第37話 偽者の竜殺し
『すみません。午前中はメンバーがリアルで忙しくて』
さすがに連絡も取らなかったから叱られるか。
私も同罪だけれど、声が聞こえない。少し、申し訳ないね。
「お、会ったのかい? どういう人かな? 気持ちのいい人ってエルフは言ってたけれど、やっぱり頼りになりそうかい? ……おーい、聞こえているかーい?」
返事はない。
向こう側の会話が聞こえないから予想しかできないけれど……お叱りを受けてそのままクエストの説明にうつった、というところかな?
それじゃぁ、邪魔しちゃいけないね。
「ああ、もしかして話を聞くのに集中してるのかい? すまない、悪かったよ。ちょっと黙ることにする」
『改めまして、暗殺ギルドから直接指名されたアリス・イン・ネバーランドの代表として来ました、サブマスのガランティーヌです』
自己紹介? ああ、ちょっとお叱りが長かったのかな。となると相手は社会人かも。向かったのは軍曹以外学生だしね。
『――ッ!』
アスール……叱られたのが嫌なのは分かるけど、怒ってはいけないよ? まぁ、黙ると言ったんだ、私は黙り続けよう。
後でフォローしてあげなきゃいけないね。
『お名前、聞いてもいいですか? ……マスターはともかく私は初心者なんですよ』
――ちょっと待ってくれ、ランディ。君は私の事を指導した人じゃないか。どうしてそこで嘘をつく?
なにか、雲行きが怪しいね……?
『それに広まるのは装備ではなく顔ですから。見ての通り少ない竜殺しが持ってるすごい装備だって分かりますけど、それじゃぁどなたか気付けませんし』
竜殺しの持っているすごい装備ということは、ドラゴン装備か。実際に見たことはないけれど、おおよその想像はつくかな。
アレを一式作るのは大変だし、維持にお金がかかるように設定されているらしいから確かに実力はありそうだ。
――でもランディがどこかおかしいな?
『そうですね』
何に対して?
『改めて、ガランティーヌです。ガランとでも呼んでください』
なぜまた自己紹介を……ああ、顔を見せるためにヘルムを脱いだのか。
でも、彼はあまり顔を見られたくないはずなんだけれど……?
『ところでクエストはどうなっているんですか?』
……先ほど説明を受けていたんじゃないのかい?
『って、スキルとか作戦とかは?』
ちょっと待ってくれ! なぜ今更スキルの話と作戦になるんだい!?
『――ッ!?!?』
もしかして……いや、よそう。私の勝手な憶測や先入観で作戦を失敗させたくない。ここはもう少し情報を集めてからだ、とにかく会話を聞き続けるしかない。
『そりゃぁもちろん……へ~、なるほど。ジョージさんの構成は≪シールド≫五十、≪ソナー≫二十、≪リジェネレイション≫五、≪ランス≫二、≪ステップ≫一。カウンターはバカのすること。ためになりますねー』
もどかしいね、近接戦闘のスキル構成はよく分からない。
でもカウンターはきちんと練習すれば、自分の攻撃を強力に当てることができるテクニックだ。ボクシングのクロスカウンターについて語ったコラムを読んだことがある。本職の人が言うんだ、確かなんだろう。
それが、バカのすること? 嫌な予感がするね――これ以上最悪の状態にならないで欲しいんだけれども。
『ああ、俺らのはですね――』
ランディが一人ひとり、名前とスキルを紹介していく。ここは前もって聞いている。特質すべきことはないね。
しかしソツがない。まるで料理の紹介でもしているようだ――って、彼は調理師学校の人間だったね、当然か。
『もうしわけないです』
なぜ謝るんだい?
『軍曹ですね』
あのメンバーで一番年上のこと? いや、竜殺しの事かな? 竜殺しが誰だかは、ぜひ知っておきたい情報だしね。
『この人、現役自衛官なんですよ』
うん、実力は折り紙付きだと思う。強行軍では私たちには理解できない感覚で敵を発見する人だからね。
でも、なんで軍曹だけ言ったんだろう……あえて避けた?
『ムッカつくー! なんなの? バカなの? ああいう風にしてないと死ぬの!?』
……ああ、なるほど。
『最近の竜殺しの質も落ちたな』
最悪の予感は当たっていたわけか。
『俺まで落ちたみたいに言わないでくださいよ』
ランディは素晴らしい人だと思うよ、私は。
『あんなふうに増長するなら、竜殺しの称号なぞいらんな』
クロウ、よく端的に話してくれたね。人となりがよく分かったよ。
だから私は、意を決して宣言しよう。
「――第一回ギルド会議を開催する!」
『ちなみに発言権があるのはバカガランとアスール以外ねー?』
暗殺ギルド支部に向かったアリスが口を挟んできた。私が宣言しなければ、きっと彼女が宣言していたんだろうね。
ランディの言動がおかしいのを一番よく分かっているのは、アリスなんだから。
「今の話の流れからおおまかに推測するけど……相手は我が強すぎるみたいだね。命令系統を勝手に乱すだろう。実力があろうとも、彼は無能な働き者タイプだ」
チャットに参加して意思疎通を図ろうと思っていたけれど、
『アタシ発言したーい! つーか斬り殺したい! っていうか胸ばっかジロジロ見やがって! アタシはもう予約済みだい!』
アスールの喧嘩腰になったセリフを聞いて、同じ女として少し頭が冷えてきたよ。
――ああ、私は冷静だ、すごくね。
「そうやってアスールはすぐ感情的になるから、発言権をとりあげたんだ……決して、参加したら、駄目だからね?」
『くそっ! なんて時代だっ!』
『俺だって言いたいことは色々あるけどな。まぁ俺はアレの接待で忙しくなりそうだしな』
ということはやはり、今後もランディが矢面に立っていく、ということか。
私は単なる推測で、ランディは参加しないものだと思っているから聞き流していたけれど……アリスは、ランディと離れていてもお互いをよく理解しているようだ。
いい、喧嘩友達じゃないか。
『朋友の分まで我が発言しよう』
『自分もあまり参加はしない。どうせヤツは一人先行して、大群に挑むことになるだろうからな。フォローで忙しくなりそうだ』
軍曹の発言が少なくなるのは少し痛いな……でも、現役自衛官だから前線指揮で忙しくなりそうだし、フォローもしなければならないとなれば当然か。
「というか、森での戦闘で木を傷つけても大丈夫か確認できなかったな……」
『大丈夫なのはクエスト受注者オンリーだと思うぞ。アレ、自分だけさっさと受けてるから、俺らは注意しておくことに越したことはない――と、んじゃ見失わないように頑張るとすっかねー?』
さり気なく重要な情報じゃないか……いざとなったらみんなが殺されないよう、エルフごと森自体を破壊するべきかな?
PKスキルさえ入ってなければ、私たちの損害は私の魔導書数十ページと、みんなの装備だけですむ……爆風に巻き上げられての墜死を除くけれど。
クエストよりも身内のほうが大事だしね。唯々諾々と従っていたら、本当に暗殺ギルドの下部組織にさせられかねない。
『二人は自分に任せろ、安心して戦え。竜殺しになったお前の成長、確認させてもらおう。強行軍ではイマイチだったが、追い詰められないと駄目な弟子かもしれんしな』
『俺も守って欲しいや、アレから』
『アレは無理だ。時間さえもらえれば立派な殺人機械にすることならなんとかできると思うんだが……』
軍曹、それは自衛官としてどうなんだい? まるっきり軍人が言っているみたいじゃないか……。
「頑張ってくれよ? 私は君たちごと魔法でなぎ払いたくないからね」
少しばかし、冗談めいて言ってみたけれど――
『『『『『いざとなったら殺って!』』』』』
――いつもはそれでも本気で止められるんだけど、本当に不安になってきてしまったよ……。
とりあえず当面は、いざというときのための対策に励むしかないかな。
[to be next scene...]
『我だ。今森を走っている――というか、彼奴の歩調は遅すぎるな。時々狼や熊に襲われてしまっている』
「それは大丈夫なのかい?」
『ああ。我らを使えないと評し、彼奴が勝手に処理してくれている』
『しいて言うなら、聞こえていると思うが』
『マナポですか? さすがにコレで最後ですね。ヒルポはあるんですが。あとは自然回復に任せてもらうしか――ええ、すみません』
マナポやヒルポなどと先ほどから言われているけれど、マナポイントポーションやヒットポイントポーションなどの略だとアリスに説明された。
単にポットとも言うともね。
主にゲーマーが使う用語らしく、私たちのギルドではあまり略さないのが慣例らしい。軍曹が、聞き間違いしないようにするためだと押し切ったんだとか。
さすが現役軍じ――自衛官だね。
『と、我々のアイテムに損害が飛んできている』
『ねぇ、アスールの分って大丈夫?』
『ガランティーヌがうまくやってくれた。危険地域ならば、やはり使わない人間にも予備は持たせておくことに越したことはない』
「そうだね」
ランディがどれだけうまくやってくれたかは知らないけれど、これでポーションはかなり数が少なくなってしまっているはずだ。
『っていうかー、さっきからオレすげーだろーってうぜーのよー、胸ばっか見やがるしー、軍師ー、助けてー』
「アスール。君の発言権はないはずだけど?」
『……む~』
『拗ねるな』
『それはともかく。どうやら予想は当たっているらしいな、クエスト受注者ならば問題はなさそうである。彼奴が木々を傷つけても、一切の矢が飛んでこない』
「オークとかは見えるかい?」
『少し待て……ふむ、空気が淀んでいるところがあるな』
そういえば、あれは何の本だったか……とある国の戦闘機との毎度の接敵で感覚が鍛えられた人の話によると、レーダーを見ずに敵機を発見できるらしい。なんでも、空気が歪んで見えるとか。
最初はフィクションだと思っていたよ、
『正確ではないが、おそらくオークだろう。熊や狼のような淀み方ではない』
軍曹の、このセリフを聞くまではね……。
『軍曹……毎度ながらそれはちょっと人外であると我は思うのだ』
これ、毎度なんだ? 少し人間辞めすぎじゃないかな、軍曹……。
『人外ではない、ただの人間だ――どう見る? 軍師』
「どう見るって、斥候としか考えられないと思うよ? 軍曹の感覚が本物だったらね」
『……軍師、自分は人外ではないぞ?』
「自称と他称は違うんだよね?」
『むぅ……』
いつも軍師じゃないって言ってるのに軍師って呼ぶんだ、少しぐらい仕返ししたっていいじゃないか。
私だって溜飲を下げたいときもあるんだってことを知っていて欲しいね。
さて……せっかくだから利用できるだけさせてもらおうか。
「アスール。君には重大任務を渡す。警戒任務だ。MOBが現れたらジョージに助けを求めてくれ」
『え~……?』
「……設定を渡そう。君はランディの妹だ。怖いからと理由をつけて抱きつけば、きっと迫真の演技になるだろうね?」
『きゃー! 狼だー! 助けてお兄ちゃーん!』
うん、さすがに食いつきがいい。
アスールは中学生だし、恋に恋するような年頃だ。とても分かりやすくて扱いやすい。このまま彼女には周囲の警戒任務に当たってもらうことにしよう。
乙女心をもてあそんでいるようで心苦しいけれども。
『うわっ、ちょ!? 急にしがみつくなって!』
「ランディもきちんと任務に協力すること。分かったね? 使えるものは容赦なく使っていこう。一人の消耗ですむならポーション程度の元は取れるハズだよ」
どうせまともに戦えるのはジョージという男だけだしね。
『ジョージさーん、妹を助けてくれー』
「棒読みすぎるよ……まぁいい、助けられたらヨイショしておくこと。どうせドラゴン装備なんだろう? この程度で消耗するとは思えないし、予備も持ってるだろうしね」
急な演技には弱いのか、ランディは。
今後は事前に話し合っておくべきだね、やるとは思わないけれど。
『……軍師よ。大変言いにくいのであるが』
「なんだい?」
『彼奴め、予備の武器を持ってきていないようであるぞ?』
「……なんだって?」
『大方過信しているのであろう、ドラゴンの素材で作った武器のことを』
「大丈夫なのかい?」
『見た目は変わらんから、いつ壊れるかは我にはとんと予想がつかんのだ』
少し不味いな……もし途中で折れたらどうするつもりなんだろう? そもそも修理ができない武器だからこそ、予備を持っているとふんだのに。
「ねぇ、軍曹。人外の力でわからないかな?」
『自分は人外では……いや、まずは武器の事だ。近く壊れるだろな。槍が歪んで見える』
「見た目は変わらないのに?」
『自分にはそう見える』
「そうなんだ……」
軍曹の言うとおりなら、やっぱり即席でも武器が必要か……。
「最悪ダガーをくくりつけた木の棒か、竹槍みたく先を斜めに切ったものでも渡しておくんだ。前者は槍として認識されるかどうかは分からないけれど、後者は竹槍の亜種として認められるんじゃないかなと思う」
『前者も後者も実験されシステム的には槍と認められたことがあるな。もちろん、槍使いには至極当然の情報である。まったく、計測ギルド様様であるな』
「そうなんだ? じゃぁランディ、いざとなったらお願い。返事はしなくていいけど」
まったく、槍でよかったよ。剣だったら、こちらのメインウェポンが使い潰されていくからね。
まぁ、ダガーを使い潰される可能性が出てくるけど。
『軍師。ダガーは誰のを使えばいい?』
「ランディのを使おう。一応、午前中に私が別の武器を買わせたしね」
『了解した』
そういうやり取りをしている間にも、カバーを開いた懐中時計から聞こえてくるランディの発言は、出てくる敵をどんどんと倒していくジョージを賞賛するものだった。
――スルーとか、そういう思考が一切ない。
どうにも彼の攻撃は盾を突き出しての≪ステップ≫で打撃を加えたり、突いたりと、技巧を凝らしているようには聞こえない。
単に、突撃するだけ。≪シールド≫スキルを持っているのに、シールドで防いでからの攻撃がない。
≪ステップ≫を使い、ダメージを≪リジェネレイション≫で回復するだけという徹底した突撃思考。
(なんだろう、この違和感は……単純に敵が弱いだけ?)
それともこれが通常の竜殺しの戦い方なのかな?
「そういえば、彼はいつ竜殺しになったって言っているんだい?」
『そういえばジョージさんはいつごろ竜殺しに? ……ああ、俺の本業は料理人でして、お客さんの噂でしか聞いたことが……へぇ! あのデスゲームのときに!』
「『ダウト!』」
アリスと私の声が重なった。
「偽者じゃないか!」
『なるほどー、ギルドもその時に立ち上げたと……俺たちは、軍曹以外はまだ始まりの街から出たことがなくて。いや、世間知らずでして』
『ガラン! 絶対今怒らないでよ!? 声震えてるよ!?』
――え、怒っているのかい? 普通に聞こえるんだけれど?
いや、まぁ当然か。手柄を横取りされたようなものだし……アリスがランディのことを押さえていてくれているうちに聞いておこうかな。
「クロウ」
『なんであるか?』
「ドラゴン装備って、買えるのかい?」
『……ドラゴン装備の修理をするのにまたあのドラゴンに挑まなければならない手間を考えるならば、よほどの戦闘狂でなければぶっちゃけ馴染みの鍛冶師に武器防具を作ってもらったほうが気楽である。ドラゴン装備を使うのは効率を重視したタイムアタックギルドぐらいで――』
「買えるのかどうかを聞いているんだけれど?」
『――答えを急ぐな、軍師よ。素材は買えなくもないと言うことを順序だてて説明しようとしていただけではないか。色々と金はかかるが』
素材は買える、と言うことはドラゴン装備は別に特別じゃないということか。
『それでもドラゴンを倒したという証明に、あえて普段着として街中で着ている竜殺しが帝都にはいるな。我らの拠点、始まりの街で着ている者といえば、初心者ギルドのギルドマスターぐらいであろう』
「なんてことだい……!」
近藤さんは一体何を考えているんだい?
無名の竜殺しどころか、偽者の竜殺しじゃないか、ジョージは。
「アリス」
『問いただせばいい?』
「どうせとぼけそうだ、依頼が終わったら聞こう。工事は捗っているかどうかを聞かせてくれないかな?」
『ゴーレム部隊の予備がいるみたいだったから、頑張ってもらってる。あと、街が壊されて困る人にも呼びかけてもらったんだけど、そしたら今ちょうどシルバーヴァルキリーズが練習に来てたみたいで――』
『――え、ホンマ?』
……ん?
『あの、えっと、その――ブリュンヒルデ選手いる? オレ、メッチャファンやねん。できればサイン……あ、いや、邪魔になると悪いし、その、頑張ってくださいってだけでも伝えてもらえひん?』
クロウ、関西の人だったんだ……。
『う、うん……』
『頼むで!?』
「クロウ、言いたくはないけれど、作戦中」
『あ……いや、すまんな。我も少し取り乱し素が出てしまった。黒歴史が二ページに増えてしまった』
「じゃぁ、工事は順調、行軍も順調、ということでいい?」
『行軍は遅々としているが、まぁ時間内には間に合うだろう。武器とアイテムが不安だな』
『オークを攻撃した瞬間エルフからの矢がとんでくるのであれば、我らは何もできないがな』
「オークは別物、と考えよう。隠れ里に着く前に見つけた死体の状況から、彼らは明確な敵対関係であると分かっているからね。テリトリー侵略の対象外になるはずだし」
『了解した』
ふぅ、とため息をついた。
(資本主義社会か)
お金がないと生活できない、だから悪くないと思う依頼を受けたつもりなのに。どうしてこうも裏側が真っ黒な依頼なんか引き受けてしまったんだろう?
(最初は報酬が高くて驚いてしまったけれど……こんなこと加味したらかなり安い仕事だったなんて)
何も知らなかったから、私が勝手にいい仕事だと判断して、アリスを説得したからこんな風になってしまった。
(もっと知識をつける必要があるね)
帰ったら図書館でこういった策略についての小説をランニングしよう。とにかく当分は図書館に――いや、自分の家を持つのも悪くない。
誰にも邪魔されない、静かな場所に自分だけの書斎を作って、そこでゆっくりと読書……なんて素晴らしいんだろう。
リアルじゃ家が狭すぎるし、第一私は高校生だ。書斎なんて欲しくとも手が出ない。ちょっとした夢ができた気分だ。
(だから、それにはまず)
この、裏が真っ黒に感じる依頼をこなすことが最優先だ。
私は地図を開いて、もう一度、こちらに敵が逃げてきたときのための戦い方をおさらいすることにした。




