第40話 世界の片隅で
――メンテナンスが明けて、報酬を手に入れた私はそのままアパートの一室を借りることにした。
見た目はちょっと大きな家で、プレイヤーが経営している。大きな家を買うのが夢だったらしいけれど、実際に買ったら持て余してしまったからだとか。
表通りからは分かり辛いけれど、コの字型をしていてちょっとした庭がある。トイレやお風呂は共用だ。一応、男女に分かれているけれども。
むしろルームシェアか、民宿に近いかな。アリスはこういうのがこの街の一般的なアパートだと言っていたね。
暖炉がいい雰囲気を作り出している玄関ホールには、ちょっとしたソファーやテーブルが並んでいる。
そこから奥に行けばダイニングルームと、キッチンがある。
キッチンは広さこそあるけれど、設備はそこそこ。さすがにランディみたいに本職の店と比べたら駄目だろうけどね。
ダイニングは小さなパーティでも開けそうだ。生活している人が一斉に食事を取っても大丈夫なような広さなんだろう。
部屋はウォークインクローゼットと寝具のみのワンルーム、もちろんカギがかけられる。
――まず私が置いたのは本棚。窓とベッドの据えつけられた場所以外にはほぼ本棚が並んでいる。
そこに保存用の魔導書を並べる。個人出版している本も買いあさったね。著名なもの以外でも面白いものがあるし、アリスが遊びに来たときのために絵の多い本や、第一種向けに用意されている参考書の類も収まっている。
あとは小さな机。ベッドで横になりながらもいいけれども、私としては集中して読めないし、手紙か何かを書くときに必要だ。アリスの勉強を見るときにも便利だしね。
インクと羽ペンもちゃんと据え付けられている。
ここまで言えば分かるだろうけれど、生活の基盤として使われるはずのその部屋を、いわゆる書斎にしてしまった。
現実では、私の年齢では不可能なことだけれども……ひとまずはメンテナンス前で心に決めた私の一つの目的は達成できたかな。
[to be next scene...]
「こんにちは」
いつものように「Close」の看板がドアノブにかけられたその店に顔を出す。時間はお昼を過ぎていて、ランディとアスールが装備の点検を行っていたところだった。
「……もう何も言わないけれどよ? 今はまだ閉店中で、そんで今から食材の調達に出るところなんだけれどな?」
腰にはあの日以降、彼が気に入ったのかスクラマサクスが二つ。長いものは左の腰に、短いほうは腰の後ろに差して装備している。
短いほうは包丁サイズ。長いほうは両手で扱えるよう柄も長くなっていて、以前から使っていた三尺八寸のサーベルほどになっていた。
結局、六年も続けた剣道のスタイルは捨てきれない――というわけじゃない。また暴走されると困るから、軍曹が剣道を磨いていこうという話に持っていったんだ。
本人は「まぁ大きなエモノとか捌くとき短いと不便だもんな」なんて言っているので、なんだかんだと暴走しそうな予感はする。
「いや、新聞を読みに」
「自分で取れよ、家買ったんだろ?」
「ああ、ついさっきいろいろと買い揃えたよ。ようやく引越しが終わった、と言う感じかな?」
「おめでとー」
「ありがとう、アスール」
「んじゃ今日は引っ越し祝いでもすっかー――じゃねぇ。新聞ぐらい自分で取れ、自分で」
「いいじゃないか。引越しでほとんどのお金を使ったんだ。それに節約できることに越したことはない」
「はぁ……」
家に関しては、実は本気で買おうと思ったんだけれどお金が全然足りなかったんだ。
土地はもとより、家を建てる施工費、家具など色々と計算した結果、本が買えなくなるのは痛いからね。
まぁ、本棚や本を買ったせいで、結局お金はカツカツなんだけれどね。それでも始めた頃よりは貯蓄もある。念のために家計簿というか、お小遣い帖もつけてる。
あとは一日で終わるような簡単な依頼で、ご飯代を稼げれば十分だ。
――もう二度とあんな依頼は受けたくないね。
結局、いろんな謎はあの森に置いてきた。村は本当に実在していたのかとか、あのダークエルフは一体なんだったのかとか……そんな事を知っていったらきっと暗殺ギルドに取り込まれていってしまうから。
(もうかかわりたくないけれど)
今は盟約もうまく結べたらしくて、本格的に村づくりをしていると聞いている。
ただ、あの森で唯一動物を狩れるのはいまでもジョージさんだけらしい。防衛の要だから、かなりブラックな職場になっているんじゃないかな?
ちゃんと仕事しないと流刑か、一生出られないかもしれない剣闘士の街で服役することになるらしいしね。
(村が街になったら、アリスたちが存分に甘い汁を吸いに行くだろうね)
私は別に、本に囲まれていればいいしね――あ、エルフが本を出したら買いに行こうかな?
まぁそんな思惑はもう忘れることにしよう。私は本を読みに来ただけだから。
「留守番は任せてくれ。帰ってくるのが遅くなっても大丈夫なように、本はたくさん持ってきたんだ」
「新聞もって帰れ!」
「なんとなく、ここで過ごすのがクセになってね」
「ねーガランさーん。そのうちココ、ギルドホームになりそうなんですがー?」
「そん時は別の土地に建てるだろ、クソ幼女が。あいつ、なんか俺が家持ちってのが気に食わんらしいし」
アリス、そういえばそんな風に考えていたらしいね。
「まぁうまいこと下手に出りゃあ、ここよりいい場所にもっといい店が構えられるだろ」
「うっわー、ガランさんあくどーい。女泣かせー」
「泣かせるような相手がこれまでいなかったけどな……」
「あはは、またまたー!」
さすが年上、と言ったところかな。ずいぶんとしたたかじゃないか……でもアリスにも別に悪い話でもないだろうし、私が口を出す問題じゃないね。
アリスを泣かせたらとりあえず両親に報告するしかないけれどね?
「――諸君! 我は帰ってきた! 堕落せしエルフの魂を解放する使命を達して、我は帰ってきたぞ!」
ばーん、といつものテンションで帰ってくるのはクロウだ。
「近所迷惑だから騒ぐんじゃねぇよ!」
「む、悪かった。しかしエルフが堕落せし姿を見るには耐えんな! 今更気付いたことではあるが!」
「うっせーってガランさんいってんだろー、中二よー」
今朝はオークの討伐依頼をこなしてきたらしい。戦闘後の高揚感というか、そういうものを感じる。
「つーか、お前ら表の掛札もういちど読み直してみろ」
「Close」
「閉じている、閉店しているという意味だよね?」
「客が来ないゆえ、身内で騒がず大人しくお留守番する。何も問題はないな」
「そうだね」
「そういう問題じゃねぇ!」
このやり取りは数日前にもやった覚えがあるけれど、
「――失礼する」
今度は軍曹が入ってくることになった。今日は緑のワイシャツにネクタイとジーンズ。鳥打ち帽をかぶってベストを着ている。
どこにでもいる普通のおじさんふうに見えなくもないけれど、軍曹の事だし今度はなんのコスプレなんだろうね?
わざわざヒゲまで生やして、変な形に剃って整えてあるし。
「「げぇ! 軍曹!」」
「再訓練の時間だ」
そういえばそんな話をしていた気がするね。
本当にするなんて律儀な人だ。さすがは現役自衛官かな。
「いや、今から食材の調達にですね……」
「軍師が引越ししたからお祝いにいっぱいいーっぱい必要なので訓練している時間なんてないでーす!」
「む、そうなのか? 軍師」
「なぜ我に教えてくれなかった、水臭いぞ軍師」
「私は軍師じゃない、レンだ」
なんでこの人たちは改めてくれないんだろうね?
「アリスにだけは先に話してあったけど、今報告に来たんだよ」
「そうであったか! よし、ならば我は招待状を書こう。お父さんやタロス、シスターに浪人。まだまだ会わせていないメンバーもいるゆえ。もしかしたら今夜インする可能性も考えてな!」
「となると、今日は食糧確保訓練だな。まずはウォーミングアップに、三十分ほど地下墓地で生き延びることから始めよう」
「「げぇえええ!?」」
地下墓地か……初日から嫌な思い出を作った、あの地下墓地に行くのか……あのゾンビ肉が大量に並ぶことになりそうだ……。
「アタシとガランさんは攻撃魔法がありませーん! スプライトに憑り殺されまーす!」
「ヤツらには塩か聖水をぶっかけろと教えただろうが蛆虫がっ!」
「「サー! イエス、サー!」」
「忘れていた貴様らのために今回は墓地奥へといく! 喜べ蛆虫! スライムとたくさん遊ばせてやるぞ!」
「ま、魔法が――」
「塩だ! 塩をぶっかけけろ! あんなのナメクジと同じだ!」
ちなみにナメクジは塩で溶けるわけじゃなくて、浸透圧で水分が吸収されてしまうから縮むだけだ。だから別に砂でもよかったりするんだよね。
しかし、なんて万能なんだ、塩。
「「サー! イエス、サー!」」
心なしか二人が涙目だね。というか軍曹、完全に軍人の顔をしているんだけれど本当に自衛官なんだよね? 現役軍人とか、傭兵のたぐいじゃなくて。
この人もよく分からないなぁ……。
「――軍師、今夜はとても素晴らしい料理をガランティーヌに披露させよう」
「無理させないでね」
ランディには色々と恩がある。可哀想なので私の言える精一杯の、せめてもの言葉を送ってあげた。
「竜殺しならば、この程度は無理のうちには入らん!」
すごく重たい称号なんだね、竜殺しって。
「戦闘準備はできているな? 十分だ! 十分で装備を整えて来い! 準備不足で死んでも助けはしない!」
「「サー、イエス、サー!」」
「駆け足!」
「「サー、イエス、サー!!」」
ふたりはばたばたと店から駆け出していく。
「では、自分も失礼させてもらおう。装備を変えてこなければならないからな」
コスプレして出てきてまた装備を変えて……ってすごい手間がかかる気がするなぁ。まぁそういうのを苦にしない人なんだろうけど。
カツカツと靴音高く、軍曹も店を後にする。
「ふむ、では我も招待状を書くか。勝手に使わせてもらう事となるが、我と朋友の仲だ、咎めはしまい」
「いや、親しき仲にも礼儀あり、という言葉がね?」
「毎度の事である」
「毎度の事なんだ……」
いちいち指摘するのもなんだか面倒くさくなってきたよ。
「――お姉ちゃんただいまー! お引越しおめでとー!」
アリスがやって来た。手には何かを入れてあるかばんを抱えている。一抱えもあるちょっとしたサイズだ。
「ありがとう、アリス。ところでソレは?」
「お姉ちゃんの引っ越し祝いにマグカップと……ガランが珍しくクスクス作ってくれるって言ってくれたから、小麦粉買ってきてあげたのー」
「へぇ、それはよかったね」
「うん、バロットのクスクスだって! どんなのかな~……♪」
それは、ヘタをしたらトラウマものじゃないか。孵化寸前の卵だなんて。
「アリス」
「なぁに? お姉ちゃん」
「……いや、やっぱり秘密にしていたほうが楽しみが増すから、言わないでおくよ。ランディならきっと美味しいものを作ってくれるさ」
「わかったっ! すっごい楽しみにしてるね!」
きらきらと瞳を輝かせて楽しみにしているアリスを、絶望のどん底に叩き落したくない――あとでこっそりコールしてやめさせよう、うん。
「で、ちょっと早いけど……はい、おねえちゃん」
そう言って渡されるのは、可愛い柄をした陶器のマグカップだ。
「私が使ってるのとおんなじヤツなんだ。宿屋暮らしだとなかなかこういう私物は持てないからねぇ」
「ありがとう、大切にするよ。今度ウチにくるといい。本もたくさん買ったんだ」
「ホント!?」
「ああ、本当だよ」
でも、読むのは主に参考書になるかもしれないけれどね?
「そっかー……あ、そういえばタロスがなんか作ったとか言ってた」
「変なものじゃないだろうね?」
「自転車だって」
「風邪かな?」
「私もそう思ったよ……でも実際に自転車だった。なんかチェーンなかったけど、木製だったけれど、普通の自転車だった」
「……風邪じゃないよね?」
「さすがにゲームの中じゃ体温は分からないからねぇ……変なこと考えてなければいいんだけれど……タロスだしなぁ。なんか『同士だと思ったのに……!』とかすっごい怖い顔してたし、誰かから作ってもらいたいって言われたんじゃないの?」
なんとなく事情は読めてきたけれど……木製なのは腹いせかもしれないね。
「騙られて作らされた、ってところだろうね……まぁ、確かに彼はそういうのが得意そうだ。そういう仕事をしていてもおかしくはないね。趣味に合うもの以外は引き受けてくれなさそうなところも含めて」
「だねー」
彼の名前があがるたびに「一体何を考えているんだろう」と思うしね。
本気で、あの人の頭の中を一度覗いてみたい気がする。
「でもまぁ、今日は引っ越し祝いだね!」
「ランディが、アスールと一緒に軍曹から連れて行かれたよ。クロウは部屋のほうに引っ込んでいったよ。招待状を書くんだとか」
「そっかー……楽しいパーティになるといいね!」
「ああ、そうだね」
いろいろと謎こそ残っているけれども、そんな事を忘れてしまえるぐらいに楽しいパーティになるといいな。
私はそんな事を思いながら、近くのテーブルに座って新聞を読み始める。
『オリンピアの街の入り口に巨大クレーター!? 近隣住民は“大禁呪の魔女”の仕業だと証言、デスゲームイベントの生き残りか!?』
……妙な称号は自分が言わなければ大丈夫。だって、竜殺しを騙る人だっているんだから。
この記事は見なかったことにしよう……あと、もう少し安全な使い方を考えよう、うん。
『森に作られた村の近くでエルフ発見! 今後の村の発展に要注目! 錬金術スキルジェムの需要高まる』
次に載っているのは、今回の依頼についての記事だった。
読み進めていると、あきらかに森には昔から村があったような話になっている……どうも暗殺ギルドが情報操作をしているようだね。
一体どこまでが本当で、どこまでが嘘だったのかが分からなくなってきた。
(深入りしなくてよかったな)
そんなことを思いながら、私は新聞に載っている他のゴシップでゆっくりと時間を潰すことにした。
村おこし編終了! 謎は謎のままが好ましいこともあるんだろうなぁと思いつつ……うまく表現できたのかがちょっと不安だったりします。
誤字脱字、ご意見、ご感想お待ちしております。




