第56話 変態と変態と変態と、そして余計な事
すごく昔にあった高所恐怖症克服プログラムには、ヘッドマウントディスプレイに映し出されたポリゴン世界で、何度も何度も高いところから飛び降りるっていうものがあったそうだね。
そのポリゴン画像はまったくリアルじゃない。芝生は緑で、土は茶色、コンクリートは灰色……この世界に慣れれたらまったくリアルじゃないけれど、それでも高所恐怖症を克服するのには十分な情報量だったらしい。
――私は何が言いたいのか?
ああ、単純に怖がられているんだよ。ゲームとはいえ、命令したのは私だ。まさか犯罪者を見る目で見られるなんてね。とても貴重な経験だ。
ここは策成れり、とでも言ったほうがいいのかな? なまじリアルな分だけ恐怖心を植えつけることには成功したのだから。
「しかし壮観だね、五メートル級ゴーレムと同じ目線の高さだったかな。すごく遠くまで見える」
一般的なマンションの高さから言うと、一階から二階までの高さが三メートル、となればこれは三階建てのマンションのベランダからの高さくらいかな。
「そうだろう、そうだろう」
私たち先行組は、ゲリュオーンI型改の肩や両手に座っている。馬車を借りるよりはこちらのほうが安上がりだし、なにより両肩両手に乗っていられるというのはいいアピールになると営業から押し切られた面もある。
でも――まぁ嫌いじゃないかな、この高さは。本当に遠くまで見える。
だけど、どの馬車の窓からもよく見えてしまうのは少し問題かもしれないね。
転べば危ないという理由と、全参加者に動いている姿を見せ付けるという意味も込めて、十台の馬車の中からよく見える場所を歩行しているから、しょうがないことなんだけれど。
「ロボは素晴らしいだろう? 軍師の読んでいる技術書を見て分かるとおり、以前話題に上がった蒸気機関を採用してみた。やはり耐久力や熱、燃料問題もさることながら出力調整が非常に難しい。だが、それが試験機――もとい、専用機の楽しいところだ。それに二足歩行ならば私の理論上、不安定さを利用した機動によって巡航速度が同一ならば航続時間も飛躍的に延びるし、試作型とは違い無限軌道ではなくローラー駆動に変更したためスケーティングするように進める。これは燃料の節約にも一役買っている。そして操縦方法にもよるが、私が今回用意したモーションパターンはいずれも同レベルゴーレムを一蹴できると自負しているよ」
「へぇ」
タロスのロボットにかける熱い魂を右から左に聞き流しながら、技術書を読み、ちょっと目が疲れたら見晴らしのいいここから遠くを見る。
人間の歩行もそれなりに上下に動いているから、ロボットの上ならばさぞかし……と思ったけれど、意外と揺れない。
今はローラースケートのように惰性で進んでいるらしいから当然か。
――だから、まるで暴君か何かになったかのように、恐怖の念を抱かせながら私を見上げている人たちの視線は、ほぼ一定だ。
「そもそも蒸気自動車や蒸気機関車が現実にはあるが、それを実際に扱うにはもっとインフラを整備する必要がある。無限軌道は逆に整備してしまうとそれを破壊してしまう恐れがあるため使いづらいし、なにより燃料を食う。となれば対抗馬として上がる多足型であるが、こちらは技術的問題こそあれどコスト面で二足型が優秀だ。ノウハウがあるのならば多足型を作るより、二足型、しかも必要に応じてローラーや無限軌道、多足のスイッチ型が最も望ましいと私は思うわけだ」
「ふぅん」
いつもより饒舌なタロスのセリフがBGMというのが少々難ではあるけれど、見晴らしのいいところで技術書を読む。
実に優雅じゃないか。
周りから、恐れを抱いた目で見られていなければ。
「――時に軍師よ、聞きたいのであるが」
「なんだい? 鎮圧の事かな?」
「そう、もっと穏便な方法で片付けられなかったのか? と愚考するのだが」
「無理だよ。集団心理学はあまり詳しくはないけれどね、ああやって暴走した状態であれば鎮圧するのにものすごい労力が必要なんだ。手っ取り早いのは同じく暴力に訴えることなんだよ」
本当に、ああする他なかったと思う。
ちょっと前にお父さんが初めて遭遇した公式デスゲームイベントで「暴動の鎮圧をどうするかと考えてしまった」と言っていた。
まさか私も、あのときにそんな事を考える必要が出てしまうとは思わなかったよ。
私の小説の知識によれば、警察などの権力に屈するタイプでない場合は「あんな痛そうなものを受けたくない」という、至極原始的かつ暴力的な武力による抑止。
もしくは今回のように、純粋な暴力による制止だ。
「お姉ちゃんの≪ファイアーボール≫ですらひるまなかったけど?」
威嚇射撃に放った≪ファイアーボール≫があれほどの威力になっているとは私も想像がつかなかったことだけれども、
「魔法だからダメだったんだよ。初めて見た魔法がアレなら、あれが最小限の威力だと思ってしまうだろう?」
「地面を十メートルぐらい消し飛ばしといてなに言ってんだよねーちゃん」
「オレもアレはねーと思うぜ」
私もそう思う。バスケットボールぐらいの大きさで、あんな破壊力になるんだからもう少しひるんでもいいとは思うだろう。
でも、この世界がゲームだと彼らが知ってしまったからこそ、続けたのだ。
「殴っても殴られても痛くない……あの暴動の中で、あの人たちが得た解が問題だったんだよ」
抑止力として使う場合は、要は「痛そう、死んでしまいそう、リスクとリターンが合わない」と思わせなければならないんだ。
核兵器を抑止力たらしめているのは大ざっぱに言ってしまえばその程度になる。
「だから殺したと……思考が極端であるなぁ」
「自分でもそう思うよ」
おかげで≪ファイアーボール≫を一発も無駄に使ってしまった。私の魔導書には、まだ何十発もあるけれど、やっぱりもったいないことだ。
「私がやってしまうと、無差別に殺してしまう可能性があるからね」
今回新しく編纂した「レンの魔導書」に≪バインド≫はそれなりの数を入れているけれど、五十人を相手にしていたら全部使い切ってしまう可能性があるし、効果時間はたったの三十秒。この間に全員を≪バインド≫しつつ話を聞かせるなんて不可能だ。
だったら、どうせ復活するんだし一度死の恐怖を味わってもらって恐怖政治さながらにしてしまったほうが楽なのは間違いない。
「完全解読型のお姉ちゃんじゃ無理なんじゃないの?」
「いや、方法によっては複数種類ある。が、おそらくは月刊『カルドロン』で指定されし禁呪がひとつ……風属性劣化固有の≪トルネード≫であろう!?」
「残念。≪ツイスター≫だよ」
ヘルフリート君とキリヤちゃん以外の全員が、一瞬だけ、しんと静まりかえる。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
「大禁呪ではないか!!」
「街で使っちゃいけない魔法そのにじゃないのー!?」
「え、そんなにヤベーの?」
「そうらしいよ? 使わせてもらえないけれど」
「「「使わせられるかぁああ!!」」」
魔法に詳しいクロウと、魔術師のアリス、そしてシスターのルシーが声を揃えて言う。
「軍師はやはりどこかズレているぞ!」
「お姉ちゃんはなんでそう本当に使っちゃいけないような危ない魔法しかチョイスしないの!?」
「ちょっと控えめにいって頭がおかしいレベルですよ? 軍師さん」
「私なりの試行錯誤の末なんだけれどな」
ちなみに、どちらも効果は似たようなものだ。効果範囲が狭くて限りなくピンポイントに近い魔法が≪トルネード≫、広域殲滅に向いた範囲を持つものが≪ツイスター≫だ。
どちらもダメージはなく、状態異常も発生しない。本当に特殊な魔法だ。効果のほどは物語を紹介するにとどめておこう。
「僕が空まで“運んで”あげる! “その後”は知らないけどね!」 ――風の精霊
「――ちなみに軍師よ、何枚入っている?」
「≪エクスプロージョン≫と違って≪PK≫スキルがなくても対人兵器として使えるけど、自分も巻き込むからそれほど入れてないよ?」
「だから! どれほど! 入れていると!」
「それ数発で街が壊滅しちゃうからね!? っていうか石ころとか巻き込むせいで別名『挽肉製造機』って呼ばれてる危ない魔法なんだよ!?」
へぇ、オブジェクトを巻き込むとフードプロセッサーと同じような事が起こるのか、初めて知ったよ。思っていたより奥が深い魔法だね。
「そんなことより、枚数なんて細かいことを気にしちゃいけないよ? 私は読むために入れているんだから」
「えっ……? まさか物語の数だけ入れてる……?」
「ランダム生成みたいだからね、ダブってしまったものを入れてあるんだ」
「≪ツイスター≫の物語の数は確か……ええい思い出せん! くそっ! 我が朋友よ! 軍師をこのような女にしたことを我は恨むぞ!」
確かにランディに育てられたというか、よくお世話になっているけれども。肝心の魔導書についてはクロウの責任なんだけれどな。
「あとでガランシメるわー……!」
いつものケンカの種になってしまったようだ。これは責任を持って止めないといけないな……。
「オーク騒動のとき、こっちを使えば良かったかなと思ったんだけれど……どう考えても一枚じゃすみそうになかったしね」
「魔導書型は一枚ですべてを終わらせようとする魔術師タイプではなかったはずなのだがな」
「なんつーか……俺様、ねーちゃんが軍師とか言われてる理由が分かった気がするわ」
「ヘルフリート君、君にはきちんと言っておかなきゃいけないんだけれど」
「な、なんだよ……」
「私は、軍師じゃ、ない」
「「「「「それはない」」」」」
ヘルフリート君やキリヤちゃんまで……異口同音とはこのことか。
[to be Next scene...]
――まさか、ねぇ?
バイソンGMが旗印になりながら、
「我らには財を! 奴らには死を! 野郎ども! かきいれ時だぁああああ!」
「「「「「「「おおおおおおおっ!」」」」」」」
どこの街で募ったのか、それとも全てNPCなのか。どっちにせよ襲撃イベントを勝手に捏造してくれるとか思わなかったよ。
「ちょ――あんなものプログラムにはないんですけれども!?」
「ああ、極稀によくある突発イベントである。まあ、このタイミングなのはきっと半分以上GMの悪ノリであろう」
「いつもの事ですね」
「そうだな」
「「いつもの事っ!?」」
「面倒だけどねー」
楽しんでるなぁ、運営側も。
「というか、いつ情報が漏れたんでしょう?」
「さぁ?」
「プライベート空間に入り込まぬよう自分達に規制をかけてはいるそうだが、完全ステルスモードがあるそうだ。いざと言うときの警邏も兼ねている」
「盗み聞かれていた、というわけですか……」
「なんて意地の悪い……!」
意地が悪いというか、今まさに襲いかかろうとする三十人近いあの山賊たちはどうにかしないといけないと思うんだよね。
幸い、こうして話していられるぐらい遠くにはいるけれど。
「まぁ、生態系に一切のかかわりもない、GMの気まぐれ突発イベントであるな。戦利品は帝都軍とどのように分配すればいいのやら」
「しかしうざったいな……ガトリングでも使うか」
「「ガトリング!?」」
ファンタジーでガトリングとか、それはどうだろうと思うけれども。
「フリントロック構造が最盛期の中で、ガトリングなんてものをよく作れたね?」
「いや、技術書を読んだのならば分かる分かるだろう? 構造はむしろストライカーガンに近いからこそだ。火薬を使わなくてもよく、土で安易に弾丸を作成できるのは十分なメリットだが――やはり射程に難がある」
「確かにそうだろうね」
ストライカーガンといえば今でも売っているものだ。小学生から中学生向けの、新聞紙一枚も貫通させることができないおもちゃ。
ストライカーと呼ばれる、ビリヤードのキューに似たものをバネの力を使い弾丸を飛ばすため、ストライカーガンと雑誌で紹介されたことからこの名称になったらしい。
「私のはあくまでも知識だけだからね」
粘土や石膏を固めて銀で着色した弾丸を使うから銀玉鉄砲とも呼ばれている――けど、無駄に科学力のある大の大人が本気でそんなものを作ったらどうなるか?
「だが、理論上の殺傷力は折り紙つきだ」
単純に言えば投石器だね、ピッチングマシーンともいうけれど。しかも仕様を読む限りでは自動小銃並みの連射速度を持ったものだ。
戦国時代では投石を専門にする部隊もいたほどだから、その破壊力や制圧力は押して知るべし、というところかな。
「グロはっ! グロだけはっ!?」
「っていうかさっきの殺人でトラウマにならなかったのが救いだったのに!」
彼らがゲームだと知ってしまったからには、別に見る分には問題じゃないと思うなぁ。
「グラインダーブラストよりはマシだろう?」
技術書にも書いてあるね、相手を文字通り削り殺す兵器だ。
えげつなさは折り紙つきだろうね、こっちのほうが。
「――ロボットって、もう少し平和利用されるものだと思っていたんだけれどな」
ふと呟いてしまう。
「ダイナマイトなども、元々は安全で豊かな生活を送るために開発されたものだが、現に武器として利用されている。ロボもいずれそうなるのなら、平和利用できる汎用性を持たせつつ、最初からそのように作ったほうが手っ取り早い」
……科学者の考えることってよく分からないな。
発想の転換とかそういうレベルじゃないよ、これは。
「まぁ、帝都軍に任せていいんじゃないかな? 私たちはこちら側を警戒するという程度で」
「だがせっかくの見せ場が――」
「戦闘機動は航続時間を短くするんじゃない?」
「――確かに、そうなってしまえば帝都にたどり着くには人力機関を使わざるをえない……その間戦闘機動はできない。なるほど軍師は技術書をよく読み込んでくれているようだ」
「だが、ミンチはどうしようもないと思うのであるが?」
「そこは配慮してくれていると信じよう」
「教義的にも流血を避けてくれれば嬉しいのですが」
「あー、でもあんなにまとまって行動されてると、一発打ち込みたくなるなー、なぎ払いたいなー」
私をチラッと見ながら、おねだりするような顔をする――従妹が物騒なんだけど、大丈夫かな?
「私もせめてガトリングは撃ちたい。軽くなる分航続距離は変わらないはずだ」
デッドウェイトじゃないか。装備しなければいいのに。
「盗賊退治なら俺様の出番だろー!」
「オレも、ケンカぐらいなら男子と結構頻繁にやってたことがあるし大丈夫だぜ?」
「だが諸君、待って欲しい。我らの契約には戦闘行為は一切含まれていない。経費で落ちぬのであれば無為にリソースを削る行為は正直言って損をしてしまう」
クロウ、いい事を言ったね。
私もこれ以上魔導書のページを減らされたくないし、傍観していたかったところだよ。
「それ山賊にも言ってください!」
「っていうかなんでわざわざプログラムにないことをやるんでしょうかね!?」
「運営はスリリングでサスペンスな異世界生活を提供するために日々どこかで余計な事をしでかしてくれるからして」
“余計な事”を“しでかしてくれる”のか……過去に何があったかは問う必要なんてないだろうね。
私もはた迷惑なデスゲームイベントに参加させられたわけだし。
「――軍師よ、私の時計のレーティング設定が全年齢対象に変更されている」
「元からじゃなく?」
「普段はR-18Gに設定している、間違いない」
GMが設定に介入したのかな?
私も時計を開いて、設定を確認する――うん、確かに設定が変更されているね。
「ということは、流血表現なしってことになるのかな?」
「で、あるな」
「ということはいくら魔法でなぎ払っても大丈夫ってことだよ、お姉ちゃん!」
「ではガトリングの掃射だな」
「我は何もせぬぞ、面倒だ」
「私も矢が勿体ないですし、不参加です」
「お姉ちゃん、おねがい!」
「なぎ払っていいよ」
思わず二つ返事で返してしまった。
「ヘルフリート君とキリヤちゃんは周囲警戒ね、魔法に巻き込まれたら危ないから」
「「ちぇー」」
なんだかもう考えるのも面倒だな。
「タロスはガトリング斉射するまえに声掛けしてね、アリスもまずなぎ払う前にちゃんと警告すること」
「はーい」
「確かに、射線に出られては面倒だからな」
やる気十分な二人を尻目に、私は一度遠くの景色を見て頭の中を空っぽにする。
「私は技術書の続き読んでるから、うるさくしないように」
「はーい!」
「――帝都軍! 乱戦に入る前に私のゲリュオーンI型改のガトリングおよびマスターの≪ブラスターレイ≫を使用する! 巻き込まれたくなければ一度下がれ!」
そして始まる≪ブラスターレイ≫と、頭部ガトリング砲の音と振動や、悲鳴や絶叫などを思考の外へ追いやって、私はこの優雅な景観のなかで本を読み始めた。
[to be Next scene...]
「軍師、動きのいい奴がいるぞ」
頭部ガトリングを撃ち切ってようやく静かに本が読めると思った矢先、タロスが不穏なことを言い出した。
「ふぅん」
私は別に興味がない。
そのまま読書に戻ろうと思っていたところ、
「あんこ入りかな……?」
MP切れでクールダウン中のアリスまでおかしなことを呟いたので、ゲリュオーンの手に乗るアリスを見下ろしながら、問いかけてみた。
「あんこ入りってなんだい?」
「あん入り、あんこ入り、みそ付き、先生……さまざまに言われるが、ありていに言えばGMが雇った山賊である」
アリスの代わりに答えたのは、クロウだった。
「……なるほど、あん、は中の人の事を指しているのか」
「中身が入ってるって意味だね。みそは脳みそのことだし」
「先生はいわゆる『先生! お願いしますっ!』であるな」
「なるほど。よく分かる説明だね」
まったく、本当に、このゲームの運営ときたら……本当にろくな事をしないというか、思い出したように余計な事をやらかしてくれるんだね。
「ろくでもないことですよね、まったく」
「思いつきの突発イベントでのみの公募……というより、プレイヤーを騙して参加者を募るものが多い。堂々と酒場に張り出されているが、妙に割のいい怪しい仕事ゆえ気をつけねばならぬ」
「犯罪じゃねーか!」
「俺様依頼受けるの怖くなってきたんだけど!?」
私もだよ。
君たちの指導で、日にいくらか支払われているとはいえ……いずれ他の依頼も受けなければならないだろう。
――ランディから見分け方を聞いておこう。
「でもうちの小五郎は率先してやってたっぽいけどねー、暗殺ギルド時代の頃も」
「風紀を守るものとしてそれはどうだろう?」
「格ゲー畑出身らしいゆえに」
「……戦闘狂だなぁ」
となればランディより小五郎に聞いたほうが早いか。見分け方が欲しいわけだし――でも問題はそこじゃない。
プレイヤーが率先して襲撃に参加しているということだ。
街として認定された場所はフルスロットでなければならないけれど、≪PK≫スキルが一レベル以上あればフィールドではプレイヤーへダメージが通る仕様だ。
そしてここはフィールド。フルスロットで二割減となれば、一レベルでは本当に微々たる差でしかないだろう。
「っていうか、マズくないかな……?」
私はゲリュオーンI型改の顔に捕まりながら立ち上がった。
「……というか、人型MOBとプレイヤーとの戦いの違いを見たことがあまりないんだけれど」
「今騎士団が包囲を狭めつつ戦っている相手だ」
馬車から少し離れたところ――というよりは、馬車を率先して逃がしている――で、確かに十数名の帝都軍が囲み、たった一人相手に四方から四人の帝都軍が剣を振り盾を突き出しての戦闘を繰り広げていた。
一人が振り下ろした剣を日本刀の鎬の上を滑らせ、受け流したかと思えば真っ向から、兜ごと叩き斬る。
レーティングA状態だから、血しぶきの代わりに墨のような黒いエフェクトと共に体を剣が通過するという奇術的な不思議な表現になっているけれど、鎧ごと寸断する恐ろしい腕前を持っている。
そうして一人倒した隙を狙っての、正面二人が盾で圧殺するような突撃と、後方一人が剣でもって鋭く突き刺そうとする。
それを読んだかのように、素早く反転し、鎬によってはたいてすれ違いざまに三方からの包囲を抜ける。
――しかし帝都軍の騎士団の練度もなかなかのものだ。
内側で起こった包囲が抜けられたと悟るや否や、すぐさま外側を包囲していた数名の帝都軍が数名、盾を突き出しながら内側へと入る。
空いた場所は外周の包囲網が移動し穴埋めしつつ、内側のメンバーが外側へと加わって、決して馬車へと近づけぬよう相手の動きをコントロールしていく。
特殊な集団戦訓練を行わなければああもスムーズに配置換えと相手の誘導を行うことはできないだろう。
しかも内側の包囲は四人に限らせている……人一人を囲んで一斉に攻撃する場合、運用法にもよるけれども人口密度的には三人から四人が限界だと私は考えている。でなければ、同士討ちを恐れて剣を満足に振るうことができないからだ。
現に、外側の帝都軍は盾を構え剣を槍の如く突き出し、包囲網を突破させづらくしている……帝都軍の練度は高いとクロウから聞いていたけれど、まさかあれほどとは思わなかった。
「すごいね」
「そうであろう! 素晴らしいであろう! 我が朋友が一人、閣下が直接指導した帝都軍である!」
私は軍師じゃないけれど、用兵を任されるのならばかくありたいものだ。
「だが敵の大半を倒したのは私のロボに搭載された四十ミリ頭部ストライカーガトリングであることを忘れてはならないぞ」
ちゃっかり自分の功績を称えるため、タロスが割って入った。
「三分の一以上は私の≪ブラスターレイ≫だよ! お姉ちゃん!」
「うん、分かっているよ。アリス」
「お姉ちゃんちっとも見てなかったのに?」
「アリスがすごいことぐらいは見なくても分かるからね」
「だが過半数以上は私のロボに搭載された――」
「はいはい、分かってるから」
そもそも原材料が粘土や石膏だとしても、ゴルフボール大のそれが平均時速百キロ以上の速度で雨あられと振ってきたら避ける間もない話だよね。
現実でも、花瓶で殴られれば大きなダメージを受けるわけだから殺傷能力は本当に高いのは実証するまでもない。
しかも相手が魚鱗の陣みたく密集して襲い掛かってくるなら当然、大半はガトリングの餌食になるだろうし。
――あのむくつけき筋肉のGMが真っ先に餌食になって、一瞬でピクリとも動かなくなったことにはちょっと胸がすくような思いを感じたかな。
「……というか、ね?」
「軍師、どうした」
「私はあの帝都軍とほとんど対等に渡り歩いている人を見た覚えがあるんだけれど、見間違いかな?」
「私もだよ、お姉ちゃん。遠くだし囲まれてるから顔がよく見えないから他人の空似だと信じているんだけれど……」
「……ふむ、奇遇であるな。我もだ」
「私も同意だ」
「あー……そーいやどーっかで俺様も見かけた気がするぞー?」
「オレもだなー、具体的には午前中にさー……」
……どうやら見間違いではない、と思われる。
「言っていいかな?」
「うん、いいよ?」
「小五郎だよね?」
「私にはそう見えるなー?」
「なんであんなことをやっているんだろうね?」
たしか鎧がベコベコになってしまったから、買いなおすため始まりの街に残ったはずなんだけれどな?
どうしてああやって私達の敵に回っているのかな?
あとで問い詰めないといけないね?
「ねぇ、クロウ? 何でだと思うかな?」
「し、知らぬ……だが手っ取り早く殺してしまったほうが早いと愚考するわけであるが……軍師、ちょっと怖いぞ?」
「顔に出やすいってよく言われるからね」
「えっ?」
「えっ?」
なんでそう疑問を持たれるんだろう?
父も母も、ランディも、私は感情が顔に出やすいって良く言ってくるんだけれどな?
「ま、まぁ、とりあえずどう鎮圧すべきか、であるな!」
「俺様が――」
「ヘルフリート君には無理ですよ」
「で、あるな。奴め暗殺ギルド所属時代は“辻斬り小五郎”と呼ばれていたほどの、対人特化プレイヤーであるぞ?」
「なんでウチのギルドって変態か変態か変態しかいねーの!?」
「私は敬虔なる信徒ですよ!?」
「我は変態ではない! 紳士である!」
「右に同じだ」
「そうだよ! 私は変態じゃないよ! そうだよね? お姉ちゃん!」
ドラゴンの脳をチンして一撃必殺するような女の子は普通じゃないと思うけれど、
「変態ではないね、二人とも」
効率を求めての行為だろうから、セーフだと思う。
もちろん、除外したのはタロスとルシーだ。言動こそアレだけど、クロウはギリギリ常識人だと思う。
「軍師、その二人の内訳を聞きたい」
「今はそんな事問題じゃないよ。あの辻斬り小五郎をどうするか、だ。ただ問題は、私たちのメンバーで≪PK≫スキルを持っている人が――」
「あ、≪PK≫スキルなら私が所持していますよ?」
――なんで敬虔な信徒と言い張っていた変態がそんなものをもっているんだろうね?
ほとんどの宗教は殺生禁止のはずなのに。
「……ちなみに、理由を聞いても?」
「単純な話です。≪PK≫スキルと≪解体≫スキルを組み合わせると、プレイヤーのHPがおおよそいくらまで割り込んだかを解体線で判別できるんですよ」
「ああ、なるほど。そういう使い方もあるのか」
そういえば≪解体≫スキルレベルより上の相手は、HPが≪解体≫スキルレベル以下の割合まで減ったときにしか見えないんだったね。
――と、いうか。ルシーは回復役だったんだね。はじめて知ったよ。
「まぁ、仲間内でのレベルの調整と肌の一部を露出していただく必要がありますから、本当に目安程度なんですけれども」
「なるほど……ところで、ルシーのクロスボウはアレに届くかな?」
「残念ながら。私のクロスボウは射程がそれほど長くありません。有効射程としましては十メートル程度でしょうか?」
「意外と短いな……」
「そもそものコンセプトが競技用ですから、中距離専用の武器ですね。対魔法使い用ではありませんので」
「となると最長射程なのは私かな……微妙に射程外かもしれないな、正確な距離は分からないけれど」
百八メートルまでなら、命中精度はさておき≪セット≫と射出型の魔法で狙い撃つことができなくはない。
そして小五郎とそれを押さえ込む集団は、今や百メートルより離れているかいないかという絶妙な距離だ。
「当てられるかな……?」
私は≪セット≫のページを開いて――
「いやいやいやいや! 軍師のはそも威力が強すぎるゆえ、使ってはならぬぞ?」
「お忘れですか? チュートリアルエリアにて、大地を十数メートル吹き飛ばしたあの破壊力を」
「……やっぱりまずいか」
というより、当てても吹き飛ばすだけだ。吹き飛ばしたときの衝撃で、地面に叩きつけてやれればダメージが入るだろうけれども、それ以外のダメージは発生しないのだ。
つまり、フレンドリーファイアーを意識するこの状況では無意味にも程があった。
「オレ行こうか? たぶん一番足はえーし」
「いや、対策もなしじゃ倒されるのがオチだよ。それに、クロウのほうが早いよ?」
≪ステップ≫と≪キック≫スキル併用での加速力やトップスピードは確かに目を見張るものがあるキリヤちゃんだけれど、さすがに≪フレイムボム≫と≪ステップ≫を併用して高速機動を実現するクロウに比べれば見劣りする。
それでもギルドでは二番目の足の速さなのは確かだ――歩くのもままならない第二種なのに不思議だね?
「では、私のロボの出番だな」
幻視かな? ロボットの中にいるから、ロボットの顔で、目なんてものはないはずなのに――目がすごく輝いているように見えてしまった。
「そもそも私達の中で≪PK≫スキルもなしにプレイヤーと戦えるのは私しかいない」
「君は私に、馬車に追いつくために走れっていうのかい?」
私たちと最低限の護衛を残した馬車との位置関係は、だいたい私たちを中心にして数百メートル。
馬車は先を急ぐように走っているから、これからどんどんと離されていくだろう。
追いつくにはゲリュオーンI型改での移動か、クロウのようにアーツと魔法を巧みに使い合わせての移動しかない。
馬車はキリヤちゃんよりも素早く移動しているのだから当然といえば当然だね。
「なに、前回のゲリュオーンI型で学んだことをコイツにも搭載したまでだ。近接武器だけでは戦っていけない、とな」
頭部ガトリング以外にも遠距離武器――いや、ガトリングの射程的にはむしろ中距離武器と言いたいのか――が存在するような言い回しだった。
「……帝都軍たちを狙わないようにできる?」
「難しい話だな。スコープにはそもそもレンズが入っていない。が、他の照準器と組み合わせて使用しているため精度は高いことは保証しよう。私の操縦技術に期待して欲しい」
「必要なのは狙撃の腕なんだけれどな」
「なに、複数の照準器を組み合わせている。精度は高い」
「いや、だから動くものに対しての……」
「それに経口は七十二ミリ――野球ボール大、射程距離を伸ばすためにライフリングも施し、弾丸の空気抵抗も計算して作成した。弾丸の射出機構も単純なストライカーガンから変更してあり有効射程は優に百メートルを超え、当たればタダではすまない。何の問題もない」
「……話を聞いてくれよ」
「当てられっかどーかっつー話なんだよな?」
「っつーか当てられんの? 豆粒みてーだけど……」
「当てて見せよう、私のロボット魂の矜持にかけてな!」
「……オレ的にはもっと別なのにかけてほしかったんだけどなー?」
「まぁ、こうなってしまっては信じるしかあるまい」
アリスは悟りきったように口出しもしない。タロスは自分のロボットに乗っているギルドメンバーを降りるように促した。
もうどうにでもなれ、と言った気持ちだよ……私は彼のロボットの手に乗り移ってから、そのまま地面へと着地する。
――その間にも、確実に距離を離されていく。じわじわと狙いづらくなっていく。
「ふむ……早くしたほうがいいらしいな」
「じゃぁ早くしてくれないかな?」
「身内の恥なんだからさー、さっさと潰しちゃってよー……」
「まぁ、慌てるな」
マントをはためかせながら右手で、腰、というよりはほぼ背中からガコンというロックが外れる音と共に、四角い物体を取り外す。
「ゲリュオーンライフゥウウウ、セット!」
――いつになくハイテンションだなぁ。
「バレル展開! サブフライホイール接続! エンジン、フルドライブ!」
エンジンの回転数が増すような甲高い音を響かせていき、その四角い物体は中ほどから割れ長方形――いや、見方によっては角ばったアサルトライフルのような形状へと姿を変えていく。
「ターゲットサイト、セット!」
次は顔のほうで、金属と金属がこすれてぶつかるような音。そのまま左手で、横に飛び出たもう一つのグリップを握る。
「回転数蓄力確認! 照準最終調整開始、最終ロック解除確認――よし、いつでもいけるぞ!」
ゲリュオーンI型改がスコープサイトを覗き込むような体勢のまま姿勢を固定し、タロスが発射準備完了だといわんばかりに声を張り上げた。
一人で戦艦か何かを操縦しているかのようにいちいち声を出しながらの準備は、なんというか――
「「はたからみてるといてーな」」
――人がオブラートに包んでどう教えてあげよう、と考えていたところを、子供達は素直な感性でそれを告げてくれた。
「安全確認は声だし、指差し、二度確認。危険な機械に携わるものならば至極当然のことだ。まあ、今回は急ぎのために一度のみの確認だが」
なるほど、声を出すのは意味があったのか。
クロウと同類だとか、音声認識搭載だとかそういう話じゃないということなんだね。
「じゃぁさっさと撃ってよ」
「……ここまできて夢やロマンの欠片もないやつらだな」
「私の夢やロマンはロボットには向いていないんだ」
「くっ……! なんという意識差……!」
「あの、早く撃たないと外してしまいますよ?」
もっともだ、といわんばかりにクロウがうなずいた。
「自動ロックがないために微調整しながらであったのだがな……まぁいいか」
「結構重要な事をさらっと片手間にやってないかい!?」
「気にするな、軍師」
「だから私は軍」
「ゲリュオーンライフル、シュゥウウウウウ!」
人のセリフに被せておいてよくもまぁ元気に叫ぶものだなぁ。
ちょっとイラッっとしたよ。
――それはともかく。
鉄と鉄がぶつかり合うような音と共に、アサルトライフルの先端からすさまじい初速でもって野球ボール大の、どんぐりのような弾丸が射出される。
それは計算されたかのように遠くへ行けば行くほどに緩やかな曲線を描きつつ、
「あっ」
外側や内側を包囲している帝都軍を巻き込みながら小五郎に着弾――遠すぎて音がかすかにしか聞こえないけれども、弾丸は粉々になりながらも裏切り者に命中し、絶命させることに成功したようだ。
「フレンドリーファイアってレベルじゃないよ、これは……」
そう、友軍に多数の死傷者を出しながらの、決着だ。
「……ふふふ……はははは……あーっはっはっは! どうだ軍師よ! 純粋な狙撃銃ではなく可変型のアサルトライフルによるこのような長距離狙撃! 精密機械ゆえにできる! これぞロボの真骨頂だ!」
命中させたのがそんなに嬉しいかい、そうかい。
「小五郎もそうだけれど、帝都に着いたらみんなに土下座しなきゃね」
「――なぜだっ!?」
「そりゃー味方まで巻き込んだからじゃねーのかな?」
「俺様だってもう少し遠慮するぞ?」
ヘルフリート君、キリヤちゃん……君たちはまともに育って生きているようで、私はとても嬉しいよ。




