第31話 軍師、考える
家族と共に夕食をとると、いつものように両親へ従妹の事が心配だから会いに行ってくることを話す。
もちろん二つ返事だった。ゲーム内であるとはいえアリスが嬉しそうに街を走り回っているといった話は私の親にとっても、そのことを伝えられるアリスの両親たちにとっても嬉しいことだから。
コーヒーを持って部屋に戻ると、私は手紙を書きはじめた。
私自身からアリスの両親に最近のアリスを伝えるときは今どきながら手紙なんだ。
ほら、よくあるだろう? 好きなものはそういうデータとしてじゃなくて、大切な宝物のように物で残しておきたい心情。
「……ふぅ」
手紙を書き終わるとそれを封筒へ入れて封を――ああ、忘れるところだった。私とアリスが一緒に描かれている、プリントアウトされたすごく精巧な油絵。もはや写真もかくやというレベルのソレを入れておかないと。
これはお父さんが描いてくれた。お父さんは家族の写真を残すのがとても好きな性格で、アリスの両親に手紙を出すことを話していたら急いで絵画スキルをフルセットしてきた。
絵の出力方法もお父さんから教えてもらった。教会に持って行けばNPCが祈りを捧げて神様にお願いし、私達の住む異世界へ送る……というファンタジーな儀式を行ってくれる。
そうするとVR機器のヘッドセットのメモリーに転送されてくるので、あとは印刷するだけだ。
教会はこのためにあったんだと呟いたら、ちゃんと公式HPに記載されている方法だった。もう少しきちんと確認しておくべきだったよ。
笑っているつもりだったのにほとんど無表情な私と、その膝に乗ってすごく楽しそうな笑顔を浮かべているアリスの油絵。
それが封筒にきちんと収まっていることを確認してから、私は改めて封をした。
そして私は本を片手に食後のコーヒーを味わいながら思案する。
(……あまり本の中身が頭に入ってこないな)
報酬で得た自動人形のこと。
まだ出会ったことのない軍曹がようやくレシピジェムを手に入れられたということ。
明日……つまりメンテナンス前の最終日は村を街にするための手伝いに回る、ということ。
(別な本にしよう)
今更ながら確認するけれど、私たちのギルドに依頼されたことは「スキルジェムの回収」と「村の手伝い」だ。
そのうち「本当ならば村の発展に手を回して欲しい」ということだったのだけれど、極少人数の私たちでは手が足りない。
結果として放置していた村――今どうなっているかぐらいは誰か一人を向かわせてもらったほうが良かったかもしれない。
私は新たに買ってしまった孫子の兵法書を開きながら、小説の知識を引っ張ってきつつ考える。
まず、エルフと敵対関係になってはいけない。これは絶対条件だ。
(とにかく排他的な種族らしいしね……)
聞けば数あるエルフの中で一般に定着している容姿をしているらしい。
さて、その現代のエルフの性格というか、種族としての性格はとても単純だ。
(絶対に彼らのテリトリーを荒らしてはいけない)
彼らはテリトリー意識が高く、テリトリーを荒らすものと戦う。彼らは死を恐れない。徹底的に、勇猛果敢に戦う。
それは死というものに達観していることからきているという。
そしてとても高い知識を持っている。友好的に接すれば知識を分け与えてくれる存在でもあり、盟約を結べば裏切ることはないとされている。
(それがどこまでこのゲームに反映されているのか。ゲーム独自の性格である可能性だってある……)
先に行った村の住人達に確認を取る必要がある。
そして。
(どうして村を街にすることをメインにして欲しいって言ったんだろう?)
自分達の需要のほうが高いからこそ村よりもジェム集めのほうが優先されるべきだと思う。でもメインは村の発展。
『そこで二名も竜殺しという素晴らしい戦力を保有しており、さらに機械工学に強いロボット狂いのいる君たちに白羽の矢が立った。アレは良くも悪くも有名になったからな』
近藤さんのこのセリフもよく分からない。
純粋な技術力を買われたタロスはともかく、ランディや軍曹の称号竜殺しの戦力を望んだ理由は?
純粋にシステマティックジェム集めのため?
それとも、今軍曹が一人で行っているレシピジェムのため?
それとも――森にドラゴンクラスのなにかがいるから?
(村はプレイヤーだけの存在……デスペナルティを恐れなければ、何度でも作り直せる)
MOBの脅威もあるだろうけれど、だからこそ武器や防具を量産できる体勢を整えるために集めるよう依頼をしたのがスキルジェムのはず……。
(……分けて考えたほうがいいかも)
デスペナルティを恐れなければ資材の運搬は簡単だ。死んでも再チャレンジできる、投資額が増えるだけになるけれどそれに見合ったものが手に入る可能性がある、というのが森で発見されたエルフ。
うまくすれば森に作られた街はエルフの知識が集まるものとしてすごい価値が出るし、観光資源になりうるものも豊富だ。
(投資出来る分はもうしてしまった?)
だったら他の人たちだってこんなおいしそうな土地を見逃すはずがない。人が多ければ街に劣るとはいえ村として機能するし、補給だって相対的に楽になっていく。
どうして竜殺しの実力が必要なんだろう? ドラゴンは魔法で簡単に倒せる相手なのに?
それとも……いや、これは私の考えすぎ?
(一度ログインして確認する必要があるか……)
私一人ではどうしても判断がつかない。
とにかく一度ログインする必要があると判断した私は、頭に入ってこない本を本棚に戻して、異世界へと向かうことにした。
[Welcome to the "Story of the Sword and Sorcery"...]
「んん……っ」
ゲーム内での仮想体を動かす準備運動……というより、簡単な背伸びをして私は起き上がった。
「あ、お姉ちゃんお帰り」
「ただいま、アリス」
私がログアウトしたのはランディの店のテーブルだった。すぐに帰ってくるからとテーブルに突っ伏した格好で行ったのだ。
もちろん、ログアウト中は無防備だ。宿に帰ったタロス以外の全員がそれとなく注意を払ってくれていた。
「軍師が最後であるな」
「ああ、そうなんだ」
「軍曹のほうも、ジェムが出たから帰ってきているところだって言ってた。ようやく紹介できるね」
「では、こちらでの夕飯にしようか」
「そうだね――ガランー、いつもの三つー」
「いつものって、一つしかねぇようちのメニューは」
夜だからタロスは眠ってしまった。そしてランディとアスールはいつも通りにお店を開いて数名の常連に……って、
「いつのまに食材を狩ってきたんだい?」
「……先ほど、地下墓地にて」
まさか!?
「何の肉かは言わないでね。普通に熟成させた肉のステーキとして売り出してるから」
「ランディ、私の分はキャンセルだ!」
「無理、焼き始めた」
なんてことだっ!?
「おっまったせー。熟成された牛肉のステーキでーす」
「フルポンドが抜けてるぞ」
「あ、フルポンドねー。指定されてなかったし」
ここの制服なんだろうね、青と白のチェック模様をしたエプロンドレスを着たアスールが、焼けたステーキ皿に乗った悪魔の料理を三枚もってきた。
「ちなみに去勢された牛の肉だってー。オカマさんだよ、オカマさん」
そうだろうね、ゾンビオックスのオックスとは去勢された雄牛の意味だからね。
「マスター、本当は雌牛のほうが美味しいって言ってるんだけどねー……ま、我慢してちょうだい」
ということはゾンビカウというものもいるのか……いや、我慢なんてしたくないね。食べたくもないから。
「では、新鮮な香草の香りと、熟成された肉汁とのコラボレーション。アツアツのうちにお試しください。なんちゃって」
以前見たとおりの、見た目は普通の牛肉ステーキが私の目の前に出される。
付け合せは定番と言えば定番、ホクホクの湯でジャガイモとニンジン。私はこれで空腹を凌ぐしかない……。
「……私はお肉が食べられないんだ。お肉をあげるから、どうか野菜たちをおくれ」
「お、おう」
察してくれた二人からジャガイモとニンジンを恵んでもらう。肉は渡してあげた。
「……ところでアリス、明日はどう動くんだい?」
「村に行く」
「そして?」
「現状を聞いて」
「うん」
「手伝う!」
――よし、何も考えてなさそうないい笑顔だね。
「ねぇ、なんで私たちにこの依頼が適切か、考えていたりするかい?」
「弱小だから足元を見てもいいとか」
「竜殺しの軍曹がいるが、それ以外においてはある意味で我々は無名だ。朋友も竜殺しであるが、公表はしていない。つまり、軍曹個人への料金に毛が生えた程度ですむ」
「あるいはアタシたちギルドの吸収合併とか?」
「アスール、レジ」
「あっと、マスターごっめーん! ……それじゃね、リーダー。また後で」
「うん、仕事中ごめんね? また後で」
ランディに指示されて、アスールが去っていく……というか、客商売でウェイトレスがお客の話に首を突っ込むその姿勢はどうかと思うんだ。
あとでなにかしら言われそうだな、アスールは。
「……私の考えすぎかもしれないけれど」
私は、二人がおいしそうにステーキ肉をほおばった瞬間に切り出す。典型的な反論を封じる会話戦術だ。
いわゆる会食などで自分に有利な状況を作り出すために政治的に使われることが多かったらしい。今はどうか分からないけれど。
「今回の件、もっと数の多いギルドに依頼すればあっという間だと思うんだ。特にスキルジェム集めなんかはね。近藤さんが本当にただ能力を見て仲介しているとしたら、私たちに求められているのはタロスの技術力と――竜殺しの近接戦闘力だと思う」
口いっぱいにステーキの詰まった二人は、反論するために慌てて飲み込もうとする。けれど、それを私が許すわけがない。
「そもそも近藤さんは村を街にする手伝いを優先してほしいって言っていた。私たちはそれを無視しての、私たちにとって鬼門になるスキルジェム集めにいそしんでしまったけれども……もしかしたらドラゴンクラスの相手がいるのかもしれない」
「待て待て軍師よ!」
喉に詰まりそうになった肉を、胸を叩いて強引に嚥下したクロウが声高に言う。
「なぜそういった話になる?」
「まずは前提を確認させてもらうよ? アリス。このゲームが始まってからずっと、愛護団体のせいでドラゴンには挑みたくても挑めなかった人たちはいるんだよね?」
「え? うん、もちろんいると思うよ? 称号なしでもランディより化物クラスのがゴロゴロと出てくるんじゃないかな? 海の向こうには同クラスの称号もあるってきいたことあるけど」
「巨人殺しであるな。まぁこちらは相手を探すほうが面倒くさいゆえ竜殺しとは別の意味で数が少ないが」
「ま、どっちも遠距離から倒しちゃえばおしまいなんだけどね」
「そう。近接職とは相性の悪い相手に、近接戦闘を挑むがゆえの称号である」
「なるほど、よく分かったよ」
クロウの言葉によって、私は改めて「竜殺しは近接戦闘能力の高さを保証するもの」だということを確認した。
「して、称号と今回の依頼がどのような関係にあるというのだ?」
「まず、私の想像しているエルフとこのゲームのエルフが同じなら彼らはテリトリー意識が強い。侵略相手には死に物狂いで襲い掛かってくるはずなんだ」
「縄張り意識が強いって、なんだかヤクザみたいだね」
「次に、森に住むエルフのテリトリーといえば森だ。その森の木に一筋でも傷を負わせてしまっただけで襲われる可能性がある」
「え、ちょ、まって?」
アリスが頭を押さえて、しばし考え込む。
「……魔法ぶっぱ禁止令?」
「それどころか銃も弓も使えない可能性もあるね。もっとも、エルフと敵対することを考えなければいくらでも使えるんだけれど」
「ええええええええっ!? あそこの森ってメンテナンスごとに再生するから魔法の試射にはもってこいって感じだったのに!?」
「ううむ……なんという魔術師殺しか。我も魔法を使う者としてそれはつらい……魔法が安易に放て、強すぎると言うのもあるのかもしれん」
たしかに魔法は強烈だ。使えばほとんどの戦闘は一瞬で終わる。それでも近接や遠距離を好む人がいるのは、趣味であったり、戦闘のカタルシスを求めているんだろう。
もちろん、ロールプレイも含めて、だ。
「もちろん別の可能性だってある。私の想像通りなら、エルフは盟約を交わせば決して裏切らない。それはつまり完全な契約社会だってことだ。先に行った人たちが変な盟約を交わした可能性だってある。こうなってくると称号持ち、つまり近接戦闘力を保証された人選が望ましくなる」
「ゆえに竜殺しを二人抱える我ら、か」
「他にも竜殺しはいるんだけどなぁ……」
「既にいる可能性があるよ」
「え?」
「既に他の竜殺しもいる可能性がある、と言ったのさ。現地には別ギルドもいると言っていたじゃないか」
「そういえば……そんな気がする」
「覚えていてくれよ……」
あとは利権の分け方に発展するだろうけれど、それは今考えるべきことじゃない。
「とにかく、お店が終わったら首脳会議でもギルド会議でも何でも開いて欲しい。放置していたぶん余計に厄介なことになっている可能性があるよ」
「うん、わかった」
「やはり軍師は頼りになるな」
「私は軍師じゃないし、君たちが脳筋すぎるんだ」
「……ゲームに染まってきたな、軍師よ」
「脳筋なんてゲームかラノベ読んでないと自然と出てこないよね」
実際は読むけれどね。わざわざ言っておく必要は感じられないけれど。
「ともあれ、食事を中断してすまないね。さ、冷めてしまわないうちに食べよう」
――カランカラン
「いらっしゃいませ……って軍曹」
ランディが口をついて出した言葉に、私はすぐさま入り口へと目をやった。
(……若作りした、おじさん?)
パーカーとジーンズを着た、背中に錆色の剣を背負った三十代にも四十代にも見える男性が片手を上げて、ランディに答えていた。
「物欲センサーに、勝ってきたぞ……!」
文章切り替えを導入してみました。ちなみに英語、苦手です。Google翻訳さんまかせ。
あと、投稿作品の文字制限の桁が違うのに気付いたの、だいたいこの話からです。少しずつ長くなっていく……(^^;




