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剣と魔法の物語  作者: 神楽風月
婚活編
59/97

第58話 増える肩書き

「そんな事があったか……まったく断ればいいものを。相も変わらず人のいい奴だなクロウよ」

 赤い軍服にも似た衣服を着て、初老の老人は苦々しくコーヒーを口にする。

 ――なんで帝王陛下とお茶をしているんだろうね、私たち。

「此度はマスターの意向ですからな、近藤とも相談はしたのですが……引き受けるという形になったのですよ、閣下」

 王宮に到着して真っ先に呼び出されたと思ったら、王宮の入り口、階下にあるロビーとはまた違った趣のある部屋で、こうしてくつろいでいていいのかな?

 階下には本当にろくなことをしない集団――営業と、運営と、参加者たち――がいるのに、なんだか率先して契約を破っているような気さえするよ。

「ところでクロウよ。宮廷へはいつ戻るのだ?」

 意外だ。クロウが元宮仕えだったなんて。

「残念ながらしばらくは。今だ修行中の身ゆえ、しかも大切な家族(なかま)ができてしまってはそうやすやすとは……」

「むぅ……あまりいい思い出ではないが、赤紙召集を考えるべきか」

 赤紙がいい思い出ではないって、つまり戦中の人だろうか?

 それにしては見た目が若すぎる気がするな。まだ六十ぐらいにしか見えない。

「はっはっは、お戯れを」

「しかし我輩も友人にそうやすやすと会えぬのも辛いのだ」

 まぁ、詮索してもいい事はないか。

 まだランディも到着していないし、心もとないんだけれど……とにかくあのろくでもない集団をこのまま放置しているのも気が引ける。

 さっさと具申しておくべきだね。

「ところで陛下」

「――我輩を陛下と呼ぶでないわっ!」

 一喝された。

「我輩はこの身、この魂のひとかけらまでも天皇陛下のもの! 人の身へと降りたとはいえ恐れ多くも陛下と同列に扱う等とはなんと不届きな!」

「閣下、怒るところではないですぞ? 彼女はまだ初めて間もない。彼女なりに敬意を表したまで……我がギルドの有望なる新人たちが怯えてしまいます。ここはお心を広く」

「ふむ……では、以後気をつけるように」

「申し訳ございませんでした、帝王閣下」

 ――しちめんどうくさいな!

 しかも人の身に降りたって、戦後に天皇が現人神を否定した「人間宣言」の話じゃないか……まぁ神格は否定していなかったはずだけど。

 確か「人間宣言」が行われたのは昭和二十年……外見と年齢があっていなさすぎるのではないだろうか?

「素朴な疑問なのですが」

「なんだね?」

「帝王閣下におかれましては、御歳おいくつで?」

「正直ここまで生きると歳なぞどうでもよくなってきてな。百から先は数えるのをやめておる」

 百歳、超えているのか。

 その上第一種特例……ということは、寝たきりの老人かな? もしそうだとしたら、確かにとびっきりの特例だよ。

 第一種特例は、別に怪我や病気で起き上がれない人向けの話じゃなかったようだ。

 それに寝たきりでの最大の問題は生きる活力を失っていくことだって本で読んだことがあるし……見た目を四十歳以上も若くしているのは、やっぱり色々あるからなんだろうな。

 外見が百歳を超えている老人なんて、どう扱っていいか困るだろうしね、普通の人は。魔法はともかくとして、剣を振り回していたらなおさらだろう。

「こうして国を作り、思うようになった。やたらカミカゼなどと叫んでいたが、あれは国力を下げる戦いであったのだと。ゆえに我輩は天皇陛下の名の下、国民を庇護し他国に負けぬ国を作らんとするため――」

「閣下、帝都の歴史は長くなりますぞ? 我々も仕事の合間であるが故に、それくらいで」

「――む、しかたあるまい」

 すごい。

 クロウがいつもよりも常識人というか、ストッパーとして働いているよ。

 普段からそうしていてくれると私の気苦労も減るのに。

「しかしクロウよ、いつになったら宮廷に戻ってくるのだ?」

「残念ながらしばらくは。今だ修行中の身ゆえ、しかも大切な家族(なかま)ができてしまってはそうやすやすとは……」

「むぅ……あまりいい思い出ではないが、赤紙召集を考えるべきか」

「はっはっは、お戯れを」

「しかし我輩も友人にそうやすやすと会えぬのも辛いのだ」

 ――って、話がループし始めたよ。いくら活力があっても、やっぱりちょっとボケが入ってしまうのはしょうがないのかな?

 というか、アリス。

 依頼を放っておいて、こうやってのんびりしたいって気持ちも確かに分かるけれど、一応お金の絡んでいるお仕事なんだから、そろそろ戻るとか言ってくれないとまずいと思うんだけれど?

「ところで帝王閣下、私たちは依頼を受けているのですが」

「よいよい。戻ったところであのようなものは無理難題を押し付けにくるだけだ。上奏に来るのをここで待てばよい。そのための臣下であり、我輩が手塩にかけて育てた近衛兵団である」

 その無謀なことが起こらないよう、監視する必要があるんじゃないかって意味だったんだけれどな。

 近衛兵団とかいるならそれも心配ないのかもしれないけれどさ。

「そうそう、それにお姉ちゃんがちゃんと釘を刺してくれたしね。いい加減現実も分かったんじゃないかな? さすがに向こうも、悪評がネットにばら撒かれて会社が潰れるのは避けたいんじゃない?」

「……今度はその悪評をばら撒くのが参加者のほうかもしれないって言う可能性は考慮に入れているのかな?」

「べっつにー?」

「たった数十人がわめいたところでさー、何もかわんねーと思うぜ?」

「運営も一応社会の役にたっていますし、人気コンテンツを提供していることも鑑みるなら単なるネガキャンと取られるかと」

「ヤケイシにミズってやつだな!」

「然り」

「一般人が寡兵で情報戦に勝つには知識と技術が伴わなければならないぞ、軍師」

 ――まさか、身内から総攻撃が来るとは思わなかったよ。

「我輩はさすがに最近の若者が作ったパコソンやインターネントは使えん……まったく、歯がゆい話だ」

 閣下はたぶん、パソコンとインターネットの事を言っているんだろう。お年を召しておられるからか、間違って覚えていらっしゃるようだ。

「閣下は指揮官なればこそ、どんと構えていてもらいたいものですな」

「そうだね」

 でも帝王閣下、今あなたが使っているものはパソコンよりもよっぽど高度な技術が使われているものなんですよ?

 ――まぁ、設定したのはご家族や運営側なのかもしれないけれどさ。

「そういえば、国庫に関しては大丈夫なのでしょうか?」

「そなたは先ほどからくだらぬことを気にするな」

 いや、くだらないことじゃないと思うんだけれど。

 だって国のことだよ?

「国が傾いたとしても、また立て直せば良いだけなのだ。我らが日本国の高度成長期を支えたのはほかならぬ我が孫ら。我輩と違い頭の出来も違うでな、そやつらが言っていたよ。国死すとも経済は死なぬ、と。ならば、我が国もいずれまた不死鳥の如く蘇るであろう!」

 経済基盤があれば国は死なない、か。

 まぁ確かに真理かも知れないけれど、現実に置き換えたらいろいろと大問題だと思うんだよね。

「その言葉、まさに目から鱗であった! 戦後の物々交換、アレもまた経済とはなるほど我が孫の才能に戦慄すらしたわ! うちの孫たちは天才だ!」

 よくいるよね、孫自慢したい御老人って……帝王閣下も例に漏れず、そういう人みたいだよ。

 ぐっとこぶしを握り締めて、演説しているみたいに身振り手振りを交えている。それはどこか演技がかっているけれども、為政者ならこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。

「……ところでクロウよ。宮廷へはいつ戻るのだ?」

 それ、さっきお聞きになられたじゃないですか。

「残念ながら――」

 クロウもよく飽きないな……そんな事を思いながら、現実逃避するように私はコーヒーを一口。

 ――少し冷めてしまっているけれども、それでも口の中に広がる苦味と、口の中をさっぱりとさせるような酸味はいささかも衰えてなんていなかった。

 とてもいい豆を使っているし、なによりブレンドされている豆の比率が絶妙だ。

 こんな一品、ちょっとしたカフェじゃ味わえないね。さすがにシステムアシストが入っているんだろうけど、とても気に入った。

 ブレンドの比率を教えてもらえれば、ランディの店に並ぶだろうか? 御用達の品だと少々値が張ってしまうかもしれないけれど、こういうのを飲みながら本を読みたいな……今はさすがに閣下の手前、読みたくても読めないし。

(あ、焙煎の加減も豆の挽き方も分からないか……)

「――軍師レンよ、聞いておるのか?」

「あっ、はい。申し訳ございません、少しばかり考え事を」

 私は軍師じゃない、そう真っ向から否定したい。

 否定したいけれども、さすがに帝王閣下相手にそれはないだろう。礼を欠くことだ。

「クロウが語っておったが、先のデスゲイムエベント、そなたは著しく活躍したと聞く」

「滅相もないです。最終的に戦局を決定付けたのは現場を知る者と、そして私の預かり知らぬところで単独作戦を成功させた者の手腕です」

 あの事件が解決を見たのはランディとアスールの単独行動の結果だ、局所的に見れば戦法が戦術を上回っただけ。

 しかも、ドラゴン愛護団体が主催者という証拠はまったく無かった。情報操作もされているんだろう、ドラゴン愛護団体が犯人であることを匂わせるような新聞が出回っていたけれど、本当に主催者かどうかは本人達にしか分からない。

 今考えれば、ドラゴン愛護団体がいたからこそ、一部の人間はドラゴン一頭から取れる素材などの利権を丸ごと享受していた可能性も考えるなら……?

 あの時はまだゲームを始めて間もない頃だったからこのことに気付きはしなかった、けれども、今更ながら考えるとちょっと黒い話になることは必須だろう。

 藪をつついて蛇――蛇程度ですめばいいけれど――を出すのは趣味じゃないから、そのままにして掘り起こしたくない事件でもある。

「故に私は軍師ではありません。一介の平民、本を読むのが趣味の道楽者でございます」

 とにかく私の手柄じゃないということを強調しておけば、軍師とも呼ばれまい。それに、本の買いすぎで身を崩しかけたんだ、道楽者以外の何者でもない。

「なに、我輩を前にして自分を卑下するとは奥ゆかしい若者だな。だがしかし、友人たるクロウからは話を詳しく聞いておるぞ? 地形と敵戦術によってゴウレムの有無を判断し、敵陣形に対しては地形を加味した作戦立案、素晴らしいではないか」

「たまたま、読んだことのある本にあったものを当てはめただけでございます」

 クロウは、どれだけ誇張して伝えたんだろうね?

「ではその後に待ち構えるエルフの村救出エベント。的確に敵に黒幕がいると見破りし洞察力はどう説明する?」

「それも本の知識より」

「なるほど、軍師ではないと主張するが、そちは賢者と呼ばれたかったのか」

「なんと! そうであったか賢者よ! 我は単に謙遜しているだけだと思っていたのだが、他人の気持ちも汲み取れぬとは……我はただ恥じ入るばかりである!」

 汲み取れてない。

 汲み取れてないよ、クロウ。

 あとさらっと呼び方を変えないで欲しい。

「賢者でもありません」

「お姉ちゃんは結構作戦考えるの得意だし、やっぱり軍師じゃないかなぁ? オークが逃げ出すのも織り込んで罠を仕掛けたり、即興の城壁を組んだり、魔法で蹴散らしたりして……結果として街を救ったんだから。まぁ大穴あけちゃったけどさ」

 アリスまで余計な事を……!

「数十体もいたオークをたったの一発、百メートル以上も地面抉って殲滅しちゃうんだもん」

「ねーちゃんすげーな!?」

「どんだけだよ!」

 私も自分の魔法の破壊力に驚かされた事件だけれど、ヘルフリート君やキリヤちゃんみたいな感想を持ったよ。

 ――でもそれ、今言う必要あるのかな?

 私が犯人ですって言ってるようなものじゃないか。

「あの平原にて巨大な大穴を明けたのはそちか!」

 ああ……食いつかれちゃった……黙っていればバレないと思っていたけれど、早く弁解しておかないと。

 ヘタをしたら、犯人として牢屋送りとか、剣闘士の街送りにされてしまったらおちおち本を読むことすら出来なくなってしまう。

「またデスゲイムの残党がいるのではないかと考えていたところであったが――」

「隠し立てすることでもありませんが……罰を受けるのが恐ろしく、黙っておりました」

「――クロウに話だけは聞いておったが、誠であったか」

「ええ、そうです」

 タヌキみたいな人だな。

 知っていてなお、わざわざ私の口から語らせるなんて……言質をとられてしまったよ。

「ふむ……そなた、我輩に仕える気はないか? 役職は、そうであるなぁ……軍師が嫌であるならば宮廷魔術師ではどうか? 扱いとしては公爵に準ずるものとするが」

「おおっ、思い切りましたな閣下!」

 ――無位無官から、いきなり公爵クラス?

 史実と同じような意味合いで言うのなら、王家と縁の深い者またはそれに肩を並べるほどの大貴族になる。

 いくら貴族じゃないとしても、クロウは爵位として最下級――貴族として扱われない騎士の位だと考えれば、とてもじゃないけどいきなりそこに飛ぶのはおかしい。

(きっぱり嫌だと答えたい……というか、絶対に裏がある)

 それに年俸なのか月給なのか歩合なのかははっきり言って分からないけれど、それなりの地位で宮仕えって絶対妙な仕事とか回されるだろうし、後ろ暗い仕事とか、真っ黒な仕事はっきり言ってごめんだ。

 何より、街の運営に携わるということは読書時間が減る、確実に。

「お心遣いは大変ありがたいのですが、まだ一ヶ月前後の若輩者が突然そのような地位につきましては他の努力しているものに対して示しがつきません。それと、今はこちらのヘルフリートとキリヤを育てるという依頼を、初心者ギルドのマスターより受けているのです。そちらをないがしろにしては、初心者ギルドの名に泥を塗る行為。お断りさせていただきたく存じます」

「弟子ならば別に構わぬ話ではないか?」

「弟子ではございません。大切な仲間でございます」

「そうか……」

 帝王閣下は明らかに気落ちしている。申し訳ないけれど、受けるつもりは毛頭ないんだ。

 それにヘルフリート君とキリヤちゃんをダシに使ってしまって申し訳ないけれど、切り抜けるためなら何でも使わなきゃね。

 ――だから二人とも、私の事をそんなふうに輝いた目で見ないでほしい。私のお腹は真っ黒なんだから。

「では我輩の友人としてならどうか? 働く義務はなく、ときどき我輩の相談に乗るだけで良い。まぁ、騎士の位程度は受けてもらわねば体裁が取れぬので、それだけは了承してもらいたいが」

「そうですね……」

 いきなり高い要求から、急に要求の難易度を下げた……これは、ちょっとだけ怪しんだほうがいいな。誰がどう考えたって、閣下が何を考えているのか見え見えじゃないか。

 交渉術でも良くある手だ。それにボケているように見えて、なんとなくタヌキっぽいし。

「……私はまだまだ若輩の身、閣下におかれましてはこの街を見るに為政者としての才もお持ちでしょう。私ごときがそのような方の相談に乗るなど、おこがましいと考えます。ですので、いくら帝王閣下の頼みとはいえ、お断り申し上げます」

「そうか」

 ――明らかに苦虫を噛み潰したような顔をしたよ、閣下。

 これ絶対名目上での依頼で功績を立てさせて、いろいろがんじがらめにした末に取り込もうとしていたんだろうね。私の事を宮廷魔術師――いや軍師として。

 私は軍師じゃないって言うのに。

「クロウのマスター、アリスよ」

 次は身内の懐柔に入るのかい?

「はい」

「そなたは実に良い軍師に恵まれておるな」

 ほら、やっぱり。

「自慢の従姉(あね)ですからねー」

「ではアリスよ、我輩の友人に――」

「なりません」

「――チッ」

 あ、メッキが剥がれてきた。

「私はぜひとも友人になりたいが――」

「貴様はダメじゃ、タロス。一度国庫を食いつぶし国を傾けそうな研究をはじめようとしたではないか。それでいて国に見返りはなし……金も稼がず結果ももたらさず、研究だけやるような男には用などないわい」

 何をやっているんだい、タロス……。

「私の研究が完成すれば確実に国益になる。閣下も、ゴーレムよりも強靭な兵士は喉から手が出るほど欲しいだろう? 戦力の平均化と底上げは軍の至上目的だ」

 しかもタメ口だし。

「エスエスはダメじゃ、信用ならん」

「エスエスではなくSFだ、そしてSFではなく科学だ」

「どーでもえーわい。紫電改、いやせめて儂の愛機じゃった零式(れいしき)艦上戦闘機ぐらい作ってくれると思ったんだがのぉ」

 あ、この人下手をすれば軍曹(じんがい)と同類か。そのうち「空気が歪んで……」なんていいそうだ。

「……はぁ、今回は空振りというわけか」

「あ、じゃぁせっかくだし俺様騎士になりてーかも!」

「坊主が? ……ふむ、青田買いにもなるか……よし、ひとまずは従騎士に任命しよう! 武勲を挙げれば正式に騎士として任じ、そして功績に応じる事となるが、ゆくゆくは近衛騎士に任命しようではないか!」

「よっしゃー!」

 喜んでいるところ申し訳ないんだけど、その約束は決してエスカレーター式ではないからね? しかも今与えられたのはどこまでいっても警備員(ボランティア)レベルで爵位(せいきこよう)ではないんだよ? ……水を差すのも忍びないから言わないけどさ。

 この人、やっぱりタヌキだ。

「閣下、言っておくけど“将を射んとすればすればまず馬を射よ”って考えなら無駄だよ? この子たちは育てるのを手伝うだけで弟子じゃないから、そっちから話が回ってきても絶対に協力しないからね」

「チッ!」

 やっぱり考えていたか!

 まったく、なんてタヌキな。もしかしたらさっきのボケ老人の話題ループも演技だったかもしれない……油断がならないな、本当に。

「あと、だからといって取り消すとかしたら、さすがに私は敵に回るよ? だから、自分の言葉には責任を持ってもらいたいな」

「では、貸しじゃな」

「そんなわけないじゃないか。閣下がやったのは単なる青田買い、それだけだよ」

 ランディも、ヘルフリート君の剣の才能は言外に認めるほどだしね。

 むしろこっちが貸したぐらいだよ。

「……なんじゃい、ケチじゃの。しかも帝王である儂に対しても、年寄りとしても敬意を払わなくなりよって」

「閣下のメッキがはがれてきたし、まぁそれくらいならどうでもいいけれど。そんな風に取り込まれるぐらいなら嫌われなきゃ。だからこそ敬語はダメだと思うんだよね」

 まあ、貴族や王族の恨みつらみは怖いからそこそこの嫌悪で手を打つつもりだけど。

「あー、老い先短い儂の味方はクロウ一人じゃのー、さびしいのー?」

「だから軍師を宮廷に引き入れるのは無理だと言ったであろう? 彼女は頼んでもいないのに言葉の裏の裏まで読んでくる。まさに軍師よ」

 ……事前に談合していたのか、クロウと閣下。

 あとで何か高い(ほん)でも奢らせようかな? この落とし前として。

「これはゲイムじゃからこそ、勢いと威厳があればいけると思ったのじゃがなー……」

 メッキを完全に落としたのか、ガラッと雰囲気が変わったね。

 うん、今なら間違いなく言える。彼はまぎれもなくクロウと性格的に同類、似たもの同士だ。

「あーあー、遺産相続がどうのこうのと、それだけで生かされておるだけの儂をかわいそうともなんとも思わぬ冷血な女じゃのー? 百も超えた老害は友人にすらしたくないということかー、非情じゃのー? 最近の若者は敬老という言葉すらないんかのー? 日本が誇る助け合いの精神はどこへいったー?」

「そこまで言われたら……」

「たら?」

「閣下に仕える気も友人になる気も完全に失せるね」

「冷血女ー!」

「君は子供かい……」

 私は思わず頭を抱えてしまった。

 本当に言ってはなんだけれども、これ(・・)が国のトップでいいのだろうか? ――いいんだろうなぁ、仕事さえキッチリしてれば。

 最近だと近藤さんの、ランディを牢屋にぶち込もうとする執念じみた言動のこともあるし、トップはなにかしらこうでないとダメみたいな法律でもあるんだろうか? ……ありそうだなぁ、暗黙の了解とかで。


 ゴンゴンゴンゴン――その部屋の扉がノックされる。


「閣下、よろしいでしょうか!」

 臣下か、近衛兵の一人なんだろう。男の声が扉の向こうから上がる。

「うむ、入るがいい」

 仕事モードにスイッチしたのか、閣下は急に威厳を取り戻す。

「はっ! 失礼いたします!」

 がちゃりと扉が開かれると、この国の正式装備であるハーフプレートアーマー――いわゆる機動性を重視した鎧だ。胴体と背中、太ももを守る程度の装甲しかなくて、関節部がむき出しになっているもの――のうち、近衛兵にのみ許された白銀色の鎧を着ている、スキンヘッドで、なんとも太ましい樽のような体型だけれども、とてもエネルギッシュな気迫に満ち満ちている六十代の男性が入ってくる。

 近衛兵団長であり、この閣下の息子である“隊長”というキャラクターネームの人だ。私と同じく、第一種特例における家族招待枠でログインしてきた人らしい。

 ちなみに、息子だけど王位継承権はないとか。

「“ミブウルフ”および“アリス・イン・ネバーランド”の者だと名乗る集団が王宮正門前に到着しております」

「隊長よ。我輩はその者たちは関係者であり、ここに通すよう言っているはずだが?」

「はっ! されどサブマスターと名乗り、名も告げぬ一名が顔を隠したままであり、怪しいと判断したためにご報告に上がりました!」

「ふむ……我輩の首を狙う者か……?」

「いや、死んでも復活するし、首を狙うのは無意味じゃないかな?」

「……軍師、そなたは本当にこの世界に来て間もない女のようだな」

「あー……お姉ちゃんは帝都ルール知らないんだったね」

「帝都ルール?」

 初めて聞くけれど、帝都ルールと呼称していることから、文字通り帝都独自のルールなんだろう。

「国が善政を敷いていないと判断したのであれば、いつでも反乱してもよいというものだ。首が取られれたならば即退位するという閣下のマニフェストである」

「つまり、人数によらない過激な不信任案みたいなもの?」

「で、あるな」

 帝都だからお門違いかもしれないけど、民主主義はどこへ行った?

「……閣下は何でそんな事を?」

「ある意味ではガス抜きでもあり、贈賄による腐敗を防ぐための牽制とも言える。単純にケンカ祭りと言い換えてもいい。若い者は血の気のやり場に困るからこそ悪事を働き、またこうした口実を民に与えることで、我々は自戒するぞという意志も込めている」

「なるほど」

「あとは純粋に、この程度の文明レベルならば反乱こそが国の革命であると考えた上だ。郷に入りては郷に従えと言う」

 わざわざ孫たちから歴史の教科書を借りて勉強しなおしたほどだと閣下は言う。

「もっとも、反乱が目的であって統治するのは面倒だという輩が多く、結局は生き返った我輩に統治を押し付けるのだがな」

「……なんともいえないね」

「まったくだ。おかげで初代でありながら同じ人物が歴代を重ね、今では第三十九代帝王となってしまった。最近の若者は根性もなにもない。だが、ガス抜きの目的は果たす」

 少なくとも三十八回は斬首されたのか。なんともまぁ……でも、ある意味ではゲームという利点を最大限に生かしていると言ったほうが正しいのか。

 ほとんどの物語において帝王とは悪役が多い。善政を敷いても出てしまう不満を、あえて悪役になることで解消させるという“お祭り”なんだろう。

「閣下。いかがいたしますか?」

「む、そうであったな……“ミブウルフ”は本物であるな?」

「≪変装≫スキルを使用していなければ」

 言葉の響きや文脈から想像すると、≪変装≫スキルは他人に文字通り変装することも可能らしい。

「――軍師レンよ、意見を許そう」

「私は軍師じゃない。あと、閣下に仕えてはいない」

 意見を許されたから、きっぱりと言ってやった。

「……じゃからレンちゃん、この場ではそういうことではなくてじゃなー?」

「お義父さん、メッキがはがれてますよ?」

 隊長も一発ではがれたね。しかも言い回し的に入り婿だ。

「ごほん――軍師レンよ、そなたはどう見る?」

「え、意見を言えって?」

「軍師よ。我の友人の頼みだ、聞いてやってはくれまいか?」

「うかつな事を言って功績立てたら、褒賞でがんじがらめにされて宮仕え、なんてされたくない」

 そうなったら本を読む時間が確実に減りそうだし、ヘルフリート君とキリヤちゃんを指導して日銭を稼げなくなりそうだし、なにより本を買いに行くお楽しみ時間も消し飛んでしまう可能性がある。

「分かった分かった! そちが望むとおり褒賞は『功績の取り消し』じゃ! これで無位無官を貫けるじゃろう。だから儂らに所見を述べるだけ、これでいいかの?」

「それなら」

 私はほんの少しだけ考える――例えば、自分だったらどうするか?

「結論から先に言うと、本物だね。本人達に害意がなければ通していいと思うよ?」

「軍師レンよ、その理由はなんだ?」

「本当に首を取りに潜入するなら十中八九、正門前は囮だと思う。確か≪ソナー≫ってスキルは広範囲の音を正確に、必要なものだけ拾える、と言う認識でいいんだよね? 範囲内であれば」

「で、あるな。ただ盗聴するためのものではないゆえ、プレイヤーが発言した内容は分からないようになっている」

 予想通り、文字通りの意味での音波探知機(ソナー)であり、やはり盗聴器や集音器のたぐいではないようだ。

「フルスロットにすれば半径にして七十八メートル、かなり広範囲だ。王宮内にいても、何人かで探査すればどこのあたりにいるかぐらいは分かりそうなものだよ」

「しかし軍師殿。我が城は一階のロビーはともかくとして、それを加味してのつくりにしている。庭も含め、この部屋と外壁の距離は百メートルを優に超える」

「正確な位置なんて分からなくたっていいんだよ。少なくとも、上に行ったか下に行ったかわかればあとは虱潰しだ」

 隊長の言う“ロビーはともかく”ならば、“ロビーは少なくとも把握できる”ということ。

 そして王宮は複雑な構造をしていない。

「ロビーから上に向かっていった、これが分かれば大軍でもって寡兵を駆逐するだけ。仮に秘密の抜け道があるとしても、ロビーから百メートルも離れているかな? 当然ながらソナー役が見つけておしまいになってしまう」

「なるほどなるほど……至極当然である」

「正直言うと、こうやって相談しているうちに攻め込める。なのに攻め込んでこないなら、別のルートからの奇襲を警戒したほうがいいね。例えば、窓からとか」

「考えてもみればその通りだ」

 隊長がすぐさま窓のほうへ駆けよる。

「真っ当で、当然だな」

 その真っ当な意見がどれだけ考えられていないか、というのが私にとってすごく不思議でならないんだけれどね?

「あとはそうだね……望遠鏡もあるんだし、普通に考えたら遠くからこの部屋を見つけられるんじゃないかな?」

「それもそうだ」

「というわけで、所在が分かっているのであれば一本道。暗殺するもよし、さっさと突撃するもよし、攻城兵器で城ごと殺るもよし。なんなら≪エクスプロージョン≫で自爆テロもよし」

「……さらっとえげつないことを思いつくのだな、軍師レンよ」

「どれも普通に考えられることじゃないか。まぁ、実際に攻城兵器以降の方法をとるとは思えないけれどね」

 当然だけれど、統治しなければならない国の拠点を反乱で破壊してしまうのは、この帝都に限って言えば愚の骨頂だ。その反乱が更なる反乱のきっかけになってしまう。

 当たり前の話だけれども、他国と戦争しているわけではないんだ。だからお金はどこから来るかといえば自国。それも国民からだ。搾り取れるわけがない。

 単なる不信任案のためだけの反乱でそこまですれば、税が跳ね上がってしまう。そしたらまた反乱、そして反乱と続いてしまうのは想像に難くない。

 それをめんどくさがって結局閣下に押し付けてしまえば、きっと税率が上がった理由を説明するだろう、そうすれば相手は自重するし、それをやらかしてしまった人は白い目で見られてしまう。

 ゲームだからこそ言える話だけれど、つまりはデメリットだらけなんだ。

「で、先ほどからこうやって私が説明に時間を割いているのに突撃する様子はない……というわけで、奇襲か暗殺かに絞られるわけだけれども、この作戦の前提条件はソナー役が複数城の周りにいることだ。その報告がないなら狙撃か、奇襲、もしくは正面から堂々と入って来ての急襲――とは言うものの」

「の?」

「判断する手っ取り早い方法が一つ」

「なんだね?」

「私たちがコールすればいい。必要があるならチャットを開けばいい。これで一発だよ?」

 時計は一人に一つ、それ以上持っていても扱うことは出来ないしなりすましも不可能だ。

 この前提条件が崩されない限りは、≪変装≫スキルを用いていたとしても無意味な話となる。暗殺なら、この場に私たちがいなければ妙手となっただろう、という程度か。

 とてもとても単純明快な答えだけれど、わざわざこの回答を最後に回したのは、雰囲気的にそう求められていたからに他ならない。

「……それも、そうだな」

「≪変装≫スキルはあくまで外見のみを変えるからのう……」

 そんな簡単な事にも気付けなかったと、二人は頭を抱えてため息をついた。

「では、この件はコール……は、少々分かり辛い。チャットにするとしよう。そして伝えねばならないことがもう一件」

「“お客様”がなにかを言い出したんだね、用件は他のメンバーがここについてから聞くことにするよ」

「さすが軍師と呼ばれるだけはある……!」

「しかもお姉ちゃん、大禁呪の魔女とまで呼ばれてるからねー」

「誰かさんがそう呼んだせいでね?」

 私としてはいい迷惑だ。

 クロウを睨みつけるけれども、我のせいではないと言いたげにシラを切る。

「大禁呪の魔女であり、智慧の賢者であり、策略一等の軍師……すべてを見通すとは恐ろしい女よ……!」

「お見通しじゃなくて、上奏するのを待っていればいいって言ったのはここの閣下だよ? それに期待を裏切らない“お客様”のことだ、想像に難くないね。ありありと想像できるよ本当に。それこそカマかけにもならないくらいに、ね」

 あと無意味に肩書きを増やさないで欲しい。本が安くなるわけでもないし、生きづらくなるじゃないか。

「……のう、レンちゃんや。やはりウチの子にならんかのう?」

「お断りだね」

今回は書き溜めすらできなかった……だと……!?


アイディアが泡のように浮かんでは表面で消える、炭酸のような状態……それでも完走は目指します。


誤字脱字、ご意見ご感想よろしくお願いします。

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