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剣と魔法の物語  作者: 神楽風月
婚活編
52/97

第51話 ヤクザな商売

「リアルで商売をしている相手なら、やはりスーツは必要じゃないかな?」

 参加する、という形に決まった私たちの次なる議題は、やはり服装だ。

「でも、あくまでも私たちは『ゲームの延長線上』って明確に意思を通したいわけなのよねー」

「スーツならぜひ! ヘルフリート君にはサスペンダーと短パンをですね――」

「はいはーい! 俺様、全員同じ服装がいいと思いまーす!」

「いわゆる制服(ユニフォーム)であるか」

「それこそ制服だね。学生服だとコスプレ扱いされるみたいだから、リアルに近いスーツが望ましいよ」

「でも今すぐ買ってきたとして、時間的に間に合う? だったら服装で意思を示したほうがいいと思う」

 今現在、ゲーム世界での服装か、スーツかで言い争っている。

 アリスの言うことも分からないでもないけれど、それでは社会人としての常識を疑われてしまうのではないだろうかと思う。

「スーツだ」

「私服!」

「スーツ」

「私服」

「スーツ!」

「私服だってば!」

 堂々巡りにしかならない。

「――ランディはどう思う?」

「GMに聞く」

「「仕事しない相手に?」」

 アリスと私の声がハモる。

「まぁ、実際にやってみるくらいの価値はあるんじゃねぇかな」

「しかし朋友(とも)よ、GMコールは優先度が低いであるぞ?」

「じゃ、優先度の一番高いヤツいくか……アリス」

 そのまま体を、隣に座るアリスへと向ける。

「えっ……いや、ちょっと」

 アリスは驚いた顔を作ったままだ。

「俺にその気はないからな?」


 ぎゅ。


「ちょぉおおおおおい!!」

 ジリリリリリ――ッ!

「に、にーちゃんが何のためらいもなく抱きついたー!?」

 けたたましい警告音、そしてアリスの悲鳴。

「うっせぇええええええ!?」

 まぁ、一番確実だよね。

 この場にアスールがいなくて良かったよ。

「さすがサブマスター! その度胸に痺れます! 憧れます!」

「人前で抱きつ――もごっ!」

「ちょっと黙れ、近所迷惑だから。GMが来るまで我慢しろ」

「むがー! むがー!」

 アリスの口を胸に押し付けて押さえながら、その状態で蹴られながら、拳で殴られながら、互いに椅子に座りながらアリスを抱きしめる。

「そこはキスでしょうサブマスター!?」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ!」

「もがー!」

 そうは言うものの、ランディの目はとても冷静でまったく性的な目ではなく、むしろ実の妹を優しく抱きしめているようだった。

「――GMです、ハラスメントコールを……ってまたあなた達ですか!」

「なんかでた!?」

「っていうか、また!?」

 まぁ、そういう反応だよね。

「あ、今回は伊藤さんですか」

「「伊藤さん!?」」

「リアルネーム禁止ー! 今はフェアリーのジルコニアです! せめてジルって呼んでください!」

「もがー、もがー!」

 今度のGMは、どこか妖精を思わせる。三十センチ程度のサイズの少女で、背中では薄い二対の羽がトンボのように素早く動いていた。

 というかGMのジル――いや、伊藤さん。アバターを弄って楽しんでるな、これ。

「今度はなんですか? まだ結婚できない私へのあてつけですか? っていうか毎度毎度見せ付けるために呼んでたりしませんか? 私たちも暇じゃないんですけれど?」

 あ、中の人本音が駄々漏れだ。

「いや、今回はGMコールだと時間がかかるから。強引に呼んだんですよ」

「ぷはっ――いい加減にはなせぇええええ!」

「あ、悪い悪い」

 ぱっと両手を広げて解放する。ただし、顔を真っ赤にしたアリスのキックとパンチは今だに続く。

「胸まで触りやがってー!」

「そうまでしねぇとハラスメントコールが飛ばねーだろ! 小皿ひっくり返したみたいなのを誰が好き好んで触るか!!」

「ふざけんなぁあああ!!」

 ……ランディ、その程度のパンチとキックを受けるだけですんでるんだからマシじゃないかな?

 私だったら確実に殺しているところだよ。

「っていうか私の目の前でいちゃつくなー! つーかさっさと用件を言えー! 強引に呼んだとか言ってるけどそれ相応の話じゃなかったら警告として一ヶ月のアカウント停止処分ですからね! 私の独断で!」

 独断でアカウント停止処分か、酷いな……いや、毎度迷惑をかけている二人も悪いと思うし、胸まで触ったんだから当然だよね。

「午後からの依頼についてですよ。ほら、結婚相談所の」

「そのためだけに呼んだと?」

「こっちから向かうのが面倒なんで」

「……あなたの預金残高減らしていいですか? 私の独断で」

「やめてください」

 言い方が悪い気がするんだよね。

「いろいろあってスーツがいいか普段の装備がいいかという話になってて、このままだと終わらなさそうだったんで」

「あ、スーツでお願いします」

「えー!?」

 さすがに私服派だったアリスが不機嫌な声を上げる。

「一応、()からの人たちですからね。偏見とかもたれるよりはマシでしょう?」

「それもそうであるな」

「基本的な内容も教えてくれると嬉しいんですが」

「基本的に給仕と聞いていますが、営業の方と話し合ってください」

「報酬は?」

「そちらの言い値分、直接銀行に振込みさせていただきます。高くふっかけても面白いことが起こるってわかってるでしょうしね?」

 アバターの外見である、妖精らしい意地悪で可愛らしい笑みを浮かべた。

「こっち、小学生いますが?」

「子供が頑張って働いている、っていうのもちょっとしたウリになりますしね。それに、子供かどうかなんて関係ないです。指定のスキル構成にしてもらいますからすぐベテラン並みの動きになりますとも」

「代金はそっちもち?」

「普通にGM権限でいじるだけですよ? 時計の所有者を変更する程度ですからあっという間ですし」

「――全員聞いたかー?」

「聞いていたよ」

「もちろんである」

「聞いたけど謝れバカガラン」

「楽な仕事そうですね」

「戦えねーのがつまんねーけどな!」

「システムアシスト入るんだったら、オレでも安心だな。まだ歩くの苦手だし」

 全員納得したようだった。

「じゃ、最後に俺聞きたいんだけど……」

「なんですか?」

「これで第一種が社会進出する後押しになるのはいいけどさ、ほとんどのヤツゲームマネー選んでると思うんだけど――」

「あー、はいはい。そういう心配ですか。大切にされてますねー、彼女さんはー」

「「彼女じゃないっ!」」

「はいはい、ジルはあてつけられて不機嫌ですよー? でも聞かれたから回答しますけど、どうせ(・・・)引き受けない(・・・・・・)でしょう(・・・・)?」

「それは言葉通りでいいんですか?」

 ……どういうことだろうか?

「ええ、どうぞどうぞ。依頼は引き受けないという権利はもちろんありますからね。こっちは世間にもっと認知されれば、向こうにも強気でいけますしー? それにそういう(・・・・)業者さんは私達の会社理念に反しますから。それと、その先の事も簡単に予想できますからねー。対策は立てていますよ? 色々な方面でね? 正義は我らにあり!」

「OK、分かりました。スーツ買ったら向かうので、対策頑張ってください」

「早くしてくださいね? 担当の高橋――っと、違う違う。バイソンが待ってますから。近藤さんは既に到着しているようですよ?」

「あいつのギルドハウスだからだろうが、集合場所は」

「あははっ、そーでしたねー? じゃ、最後に妖精からのイタズラということで……よし!」

「何をしたんですか?」

「二人の名前をお互いのセーフティリストに入れてやったのさー!」

「何してくれちゃってるのー!?」

「あははは! あてつけられた仕返しさー! バッハハーイ!」

 ジルGMは、笑い声だけを残してひゅっと消えさった。

「あー、設定戻すのめんどくさーい!」

「ホントだよ」

「あ、戻すんだ?」

「「当然!」」

 ……いい加減、仕事しない運営とはいえ困らせるのはどうかと思うんだけれども。

「ところでランディは最後に何を聞いたの?」

「あ? ああ、あれね?」

 設定をいじるよう、時計の前で指をせわしなく動かしながら、

「人件費がかからないで使える人材だって思われちゃあ、スポンサー側からいいように利用され続けられるだけだろ。社会復帰したいヤツだっているのにさ」

「ああ、なるほど」

 いろいろな補償を受けてギリギリで生きている人たちを低賃金で雇えるという話に発展してしまうのか。

 確かに問題だ。

「よし、直った! ――でね、お姉ちゃん。次に狙われるのって誰だと思う?」

「第二種かい?」

「健常者も、だよ」

「そこまで発展するのかい?」

「いや、発展してしまう可能性はあるだろうな」

 クロウは納得したように腕を組んで、うんうんとうなずいた。

「なまじリアルであるのだ。設定上であるはずの異世界、それが本当になってしまう可能性も無きにしも非ず、であろう」

「ゲーム内でプレイヤーが出したクエストが実は……ってのもありうる話だな。今回の婚活パーティとか特に。あとはアレだ、リアルマネートレード」

「なにそれ?」

「ゲーム内通貨を現実の金で買うこと。プレイヤー間でよくあって、MMOじゃ大抵禁止されてる。これはどうしても防ぎようがない、経済活動の一種だからな。ま、正しく使えれば魅力的な経済活動でもある。核と一緒だな」

 それは原子力発電として平和利用もできるし、核爆弾という兵器としても扱える、という意味なんだろう。

「私のリアルでも、出張しての商談とかよくありますけれど、やはり今いる場所からすぐというのは魅力を感じますね。出張費用の経費削減にもなりますし」

 毒にも薬にもなる話だな。

「ま、別にゲーム内通貨でなくたって、人間だっていいわけだけど」

「「人間っ!?」」

 ヘルフリート君とキリヤちゃんが怯えたような声を上げた。

「ど、奴隷ってことか……?」

「違うな、まぁ子供は知らなくていい大人の話」

 ――ああ、なるほど。つまり風俗か。

 いわゆる援助交際をしたとしても、実際問題、それがゲームでどういった関係であるかどうかは判断がつかない。

 確かに人間を取引することになるね。

「なんだそれー!」

 ヘルフリート君は不満げだけれど、さすがに言えない話だね、小学生には。

「ま、対策考えてるって言うなら信じとこうぜ。ちゃんとやらんと会社が傾く話だから、いくら仕事しない運営だろうがこればっかりはちゃんと働いてくれるだろ」

 本当に、毒にも薬にもなるような話だ。

「じゃ、さっさとスーツ買おっか」

「ふむ、では全員真っ黒なスーツに黒いネクタイ、そして黒いコートで統一するのはどうだろうか? マフィアみたいでかっこいいと思うのだが」

「黒いネクタイって喪服じゃないか」

「そうだよ、まったく何を言ってるの? クロウってばさー……採用するしかないじゃない!」

「えっ?」

「婚活で喪服か。いいジョークだな、人生の墓場行きって意味でさ」

「えっ?」

「おもしろそーだな!」

「オレ、スカート苦手なんだよなー」

「ふふっ、じゃぁ全員でパンツスタイルですね。ユニフォームみたいで、ちょっと楽しみです。ゴッドファザーでも流したいくらい」

「ルシーは最年長なんだから止めないとダメだろう!?」

「え? 私より先に結婚しようとするとか、墓場行きになってくれたほうが正直嬉しいんですが?」

「そういう問題なのかい!?」

「大丈夫、仕事じゃないし」

「まぁ、ちょっとした意思表示だな。さっきも言ったとおり、変な事を考えたら企画ごと潰してやるよ、ってな?」

「単なる意思表示であるからして、さすがにネクタイは二つ買うぞ? 安心するがいい、軍師よ」

「私の心はさっきからすり減りっぱなしだよ……」

「っつーわけでアリスはマフィアのボスらしく振舞えよ?」

「分かってるよ、ガランもヘマしないでよね?」

「ではついでに、片手用のマスケット銃でも買っていこうか! 諸君!」

「よーし、マスター権限でギルドからお金だしちゃうぞー♪」

「「おおおお!!」」

「ふははは! 支払いは任せるがいい! ばりばりー!」

「「「「やめてっ!」」」」

 私の知らないジョークを言いながら、私以外の全員がノリノリで笑いながら防具屋へと向かうため、ランディの店を後にしていく。

 ――なんだろうね、このぬぐいきれない不安は。


    [to be next scene...]


 アリスが先頭に立ち、風を切るように歩く。肩に引っ掛けたコートをたなびかせ、時折ジャケットの下から装飾された片手用のマスケット銃が覗く。

 ツインテールにした銀色の髪を隠すように真っ黒な帽子をかぶりながら、表情は常に不敵な笑み。真っ白なYシャツ以外は全て黒で統一されていた。

 周囲を威圧するかのような視線を向ける隙のない二人の側近(ランディとクロウ)をはべらせて、近藤さんとバイソンGM、そして外から来た営業担当の人がいるはずの暗殺ギルドの執務室の前に立つ。

「さて、みんな、戦争の準備はいい?」

 内ポケットからシガーを取り出すと、先端をランディが腰の後ろに下げたスクラマサクスでスッパリ切り落とし、クロウがジッポライターでゆっくりとくゆらせていく。

 その連携、見事としか言いようがない。

 ――なんだろうね、この状況は。

 私は緊急時用の、色々な魔法を少量ずつ登録してある魔導書を脇に抱えてながらも同時に、頭も抱えてしまう。

「オレも葉巻すいてー」

「だったらお金(シノギ)を稼ぎなさい、嗜好品は一種のステータスよ。ゲームだから違法じゃないしね」

 アリス、実にノリノリだ。

 実はマフィア映画とか好きそうな勢いというか……イメージ先行って感じがするけれども、本当にそんな感じだ。

「かっこいいよなー! マスター!」

「ファザーとお呼び」

「ファザー!」

「ファーザー!」

 小学生二人はきゃっきゃと笑う。

「あまりはしゃぐとお里が知れるよ? かっこよく行こう」

「「おっけー、ファーザー!」」

 実にノリノリだ。

「……アリス、君は女性だろう?」

「こう言うのは気分だよ」

「それではいきましょうか、ファーザー?」

 ルシーがいつものようににこやかな笑みを浮かべて扉をノックする。ただ、その笑顔すらこの服装ではまるで腹黒さを感じざるを得ない。

「――どうぞ」

 扉の向こうで近藤さんが声を上げる。

 止めてくれるといいなぁ……。

「いい? みんな。黙って私についてきなさい?」

「それでは、いきましょうか」

 ぎぃ、とルシーが扉を開く。

 ――そういえばレディーファーストって、元々マフィアが自分の安全を確認するために女性を先行させたことが始まりだったなぁ。

 そんなことを思いながら、私たちは執務室へと入っていった。

「――ごきげんよう、近藤さん」

 アリスの第一声。

「ごきげんよう。アリス・イン・ネバーランド」

 簡素な執務室だった。

 部屋の隅に観葉植物が置いてあり、窓を背にした執務机、その正面にはソファーとガラステーブル。

 大事な外からの営業担当はきちんとした身なりをした、ごくごく普通のスーツ姿。

 近藤さんは執務机に座りながらも、いつものダンダラコートではなく、完璧に、白い色のスーツと黒いYシャツ、白いネクタイのコーディネートを着こなしている。

(……近藤さん、貴方はまともだと思ってましたよ?)

 なんでマフィアみたいな格好をしているんだろうね?

 左のわき腹がなぜか奇妙に膨らんでいるよ?

 それ、マスケット銃だよね?

 なんで後ろに同じ格好をした沖田さんと、もう一人、まだ見たことのないポニーテールにした男の人がいるんだろうね? まるで首領(ドン)の護衛じゃないか。

「あれ、小五郎じゃない? 古巣に戻ったの?」

 えっ!? あれ小五郎さん!?

「仕事にござる」

 ――あ、本当にクロウと同類だ。

 線がかなり細い。

 ポニーテールみたいに後ろでくくった髪は肩に届くか届かないかぐらいの、芸術家でたまに見かけるような髪形にした小五郎さんは日本刀を左手に携えながら隙無く私たちを睨みつける。

「引き受けないと古巣が拙者らギルドの敵に回るとのこと、ゆえにこのたび一時的に『ミブウルフ』へとくみする、理解をいただけるであろうか?」

「許可するよ。そこのジャパニーズマフィアと違って、私は心が広いからね?」

「では、ありがたく」

「ふん、どちらがマフィアだ……」

 ――えっ、それで終わり?

「どうした? 立っていないで座ったらどうだ?」

「勝手に座っては礼儀のない犬と同じでしょう?」

「ふん……座れ」

 アリスは勧められたいソファーの真ん中へと足を組みながら座る。左右にランディとクロウが座ると、それの両肩を引き寄せる……女をはべらせるマフィアかなにかみたいだった。

 私たちは大人しくソファーの後ろへと回って、立つ。

(営業の人ぽかーんとしてるよ……っていうか、怯えているよ?)

 営業に来たと思ったらそこは白いヤクザの事務所で、さらにそこへ武装した黒いマフィアがやってきた。

 雰囲気としてはそんな感じ。

 錬金術師の街で会ったいつぞやの男性GM――高橋さん、もといバイソンGMが仲立ちをするように、向かいの営業(カタギ)二人の後ろに立っている。

 ――というか、お客様をチェアーのほうへ座らせていいのかなぁ……これ、私たちのほうが上座ということになるんだけれど。

 ビジネスマナー的にコレはアウトなんだけどな、GMも近藤さんも知らないはずないしな……あえて?

「……えー、では午後から行われるこちらの結婚相談所の依頼について、お話を伺うということでよろしいでしょうか?」

「かまわん」

「かまわないよ」

「では、私はこれで」

「「「えっ!?」」」

 私と営業の人が同時に声を上げた。

「今回の私の仕事はあくまでも依頼を引き受けてもいいという人たちへの紹介ですので。それに通常業務もありますから。では」

 ひゅっと消える。

 このあたりは本当にゲームだ。

 営業の人はぽかーんとしている……近藤さんは役にハマりすぎで怖い、というか、本物っぽい雰囲気さえある。

 アリスも堂に入ったものだ。仲のいいランディのほうをちょっと茶化すように、顎の下を撫でたりして反応を楽しんでいる。

「――最初に言っておこう」

 最初に口火を切ったのは近藤さんだった。

「我々は依頼を受ける立場ではある。きっとこの席順にも疑問を思っていることだろう。ビジネスマナーでは決してありえないからな」

 やっぱり知ってるんだ。

「が、これは勘違いをして欲しくないがための措置だ」

「えっと……それはどういうことでしょうか?」

 営業の、男性のほうが声を上げた。

「第一種特例の社会進出、大変結構。私も賛成だ。だがしかし、我々はあらゆる補助を受けかろうじて生きている立場だ。正直に言おう、質問した際、最初にそちらが提示した金額ではとてもではないが生活できるわけがない。ゆえに、ゲーム内での通貨での支払いを選んだ」

「私も同じだよ。それに、ここには私含めて小学生や中学生が大勢居るからね」

「は、はぁ……」

「よく分かっていないようだな。これはそちらのメリットに『人件費が浮く』という項目が追加されることとなるんだぞ?」

「こちらはそんなつもりはありませんよ!?」

 女性のほうが抵抗するように口を開く。確かにそうだろう。でも、口が裂けても『人件費を浮かすためです』だなんて言えないはずだ。

「でも、この世界(ゲーム)そっち(リアル)の常識が通じると思わないほうがいいよ?」

「……はい?」

「自己紹介が遅れたが、私はこのゲーム世界で警察にあたる自治組織『ミブウルフ』の局長をやっている、近藤勇だ。本名ではないが、意図するところは分かっていただけると思う」

「いっとくけど、ゲームだからって舐めないでね? れっきとしたこの世界での公的機関だから。ウソだと思うなら今すぐ部屋を出て、街中で聞き込んでごらん?」

 特にこのゲームは、運営は基本的に仕事をしない。

 だからこそできたプレイヤーによるプレイヤーのためのプレイヤーが運営する公的組織。

「私は『アリスの(アリス・)住む(イン・)永遠の楽園(ネバーランド)』のトップ、アリス。小さいところだけど、運営とよく顔を合わせることが多いよ、ウチは」

 ――まぁ、別の意味で、だけどね。ハッタリも必要か。

「つまり何が言いたいんですか!?」

 やっぱり、怒る、か。

 それもそうだよね。

 こんなヤクザの事務所みたいなところに入れられてたら、普通は気おされるか逆ギレするかだよね。

「事前に他の第一種特例の仲間にも話を聞いてみたが、利用されることは目に見えている、という回答だったよ」

「利用なんてしませんっ! お互いのためになるような仕事を提供しようと――」

「では今すぐ我々が貰っている諸々の補助金よりも上の金額で雇えるのか? 特にそっちのアリス、まだ中学生だ。おそらく高校には入れない。それでも独り立ちできるほどの給料を約束できるか?」

「――断言はできません」

 だよね。

 ヘタに断言したら、向こうの信用問題に関わる。そのうえこの「おいしい市場(パイ)」を使えなくなるかもしれないんだから。

「……そういうことだ。我々は頼まれる側であって、決して対等な立場ではない」

「でもそちらもいずれ保護が無くなるかもしれないと考えるなら、仕事は――」

「大人しく死ぬよ? それくらい覚悟してるもの。もしくは、殺されるか、だね。介護に疲れた両親かな、私の場合は」

 営業二人の言葉が、止まる。

 自分たちの理解が及ばない彼女(アリス)の言葉に、表情すら凍りつく。

「私はおそらく妻だろう、疲れたと言って、私の生命維持装置を取り外すのは。息子は独り立ちできる歳だ、もう心配はない。心残りなど意外とないものだ」

 ――近藤さん、妻がいたんだ。

「ねぇ、二人とも。ちょっといじめすぎだと思うよ?」

 そして珍しく、ランディが二人を止めに入る。微妙に口調を変えて、まるで優しげな好青年風に。

 普段は、彼が道化を演じるのに。今日は立場が逆だった。

「なによぅ、ガラァン。そっちの女のほうがいいのぉ?」

 まるで甘えるような猫なで声が、アリスからランディへと向けられる――いつもと違う対応に、私は思わず、噴き出しそうになってしまった。

「ばかだなぁ、お前一筋だよ、アリス」

「やぁん♪」

 ――ダメだっ! こらえろっ! 私っ!

 普段と違うとんでもないギャップに、私は表情を変化させないよう必死に勤める。

「とりあえず、引き受けるという見解は一致していますよ、こちらは」

「そ、そうですか……」

 毒気を抜かれたように、硬直していた体からへなっと力が抜けていく。

「ただし、経済基盤や重度の身体障害者へ大打撃を与える可能性があるということを忘れないでください。誰だって大量殺人の片棒を担ぎたくないでしょう?」

「……はい。そちらはこのゲームの運営からもよく言われています」

 男性の営業マンが苦しげに答えてくる。

 ――ゲームでは仕事をしていないけれども、対外的には意外と仕事をしているんだな。

 むしろ対外的に仕事しすぎてこっちで仕事できていない? ……今度呼び出してしまったときは労ってあげよう。

「そしてこのゲーム、登録は誰だってできます。ひっそりと勝手に運営することなんて、ないと信じていますが……『ミブウルフ』はどこにでもいますし、≪ウソ感知≫というスキルもあります」

「「えっ?」」

「VR機器は高性能なウソ発見器でもあるんですよ。そしてこのゲーム、ウソをついたかどうかを視覚的に示してくれる機能があります。誠実さがなかったら即、お断りしていました。ちなみにGMの方も使用できますよ?」

「最初から試していた」

「そんな……裏切りみたいな……!」

「裏切りではない、自衛だ。迂闊に契約を結んでは社会経済に大打撃を与えることも本当だ。それを誰が保証する? 誰が守ってくれる?」

「言ったでしょ? 命がかかってるんだって……ガラン、説明ありがと」

「愛しいアリスのためなら、これくらいわけないさ」

 それ以降、ランディは口を閉ざす。

 アリスは彼を可愛がるように撫でた。

「リアルでもゲームでも、どちらの世界でも私たち第一種特例は生活している。実世界は社会が、ゲームの世界は我らが守る、それが私たちの仕事だ」

「あなたたちは営業マンじゃない、他国に渡った外交官だと思ったほうがいいよ?」

「わかり、ました……」

 納得できないといったふうだ。

「納得していないようだな? その言葉、ウソだ」

「――っ!?」

 沖田さんがそこをあえて突いていく。

 見てわかるほどだというのに、やっぱり口に出してウソだと指摘されるのはつらいものがあるかもしれない。

 顔が驚愕に歪む。

 まるで、いじめているみたいであまり気分が良くないな……。

「沖田」

「失礼しました」

「納得できないだろうが、これがこの世界(ゲーム)のルールだ。納得していただくしかないな」

「服装もね、わざとこんな風にヤクザっぽくしてるって気付いてたかな?

「……いいえ、この世界の常識だとばかり」

「相手に合わせるよ、さすがに」

「少し前まではこの世界(ゲーム)を『オタクのゲーム』と呼んでいたな? それを今更『便利だから』という理由だけで一般人と同じ程度に扱う? ふざけてもらっては困る。我々は食事も呼吸も排泄も風呂も、何もかもを他人に依存する、しなければ生きていけない。それがどれだけすさまじい額になるかをよく考えていただきたい」

「……申し訳ありませんでした」

「ゆえに、我々は給料などというものを迂闊に貰うわけにはいかない。貰えば、自力で生活できるものとして扱われ国からの保護がなくなる可能性がある。それを踏まえたうえで、人件費を浮かそう、などと考えている殺人犯ならば即刻この世界から立ち退いてもらいたい」

 近藤さん(第一種特例)の怒りのこもった重い発言に場がしん、と静まりかえる。

「この世界に根を下ろすというのであれば、その旨、重々承知しておけ」

「……協力は、していただける、んですか?」

「今のところはな」

 その言葉に、営業の人はほっと一息ついた。

 ――アリスも近藤さんも、言いたいことは言い終えた、と言ったような顔をしている。

「もっと正直に言えば、自分達の社員を使えと言いたいが……蛇足だな」

「それじゃぁ、どういうプランなのかをお聞きしましょう。不可能なものは不可能だと切り捨てます。予めプランに練りこまれていたとしても、参加者へ事前に周知していたとしてもです」

「分かりました」

「そもそも社会人なんだから、もっとちゃんと調査すべきだよね。いくらなんでも無知すぎだよ? ……やぁん、ガランったらぁ」

 ランディと睦言を言い合うように、そっと互いを撫でながらの会話を続ける。

「それは……仮想空間なら何でもできると思っていたから……」

「それでも限度というものがある」

「ガランちょっと触りすぎぃ……上司から急にねじ込むよう言われたみたいな感じかな」

「……仰るとおりで」

「ま、美味しい市場(パイ)だからね。どんなことでも最初に達成すればそれだけ有利だし」

 アリスもよく知っているな……と思っていたけれど。さり気なくランディが耳元で同じようなセリフを呟いているのだった。

「そうなんですよ! だから無理やりねじ込んで来いって!」

 交渉の天王山を超え、緊張が解けたためかものすごいくいつきを見せる。

「っていうかリアルすぎてヤクザの事務所に迷い込んでしまった時みたいに心臓がバクバクですよー!」

 本物の時みたい、か……社会人って大変だな。

「障害者にもリアルを、それが運営理念だからね、ねー? ガラン」

「ヤクザな商売なのは変わらんがな」

 いちゃいちゃ愛人ごっこは、ランディ(そのカンペ)のカモフラージュなんだね。お姉ちゃん、アリスが頼もしく見えて、とても嬉しかったのにな……。

「んもぅ、ガランったら。あとで、ね? ……それより早く計画書を見せてもらえないかな?」

「あ、はい。こちらになります」

 でも、うん。

 ランディは、あとで近藤さんから捕まらないように、ほどほどの助言にしておくんだよ?

 あと、二人ともクロウに感謝しておくんだよ? さり気なく近藤さんたちの視界を遮ってるのは、彼なんだからさ?

「――しかしお二人とも仲がいいですね、お付き合いされているんですか?」

「「――……」」

 あ、終わったな。

「ご結婚などお考えでしょうか? それならばぜひ、我々にご相談くださいね!」

「ご安心ください! こちらもあなた方の絆、愛、そして立場などを少しでも理解していくつもりです! きっと盛大な、幸せな結婚式をコーディネートさせていただきましょう!」

「「中学生なので」」

 互いに引きつった笑顔で、抱き合いながらお断りを入れるのだった。

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