第61話 ぞんび、こわい
「――……はいはい、分かった。落ち着け。とりあえず城に戻って来い。お前、そんな遠くまで出てないだろ? ……防具屋? よくもまぁそんなところまで走ってったな、おい」
ランディの予想通り、相手はアスールだったようだ。
「レンの予想通り状況が動いている、俺らは“お客様”のお守りだ……え、マジで? 分かった――いや、クロウが斥候に出ているから急いで戻れ。絶対に生きて帰って来い。分かったな?」
パタン、とカバーを閉じた。
「……ちょっとばかし悪い知らせだ。ゾンビオックスや、ゾンビウルフが出た。しかも大量に」
「牛と狼か……ゾンビのくせに突撃力と機動力のあるやつらだな。実に厄介だ」
「これは戦術を練りなおさねばならぬかもしれんな……!」
閣下は渋面を作り、深刻そうな顔をしている。対して、近藤さんは厄介な相手が出た程度の迷惑そうな顔だった。
――ちなみに、正解は閣下のほうだ。
「そもそも単純明快すぎて変更するべきところがないけれど――とりあえず火牛戦術が取られると厄介だし、より一層の注意、ってところだろうね」
「火牛戦術? なんだそれは」
「一軍の将なら知っておこうよ、近藤さん……」
私は思わず頭を抱えてしまった。
「古臭い戦術など知らん」
「その古臭い戦術は近代戦の基礎になりうるからね? ――火牛戦術。ありていに言えば角のある牛、つまり雄牛だね。これの角にたいまつなどを括りつけて、その群れを敵陣に突撃させるんだ」
「なら、闘牛士が必要だな」
場を和ませるためなのかな? それにしては事の深刻さがわかっていないような口ぶりだけど。
これだから脳筋は嫌いなんだよ……。
「数百の牛の群れは戦車に匹敵するよ? そもそも古代でも神話でも、昔の戦車では牛が牽いているのも散見されている」
「……戦車の群れが突撃してくるということか?」
正しくは戦車のエンジン自体が突撃してくる、だろうね。動物の鎧とかそういった概念がなかったわけじゃないけれども。
「事の重大さが分かってきたようだね? ちなみに火を使うのは、単純に当時は燃えるものが多かったからだ。城の一部や、木造砦、武器、兵糧……」
火牛戦術、または火牛の計とも言う。中国の戦国時代、斉の田単が使ったものだと本で読んだことがある。日本では『源平盛衰記』にその一場面が載っていたはずだ。それにちなんで、倶利伽羅峠には火牛像というのも実在するらしい。見たことないけど。
動物は火を嫌うとよく言うけれど――実はさほど嫌わないんだ。
逆に、興味本位で近づいてくる事だってある。嫌われるような火というのは、まさしく大火、身を焦がすほどに巨大な炎しかありえない。
――まぁ実際にやるとすれば、動物が真っ直ぐ敵陣に攻め込むかと問われれば怪しいものがあるけれどね。火牛の計の故事でも、角には剣を、そして尾に松明をくくりつけたと言われている。尾に火がついているから直進せざるを得ない、理にかなっている。
だけど今回は相手にとって敵陣ど真ん中。さらには全身火達磨にしても問題がない……この要素があるおかげで、直進しないという問題は問題として機能しない。むしろ暴れてくれたほうがよっぽどいい。
「この街は周りが高い塀で囲まれているから――きっとぐちゃぐちゃにひっかきまわしてくれるだろうね」
「外敵にかまけるあまり、内部からの崩壊に目をやらなんだ儂の罪でもある」
閣下はしてやられたとばかりに、憎憎しげな声を上げた。
「街は石造りじゃが、やはり燃えるものはある。だから火事も存在する。レンちゃんの作戦に乗っかるようじゃが、≪ファイアーオール≫や≪フレイムオール≫を広い路に設置し、そこへ追い込むことも考えておったのじゃが……≪ロックオール≫か≪アースオール≫ぐらいかの? せっかくの石畳を破壊してしまうことになるが……」
……そういえば、閣下は魔法を使えなさそうだな。
意味は通じるんだけれど、呪文が正しく発音できていない――間違えて覚えているのか、聞こえたようにしか言っていないんだろう。
「そんな事をしたら家屋を破壊するぐらいはしそうだからやめておいたほうがいい」
土系統の状態異常は「強制転倒」。通常は頑丈さを重視した≪ロックウォール≫を使うけれども、≪アースウォール≫なら相手に対して状態異常値を蓄積できる。
つまり、猛牛のような突進しかしてこない相手なら「強制転倒」狙いで使える――んだけれど、相手も同じものに何度もぶつかるようなバカはしないだろうし、転倒したそれを踏み越えてでも攻めてきたら意味がない。
――これでウォール系もほとんど封じられてしまったね。
「そもそも、その作戦自体は私も考えたよ。でもね、ゾンビ発生の特性上、どうしても相手の数は計り知れない。それに街が大火事になる可能性も考慮に入れている?」
「むぅ……!?」
このゲームは状態異常も含めて、しばらくの間は死体が残る仕様なんだ。あまり想像したくはないけれど……火のついた死体の山が出来上がって、それがいつ崩れ落ちるか分からない。
大通りですら溢れて、崩れ落ちて火の手が広がってしまう可能性もある。実に厄介だ。
「――そういえば、住人の避難は?」
「我が国は富国強兵! 我が国の民はすべからく兵でもある!」
「心強いね」
「伊達に年に百あまりも反乱を起こす我輩自慢の民草ではないわっ!」
徹底した軍事国家ってイメージがあったけれど、そこまでいったらむしろテロリストの街だよね、ここ。それが自慢って……まぁ考えてもしょうがないか。
そのおかげなのかもしれないね。いくら遠くても城下から悲鳴の一つや二つ聞こえてきていいとは思っていたけれど、それすらないのは。
「ログアウトしているものや、街の外から来たものはこちらで受け持っている。緊急事態ということで、少々手荒だが宿屋の主人を鎮圧し、扉は斧や槌で破壊してしまっているが」
……ご愁傷様、宿屋の一般人。
「作戦自体は順調に進行している?」
「うむ。鍛冶や大工は重機の代わりとしてゴウレムを使役する。故に、そのすべに長けておるでな」
「大変結構」
となれば――私もそろそろ動くべきだね。
「それじゃぁランディ。護衛をお願いするよ。アリスは≪ブラスターレイ≫しかないから、“お客様”を落ち着かせる側に回って。ここのGMだって、何も仕掛けてこないとは限らないからね」
≪ブラスターレイ≫は、試してはいないけれどゾンビに対して効果があると言われる光――いや、聖属性の固有魔法だ。
固有魔法はとにかく何かに特化している。≪ブラスターレイ≫は破壊力もさることながら、特筆すべきはその貫通力だ。指向性を持っているから扱いやすいことに目が行きがちだけれど、アロー系と比べることすらおこがましいくらいの貫通力を誇る。
それを城で使ったら、ロビーにいながら城自体を支える柱などを破壊してしまう可能性だってある。恐ろしくて使わせられない。
――まったく、そんな恐ろしい魔法を選んでいるアリスの気が知れないよ。
「うん、わかった」
「では、我も行かせて貰おうか」
アリスは扉のほうへ、クロウは鎧を脱ぎ始めた。
「って、クロウ!? 何をしているんだい!!」
「金属鎧はMPの消費が激しくなる。故に脱いでいるのだが?」
「……ああ。なるほど。そういえばそういうシステムだったね」
全身鎧の下には、ちゃっかりといつもの装備が隠されている。普通は衝撃を吸収するための布鎧を装備するんだろうけれど……クロウにとっては単なる中空装甲の外側という扱いだったようだ。
「そも、魔導のなんたるかを理解し、空も飛べる我からしてみれば、いちいち階下へ行かねばならぬ道理もなし。鎧自体は装飾品でつけているも同義、ならば必要あるまい」
「確かに」
「では、窓から先に失礼させてもらおう」
「単独飛行できるんだ?」
実際に飛んでいるところは見たことがないけれど、前に見た合成獣戦闘、あの三次元的な機動力を鑑みれば飛ぶことも容易いのかもしれない。
「飛ぶ、というのはいささか語弊がある。途方もない距離を跳躍していると言ったほうが正しい……杖は借りていくぞ?」
「いいよ、私には魔導書があるし」
そんな風なやり取りをしている間に、もうすっかりいつもの服装――厚手の黒い布の服に戻ってしまった。始まりの街に売っている全身鎧は脱ぐのも容易いらしい。
――このあたりは本当にファンタジーだなぁ。
腰に佩いたバスタードソードを、鞘のベルトを調整して背負いなおし、盾を左手へ。杖を右手に持ちながら窓を開いた。
「……最後の確認である。GMを見つければ良いのであるな?」
「小五郎もね」
「小五郎は連絡したほうが早かろう。では――≪フレイムボム≫≪ステップ≫」
窓のヘリに足をかけて、呪文を唱えながらきりもみをして空へと飛び上がる――爆発を引き受けているいつものショートソードはないため、今回は盾でその衝撃を受け止め、加速しながら空を往く。
さながら一羽のカラスのように――
「何度見てもうらやましいのう、アレ。儂も魔法が使えたら練習するんじゃが……」
なぜか儂には使えん……と心底不思議そうに呟いた。
[to be next scene...]
私やランディはクロウのように自在に空を飛ぶことは不可能だ。
正確に言うなら練習を積めば可能だけれど、使用する魔法の特性やダメージを引き受ける場所、空中での姿勢制御、吹き飛ぶ角度、速度、タイミング、目に見えないMPの管理……そしていざMP切れで墜落した時のための特殊な着地訓練まで必要だという。
さすがは魔導騎士の称号持ち、と賞賛すべきか、さらっと人外に片足を突っ込んでいることに驚くべきか。非常に戸惑ってしまう。
――それはともかくとして、だ。
私たちは特殊な移動ができるわけじゃない。地面の上を二本の足で歩いていかなければならないのだ。
そう、ゾンビの群れをかき分けながら。
「――というわけで、ルシー。情報が欲しい」
あの変態は地下墓地が得意ということ思い出し、さらにランディはこういう専門家だと聞いた私は、思わず尊敬してしまったよ。
不本意ながらね。
それはともかくとして階下に下りてすぐルシーを呼び出し、ロビーに向かいながらちょっとした情報収集を行うことにした。
「なるほど、状況は飲み込めました」
大変ですね、とルシーは呟いた。
ここはまだ暢気なもので、近衛兵が若干ながら慌しくはしているけれども、“お客様”は次の決闘のために動いているのだろうと勘違いしてくれている。
妖精型のアバターを使っているジルコニアGMが中央で飛び回りながら、ダンスパーティに興じているあたりが実に滑稽に見えてしまった。
「ですが私は専門家というわけではありません。得意なのはひとえに≪聖別≫スキルがあるからなのです」
なるほど、かなり重要なスキルのようだ。
「スキルの概要は?」
「限りなく端折って説明しますと、物体に一レベル分の聖属性をレベルの日数の間付与する、というものですね。もっとも、魔法を多重属性にするものではありませんので、魔術師には無意味なものですが」
たった一レベルだけ……と言えば小さく聞こえるけれども、実際はかなり大きいそうだ。
属性がつくだけでDPSが一レベル分は上昇する。先天的に属性を持つ武器はDPS調整の硬直が強くなる、けれども後天的なものであればそれが発生しない。さらにその属性が弱点であれば、相手にもよるが倍率がさらに高くなるという、とても強力なものだ。
私達のギルドにはバッファー専門が存在しないから弱いものだと思っていたけれど、つまり私の認識が甘かったわけだ。
「属性付与は、さらに物理攻撃を無視するスプライトに物理攻撃でダメージを与えることが可能になります。まぁ、実際に通っているのは属性のみですが」
「なるほど……じゃぁ切り込むランディの武器だけに付与できるかな?」
「……お前の魔法は、誤射とか怖いんだけど?」
「そこは安心してくれ。私は物陰に隠れているし、目も耳も塞いでいるから!」
そもそもゾンビなんてホラーな物体は見たくもない。私はスプラッタに耐性があるけれど、ホラーなスプラッタはダメだ。
二人の憐れむような視線が痛いけれど、実際に目の前にしたとき、また心拍異常で強制ログアウトを受けてしまうよりはかなり合理的な判断ではないだろうか?
「今すぐ、というのは無理ですね」
「理由は?」
「≪聖別≫スキルは質量に関係なく付与できます。が、教会や祭壇でのみ可能なのです」
「そうかい……」
特定の場所でのみ使用できるスキルだったのか……いや、おかしくはないか。
「メイス、お貸しいたしましょうか? 聖別済みですが」
「いや、借りることは出来ない……GMの動向に気をつけてくれ、ヘタをすればここに直接ゾンビが出てくる可能性もある」
座標をいじれるのは小五郎で分かりきっているし、そもそも座標がいじれなければハラスメントコールなどに駆けつけられない。
ここもGMの余計な仕事のせいでいつ戦場になるか分かったものじゃない。
「なるほど」
「他に、弱点はあるかい?」
「火属性と……あとはとにかく物理耐性が徹底して低いです。私のクロスボウですら容易に二枚抜きできます」
まぁ腐っているから当然か……。
「注意すべき点は、HPをゼロにしても警戒を怠らない、ですね」
「理由は?」
「HPがゼロになってもほんの少しの間は動き続けます。スキルではなく特性ですね、これは」
腐っても――事実腐っているけれど――不死者ってことか。実に厄介な特性だ。
「いっそ≪ブラスターレイ≫で薙ぎ払ってしまうのが高効率ですよ? 属性相性もいいですから低レベルでもいい。指向性があって使いやすいですし、なにより魔法自体の特性のおかげで跡形も残らない」
「それは考えたさ。でも、街をできるだけ壊したくない。今取っている戦術は大量のゴーレムによる圧殺だ」
「まぁ、そうでしたか……確かに一レベル級でも家に使うようなレンガぐらいなら容易く貫通してしまいますし、当然といえば当然ですが……実に非効率的ですね? 軍師さんにしては」
「そうせざるを得ない状況だと理解してほしい」
一時的とはいえ街が傾くほどの出費をさせているのだ、これ以上出費しては街として立ち行かなくなってしまうだろう。
だからこそ、被害は最小限に抑えなければならない……本当ならルシーに言われたとおり、一気に薙ぎ払いたいところだよ。
「では助言といいますか、注意事項を。ゾンビはその特性のおかげで、とりあえず全身ミンチにしてしまわないといけません。まぁミンチにしても肉片がもぞもぞしますが、それだけです。逆に、バラバラにする場合はそこまでする必要がありますね。うかつに手首だけ切り落としたら、掴んできますからね? アレという存在は」
「おいあんまりそんなこと言うと「おうちかえゆぅううううう!」ホラきたぁ!」
「え? えっ?」
「レンー、想像すんな! っていうか戻って来い! また幼児退行してるぞ!?」
「――はっ!?」
「あの、なにが?」
「レンはホラーがダメらしい」
「なるほど。理解しました……が、ひどいものですね」
「ああ……」
「そ、そこまで言うことはないじゃないか……」
誰にだって、苦手なものは一つくらいある。私の場合はホラーだった、ということに過ぎないんだから。
「アレとの戦い方は俺も一応わかってるから言わなくていい」
「ああ、そういえばあなたの店の名物料理の一つですものね。あれは大変おいしいです。今までのお肉に見習わせたいくらいですよ」
「お前は本当に生臭シスターだな?」
「いや……カニバリズム自体は相手を取り込み自己を強化するという宗教的意味合いがある。他には魂を受け継ぐ、霊や復讐心などを自己に封印するという意味での人食い習慣は少なくない。つまり、そういう宗教のシスターなら肉食は推奨するべきことなんだろう」
もちろん、このゲームにおける宗教がどうなのか、ルシーはそういった宗教の信者であるかどうかなんて一切不明だけれどもね。
「戻ってきて早々スプラッタな補足するとか正気か!?」
「正気だよ。スプラッタは大丈夫なんだ、スプラッタは……だがホラーはダメなんだ!」
「線引きが分からねぇええええ!?」
「線引きなんて明確じゃないか! ホラーとスプラッタ、まったく違うじゃないか!」
「同じに思えますね」
「いや、同じだろ」
「違うのに……!」
私と二人の間に、こんなにも意識の差があるとは思わなかったよ!
「そもそも軍師さんの知識なら、ゾンビの成り立ちなどから簡単に弱点などを推察できるかと思いますが……」
「……できるならこうして聞きになんて来ないし、出来ていたとしてもそれぞれの解釈によっては違う可能性があるからもっと具体的な質問をするさ」
「あれ? でもオークの時はそのようにして勝利に導いたと聞いていますが」
「っつーか、珍しいな」
「珍しいとか私を一体どういう目でみているんだい!?」
「「軍師」」
「私は軍師じゃ……ってそうだ、任命されたんだった」
本当に、閣下にしてやられた……!
「――そもそもゾンビというのはね、起源はヴードゥー教のルーツであるヴォドンを信仰するアフリカ人。元はコンゴで信仰されている「ンザンビ」という神に由来するんだ」
「なんだ、知ってるじゃないか」
「というか、ホラーが苦手なのによくもまぁ調べましたね?」
「弱点がわからなきゃ対処のしようもないじゃないか! 私はね、自分の苦手な相手の弱点は自分で握って安心しておきたいタチなんだ!」
おかげで何度も悪夢を見たよ……なんでゾンビの挿絵やら特殊メイクやらの写真まで載っているのがあるんだろうね? 活字だけでいいよ! 活字だけで!!
「ゾンビは『生ける屍』『動く死体』『何らかの力で“死体のまま”蘇ったもの』『不思議な力をもつンザンビによって蘇った』、近年になれば『未知の細菌による感染症』という新しい概念も生まれている」
「で、弱点は?」
「原点では存在しないんだよ! そこに世界三題宗教のキリスト教が絡んできて、ようやく弱点がついたんだ! 感染症説では特効薬さえ作ればすむ話だし最近の話だから論外だけどね!」
「えっ?」
「死体が、死者が動く。不思議に思うかもしれないけれど、本当はそれだけだったんだ。ルーツになったヴードゥ教では労働力として奴隷のように売買されるような一品さ。そもそも原点では腐ってすらいない!」
「じゃぁ、どこから腐れ属性が来た?」
「……ふ、ふふふ。人間って想像力たくましいというか、似たようなものを結びつけるのて得意だよね? 思考における収斂進化とも言うべきかな……?」
「お、おい、また壊れてきたぞ。落ち着け」
「落ちついているよ、ああ、落ち着いているね……不死性、感染性は東欧の吸血鬼とアラブ圏の食屍鬼からやってきた」
「ルーツがアフリカなのに、突然飛んだな!?」
「ハハッ! 人間の想像力は時として恐ろしいよ! 吸血鬼はそもそも死者が蘇ったものだ。食屍鬼は死体に精霊が取り付いて生まれる。東欧では精神や魂などの人間的なものは血に宿るから、血を吸血鬼に奪われれば人間性をなくし吸血鬼になると言い伝えられている。もちろん不死さ。食屍鬼は精霊をどうにかしない限り近くの死体に宿って同じ事を繰り返すし、さらには再生能力まである! 食屍鬼は精霊ごと燃やすのが対処法さ! ちなみに腐れている設定はある意味で食屍鬼からやってきたとも言えるね!」
「落ち着け! 息が荒いぞ!?」
「大丈夫、大丈夫さ……! とにかく世界三題宗教から見ればそれは異端だったもちろん邪教として精霊ごと浄化するとか宗教的な威光によって倒されるという弱点が付与されたあとはその二種自体夜に活動する吸血鬼にいたっては日光に弱い故に太陽の下では活動しないという弱点が付与されたはず――だったのに感染症説のせいでその概念たちが薄れてきた! ふざけるな! もうどうしろというんだい!?」
――恐怖のせいか、意外な事にワンブレスで言えてしまった。
だが言いたいことを言えて、少しだけすっきりとする。
「……最後に付け足すなら、ゾンビが今の形になったのは映画のせいだ。1968年のジョージ・A・ロメロのアメリカ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が原因になる。製作中、本来は食屍鬼として考えていたそうだけれどね。同監督の続編『ゾンビ』で世界中に名前が定着したと言える」
「――で、弱点は?」
「ランディ、君は私の話を聞いていたのかい!?」
「いや、映画なら大概そういうのって、どうにかする描写があるだろ? ハッピーエンドでも、バッドエンドでも」
「――……」
盲点だった、目から鱗と言ってもいい。
そういう視点もあったのか。
「ランディは実に聡明だね。本当に毎回助けられる」
「いや、単純にお前がテンパりすぎだろ?」
「作品によって細部は違うけれど、全般的なゾンビの特徴として『あまり複雑な動きはできず、動作は緩慢』『頭部や背骨を破壊されたり、燃やされると活動を停止する』『ゾンビに外傷を負わされることにより、負傷者がゾンビ化する』などだね。弱点といえるものは、頭部の破壊か背骨――どちらかといえば頚椎の破壊だろう」
脳からの信号が体に伝わらないように……とは言うものの、腕だけでも動くのであればそういうのは期待しないほうがいいだろう――この属性はどこから来たのかよく分からないけれど、たぶんパニックホラー映画からの影響だ。
他の弱点といえば、術者が作り出した奴隷タイプに限るけれど、術者を倒す必要がある。いわゆる起源になったものの名残だね。今回に限っては一切当てはまらないから無意味だろう。
ちなみにフランケンシュタインの怪物も、死体を繋ぎ合わせて蘇生している点から見れば、これもまたゾンビの一種だ。見方を変えれば自立性と知性のあるゴーレムとも言えるけれど……この場合はほぼ弱点が存在していない。相手次第だ。
「あとは宗教的な弱点として『成仏させる』『調伏する』『浄化する』……宗派によって呼び方は違うけれど、異端、悪鬼悪霊、魑魅魍魎のたぐいと混同するわけだから、これは不死者全般に言えることだね」
「まぁ、その辺は当然か」
「そうですね。ですがそういった系統のスキルは……まぁ存在しますが」
存在するんだ……まぁ≪聖別≫スキルがあるから当然とも言えるけれど。
「現状でもっとも現実的なものは物理的な破壊に限りますね。ただ、腰から両断してもしばらくは動き回る相手ですから背骨の破壊はあまり有効ではないでしょう。それはもう、唸り声を上げながら……」
「……おうちかえゆぅううう!」
「油断すんなー! 幼児退行すんなー!?」
「――はっ!」
ランディから頬を叩かれてようやく気付く……あぶないあぶない、また意識が飛んでしまった。
「ルシー、遊んでるだろう?」
「うふふ、そんなまさか……私は聖職者ですよ?」
「……まぁいい。結局弱点は、普段と変わってないみたいだし」
「なるほど、ステレオタイプだったんだね」
オークのときはある意味で変化球だったくせに今回は直球か。本当に腹の探りあいだな……でも、これで運営は本当に何をしでかすか分からないことは理解できた。
「本当にゾンビが攻めてくるかもしれない。君はここの主力として活躍してくれ。ヘルフリートとキリヤを預ける」
――変態に預けるなんて、不安は残るけど。
「実戦経験が少ないから、専門家の下が一番生存率が高い。“お客様”についてはアリスに一任してある、フォローも頼む。そしてアスールも帰ってくるだろうから、彼女については遊撃手として上手に采配してくれ」
タロスは城門前での防衛戦にまわしたほうがいいだろう。彼なら絶対に、ゲリュオーンで戦う。そうなれば街への被害は甚大だ。
だったらその巨体を生かして門番にしてしまうのが最善だ。ただ立っているだけでもいい壁になってくれるだろう。
「かしこまりました」
「お願いするよ――ランディ、行くよ?」
「了解」
ランディが何か言いたげに肩をすくめたようで、かちゃんと金属鎧が打ちつけられる音がした。
「……なにかな?」
「いや? 軍師ってか将の貫禄だな、って思った」
「これ以上、肩書きを増やして欲しくないね。切実に」
私は階下の正面入り口へと足を向けた。
「って、おい、裏口じゃないのか?」
「――私たちは正面から出るよ。ゲリュオーンに詰んでいる装備をいち早く取ってこなければならない」
とにかく、装備を正規のものに変更する必要がある。
「小五郎対策か」
「そうとも言うね」
「……嫌な予感しかしねぇぞ?」
「今は不確実な予感は捨ててくれ。私たちは今、確実な情報で動かなきゃならない」
「そうか……」
今私が持っている緊急用に編纂したものではなく、本来の「レンの魔導書」八種、そしてランディの複合革鎧と彼の愛剣アルバトロス=スクラマサクス。
これがなければ本来の戦闘能力はないと考えたほうがいい。私は魔法の種類や弾数に制限がかかっているわけだし、ランディは金属鎧はいつもの動きをするには重過ぎて≪筋力≫スキルを入れていると言うくらいだ。
「“辻斬り小五郎”、そう呼ばれるからには恐ろしく強いんだろうね」
「対人特化とも言うけどな」
「なら、なおさらこちらも全力で当たらないといけないね」
普段の装備にしなければ、ランディはいつも通りの動きができない……ひいては私が危ない。竜殺しの近接戦闘能力こそ、今回は必要だ。
同じく近接能力の高いアスールは遠くへ走っていったらしいけれど、もう少ししたら戻ってくる、そう考えられる。
「手っ取り早く、このバカ騒ぎを終わらせてしまおうじゃないか」
「ま、そうだな」
“お客様”たちには悟られないようロビーの中央は通らず、でも出来る限り最短距離で。若干駆け足気味に正門を潜り抜けて――
「――若干、遅いご到着でござるなぁ? 軍師殿、そしてランディ殿」
そこには西洋のゾンビ兵たちを率いる、東方の侍……“辻斬り小五郎”が仁王立ちして――
「こあいの、いっぱい」
「いきなり壊れるなぁああああああ!?」
――頭が、真っ白になってしまった。




