第30話 報酬は、自動人形
「よく働いてくれたね、御褒美に、君には重さをあげよう。二度とスリなんて出来ないようにね」――ある憲兵の一言。
彼は神像の前に跪き「時の精霊様、どうか私に時間と場所を歪める力をお与えください。あの女に私の恨みが届くように」と何日も何日も願い続けた――詐欺に遭った男。
詠唱を見て彼は呟く「高位魔法か、五回以上は斬れるな」低位しか扱えない魔術師は≪ウォーターボルト≫で剣を作り出した――魔導剣術開祖の伝説より。
「……ああ、もったいないなぁ」
使ったスクロールに書かれていた物語が私の頭の中で何度も何度も去来する。
使った魔法は三種類。遠距離に魔法を設置する時限式魔法≪セット≫、筋力で抵抗できる重量増加型拘束魔法≪バインド≫、魔導書型なら自分の手の平から三メートルの水流がガスバーナーのような形で噴き出す≪ウォーターボルト≫。
魔法の扱いに長けていると自称するクロウは何度も私に「使った分は補充できる、そう気落ちするでない」と言い聞かせたけれど、今まで使ったことのない魔導書のページが炭化して風化していくさまは、まるで目の前で焚書されていくような印象を与えたんだ。
「ほんとう、もったいない……」
これはクロウが知っているのか知っていないのか分からないけれど、スクロールに書かれている物語はランダムで複数種類ある。ちょっとした単行本ぐらいの枚数があるボール系で気付いたんだけれどね。
このちょっとした物語は、私に魔法の基礎を学ばせてくれた。≪セット≫と≪ウォーターボルト≫の組み合わせは、これを読んでいたから思いついたんだ。
「お姉ちゃん……三枚ぐらいだったら買ってあげるから、ね? 機嫌直して?」
「うん、ありがとう」
アリスの思いやりがちょっと心に染みる。けれど、同じページになるかどうかは、誰にも分からないんだよ……? もしかしたら希少な物語もあるかもしれないんだ。本当に、使いたくない。
「街が見えてきたぞ」
刺激毛が風で飛ぶ危険を考え、ゲリュオーンで表面をこんがり焼いたオーガベアーと、私たちを乗せた荷台を引くゲリュオーンに搭乗したタロスが声を上げた。
ちなみに討伐時に火属性を使わなかったのは、単に私の状態異常ダメージの火力も強烈と教えられたから。その点、水属性なら倒しきれなくても顔が凍って窒息ダメージを狙える。ピンポイント版≪ブリザード≫といったところかな?
「それじゃぁ、そのまま研究所の前まで引っ張って行ってくれるかな? 一応、ジェム以外の死体は引き渡すって約束をしてしまったからね」
ちなみに、ちゃんとシステマティックジェムは手に入れられた。今は四つともアリスが大切に、首から下げた小さな皮袋に入れてる。
「了解した」
「足、家に引っ掛けないでよー?」
「ゲリュオーンI型は私の手足だ、そんなヘマなどしない」
「もう自分だけのモノにしちゃえよー、メカフェチー」
「……この機体はそうすることにしよう。専用機らしく形状もカラーリングも変更するか……また設計の見直しだな」
「量産化は確定なのであるか……」
ところで話は変わるんだけれど、スターリング機関は加熱か冷却で動いて、そして可逆式エンジンだ。モーターと同じだね、電気で回るけれど回せば電気が発生する。
ゲリュオーンは前の機体のような動力源の一点集中型じゃなくて、分散型。これは体積あたりの出力が小さいからだ。出力を数で補う方法を取っている。
――このおかげでゲリュオーン自体には何十機というスターリング機関が搭載、連動していて、この機体自体がエンジンとほぼ同義である。
つまりどういうことかと言うと、
「てゆーか、よーやくこの灼熱地獄から解放されるー……」
そう、スターリング機関は、冷却して起動しても、稼働し続ければ必ず発熱していくのだ……まぁどのエンジンにも言えるんだけれども。
とにかく、行きも帰りもずっとゲリュオーンからの熱風が荷台の私たちを襲ってきている。もう、ちょっとした真夏日だ。
私もさっきから汗が止まらない。うっかりすると脱水症状や熱射病っていうバッドステータスを受けてダメージが入るらしいから、定期的な水分補給とかが欠かせないでいる。
「私も暑い、我慢しろ」
(嘘だッ!)
可逆式を利用しての冷蔵庫やエアコンが作られた史実があることを彼が知らないわけがない。それにコックピットにはちょっとしたエアコンが搭載されていたりするのはマニュアルを読んで分かっている。
……あとでみんなに報告しよう。
街について、報告のために研究所に入るや否や私は自動人形から魔導書を取り上げられる。前回討伐依頼書を返しに言ったときと同じ対応だ。
私が使えば禁書指定と言われるだけはあるものだから、当然といえば当然かな。
「……お姉ちゃん、何をしたの?」
「私のスキル構成と、アレに書かれている内容が知られただけだよ?」
あとはほんのちょっと交渉したぐらいだし。
「俺まで来る必要があるのか……?」
私とアリスのほかにもう一人、ランディが付き添い出来ている。
わざわざ宿屋に戻って、さっきまで着ていたレザーメイル装備から一転、この街で購入した暗殺者装備だ。
クロウは羊皮紙が完成しているだろうということで、取りに行った。その足で筆記屋に今回使ったページと、他もスクロールをいくつか見繕ってくるらしい。
アスールは宿屋での待機。タロスはゲリュオーンの大剣のワイヤー交換と、専用化のために図面を引きなおすそうで、同じく待機組。
――ちなみにエアコンが効いていたことはタロスが降りた後にちゃんと話した。みんなからボコボコにされてたのを見て少しすっとしたよ。
「そういや軍曹どうしてんだろ?」
「ん、連絡こない。でも死んでないと思うな、人外だし。それに必要個数集まったら連絡よこすようにしてるから大丈夫だと思う」
「あー……まだ物欲センサーと戦ってんのか」
「――到着だ、お客人。マスターに、粗相のないようにしろ」
「ありがとう」
「……」
やっぱり反応はない、無視されたままドアをノック。数時間前と同じ行動の焼き直しだった。
「――誰だ?」
「メリッサです、お客人を連れてきました」
「入れ」
「はっ」
午前中に来たときと違うのは、私が魔導書をとられていることと、メンバーがクロウからアリスに代わっていることぐらいだった。
「……早かったな?」
「情報を集めておいてあったから。でも被害はちょっと大きかったかな? 魔導書を三ページも使ってしまったよ」
「お姉ちゃんが一瞬でやってくれました」
「三ページだけで済んだら被害は皆無だな」
意識の相違があるなぁ……。
「というか、情報にない行動までやられてこっちは大変だったよ。蜘蛛を混ぜてあったんじゃないのかい?」
「そんな事をするわけがないし、そもそも合成獣に蜘蛛など組み込もうとするなら何百匹と必要になる。一匹で済ませようとするならジャイアントタランチュラを取りに海を渡る必要がある。が、その報告はない」
いるんだ、ジャイアントタランチュラ。
「その口ぶりだと、あなたが作ったものではない?」
「ここに何人研究員が在籍していると思う? 期間が長いぶん錬金術に詳しいだけだし、年季とログイン時間から所長になっているだけだ。それに、そもそも専門は自動人形研究だ」
「あー……事情は聞いてるよ。私とおんなじなんだってね」
「こちらも聞いているよ、従妹思いのいいお姉さんを持ったな」
「えへへ……」
「絆は宝だ、大切にするんだぞ?」
「うんっ!」
アリスはとても嬉しそうに、元気よく返事をした。
「説教臭くなってしまったな。さて討伐依頼の合成獣は……メリッサ、合成獣の死体は、どこに置いてある?」
「……はっ。正面玄関にありましたので、他の所員が、裏口の搬入口より、安置所へ」
「分かった。ありがとう」
「……」
伯爵の言葉にも反応しない――と思ったら微笑んでいる!? なるほど、自分にだけ反応するようにしていたのか。
メリッサの行動パターンはきっと伯爵を中心にしているんだろうね。
「だけど少し疑問が残るね」
「なんだ?」
「まず、書類不備について。刺激毛を飛ばしてくるとは書いていなかった」
「刺激毛?」
「タランチュラの威嚇行動だよ。トゲのついた硬い毛を飛ばすんだ」
「なるほど、だから蜘蛛を混ぜたか聞いたのか……しかしなんだったんだ?」
「あ、拾ったジェムの中に≪ニードルマイン≫ってあったから、たぶんそれだね」
MOBが使用するアーツや魔法については、ジェム袋に入っているものだけらしい。レベルの低いMOBが大量にジェムを落とすのは戦闘に無意味なものも持っているから、という説明をランディが解体している間にアリスから聞いた。
――スキルレベルが高くても所持している数は一種類につき一個だけらしいけれどね。
「あとは≪ニードルスプレッド≫≪生命力≫≪筋力≫≪斬撃耐性≫≪衝撃耐性≫、ってところだったかな。でも四十二レベル以下だと思うよ?」
「ふむ……理由は?」
「俺≪解体≫が四十二レベルなの」
「なるほど……で、書類不備についてだが。これは謝るしかないな。アレを造ったのは別人だが、戦いには私も参加した。あの時はメリッサの被害が甚大でな……思えば気が動転していたんだな」
「せめて近づくと危ないって書いておいてくれよ」
「気が動転していたんだ、仕方がないだろう?」
確かにアスールの怪我は≪リジェネレイション≫ですぐ直ったけれど、よくよく考えればそのまま怪我を負ったままで戦うことになるのか。
そもそも自動人形に回復系の魔法は通じないらしいしね。大切に想っている相手が大怪我をしたら……たしかに気が動転して忘れていてもおかしくないね。
「じゃぁ、二つ目……最初から魔法でなぎ払えばいいのに」
「……悪いが、それは難しいのだよ」
「なぜだい?」
「私は、人造人間は腹の中で何考えてるか分からない、そう言ったな?」
「言ったね」
「正確には、性格と行動パターンは違う。悪人の性格をしているが、蓄積された行動パターンはゴミ拾いのみだとしよう。悪人か?」
「口の悪い良い人だよね? というか、いるのかい?」
「計測ギルドに頼まれて実験したケースの一つだ……ここから、善悪パラメーターと行動パターンは違うと判断された。まぁそれはいい。問題は行動パターンの蓄積が自動で行われることだ」
「問題があるのかい?」
「大有りだ。例えば、命令されて弱い範囲魔法で一匹を仕留めたとしよう。これが行動パターンに蓄積される。次にその行動を行ったとき、それが仮に高レベルでセットされていたなら? たとえば、≪アースクエイク≫だ」
「ああ、そういうことか」
詠唱時間を限りなく短くして最大威力にする方法はいくらでもある……良かれと思ってやった事で大惨事が起こるわけだ。小さな親切、大きなお世話の典型的一例だね。
「そのためスキルは制限している。検査も定期的に行っているし、抜き打ちでもやらなければならない」
「なるほど」
「行動パターンによっては山賊になっちゃうとか、オレは世界を滅ぼす魔王になるって言い出すとかあるんだよ。お姉ちゃん」
「それは厄介だね」
「幸いなことにスキルがなければどうしようもない。プレイヤースキルは上昇しない。スキルが入っていないとディレイ時間が延長される、だな。自動人形も同じだが」
「そうだ、自動人形の魔法部隊はどうなんだい?」
「そもそも自動人形に回復魔法やポーションが効かないから、基本的に耐久力や生命力の上昇を狙って少しでも壊れにくくする。メリッサは少々違うがね。あとは独特のタイムラグがある」
「そういえば、今まで会った自動人形は全員反応が鈍いね」
「こうなるとタイムラグを計算に入れた行動制御が必要になり、命令系統が煩雑化する。日常生活でいちいち命令を下す程度ならいいが、戦闘時はこれが致命的だ。タイムラグ発生時はどうやら完全な無防備状態になるようでね。場合によっては≪詠唱破棄≫できず無意味な被害を出すこともある」
「なるほど」
近接系や遠距離系以外は、運用は難しいようだ。アリスのお目付け役だから、別にそれほど深く考える必要もないかもしれないけれど。
「まぁ、公式でBOTを作れると考えるとまだ寛容なところなのかもしれないが」
「BOT?」
「あー……ゲーム自体初心者だから知らんか。元々はプレイヤーを自動で操作するプログラムのことだ。褒められたことじゃない」
「悪いことなのかい? 自動人形みたいなものじゃないか」
「ん~……そう言われるとな……まぁゲーム初心者だとよくわからんだろうから、一言で言うと――色々あったんだよ」
「そうだな、色々あった」
「色々あったんだよ~……」
色々あった、なんと便利な言葉だろう。
「そうか、色々あったのか」
よくわからないけれど、色々あったらしい事はわかった。色々あったのならしょうがない……だいぶ毒されてきたな、私も。
「――で、だ。話を戻すと、色々あって魔法が使えん。主戦力は合成獣だが、こちらも色々あってスキルが判断できない。だからある程度判断できる一般的なものを造っているのが現状だ」
「そういう理由もあったのか……」
「そういうことだ……まぁ今回は大変助かった。他の討伐手配合成獣も少ないと考えられるのならば、ずいぶんと気を楽にできる」
楽にせずに、すぐに依頼を出せばいいと思うんだけどな。倒されていない可能性だってあるんだし、倒していないものだってあるし。
「で、報酬だが」
「おいくら!?」
「約束どおり自動人形を一体だ。時計はつけんがな」
「……えっ?」
アリスが硬直した。お金をもらえると思っていたんだろうね。
「どゆこと?」
「夏休みが終わったら、日中のお目付け役が必要だろう? 今朝みたいに病院や、ランディに迷惑をかけたりしないようにね?」
「なるほど、やらかしたのか……私も検査の時間を忘れたことがあってね、それ以来メリッサにはよく助けられている。それを見越しているとは、やはり従妹思いのいいお姉さんじゃないか」
「えっ……いや……その……」
「女性型のほうが気兼ねしないで相談できると思うから、お願いできるかな?」
「なら年も近くしておこう、そのほうがいいだろう?」
「できるのかい? 助かるよ」
「……ね、ガラン。止めてくれなかったの?」
「ざまぁみろ」
「裏切ったなー!?」
カードゲームのフレーバーテキストって、あんなに短いのにいろいろと想像させてくれて面白いですよね。
今回は一話だけ、書き溜めの作業的に区切り良いところで投稿です。
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