第59話 Len Strategist la Baroness
「それで、何を言い出したのかな?」
アリスが行ったチャットでの本人確認も終わり、けれども今まさに始まらんとするパーティに乗り込むのもさすがにどうだろうということで、正面からではなく裏口――使用人たちが使う入り口――からようやく全員が集合し、一安心と言ったところかな。
……なんで小五郎が何食わぬ顔してここにいるのか、とてもとても不思議だけれどね?
「まず上がってきたことは、帝王閣下からのお言葉を賜ることです」
「まず?」
私は思わず顔をしかめてしまう。
もちろん、まず、と言うからには複数あるということに対してだ。
まぁ、それは置いておこう。
主催は結局のところ営業二人、司会進行も向こう。そして私たちはそのお手伝いだ。会場の所有者の言葉を必要とする要素はどこにあるんだろう?
「嫌じゃい、面倒くさい。既に恩は売った、あとは認知度さえきちんと支払われるのを待つだけじゃろうて」
閣下も素で答える。
「確かに。私はお見合いパーティとかよく分からないけれどさ、なんでわざわざ会場の所有者の言葉なんて必要なのか理解できないよ」
「じゃよな?」
「そういえば、ダンスパーティとかは始まっているよね?」
そう、既に会は始まっているのだ。
私たちがやった事はほとんどない。ただ閣下が雇った服屋からドレスやスーツを買い上げたし、BGM代わりの楽団は雇い入れられた。元々いる料理人たちはフル稼働している。
会場や料理が用意されているのだから、あとは営業二人の手腕だ。現場を知っていなければ自分達の仕事を売り込めないのと一緒で、完全な現場の人間とまでは行かなくても、最低限の事はやれるだろうから問題はない。
あとは設定の変更で待機していた妖精型アバターを使っているGMのジルコニアさんが不確定要素となってしまったことだけれども……まぁ、余計な事さえしなければいい。
――現状はそれだけ。つつがなく進んでいると判断していいだろう。
「一応王宮ですので、そういうイベントは必要ではないかという営業どもらの提案です」
営業どもら、と来たか。やっぱり、あまりいい顔はされていないんだろうなぁ。
この人たちは“断った”側だろうし。
「えー?」
「えー? じゃないですよお義父さん……」
この二人はすぐメッキが剥がれるなぁ。
「なんで自国の民でもない者たちに対して演説なんぞせねばならんのじゃ。戦争であったなら挑発ぐらいはと思うがのぉ……」
深い皺の入った顔を、さらに皺だらけにするように渋面を作る。ありもしないひげをなでるように、閣下は顎をなでさすりながら答えた。
「異国の地ならばその王の言葉があったほうが箔が付く、と言ってましたよ、お義父さん」
「異国の王にたかだか一介の平民に対して言葉をかけるのもどうじゃろう?」
「ここはお義父さんの威厳の問題ですよね。政治的な判断が必要だと思いますよ?」
「儂の立場的には町内会長程度なんじゃがなー……」
あえて国と名乗らず、街としているのはそういう理由もあるのかもしれない。
どちらかといえば連合国家に近い形態なんだけれど、規模や経済力を鑑みるならやはりこの人がその連合国の王と考えてもいいんじゃないかとは思うけれど。
「あ、ええこと思いついたわい」
ぽんと手を打つしぐさをして、閣下はランディに向き直った。
「先ほどより顔を隠し名も告げぬ、無名の騎士よ。帝王規則は知っておるな?」
「――以前は帝都にいました。存じ上げてはおります」
「よし、儂の首を斬る名誉を授けよう!」
「土壇場で帝位を譲るってどうなんだろう!?」
私は思わず声を上げてしまった。
「えー? だってあんな人を小馬鹿にしよる奴らなど儂本当は関わりたくないしー? っていうかそろそろ書類整理ばっかりの仕事に飽きた。建国したときの血湧き肉踊るあの経験をもう一度したい」
「君は子供かい……」
反乱マニフェスト、実は自分のストレス解消にも使っているかもしれない……なんというか、頭のネジがふっ飛んでるなぁ、この人も。
「……なぁねーちゃん、これって俺様が王様になる近道じゃね?」
「あー、小僧はダメじゃ、舐められるだけになるでの」
「なんで?」
「ヘルフリートよ。閣下は何度反乱されようとも、初代から連綿と同じ地位に着いている。この意味が分かるか?」
「単なるガス抜きの標的だから?」
「まぁ、確かに我輩は三十九回目の帝王でもあるがな」
「ヘルフリートよ。王は王たる所以があるのだ……そこは歴史の教科書で学ぶがよい」
それは王権神授説であったり、良い統治を行っているからであったりと、理由はおそらくさまざまだろう……王権神授説ではないという意味では、統治者として優良な部類に入っているんだろうね、閣下は。
「めんどくせーなー……」
「めんどくさがるんじゃねぇよ、ヘルフリート。そのうちお前も社会に出たら人の上に立つこともあるし、覚えておいて損は無い――ま、キリヤにも言えるけどな」
「「うげー……」」
「閣下が教育にいいとは思えないけれどね、私は」
「レンちゃんはつれないのー」
「敵にしない適度に嫌われておかないとね。人を取り込もうとしている相手なんだ、ヘタしたら蜘蛛の糸みたいにがんじがらめにされてしまうよ」
「ひどい女じゃのー?」
「そう思っていてくれて結構だよ」
「レンもなかなかしたたかになってきたな……お前、本当に高校生か?」
「君にそれを言われるのはすごく心外だね? これでも君の後輩に当たるんだよ?」
「……のう、名も知らぬ騎士よ。名を名乗ってみ?」
「おおよその事情が飲み込めましたので、お断りします」
さすがランディだね。ちゃんと十分な発言をしていたとはいえ、ただの脳筋思想よりもきちんと状況を把握してくれた。
名乗らないのは、直接私に累が及ばないようにするための配慮かな? 閣下、結構しつこいし。
私はそう考えることにして、ランディを名前で呼ばないよう、いい名称がないか考えてみる……先輩が一番しっくりくるかな?
「なんじゃい! けーち、けーち!」
本当に、子供じみている。
「話を戻しますと、私は今スロットを≪料理≫で埋めております。PKは少々難しいかと」
「……チッ、卑しい料理人であったか」
卑しい?
「閣下、いくら朋友とはいえ、我が朋友の悪口は聞き逃せんぞ?」
「クロウよ、主も知っておろう! 儂も過去のデスゲイムイベントで起こった、あの口に出すのも憚れる忌まわしき料理人が行った大量殺人の被害者であるということを! 嫌いにもなろう!? たとえ一時間でもアカウゥト凍結は死活問題なんじゃぁああっ!」
「まぁ、分かってはいるが……」
「ならば嫌いになるも同然じゃ!」
料理人が主催者だったこともあったのか……毒殺か、怖いな。
前にランディも、辛さ七十八倍の特製料理を近藤さんに食べさせたこともあったし、きっと効果は絶大だったんだろう。
「しかし閣下よ、今は閣下も料理人を雇っているではありませんか」
「ああ、一切スキルにはスロットさせてはおらぬがな?」
「宮廷料理人なのに素人なのかい!?」
それはちょっとまずいとかそういうものじゃない。一応「お仕事」なんだ、プロを雇っているのならば話は別だけれども、素人料理を出すのは間違っている。
「今回の料理人も全員素人なのかい?」
「あ、軍師さんの言うことはもっともですね。ですが安心してください。さすがに今回ばかりはフルスロットに変更させましたから」
「――私は軍師じゃないって言っているのをどうしてみんな聞いてくれないんだろうね?」
「自称と他称は違うからだろ」
ランディは鎧を打ち鳴らしながら肩をすくめた。
「まぁとりあえず話を戻しましょうよ」
今の今まで、我関せずといったルシーがようやく口を開いた。
「まず疑問に思うのですが、“お客様”に閣下がお言葉を与える、これになんの問題がありましょうか? 私は政治に疎い聖職者、いまいちピンときません」
「もったいぶってんじゃねーの?」
「偉い人ってすっげー話長いから今考えんの無理なんじゃねーかな? オレんとこの校長、全校集会でいっつも『君たちに特別なお話をします』って言ってっし」
「俺様んとこもそーだな……っつーか、どこが特別なんだろーな?」
私のところも偉い人の話は似たような言い回しで切り出すから、その気持ちは十分に分かる。でもそれが――
「それが“政治的”というものですよ」
――っと、ルシーが代弁してくれたね。
「「めんどくせー」」
二人の言うことももっともだけれども、本音と建前というのはいつだって必要だし、曲解させないようにするにはいつだって言葉を重ねる必要がある。
好きという言葉だって、それ自体じゃLoveかLikeかをはっきりしない。言葉は飾らなきゃダメなんだ。
まぁ誰も彼も似たような話ばかりだから、もう少し語彙を増やして欲しいとは思うこともあるんだけれども。
そんな愚痴はともかく。
「一度話を“蹴った”からじゃないかな?」
私は私なりの見解を述べる。
そもそもこの依頼、大義名分からして「第一種特例の社会復帰」なんてものだ。閣下たちはその話を一度断っている立場だ。
「曲がりなりにも一度話を蹴った、なのに私たちに協力していて、必要経費と言う名目で報酬が支払われる。これは閣下らを非常にややこしい立場に置いてしまったんだと思う。世間一般から見たら単なる縁故と贈賄で引き受けたようなものだよ?」
この必要経費というのが実際に厄介だ。水増しなんて簡単にできるし、そうすればそれこそ私腹を肥やせる。肥やさずとも国の発展に当てれば国自体の発言力が大きく高まる。
そして私たちの結んだ契約内容――失敗しても成功しても、彼らには必要経費を支払う義務が生じる――帝都にしてみれば濡れ手に粟とも言える話だ。
「うっかり全員の前に出たらどうなると思う? お金に目がくらみました、とでも公言しているようなものじゃないか」
他の街よりも発展するということは、他の街が寂れていくということ。このあたりは今の日本をみればよく分かる。
「まぁ現状ではどの街でも必要があるからこそ存在するんだろうから、廃村とかそういう動きは特に多くなくて、情勢はそう大きくは変わらないと思う。けれども必ずやっかみは飛んで来るよ?」
ドラゴンの街における、ドラゴンの巣の奥にある採掘権。これは有名無実だってことは教えられている。
実際には存在しない権利を持っているこの話こそ、その政治的な話の最たるものだ。
「さすが軍師レンちゃん、聡いの」
「では、軍師はどうするのが最善だとお考えでしょう?」
「だから私は軍師じゃない」
どうして私を軍師だ軍師だともてはやすのか。私よりも軍略に優れた人なんてたくさんいるはずなのにまったく理解できないことだ。
「さっきの流れで分かってくれると嬉しかったんだけど、蹴るのが一番だと思うよ。ただ、今回のケースじゃどっちも大差ないけれどね」
「大差ない?」
「国を傾けるほどの散財だけど、結果だけ見るなら公的資金投入とも言い訳できるからだよ。軍人と服屋と楽団と、あとは料理人たち。ずいぶんと職業が偏っているけれどね」
「なるほどの」
「うちの軍人は大半が半農半兵ですし、農家にも臨時収入があったとも見て取れるでしょう」
「へぇ? 大半が農兵なのかい?」
「戦争やるのに食い物は重要じゃからの、順繰りに訓練やらせたりと工夫を凝らしておるでな、ちーっとばかし普通の農兵とは呼べぬようにはなっておるが……まぁとにかく、食い物の大切さ、儂はよーっく身に染みてわかっとるんじゃよ……」
閣下が遠い目をして、当時の食糧事情に思いを馳せた――兵糧は確かに重要だ。そしてそれを生で体感できる戦中を生きた人の言葉は重かった。
「だがまぁ、蹴るのが一番となれば蹴っておこう。理由は……そうじゃな、無粋な演説で若い者同士の邪魔はしたくない、でいいじゃろ」
「ではそのようにいたしましょう」
「あとは贈賄容疑だね。それがなんであれ、世論には勝てないから」
こればかりは第三者の視点でどう見られるか、だ。
「めんどくさいなー!」
「どうしたって政治家への贈り物ってそういう風に取られてしまうからね」
憤慨したように怒鳴るアリスを嗜めつつ、近藤さんたちを見る。
「近藤さんたちも、気をつけたほうがいいね」
「そうだな。賄賂を渡した事実だけは、我々も避けたいことだ」
「元が単なる容疑だとしても、それを実行するものが出てしまえば内部から腐れます。この際です、膿を出すつもりで風紀を取り締まるべきかと」
まぁ暗殺ギルドは警官というか、役人色が強いギルドだからそういう醜聞は避けておきたいというのは当然だろうね。
――総子さんの風紀を取り締まるは、きっと内部粛清に近いものなんだろうな。わざわざ「膿を出す」とまで言ってるし。
「内部としてはそれでいいとして、外部だ。軍師、策をひねり出せ」
「だから私は軍師じゃない」
もし私を軍師と呼ぶなら、確かに今私は軍師として計略を張り巡らせようとしている。
もちろん、相手は閣下だ。ヘタに宮仕えにならないよう逃げ回るための策を作り上げてかなければならない。
そもそも閣下と私は年季が違う。私みたいな本からの聞きかじりの知識と、閣下が実際に得た老獪な知識とは比較になるわけがない。
――それはもう、綱渡りのような気分だ。
「第一、それぐらい自分で引き締められないとなるとトップの能力が疑われるじゃないか」
だから今回、私は関係の無い話にはちょっとだけなげやりに答える。
「くそっ、面倒くさいな!」
「お姉ちゃん、ウチは?」
「小さいから特に影響はないだろうね。ギルド単位の依頼が入りづらくなるかもしれないけれど」
「それはちょっとアレだけど、まぁしょうがないかー」
アリスは納得したようにうなずいた。
「では、この件については蹴るということで話を通してきましょう」
「うむ」
とりあえず一難去った、といったところかな? この件に関して言えば「功績の取り消し」だから、とりあえずの安全は確保できる。
「ひとまず、軍師よ。そちの諫言、しかと聞き届けた」
ただ喋っただけなのに、諫言ときたか。
「別に、ちゃんと褒賞は払ってくれるんだよね?」
「そうじゃの。そちが望むとおり、褒賞は『功績の取り消し』じゃ……が、ご恩と奉公が図らずとも成立してしまったのう?」
くっくっく、と意地悪く閣下が笑う。
(しまった、タヌキに化かされた!)
ご恩と奉公は封建的主従関係の基本だ。それがどういう形であれ、成立させられていた……かわしたと思ったら、自分の意図に向かって実に巧みに誘導されていたと考えると、無性に腹立たしかった。
「――では次の問題ですが」
「うむ」
そういえばなぜ、二つも案件がやってくるんだろう?
いちいち上奏していたらキリがないから溜めていたのかもしれないけれど……本当にひしひしと嫌な予感しか漂ってこない。
「これはむしろ近衛兵団の愚痴のようなもので、向こうの“場酔い”に近いことが原因だと思われますが……せっかくならば決闘をと言い出す輩がいる模様です」
「ふん、空気に呑まれる愚か者どもが……絶対にやらせるな」
「はっ、重々承知しております。が、彼らは勝手に我々の腰に佩いた剣を勝手に抜こうとしたり、槍を奪おうとするなどといった被害が出ております」
「ここは幼稚園かい!?」
叫ばずにはいられない話だ。
「奪われたのか?」
「いえ。最初のうちは注意すればそのまま引き下がっておりました。しかし、少しずつ声が大きくなってきているように見えます。今だ大事には至っておりませんが、いずれ暴動が起こるだろうと懸念しております」
「現場の判断にまかせる。よきにはからえ」
「はっ!」
これの相手が子供なら分かる。見たもの聞いたもの、その全てが楽しくてしょうがなくて、そして持っているものが羨ましくてついつい他人のおもちゃを取り上げようとする。
――それを、たかだか婚活に来た大人が?
手段と目的を履き違えすぎじゃないだろうか?
「さて……それはそうと、これを鎮圧すればお前はどうなると考えておる?」
「まずはこのゲーム自体への風評被害でしょうが、こちらはさほど問題にはならないと考えております」
確かにルシーもそう言ったことは言っていた。
「最大の問題は、反乱の口実になりえることであるかと。城下には血気盛んな若者たちがたくさんおりますし、別の街からもこの話を聞きつけてやってくる荒くれ者もいるでしょう。政治に無関心であろうと参加する人数は、少なく見積もっても数百人は固いかと」
――数百人!?
私は思わず耳を疑いたくなる。けれどもよく考えてみれば納得する話でもある。
反乱と先ほどから言っていたけれども、実際に考えればつまるところ革命――現実でいう内戦だ。
すぐに蘇生するからという理由で軽く考えていたけれども、延べにしてみれば一体何人の被害が出ることか……いや、そもそも終わりは見えるのか?
それが数百人……それは千人、万人単位での戦争と同じと考えたって、あながち間違いじゃないかもしれない――ぞっとしない話だ。
「その人数になるという理由は?」
「はっ、このゲームに対しての風評被害を引き起こした原因は閣下である、という悪評は必ず出てくると考えられるからであります」
つまりは、「義憤に駆られた」「善意の」「第三者」と言うやつだ。
それが本当に義憤からきているのか、善意からきているのかははなはだ疑問ではあるけれども、日本人は“和”を尊ぶ国民性だ。
――裏を返せば、人が多いほうに手を貸すということ。
「街を完全に鎖国状態にするわけにもいかず、荒くれ者を締め出そうとすればそれはそれで反乱のきっかけとなり得ます。ルールも知らぬ無法者どもに、帝王閣下が作り民が守っている街をむやみやたらと破壊されたくはありません」
体だけ大きくなった子供しかいないな……私は思わずため息をついてしまった。
「ため息つくと、運が逃げるそうだぞ? レン」
「ああ、私の有り余っているほどの幸運を少しでも周りに分けてあげようと思ってやってることだから気にしないでほしいね」
思わず屁理屈でもって、ランディの言葉に反論した。
「軍師ー、アタシらどーする? 巻き込まれないうちに逃げたほうがいい気がするんだけど?」
「私も賛成だね。私たちはあくまで協力者、主催者がこれぐらい押さえ込めなくてどうするんだって話だし」
「というか我たち、つまりゲームへの風評被害は完全にとばっちりではないか。我らたちに向けるような話ではあるまい?」
「そーだそーだ!」
アスール、アリス、クロウ、キリヤちゃんがそれぞれの反対意見を述べる。
「風評被害はどう立ち回ろうともついて回る、私は社会人として上の意思に従うまでだ」
「拙者は侍でござる。非人道的である命以外ならば、主君に従うまででござるよ」
「俺様もさすがによー、従騎士になったからにはやっぱなんか功績必要なのはわかるけどさー、こんなことで功績あげても面白くもなんともねーっつーか、逆に不名誉じゃん? でも逃げるのもなー?」
タロス、小五郎、ヘルフリート君は中立意見。
「右の頬をぶたれたら左の頬も差し出せ、と主は仰っております。いっそのこと決闘を受け入れてしまっては? 私個人としては血が流れることは好みません、が、医者が治療するために他者の腹を切開するのと同様です。最小限ですむのであれば仕方がありません」
「爆発するのが遅いか早いか、だろうな。ルシーと同じ意見になるとは思わなかったが」
「国の政策に口出しはできん。故に、口出しできる範囲での流血で済ませてしまいたいというのが本音だ。俺自身、コイツと同じ意見になるのは気に食わないが」
「私は局長の意見に従うだけです」
最後に、ルシー、ランディ、近藤さんと沖田さんが賛成意見を述べた。
「で、どうするの? おねえちゃん?」
「どうするの、と言われてもね……」
正直ここまで馬鹿ばかりだとは思わなかった。私自身が、大人とはもう少し自制の利く利口な人たちばかりだと思っていたからだ。
――もちろん、タロスとルシーは除くけれども。
「というか、私に決めさせるのかい?」
「お姉ちゃん軍師だし」
「我輩も期待しておる」
「まぁ、サブマスターになる前に判断力を鍛える訓練みたいなものだ」
「私は軍師じゃないし、こんな訓練はやりたくないな……」
頭の痛い話だ。このまま体調不良を理由にログアウトしたって私に責任はないと思うけれども、それでは無責任で馬鹿な大人の階段を上ることになってしまう。
ログアウトしたい気持ちを押し殺して、また一つ、ため息をついた。
「……私たちに直接関係はないかもしれない、でも帝都がどうにかなってしまったら、他の街への影響はどれくらいになるんだい?」
「例えるなら、最悪のパターンになるとアメリカが風邪を引く程度になるな」
「大問題だね!?」
この世界の大恐慌の引き金になりうる話だということは理解できた。
「まぁそれでもこれはゲームだ。立ち直るまで生きていく手段はいくらでもある。しばらく食い物が蛇の肉になるとか、その程度だ」
「まぁ何度も経験したことだしね」
「反乱を起こした者が閣下の首だけを狙うならばそこまで酷くはならん。荒くれ者が街を壊すからそうなるだけである。我らはなにも気にすることなく逃げても構わぬよ」
「我々“ミブウルフ”としては、その馬鹿どもが街を壊さないよう、そして政治にあまり関わらないよう立ち回るのが厄介だから、事前に止めたいんだがな」
「一般ピーポーなアタシたちはどっちでも構わないんだけどねー?」
それでも、そんな責任重大なことの判断を私に委ねるというのはいささか荷が勝ちすぎていると思う。
まったく、誰も彼も、私を一体何だと思っているんだ。
どこにでもいる普通の、本を読みたいだけの高校生だっていうのに……。
「とりあえず、近藤さんたちの顔を立てよう……反乱はいつ起こるか分からないけれど、リアル側で起こった風評被害のせいで大打撃を受けるよりはかなり分がいい」
「めんどくさいなー」
「我輩としても、あまり他の街を刺激したくはない。交流のない街との戦で、我が国が蹂躙されるのは耐え切れん」
「その言い方だとつまり、街同士での戦争があるんだね? なら余計にここでむやみに国力を下げるのは得策じゃない。反乱されても最小限に抑えるべきだ」
「うむ。我輩も同意見である……軍師よ、よきにはからうがいい」
「なんでもかんでも押し付けるのやめてもらえないかな? 閣下」
「略式ながら、この場にてそちには男爵の爵位を授けよう」
「私は閣下に忠誠なんてものは誓わない! いらないものを押し付けないでほしいね!」
まだ余裕があるせいか、この期に及んでまだ人を取り込もうと画策するなんて、なんて神経の図太い人なんだ!
「そんなに軍師が欲しいなら、脳筋でない普通の人に孫子の兵法書でも読ませればいい!」
「そう怒るな、軍師よ。なにも閣下は悪気があって言ったわけではない」
「他に意図があるとでも?」
「軍師よ……そなたなら察することぐらいできよう? 日本人は権力に弱いのだ。貴族という分かりやすいものであり、そして出来うる限り大きな肩書きぐらい、貰っておくことに越したことはあるまい?」
「そんなに肩書きが重要なら最下級貴族じゃなくて、伯爵か子爵にでもしてほしいね」
「伯爵になれば土地を治める必要がでる。子爵は城もしくはそれに順ずる公共施設の管理者である。そういった者は第一種特例のみと決めておる……この采配、政治的にはかなり無理をしておるのだ。いかに聞き及んだ功績が素晴らしくともな」
つまり子爵以上は、ほぼ一日を通してログインできる状態――第一種特例のような人間にのみ与えられているのか。
確かに、ただふらふらとしているよりはそういった仕事があったほうが、もし快方に向かうのであれば現実でもうまくやっていけるだろう。
なるほど、よく考えられている。
「……忠誠は誓わないからね?」
「よかろう。そういった貴族もまた一興である。そもそも、ただ主君の言うことに唯々諾々と従い、よからぬ事にも諫言せぬ臣下など木偶にも劣るわ」
これはもう、うまいこと抱き込まれたとしか言いようがない。だけれども、相手は百年は生きたおじいさんだ、さすがに私ごときじゃ勝てるわけがない。
(まったく、無意味に肩書きが増える日だね)
負け惜しみだけれども、今回ばかりはそう言い聞かせておこう……じゃないと、不満が爆発してしまいそうだ。
「デスゲイムエベントでの活躍、オリンピアの街を救った功績、そしてその聡明な知識の泉のごとき頭脳を称え、これからの活躍に期待すると共に、ここに略式ながらレンに軍師の称号および男爵の位を授ける」
手刀を切るようなしぐさ。おそらくは剣で肩を叩くのと同じような意味合いがあるんだろう……けど軍師の称号まで公的に与えられるとかは聞いていなかったよ!
「さて、さっそくそちには軍師、そして貴族としての役目を果たしてもらおうかの?」
「分かってるさ――けど、まさか身内から裏切られるとは思わなかったよ」
その裏切り者であるクロウは肩をすくめて、
「なに、我より爵位が上となったのだ、これで堂々と我に命令できるではないか。もっとも、封建制であるからして、我に命じるには軍師に我が騎士としての忠誠を誓わなければならぬがな?」
などとのたまった。
「まったく……!」
こうやってどんどんと閣下の陰謀に巻き込まれていくのか、私は……この先が思いやられてしまう。
――けど今はまず、目の前の事を何とかするしかないだろう。
「指示は私が出す、でいいんだね? 閣下」
「うむ、よきにはからうがいい」
その言葉を聞くたび、思考を放棄しているようにしか感じられないのは私だけだろうか?
「じゃぁ、近衛兵の武器に手を出そうとしているのなら、まずは決闘してみたいという人の意思を汲んで、決闘にふさわしい武器を探しているとほのめかしてくれ。別に本当に探す必要はない」
「はっ! ……は?」
「だから、ほのめかすだけでいいんだよ。それで収まる。収まらなかったら貸せばいいんだ、使い古して壊れそうな武器や防具をね」
「使い古しの武器を、ですか? 途中で壊れてしまっては問題なのでは?」
「言い訳は考えてあるよ、あなたの腕が良すぎてこの業物ではダメのようですね、とか。防具すら破壊してしまうとは筋がいい、とか。モノは言いようさ」
私の意図は伝わったようで、隊長は納得したようににやりと笑う。
「なるほど。では待機している部下には使い古しの武具を新品同様に見えるよう磨いておけと命じておきましょう」
「そうしてくれ」
腕が悪いのではない、道具が悪いのだと責任転嫁させて満足させるのだ。
「数本しか武器が見当たらなかったと言い訳してもいいけれど、それでも続ける可能性だってある。だからさり気なく兵たちの武器を入れ替えていってほしい。まさか近衛兵が使っている武器の質が悪いとか、そう考える人はいないだろうしね?」
「了解しました」
「待機中の兵にはきちんと質のいいものを。もし暴動が起こったら大変だしね」
「はっ! 早速取り掛かります!」
「レンちゃんは詐欺師みたいじゃのー?」
閣下が悪い顔をした。まるでイタズラ好きの少年が悪巧みを思い浮かべたときのような顔だったが……これが非常に癇に障ってしまった。
「どうして閣下は人間のクズみたいな性格に生まれてしまったんだろうね?」
「それはちょっとひどくはないかの!?」
「諫言だよ、甘んじて受けてくれ」
私は顔をそらして、その暴言を諫言ということにしておいた。
2012/12/23
Loveのスペルミス修正しました。




