第47話 役立たずな私と練習風景
今日で何度ここに来た事か。
なんか「あれ? さっき出て行ったはずじゃ……?」みたいな顔をされているよ、まわりから。
しかも新しい人がやってきたみたいで、うすぼんやりとした輝きの中から、一人の男性が歩き出してきた。
「へぇ、あんなふうに出てくるんだ?」
どうすればいいか分からず、きょろきょろとしていたその男性に、そこに待機していた「若葉の腕章」をした青年の一人がゆっくり歩いていって話しかける。
――そういえば私は断ったっけ。
「俺様もあーゆーふうにぴかーって中から出てきたんだな……ということはあの人は俺様の後輩かつライバルということか!」
「あー、そうなるな。でも目上にはちゃんと敬意を払えよー」
「オレ、すぐ転んだな」
「キリヤみたく転ぶやつはよくいるな……っつーか本来の目的を忘れんなー?」
「っと、そうだね。システムアシストを受けた体ってどんな感じなのかを実際に感じてみようか。私はよく分からないけれども」
「まー、一番実感できそうなのは二週間もクレイモア振り回してたヘルフリートだな。普通に素振りしてみ?」
「おう!」
すらり、とバスタードソードを鞘から抜き放つ。
「おおっ!?」
ヘルフリート君は突然、驚いたような声を上げる。
「抜きやすっ!?」
ヘルフリート君の身長はだいたい百三十センチ、バスタードソードはほぼ彼と同じ身長になる。
腕の長さがおおよそ人の身長の半分だから、六十五センチ前後。何の技術もなしに、反りもなにもない真っ直ぐな剣を鞘から抜こうとするならば、これが彼の抜ける最大の刃渡りだと考えたほうがいいだろう。
つまりヘルフリート君は、彼自身が抜ける剣よりもはるかに長い剣を抜いた――彼が居合いの有段者であるならば話は違ったかもしれないけれど、これはすさまじいことだ。
「あれが……システム側からのアシストかい?」
「序の口だぞ?」
「すっげー! なんかマジすげー!」
素振りをしろといわれたはずなのに、剣を鞘に納めてはまた抜く。納めては抜く。
「やぁ!」
そして納めて、居合い斬りのように素早く抜き放つ。
剣を振りぬいたまま、じーんとした、感動の表情を浮かべた。
「すっ――げぇ! スキルってすっげーね!!」
はしゃぎ方が子供らしいなぁ。見ていて微笑ましいよ。
「時計を一度地面に置いて離れてみ? 一メートルぐらい離れると身体能力が一割程度落ちて、スキルも発動しなくなるから」
「おう!」
言われるがまま、首から下げて鎧の中に入れていた懐中時計を取り外し、ちょっと離れてみると――
「あ、なんか体が重くなった気がする」
「ステータスが落ちた証拠だな。剣、抜いてみろ」
「うん」
さっきと同じように抜剣しようとしてみる――が、できない。
剣が、もうちょっとというところで鞘に引っかかる。
「あー……抜けなくなった」
「それがシステムアシストの力だ」
完全に腕の長さが足りない。それどころか、さっきは鞘を後ろに引いて足りない長さを補っていた行動すらしていない。
ちゃんとやり方を覚えれば抜けそうではあるんだけれど、それをしない。ほとんど無意識といった感じ……ヘルフリート君は時計を首から下げ直した。
「すっげーな、スキルって」
「そんなにすげーの?」
「噂によるとどこかの達人のモーションを取り入れてるらしいからな、体験するとすごさっつーか、ありがたさが分かる……んだけど、そろそろ素振りやれよ。袈裟斬り、横薙ぎ、突きを繋ぐように。何度かやってろ、その間にキリヤに教えてるから」
「おっけー」
ヘルフリート君は剣を抜くと、言われたとおりの順番で何度か剣を振り――いちいち顔をしかめる。
「んでキリヤの番だな。剣とかないから一度時計はずしてみっか」
「うん」
コートの中に時計を入れていたらしい。ポケットをまさぐって、ランディに渡した。
「……コートが破れたときのコトを考えて、首から下げろ?」
「えー? オレ、ネックレスとか嫌なんだけど――」
「――≪ステップ≫」
意地悪にもランディは後ろにアーツを使って飛びのいた。キリヤちゃんとは五メートルぐらいの距離が開く。
「おおおおっ!?」
突然体が重くなった感じがキリヤちゃんを襲ったせいか、膝ががくがくと笑う。
「ちょ、待って! なんか歩けないし走れない!?」
「リアルで満足に歩けないヤツがいきなりステータスダウンするとそういう感じになるから首から下げろと言ってんだよ」
「わかったからぁ! 首から下げるからぁ!」
生まれたての小鹿見たいに、細い足を震えさせ、涙目にながらよちよちと必死にランディへ歩いていく。
少し嗜虐心の強い人が見たら、思わずもっといじめてしまいたくなるような、そんな表情だった。
「ちょっと酷いんじゃないかな? ランディ」
「でも、身に染みてわかっただろ」
「うん……」
「でもどうしてああいう風になるんだい?」
「計測ギルド曰く、最低限のアシストは時計の中に入ってるから、らしい。あとはリアルからのフィードバック問題だとか。医療用だと起こらないってはあのバカが言ってたけど、Bクラスは通常製品を単に安く買える程度だからな、現状のところ」
「じゃぁそもそも歩くことができない人が時計を取り上げられたら?」
「立ってることですら難しいらしいぞ。そういう人向けの補助系スキルはどこでも安く売ってるし、あとは練習あるのみだな」
やっぱり、障害者向けスキルも存在するんだね。
「そういえば、死んだら?」
「あー、まだ死んだことないんだっけ?」
「そうだね、幸運にも」
最初の一週間目は、あんなに酷い目にあったっていうのに。
本当に幸運だよ。
「死んだら教会に戻るっつーのは説明したっけ?」
「されてないね」
「じゃぁそう覚えとけ。んで、そういうヤツはシスターに頼めば、期限付きだけど補助系スキルがセットされてる時計を貸してくれるんだ」
「へぇ……それは誰でも利用できるの?」
「いや? VR機器自体が高性能な嘘発見器でもあるから、そういうヤツには一切手を貸してくれない。むしろ説教されるな、小一時間ほど」
高性能な嘘発見器って、つまり思考を直接読み取ってるということなのかな……考えようによっては怖いなぁ、このゲーム。
っていうか、小一時間も説教されるのか……微妙に高性能なAIだな。
「――で、キリヤはなにを買いに戻ろうとしてるんだろうな?」
生まれたての小鹿は、ゆっくりと方向転換をしながら訓練所の出口へと向かおうとしていた。
「え、いや、その……≪歩行補助≫ってやつ? 買ってこようかな、って」
「お前はどうやら時計なしでもそこそこ歩けるみたいだから決して買うことは許さん。絶対に楽だけはさせねぇ」
「兄貴のドSー!」
「誰がドSだ、誰が」
彼女の時計を持ったまま近づく。
懐中時計の一メートル圏内に入ると足の震えが止まり、立つ分には問題がなくなった。
「何のために鎖が最初から付属してると思ってんだよ、まったく……」
鎖の先端はキーホルダーに見られるような引き輪タイプだ。
鎖自体がそれほど長くないので、ネックレスをつけてやるように鎖を首に巻いて首にぶら下げた。
「時計が壊れるっつーのはほとんどないけれど、防御に使われることのないように非破壊属性はないからな? うっかり壊さないように注意しろよ」
「はぁい……」
ぶら下げられた時計を、服の中――というよりは下着の中――にしまいこむ。
「っつーか、兄貴はいいのかよ? ズボンのポケットって」
「俺はまぁ、こう言うのもアレに聞こえるだろうけど、健常者だからな。あと、ちゃんと頑丈なベルト通しに固定してるし、気を使ってはいるんだよ」
「ずりー!」
「――というか俺様はいつまで剣を振っていればいいんだ!?」
あ、すっかり忘れてた。
「まぁそろそろいい頃合か。大体体が分かってきたんじゃねぇか? スキルが入った剣の動きについてどう感じた?」
「なんかすっげーカックカクする感じっつーか、俺様が普通に振ったほうが早い! って感じだった。にーちゃんが言ったとおりすっげー窮屈!」
「それが硬直だな」
「でもびゅんびゅんってすっげー攻撃力がアップした感じがする! なんか攻撃しても前よりほとんどブレねぇし!」
「前よりほとんどブレてないか。そうか」
その言い回し、ランディは結構前から気付いていたんだろうね。というか、剣道暦もあるし、剣一振りで生きてきたからこそ気付いていたんだろうな。
ヘルフリート君には剣の才能があるってこと。
「それがシステムアシストの力だな。とりあえずもうしばらくそれに縛られてろ、自分のものになったって判断できたら、レベル落としていくぞ。最終的にはスキルなしが目標だ」
言っていることはすごく普通の事なんだろうけど、ヘルフリート君は今二レベルだから、ほとんど落としようがないと思う。
「わかった!」
「ヘルフリートはちょっと休憩してろ。次はキリヤに体験させるから」
「「はーい!」」
キリヤちゃんも待ってましたとばかりに元気よく返事をする。
「んじゃ、≪キック≫のほうを高くしてるみたいだから≪キック≫からいくか」
「オッケー!」
「ロー、ミドル、ハイキックを繋ぐ感じでやってみ? 蹴ってる足はぜったいに地面につけるなよ?」
「それ、オレ転ぶんじゃね?」
「転ばねぇよ? まぁやってみるとわかるけど」
「んー……わかった」
キリヤちゃんはボクサーっぽく胸に拳をひきつけた状態で構えた。漫画かアニメあたりで見た構えかな?
ボクサーからしてみれば鼻で笑われるような、そんな見た目だけの構えっぽい感じだ。
「ふっ!」
そこからランディの膝ぐらいの高さを狙ったロー、
「えいっ!」
わき腹を狙うミドル、
「はぁ!」
こめかみを捕らえるような華麗なハイキックと、綺麗に繋がった。
体がまったくぶれることはない。歩くのがダメなのに、見事に動けている……すごいな。
「――はい、そのまま維持~」
「ちょ!? ムリムリムリムリっ!!」
なんて言いながらも意外としっかり片足で立っている。
「無理って言えるなら三十分ぐらい持つんだぜ? 人間って」
まさに体育会系が言いそうな……あ、体育会系か。剣道部だったんだし。
「兄貴のドSー!」
「でも、ちゃんと維持できてるだろ?」
「……あれ?」
キリヤちゃんは不思議そうに自分の現状をまじまじと確認した。
でもランディ、ちょっとその位置はいろんな意味でまずくないかな? 目の前で小学四年生の女児が大開脚しているんだよ? 危機感もとうよ。
そんなのだから、近藤さんから三度目の正直とか言われるんだ。
「ちなみに≪キック≫スキルは体勢維持は入ってない。せいぜいで蹴ってから当たる寸前までは転ばないようにアシストしてくれる程度だな」
「じゃぁ、コレはオレ自身の実力ってことか?」
「まぁそうなる。お前は運動神経が元々いいみたいだからな」
ヘルフリート君は増長しないようにわざと褒めてないんだろうね。でも、キリヤちゃんは素直に褒めてあげてる。
でもそろそろ開脚はやめさせようよ、ね?
「踏みつけるのも≪キック≫スキルの範疇だから、応用すれば歩くのにも使えるぞ」
「マジで!?」
ダンッダンッと足を踏み鳴らしながら歩くことになるんだろうね。迷惑な。
それはともかく、いつ開脚をやめさせるのかな?
「でも使うなよ? お前は元々歩くことができるし、事故で歩くための力加減を忘れてるだけだから、普通に歩くことを目指すこと」
「はーい」
ランディの目の前で大きく開脚しながら、素直に返事をする――だからそろそろ足は下ろそうよ? 少しぐらい恥じらいは持たないとダメだって。
というか下ろさせてあげてよ、ランディ。たぶんキリヤちゃん説明を聞くことに集中して気付いてないと思うからさ。
……ランディも気付いてない可能性があるのか。
「そろそろ疲れるだろうし、足を下ろしてもいいんじゃないかな?」
「あ、そういやそうか」
――気付いてなかったみたいだね。
うん、ランディからロリコン疑惑が消えない理由の一つが分かった気がするよ。
「で、サッカーやったときよりどうだった?」
「なんか誘導されてるって感じがする。硬直ってのはあんまり感じなかったけど」
「えー? なんかカックカクしねぇ?」
「いや、ヘルフリートのほうは武器の攻撃力が高すぎるからだ。キリヤの攻撃力はダガー寄りだから、まだ体感できるほどの硬直ってのはないはずだな」
「ずりー!」
「いや、一発の攻撃力が高いほうがずるいぞ? ザコに囲まれたときとか一気に切り払えるんだから」
「あ、なるほどそっか」
ヘルフリート君が納得したような顔をする。確かに攻撃力が高いっていうのはそれだけで十分ずるいことだよね。
「なぁ兄貴……これもしかしてモーションキャンセル不可?」
「アーツでも無理だな」
「無理かー」
「モーションキャンセル?」
「あー……格闘ゲームとかだとさ、技の硬直や動きの一部を技で消して、さらに技で消していく連続攻撃っつーのがあるんだけど……それを計測ギルドが試したことがないなんて考えられると思うか?」
「考えられないね」
だって彼ら、実験のためなら命まで賭けれるんだもの。
「っつーかモーションが消えるってリアルじゃ起きないだろ、リアルに限りなく近いし。それに、そんな事ができたらドラゴンを一刀両断するようなバカな武器がもっと流行ってるぞ?」
「あー……」
キリヤちゃんは納得したように声を上げる。
確かにそんな便利な事ができたのなら、もっと巨大で強力な武器が流行っていてもおかしくないね。納得だよ。
「あとは何度か≪パンチ≫スキルを試させてもいいけど、≪キック≫スキルで硬直を感じないならレベルの低い≪パンチ≫スキルじゃまったく感じないし、やる意味もねぇな」
「そーなのか」
「そもそも動きながら殴るスキルじゃねぇからな。≪キック≫スキルとさして変わらねぇ」
じゃぁパンチでも良かった気がするんだよね。女の子を自分の目の前で大開脚させるよりはずいぶんと。
……ランディって真性? それとも危機感ない?
アリスともアスールとも仲がいいし、ちょっと不安になってきたよ……。
「ま、殴ってる間なら転ばないから安心して使え。ただしソレを利用してシャドーボクシングしながら街を歩くなよ? 普通に人の迷惑だ」
当然の事だね、リアルだったら怪我をさせてしまうし。
「分かった!」
キリヤちゃんは元気よく返事をした。たぶん大丈夫だろう……大丈夫だって信じたい。
子供って興味本位で実験したりするものだからね。
「――でだ。ここでお前らお待ちかねのアーツの時間になる」
「「おおー!」」
「アーツの暴発防止対策はかなりゆるいからな? 気をつけないと暴発して悲惨な事になるぞ、≪ステップ≫とか」
そういえばほとんどの体勢で≪ステップ≫を使っていたな、かなり緩いんだろうな。≪ステップ≫だと片足を上げるとか?
「使い方は、使おうと思いながら宣言、以上!」
「思ったよりも緩かった!?」
確かに高性能な嘘発見器にも使えるなら、やってやれないこともないだろうけど。
だけどそのお手軽さはどうだろう?
「アーツ、優遇されすぎじゃないかな?」
「魔法も優遇されてるだろ、多重詠唱とか。そういうのをできないんだよ。人間の体をあんまり過大評価すんな」
あくまでもその人の体ありき、ということなのか。
「ちゃーんと使おうと思わないと不発するからなー? これが意外と慣れるまで大変なんだ。思ったとおりに発動させるっつーのが」
「へー」
「コマンドミスるようなもんか」
「じゃ、さっそく地雷スキルを試してみるか」
「やっぱ地雷なのかよ!」
「ほらさっさとやれー。集中しないと戦闘でうっかり不発するぞー?」
「まったく……んんっ――≪チャージスラッシュ≫!」
気合を入れて「使おう」と念じながらそのアーツを宣言する――このあたりは慣れなんだろうなぁ。
「お、おおおっ!?」
ヘルフリート君は、剣を大上段よりもさらに大きく振りかぶる。
思いっきり体を反らして、強い攻撃を繰り出すために力を溜めているようなポーズだった。
「体が勝手に動く!? そんで動けない!?」
「≪チャージスラッシュ≫はなー、文字通り力を溜めて切りつけるんだ」
ランディの説明が終わる――それと同時だった。
ヘルフリート君の意思なんて無関係に、縦一閃。
ごぅ、という唸りをあげるバスタードソードが、どぅ、と芝生に叩きつけられて土くれが大きく飛び散る。
敵が居ないせいか、無意味に地面を耕しただけだけれど……当たったらとんでもない破壊力になりそうだな。
「地雷スキルって言われてる理由は、体が勝手に動くこと、そしてレベル秒――お前のは三秒だな。力を溜めなきゃならんってところか」
「最初に言えよ!?」
「実際に体験したほうが早いだろ?」
「三秒も動けねぇって使えねぇ!」
「でも三レベルだと攻撃力と属性値が三十パー上昇だぜ?」
「高ッ!?」
「低ッ!?」
前者はキリヤちゃん、後者はヘルフリート君だった。やっていたゲームの違いなんだろうけれど、見事に真っ二つだなぁ。
「ちなみに時間を短縮させつつ攻撃力を増加させる方法はいくらかあるぞ」
「マジか!」
「そのために金を貯めろ、教えてやるから。邪魔にならないようにきちんと発動できるように自主練しとけ」
「おっしゃー! わかったぜー!」
「んじゃあとはキリヤの≪ステップ≫の練習をしてから、金稼ぎに行くか――あー、アーツはSTを使うんだけど、STがゼロになったら強制息切れモーションが入るから気をつけろよ。一秒は動けなくなるから」
「「はーい!」」
「よーし、いい返事だ。んじゃ≪ステップ≫練習するぞ」
「おー!」
やる気溢れるキリヤちゃんの返事を聞きながら、≪ステップ≫で自分の胸に飛び込んで来いとばかりにランディは両手を広げる――小学四年生の女児を相手に。
まぁ、ただの介添えなんだろうけど……当分、彼のロリコン疑惑は消えないだろうね。




