で朋友のみ。そして、その雪の道を追いかけるは小五郎。
ヤツは竜殺し――正確には軍曹であり、その弟子に並々ならぬ執念を持っている。ならばあれは朋友であろう。
(タロス並みだとは言わぬ。が、朋友もよっぽど謎な存在であるよな)
一度だけ、興味本位で覗いて見たWikiのバフ料理にあった食材は……まぁ、口には出すまい。あんなもの料理ではなく、そして料理の法則が乱れる。
錬金術にして黒魔術。魔導の最奥を極めし我にも理解の及ばぬ世界であった。
ソレを一口サイズにするためコトコトと煮詰めるさい、それは純白のコックコートをも真っ黒に染め上げ、悪臭を放ち、この世のモノとは思えぬ色となる……ぶっちゃけグロ指定であった。
朋友も「あんなん真面目に作ってたら保健所飛んで来るわ」など言い、さり気なくシステマティックジェムやレシピジェムを隠し持っているぐらいであるからな!
ちなみにあのジェム集めのときは、みな、あえて口に出さなかった。まぁ、所有しているのを知っているのは我ら首脳陣と、同棲しているアスールのみであるが……真っ当に作れば翌日になっても臭いが取れぬからな、あれは。
(まぁ……朋友ならば大丈夫であろう)
本人は「凡人だ」だと卑下しているが、朋友が耐え抜いたのは現役自衛官の軍曹の訓練だけではない。現役警察官のお父さんも加わった我がギルド二大実力派コンビが織り成す特訓だ。
それは我すら脱落する地獄いや煉獄、当然ながら弱いはずがない――ぶっちゃけ料理人より自衛官か警察の才能があるのではと思うのは我だけであろうか?
まぁアスールも中学生ながらそれに付き合った才能の持ち主であるからして、年下と同列だと感じてしまったのであろう……ヘルフリートもかなりの才能を持つという。
周りに才能がある者しか集まらぬ星の下の人間の悩みか。
(それはともかく)
我は魔導騎士であり、薄ら汚い術を使う忍者ではないのであるが、黒尽くめで屋根の上とは……いやはや。
幸いながら今は夜ではなく曇天であるし、静穏性に優れる風属性を使った長距離飛翔を行っていない。これならかろうじて忍者ではなかろう。
(バイソンはどこにいるのやら……)
死んでいるのであれば、せめて死体を確認したいところである。
(……もうひとっ跳びであるな)
我はそれなりに値が張るMPポーションとSTポーションを一つずつ飲み下す。朋友のようにバフ料理という悪食に耐えられるような人間ではない。正直、味の悪い安物を常用などしていられん。
――酸っぱい味と甘い味が口の中で混ざり合い、まるで果実を口にしているかのようだ。
「最初から混ぜられないのがもったいない」
思わず呟いてしまうほどに。
「では企画部に持ちかけてやろうか?」
「――≪ステップ≫っ!」
いつの間に真後ろへいたのだろうか? 普通ならば気付くほどに近く、三十センチもない距離からの声に、勢いよく飛び上がった。
空中屈伸半回転半捻り。確認した顔は、
「バイソン!」
GMの顔だ。あのいかつい顔が悪人面に歪む。背負った大剣の柄に手を掛けた。
(不味い)
ヤツは対人では圧倒的に弱い。が、攻撃力は尋常ではない――こんな逃げ場のない空中ではバイソンの持つ剣の餌食だ。幸いなのかどうかは不明であるがGMはMOB扱いゆえ、我の攻撃も通じる。
≪フレイムボム≫の詠唱体勢に移った。今は慣れぬバスタードソードと魔術師の杖という二刀流なのだ、とにかく距離を取り、体勢を立て直さなければならぬ。
「今までの俺と思うなよっ!」
どん、と屋根が爆ぜる。
真正面にバイソン――まるで≪ステップ≫か、≪敏捷≫フルスロットの時のような圧倒的な速度だった。
「チェェエエエエストォオオオオ!」
それはバイソンの決まり文句のようなものだ。怒声を上げて迫るバイソンは、その身体的特徴も相まって恐ろしいものがある。
「≪フレイム」
ダメだ、詠唱が間に合わない。ホルダーに保持している大剣が、右の肩から袈裟懸けに――!
「見ぃいいつけたぁぞぉおおおおおお!」
まるで悲鳴じみた声まで上がる。だがその声のした方を確認する必要なぞない。それは我のよく知る声であり、そして我と同様、朋友を悩ませる天才の一人――アスールだからだ。
「新手っ!?」
そしてバイソンは甘すぎる。アスールが登場しただけで、攻撃するその瞬間を完全に逸したのだだから。
「ボム≫」
我の詠唱が完了した。
タイムラグは、一秒。
その隙をどのように埋めるのかが、魔導騎士の腕の見せ所であったのであるが……今回はアスールに完全に奪われてしまったようである。
「このクソ野郎ぉ!」
そして彼女は完全にキレていた。懐かしい、昔はもっと頻繁にキレていたものである。
――思春期とはそういう年頃なのだから仕方がないのであるが、それ故にアスールは狂戦士中学生と呼ばれていた。
それが、今、復活した。
「死んで詫びろやぁあああああ!」
アスールは、バイソンが剣を肩に担ぎ我に攻撃を仕掛けようとしている隙だらけのその瞬間に、バイソンめがけて片方のサーベルを投げつける。
空中にいた我を斬る為に、空中へ跳んだのだ。逃げ場など、あるわけがない。
元々が投擲に向かぬ武器、ヒュンヒュンと回転しながら迫るなら命中しても大した怪我にはならぬだろう――だが、もしかしたら深い怪我を負ってしまうかもしれない。
「チェエエエエエイイ!」
その恐怖からか、バイソンは剣の標的を強制的に我からアスールが投げたサーベルに切り替えた。
強引に。まさしく、力任せに。強力無比な攻撃力で、サーベルを空中で叩き、砕く。
――同時に炸裂する≪フレイムボム≫。直径一メートル程度の爆発が、我とGMの距離を一気に引き離した。
「うぉおおおお!?」
姿勢を崩し空中できりもみしながら石畳へと墜落していくバイソンをよそに、我は爆風に乗って近くの屋根までの距離をかせぎ、着地する。
「アスール!」
「うるさい!」
――復活した狂戦士は、まったく話を聞いてくれなさそうであった。
[to be next scene Side Azul...]
石畳を割って砕いて粉々にしながら、ようやくソレが降りてきた。
うん、よかったよかった。
いつまでも上にいられちゃ殺せないもんね。
剣とどかないし。
スキル使えないし。
それもこれも小五郎が悪い。
そして裏側でこんなことやってたコイツが悪い。
そんでもって一切の容赦なんてしてやるつもりはない。
「寝てんじゃねぇええよぉおおおお!」
アタシの剣、一振り砕かれた。
ガランさんと鍔競り合った剣が砕かれた。
大事に大事に使ってた剣だった。
大人しくあれで死んでればよかったのに!
「とっとと起きて首置いてけぇえええ!」
残った一振り。
ガランさんと鍔競り合った一振り。
アタシの大切な剣。
両手に持って肩に担ぐ。
全力だ。
アタシの全力で叩き斬る。
骨ごとだ。
「アアァアアアァアアアアアアアアア!!!」
体がちょっと重い。
関係ない。
斬れればいい。
殺す。
絶対に。
「――ぬぅうぉおおう!?」
がつんという手ごたえ。
石だ。
まだ砕けていなかったものもあった。
でも斬った。
斬ってやった。
けれど本当に斬りたいヤツがそこになかった。
ムカツク。
「避けてんじゃねぇええよぉおおおおお!」
「避けるに決まってるだろう!?」
筋肉だるまが飛び上がった。
ようやく剣を構える。
それ、遅すぎる。
「さっさと死ねよぉおおお!」
アタシはガランさんの足元にも及ばない。
でもコイツはアタシの足元にも及ばない。
けど全力だ。
こいつのせいでアタシは道を多い尽くして屋根まで溢れてきたゾンビどもを斬って斬って斬って斬って斬って斬って、斬りまくってきた。
そんなゾンビどもの群集を抜けるのに、ガランさんが教えてくれた「吉岡百人斬り」は便利だった。
ガランさんから受けた恩は計り知れない。
路地裏で拾ってくれたのもガランさんだったんだから。
そのガランさんに、だ。せっかく「似合ってるぞ」と褒められた鎧を、だ。小五郎とグルになったコイツは、腐れた血肉で汚してくれやがった。
この鎧を着たとき、実はこっそり香水や口紅をつけていたのに。。
アタシは厨房にも立つことがあるから、店じゃ化粧しちゃいけないから。
料理の香りが死んじゃうから、香水だってダメだから。
だから初めてだったのに。
気付いてくれてなくても、初めてを褒めてくれたのに。
本当に嬉しかったのに。
――それをだ。
今は全部腐れた血肉で上塗りしやがった。
もう嫌な臭いしかしない。
血化粧とかどこの原住民だ。
ムカツク。
こんなヤツの頭をカチ割ったらもっと汚れるかもしれない。
けれど、ムカツクんだからしょうがない。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねよぉおおおお!」
一合、
二合、
三合、
がきんがきんと刃を打ち鳴らし、火花が散る。
その都度競り負ける。
ウザい。
時計なしのスキルなし。筋力ステータスが落ちてるアタシより、時計ありの≪ソード≫スキルあり、確かに競り負ける。
「ふはははは! どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか!」
でも明らかに硬直がない。
頭に血が上る。
おかげでアタシの脳に酸素がよく回ってくれる。
「≪筋力≫スキルとか! ウザいのよ!」
メカフェチを見てれば分かる。
筋力ステータスが高ければ足だって速くなる。
スポーツやってれば当然わかってしかるべきだった。
踏み込みのバネだって、突き詰めれば筋肉だもの。
「バイソンは≪ソード≫スキルフルスロットではないのか!?」
中二病が屋根の上からご高説だ。
「アタシが知るかっ!」
コイツもムカつくんだね。
いつもガランさんと一緒だ。
一緒といえば軍師もだ。
ガランさんのこと一番よく見てるのはアタシだ。
ガランさんのこと一番よく知ってるのはアタシのはずなのに。
我が物顔で隣にいる二人。
ムカツク。
でも、同じギルドだから大目に見てやろう。
代わりにこのクソ野郎に全部ぶつけてやる。
頭カチ割ってブロックごとに分けて捌いてぐつぐつ煮込んで野良犬のエサにしてやる。
「ふはははは! いつまでも俺が同じスキル、同じ武器に甘んじると思うなよ!」
四合、
五合、
アタシの攻撃を余裕そうな顔して捌きながら、コイツまでご高説か。
「伊達に何度も負け続けているわけじゃない!」
六合、
七合、
リアルじゃ一刀流でも、二刀流がアタシの本領だ。
ガランさんからお墨付きを貰うくらいだ。
自慢しちゃいたいぐらい得意なのに、今はそれができない。
だから攻めあぐねる。こんなザコ相手にアタシは苦戦している。
「一生負け犬でいろよ! そして死んでよ!」
イライラする。
思考が麻痺していく。
「甘い温い弱い脆い!」
クソ野郎が切っ先がない四角い両手剣を振るう。
見るからに重そうなそれを、紙ででもできているかのように扱っている。
アタシのサーベルと刃が噛み合うたびに火花が散る。
「伊達に高レベルスロットしてはいない!」
一方的にアタシのサーベルの刃だけが欠けていく。
重さが違う。
厚さが違う。
強度が違う。
「あの負け続けた日々に! 俺は今! 別れを告げるぞぉおおおおお!」
「黙れぇええええ!」
――横薙ぎに、剣を振りぬいた。
振りぬいてしまった。
いつもならもう片方の剣でカバーするほんのささいな隙へ差し込むように、
「チェェエエエエエエエエストォオオオオオオオオ!!」
クソ野郎の剣が翻ってアタシの肩口へと迫る。
「――ざっけんなぁああああ!」
まだアタシはコイツを殺してない。
殺されてたまるか。
絶対に避ける。
避けられなくても、せめて致命傷だけは避ける。
一歩前へ進む。
思い切り踏み込んで、当たりに行く。
クソ野郎の刃にではなく、剣を振るうその腕に。
「――≪フレイムボム≫!」
上から降ってくる言葉。
アタシの踏み込みが足りず、鍔元の刃で首と胴が泣き別れするかと思った瞬間。
ギリギリ当たるか当たらないかの瀬戸際で、クソ野郎の背中側で直径一メートルほどの爆発が起こった。
「どぅあ!?」
いくら筋力ステータスが高くとも、爆風には耐えられない。
ギリギリのところで、たたらを踏むようにクソ野郎も前に出て――アタシはヤツの太い前腕に、腰が入っていないとはいえ、思い切り首筋を殴られるような形になった。
――さすがに腰が入っていないとはいえ≪筋力≫フルスロット、アタシを殴ってもまだ余りある力強さはアタシを地面に転がす。
「ぐぅ……!」
鎧がなければ肩の骨が折れて欠損バットステータスを受けるところだった。それでもHPはおそらく六割七割ほど持っていかれたぐらいのダメージですんでよかったと言うべきか。言わざるべきか。
「はぁーはっはぁ! 楽しく剣を交えているところすまぬが、我も参加させてもらおうか!」
アタシの無様な姿を面白がるように高笑いを上げ、高みの見物を決め込んでいたムカツク中二病がここにきてようやく参戦の宣言をする。
「くそっ! 忘れていた!!」
そしてこのクソ野郎はバカだった。
「だが一人も二人も同じこと! さらに女のほうは――」
「狂戦士よ! コレを使えぃ!」
「――話を聞けぇえええい!」
バカの話を遮りながら、屋根の上から投槍のように思い切り、地面をはいつくばっているアタシの目の前へバスタードソードを突きたてる。
中二病もバカか。
バスタードソードって両手で使う剣じゃんか!
「くそっ! まずは女のほうから――!」
杖以外の武器を手放した中二病より、弱っているアタシから先か。
いいよ。
その思い上がった隙に、せめて一太刀。足を切り落としてやる!
「やらせるかっ!」
バカを制止するように叫ぶバカは杖を掲げ、
「≪グラビティ≫≪フレイムボム≫≪ステップ≫≪フレイムボム≫≪グラビティ≫――!」
空高く飛び上がった。
「魔導騎士!」
叫びながら空中で回転し、
「究極奥義ぃ!」
とび蹴りの体勢。
同時に背中で≪フレイムボム≫が炸裂し加速、
「爆裂キィイイイイックゥウウウ!」
わけのわからない叫びと同時、クロウの体だけ重力が増したように急降下、バカが見せた後頭部に見事命中し、当たったところから爆発。
「ぐぅっ!」
それはまるで、幼稚園の子供が見てるような、特撮ヒーローっぽいキック技。
バカはそれを耐えた。
爆風を、筋肉ステータスで強引に耐えた。普通なら地面へ顔面をたたきつけてもおかしくない威力だったはずなのに、耐え切った。
「――超重力カカト落としぃいいいい!」
だけど、中二病の技は隙を生じぬ二段構えだったらしい。
その爆風でもう一度空中に飛び上がってからの、さらに重力が増したかのようなカカト落としがバカの脳天にガツンと直撃する。
アタシも、予想外だった。
「ぐはぁあ!?」
二発目で、見事に顔面から沈む。
「今だ狂戦士よ! バスタードソードは片手でも両手でも使える! 故に雑種の剣、私生児の剣とバカにされてきた歴史もあったが、それは紛れもなく片手でも使える! 我が朋友に確認も取った!」
「――ガランさんに!?」
何もしなかったわけではなかった。
中二病は、ガランさんに連絡していたのだ。
だからこそ、アタシを助けるタイミングが遅れたんだ!
「ガランさん……!」
サーベルを強く握り締める。
中二病の持っていた剣なのは気に食わないけれど、ガランさんがアタシのために指示してくれたその剣を掴むのに、なんら躊躇いはなかった。
「朋友の想いに答えて見せよ、狂戦士! 我はそれを支援しよう! ≪シャドウボルト≫!」
中二病の持つ杖の先から、宵闇色をしたモノが迸る――まるで槍か薙刀か。
剣がなくても杖があれば戦えるという意思表示。
そういう言葉じゃなくて行動で示すのは、ガランさん以外のはあんまり好きじゃないけれど……でもなかなか粋なことをしてくれるじゃないのさ、クロウ。
「う……ぐぐっ……筋肉がなければ即死だった……!」
確かに、筋肉は鎧にもなりそうだね。
実際「筋肉の鎧」って比喩もあるし。
――でもその鎧は刃物や魔法には通じるのかな?
「ねぇ、中二」
左手のサーベルをバカに突きつけながら、右手のバスタードソードは肩に担いで半身に構える。
「アタシ一人でやっちゃっていいかな?」
「ふむ――時計がないそうだが?」
きっとガランさんだ。
ということは、小五郎をやっつけたんだ。
やっぱりすごい。
かっこいいな、すごく見たかった。
「できないでか」
「ほ、ほぉ……つまり俺ごとき時計など必要ない、と?」
それ以外に何があるんだろ?
バカか。
――ああ、バカだった。
「っていうか、アタシ怒ってるんだよね……今すぐバラバラに斬り裂いてやりたいぐらいにさぁ!」
「狂戦士よ、先手を譲ってやるのだ」
「お前に指図されるいわれなんてないっ!」
「朋友から、だ」
――ガランさんから?
ガランさんからならしょうがないなぁ……。
「なんでよ?」
「曰く、『ハンデをやらねばすぐぽっくり逝くから』である!」
「テメェら今すぐぶっ殺してやる!」
――ったく、沸点低いなぁこのバカ。
「俺は、数年間負け続けたとはいえ曲がりなりにもフルスロットに生きた男だぞ……? 剣技は体に染み付いているし、それを生かすため≪筋力≫フルスロットにもした……!」
あー、自分語り入った。
もしかして毎回?
こんな一秒とちょっとしかかからないような近距離で?
――だから負けるんだよ、バカ。
「そしてさらにっ! 今回は魔剣を用意した!」
魔剣……魔剣ねぇ?
ピンキリのどのへんだろ? 属性付いてるだけで魔剣呼ばわりされるしなー。
「ふっふっふ……聞いて驚け! これこそは魔剣フルンディング! この俺にふさわしく、鉄腕王ベオウルフが使ったと言われる剣をモデルにデザインされた新魔剣! 血を吸うほどに重く硬くなる魔剣だ!」
へー、そんな効果があるヤツなんだ? ピンよりっぽいなー。
でもいらない。だって、ガチ使いづらいだろうから。
だってさ、長期戦になればなるほど火力と引き換えに使いづらくなっていくってことじゃん?
「既に神父やシスターを含め、ゾンビ数千体の血を吸わせている……ふふふ、俺に先手を譲ってしまったことを後悔するがいい……!」
そう言ってようやく肩に担いだ。
っていうか遅いよ。
待ちくたびれた。
聞いてるのマジでダルい。
そうやってわざわざ自分語りするから負けるんだと思う。
っつーか、数千体って今何百キロなの?
まぁ上限なしってわけじゃないんだろうけどさ? そんなに使いづらい武器でアタシに勝とうだなんて、バカなの? 死ぬの?
あー、アホらし。
なんだか別の意味でムカついてきた。
「御託並べてる暇あったらとっとと来てよ、時間の無駄なんですけど?」
「言ったな……!?」
死ね、と。
殺気……とも呼べないなー?
こんな生ぬるいものが殺気なら、ガランさんのは瘴気だ。
その心は、当てられるだけで死にそうになる。
まぁ、ぶっちゃけガランさんになら殺されてもいいと思ってますけどっ!
「「チェェエエエエエエストォオオオオオオオ!」
近くにいる中二病の声も聞こえないくらい、耳をつんざくような、いつもの怒声。
大体読める……あのバカは真っ直ぐ袈裟斬りにするつもりだ。
ホント力任せのバカ正直すぎる剣だなー……でもこのバカの踏み込みの速度は油断できない。≪筋力≫フルスロットなだけある。
バカが思い切り地面を蹴って突撃し――!
ずん、と突然目の前に現れた分厚い石の壁に激突した。
「――え?」
目の前の石の壁の向こうで乾いた衝突音。そして硬い何かが砕ける音と、なにか水っぽいものが飛び散る音に、アタシは戸惑いを隠せない。
「……ふむ。≪詠唱破棄≫」
そしてクロウは、一人だけ納得したように静かに呟いた。
目の前の石の壁が消え去る。
そして全身ぐにゃぐにゃになったGMが、まるで水の入った皮袋のようにびしゃりとその場に崩れ落ちる――その瞬間、若干ながら血がいたるところから吹き出した。
「ちょっと……何してんのよ? 中二」
本当にわけが分からない。
でも確実に言えることがある。
――中二病、アタシに任せるとか抜かしておいて、何かしやがった!
「≪ロックウォール≫であるが?」
「見て分かるっての!」
っていうか、いつ?
≪詠唱無視≫のスキルはかなり高価だし品薄だ。っていうかそもそも中二病がわざわざ詠唱を無視するようなスキルをセットするとは思えない。
「いつ詠唱したのよ! っていうか任せるって言ったでしょ!? アタシめちゃくちゃ本気で待ち構えてたんですけどー!!」
「説明しよう」
中二病は、パチンと指を鳴らす――今すぐ殺してやりたくなった。
[to be next scene Side Len...]
『――というわけで。トラトラトラ、軍師の策成れり。といったところであるな』
クロウからの報告。それはとても胸がすっとするものだった。
「ああ、それはよかった」
クロウと連絡が取れたのは小五郎を下してすぐ――そして私にとっては最悪の形、運悪く交戦中だった。
最悪というのは重なるみたいで、小五郎のせいで堪忍袋の緒が切れた状態のアスールはクロウには制止できないらしい。
本当なら私が直接手を下してやりたいところだったけれども……実に残念ながら、そう言っていられる状況ではなかった。
「それにしても意外だな。アスール、キレたら手がつけられないなんて……」
そのことを聞いた瞬間、クロウが「バーサーカー中学生」とか言っていたことを思い出したのは言うまでもない――その後アスールに会ったクロウは“蒼き雪原の魔女”と言っていたから、今の今まで、それがまさかアスールのことだとは思いもしなかったけどね。
「思春期だしな、アスール」
『思春期であるからして』
「思春期だからな」
ランディとクロウ、そして既に蘇生し教会でゾンビと悪戦苦闘していたところを助けたタロスからも、ほぼ同じセリフが飛び出してきた。
――教会と教会に勤めるNPCは、敵性MOBを街として認定されている場所へ入れないよう結界を張る役割もあるらしい。
教会が≪ブリザード≫で封印される前に、そして教会をできるだけ傷つけずにタロスを助けるのは少々骨が折れた。
(でも、おかげでゾンビが地下墓地から出てこない理由が分かった)
結界を維持している神父たちは無残にも真っ二つにされていた。クロウの言ったことが正しいのなら、バイソンGMの仕業ということになる。
『しかしよもやアレほどまでがっちりと嵌るとは思いもよらなかったぞ? ≪ロックウォール≫の新たな使い道を垣間見た瞬間でもあった』
「別に、大したことじゃないよ」
私がバイソンGMについて得た情報は三つ。「攻撃するときの声がうるさい」こと、そして「≪筋力≫スキルフルスロットで攻撃力とスピードを上昇させている」こと。
そして「猪突猛進型の性格」だ。
二つ目については「別に≪敏捷≫でなくてもいいんだ」と、得した気分だった。スキルについて、珍しく私からランディに教えてあげるという初体験も味わえたしね。
――まぁ、タロスは知っていて黙っていたみたいで、ちょと許せないけど。
ともあれ、私が伝えた作戦は本当に単純明快だ。
「バイソンGMの性格からして、挑発すれば『真っ直ぐ突っ込んで思い切り攻撃する』ぐらいしか頭になくなって、周りが見えなくなる。うるさい声の影で≪ロックウォール≫を詠唱すれば、勝手に正面衝突して自滅してくれる……」
短距離走のアスリートが全力疾走すれば、ほんのちょっと高いところから人が落下するのとあまり変わらないエネルギーを持っている。
「そもそもが『≪ステップ≫で自滅する人がいる』って話をランディから聞いたことがあるからこそ閃いたことだよ」
『謙遜するな軍師。狂戦士も朋友の名を出せばきちんと従うし、バイソンの性格をあんな短いやり取りで完璧に把握したのだ。実に性格をよく理解し、利用した計略ではないか。あの憎きバイソンの全身の骨が砕け血を撒き散らした瞬間は、一種のカタルシスを感じるものであったよ』
「そんなんじゃないさ」
そう、本当にそういうのじゃない。ちゃんと思惑がある。
ひとつは、こういう戦い方もある、ということを理解して欲しかったから。
ふたつめは、こんなことをやらかしてくれたGMがすごく腹立たしかったから、無様な負けを味あわせてやりたかった。
「実際は何の効果もない可能性だってあったし、こうやって報告が来るまでちょっと不安だったよ」
「何の効果もないなどウソだな。レンは確実に死ぬと踏んだからこそやったのだろう?」
「……作戦がうまくいったのはそうなるまでHPを削ってくれた君たち二人のおかげさ。感謝しているよ。君たちの手柄だ」
確かにタロスに言われなくとも、本当は確実に死ぬと予想できた。でも、そんな事は口が裂けても言えない。
確実に死ぬと予想できたからこそ、最後の思惑――私に与えられた“軍師”の称号があわよくば取り消されるような奇策を提案できた。
「なにを言っている? その場にいた敵味方、双方のスキル構成と性格を巧みに利用し作戦を成功せしめた軍師の手柄だろう?」
「タロス、うるさいから黙ってろ」
ランディ、私が言いたいのに言えない言葉を言ってくれてありがとう。
――そしてタロス、助けなきゃ良かったかな?
『あー……そういえば悪い報告があった』
「なんだい? ――まさか残ったGMがまた余計な事を?」
『いや……アスールがものすごく不機嫌なのである。朋友の名を騙ってしまったからして』
「ああ、なるほど」
あまりにも不機嫌すぎて、完全に死んだバイソンGMを切り刻んでいるらしい――思春期の女の子は怖いね。
実のところ、これはものすごく簡単に予想できたことだった。本来なら士気に関わるだけに、あまりやりたくなかったんだけれど、
「いやぁ、軍師失格だな、私は」
これが言いたかった。
「いや、軍師はよくやっているぞ」
『いや、軍師はよくやってくれた』
……なんでタロスとクロウから同じような言葉が飛んで来るんだろうね? ステレオじゃあるまいし。
「何を言ってんだお前はと言われてもしょうがないだろうな」
ランディまで……でも私は謝れなんて言わない。ランディには、逆に謝らなければならないくらいだ。
「アスールならランディにきちんとフォローさせるから大丈夫だよ」
「おい」
私の発言に、さっきまで味方だったランディから短めの突っ込みが飛んで来る。当然か。
でも決して無責任な話じゃない。
アスールはランディの事が好きだからね。思春期真っ只中のせいか、時々暴走しちゃうこともあるらしいけれど……ちょっとだけ優しく甘い言葉をかけてあげればいいんだ。
今夜は夏休みの宿題のために勉強会をするそうだし、そのときにほんの少しだけ私が協力する……そう、たとえば心理学的な方法を使いアスールに好意を寄せやすくするようにする、とかね。
(でも、不思議だな。自覚があるのに、まだドキドキが続いてる)
初恋が吊り橋効果でした、というのはよくある話だ。だから自覚がある分、私の初恋もこうして情緒なく終わってしまうのはちょっとだけ悔しい。
――初恋にカウントしなければいい話だろうけどさ。
「とりあえず地下墓地の入り口は今のところ私の≪ブリザード≫で封印しているし、残ったゾンビの駆逐もスムーズらしい」
だからこそ、こうやって安全に話ができる余裕が生まれている。私はただ立案しただけだけれども、実際に成功しつつあるとなればちょっとした充実感があった。
『で、あるか』
ちなみに≪ブリザード≫には小五郎も封印されている。
≪トルネード≫で上空二百メートル以上飛ばして、そこから七十八倍の速度で落ちてゴミ虫のようにぐちゃりと潰れる様は、見ていて本当に爽快だった。
その上、よく滑る≪ブリザード≫で出来た積雪の檻に収監している。あの浪人生には堪えるだろうね?
そしてアスールやタロスの時計と一緒に、テスター用に調整されている新しい魔剣とスキルジェムもきちんと没収した。
あのまま死体と一緒に消えるのはもったいない話だし、計測ギルドに持っていけば、個人に売るよりも高い値段で買い取ってくれるとランディから教えてもらった。小五郎への罰の一つに財産没収も考えていたけれど、値段によっては減額も考えてあげようかな?
ともあれ、テスター用に調整されたこれらが一般に使用できる状態になるのはメンテナンス明け……今からちょっと楽しみだ。
『で、次はどのように動く?』
「まずは王宮で合流しよう。教会、機能を果たせなくなってるから閣下に伝えて対処してもらわなきゃいけないし、アスールの時計も取り返した……なにより残った最後のGMも何をやらかすかわかったものじゃない」
『で、あるな』
GMはその役割から、不死身の体を持っているようなものだ。
バイソンGMは小五郎と同じく対人好きだから一応HPも存在しているけれど、プレイヤーと違ってその場に任意のタイミングで復活できるし、装備もロストしないらしい。
そもそも、≪ブリザード≫で封印しても絶対に抜け出せる。完全なテレポートが使えるのだ。
だからこそ、気をつけないと。
「じゃぁ、そっちも向かってくれ。アスールには、私が効果的な方法を教えてあげる、とでも伝えてくれれば、今は収まってくれるはずだ」
『分かった』
「じゃ、気をつけてね」
『ああ、そちらも気をつけるのだぞ』
そしてコールを切った。
「――急ごう、ランディ。厄介な事になっていたら目も当てられないからね」
「ああ」
「……私を無視しないでくれ」
「変態は黙っていてくれないかな?」
本当に、心の底から、そう思った。
「ランディ、≪筋力≫と≪敏捷≫、どちらがいい?」
「まだゾンビの残存兵がいる。屋根伝いが理想だから≪筋力≫だ」
「七十八レベルは体験したこと、あるかい?」
「バフ料理で何度も」
「じゃぁ安心だね。また抱えて走ってくれるかな?」
「……自分の足で走れよ」
「嫌だよ、ページがもったいない」
「では私が――」
「タロス、出番じゃないから黙っててくれないかな?」
私はタロスを助けたことを後悔しつつも「レンの魔導書・混沌の章」を取り出し――きっと使うことはないだろうと思い、でも物語がダブってしまってもったいないからしょうがなく入れていた≪ストレングスアップ≫を、ランディを対象にして詠唱する。
「じゃ、お願い」
ランディに向かって両手を広げるように突き出す――お姫様抱っこ、ちょっと気に入ったんだよね。
「はいはい……」
……そんなに面倒くさそうにしなくてもいいじゃないか。拗ねちゃうぞ?
「拗ねんな、ガキじゃあるまいし」
「じゃぁ、もう少し真面目にお願い」
「私なら――」
「タロス、うるさい」
「――むぅ……何がいけないのか」
全てだよ、とわざわざ教える義理もない。
そう考えると、タロスはあのまま封印しててもよかったかもしれないな……ちょっと後悔しながら、ランディに抱きかかえてもらう。
「しっかり掴まってろよ」
「うん」
この状況をアスールに見られたら、ちょっとやっかまれそうだ――でも急いでいるから、これは不可抗力。
そう……仕方のないことなんだ。
「レンの魔導書・混沌の章」
無の章とも。現状でどの属性にも属していない、属さない魔法である混沌(無)属性がつづられている。決してSAN値が下がるようなヤバめの魔導書ではない、信じて欲しい。
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