第28話 合成獣討伐依頼
「そもそも、ここの研究所にいる一般的な合成獣を渡してしまったほうが手っ取り早いのだが……」
伯爵は悩ましいと、アゴを手で押さえながら告げた。
「そうしてしまえば我々の街が保有する軍事力の低下は免れないだろう。ほとんど独立しているようなものだが、それでも帝立なのだ。週に一度は帝都へ向かわなければならないのに、一体造るためには三体の素体を使い、作り、忠誠心を高めるには一週間程度では足りんからな」
作ること自体は簡単なんだとか。一時間もあれば手術が完了するけれど、素体になっているライオン、山羊、蛇はそれぞれ違う地方に住んでいるらしい。
それを一般的なサイズまで大きくするのに、薬液のプールにつけて三日。これを行わないと体の中にジェムが作り出されないそうだ。
「忠誠心の低いやつはダメかい?」
「ダメだな」
「理由を聞いても?」
「単純に軍事力が低下する。ここも一応はドラゴンの脅威に晒されている場所なのだ。忠誠心の高いキメラは錬金術師に非常に従順だ。三体分の生命力と、汎用性も相まってドラゴンとも対等に戦うことが出来る」
「そんなに強いようには見えなかったんだけれど?」
「野良の合成獣と戦ったのか? あいつらはダメだ、各々の頭がバラバラに戦う。互いの隙をカバーさせるには錬金術師が統率しなければならないのだ」
「人造人間や自動人形を主戦力に使う方法は?」
「人造人間は良くも悪くも人間的だ。作成時はほぼ子供で、性格を形成していく必要がある。うっかり臆病者や悪人になれば、役立つどころか単なる足手まといだ。受付の娘は一握りの成功例と言っても過言じゃない」
「逆に自動人形はどういった対応を取るか設定する必要があるし、臨機応変に戦えないんだ。結局合成獣みたいに指示出さなきゃならんのに合成獣より非力だってことがネックになるし、パーツが壊れて命令の実行が不可能になれば、命令自体がキャンセルされて待機状態に移る」
「よく知っているな、暗殺者」
「厨房の鍋ガメるときに、同じこと散々語ってたのを忘れたのかよ」
「そうだったか? まぁいい……手に負えない合成獣の依頼だったな」
伯爵は机の、鍵のかかる一番上の引き出しのロックを解除すると、書類をあさり始めた。どうやら整理整頓ができない性格らしい。
「――メリッサ」
「……はっ」
「合成獣の手配書は、どこにあったか覚えているか?」
「……存じ上げません」
「そうか……部下にも、手配書について確認を取ってくれ」
「……了解しました」
自動人形も記憶を持つのか。いや、むしろ記録? ――そんなことは今、重要なことじゃないね。
「自動人形に書類整理を手伝わせているのかい? さすがにそれはいかがなものかと思うよ」
後ろに待機しているメリッサの部下の一人から「……存じ上げません」という言葉が聞こえてきた。
「そうか……毎日のメンテナンスを欠かさずにし、不調にさえしなければ命令を確実に実行し、そしてきちんと記憶してくれる。秘書として最高なんだがな……」
「それはすごい。従妹にも一体欲しいよ」
「従妹がいるのか」
「伯爵と同じ第一種特例で……夏休みが終わった後の事が、少し心配でね」
「なるほど、それは心配だろうな」
「報酬に一体」
「なぜ渡さなければならん。アレ一体作るのにいくらかかると思っている。その上反応系統の調整には非常に時間のかかるデリケートなものだ。私のメリッサなんか、思うように調整するために数年はかかったぞ」
「そこをなんとかして欲しいね。命令系統は自分で作るから、素体だけでも」
「素体だけでもン千万かかるんだ、無理に頼むな。あつかましい」
「それじゃぁ、毎週ドラゴンを狩ろう」
「アホかっ!」
「なに、私の最大火力で――」
「軍師の火力ではふもとにあるドラゴンの街ごと壊滅してしまう! やめてもらおう!」
「……その子は一体なんだ、暗殺者」
「≪地獄より来たりし大地の激震よ≫と≪アースクエイク≫の魔法積んだ魔導書持ってる完全解読特化型」
「……君、気は確かか?」
伯爵は、頭が可哀想な人を見るような目で私を見た。少し失礼じゃないかな?
「まだ初めて一週間も経っていないのに、具体的にどういうものかわかるわけがないし、この魔導書はもらい物だ」
「それにしては、ずいぶんと……」
伯爵は私の服装を見て、
「……この世界に順応しているようだね?」
そんな言葉を漏らした。
「そうかな?」
「ゲームの導入が、異世界トリップ系なんだ、そういう服装をしている者は相当順応しているベテランか、ただの痛いコスプレイヤーだ」
「よくある話であるな!」
「私は最初、後者かと思ってしまったよ」
「なるほど、そうなんだ」
こちらのほうが世界観として合うと思ったんだけれど、やはり普通のローブで過ごすことも考えようか。
ただ、中世の服はどこかしっくり来ないんだよね。ローブのときもそうだったけれど……やはり現代人なら、現代人の服を着るべきだと思う。
「――マスター、報告しても?」
メリッサが、部下八体からの確認を終えたようだった。伯爵の傍に寄る。
「許可する」
「第二資料室の書架Bの右奥のダンボールの中の書類、上から三百五十七番目です」
すごいな。完璧すぎるほどだね、上から何番目かまで覚えているなんて素晴らしいことだ。でもすごく無駄な気がするよ。
「メリッサ」
「……はっ」
「合成獣の手配書を、覚えていた部下に持ってきてもらってくれ」
「……了解しました――六番、合成獣の手配書を、持って来い」
「……了解しました」
自動人形独特の、命令処理のタイムラグを経て、六番と呼ばれた一体が部屋を後にした。
「……ところで、手配書、ということは、報酬が、出るんだよね?」
私は、ゆっくりと伯爵に問いただす――魔導書を持って。
「――ちょ、軍師!?」
ああ、別に頭が可哀想な人を見るような目で見られたとか、痛いコスプレイヤーだと思われたとか、そんな程度で怒っているわけじゃないよ? ただちょっと、可愛い従妹のために全力を尽くしてみようかなって思っただけさ。
これは武力を背景にした、どこでも行われているごく普通の交渉だしね。
「私の詠唱が早いか、自動人形の行動が早いか、ちょっと気になるところだよね?」
うん、決して、私は、怒っていないよ?
「これから第一回ギルド会議を開始するよ」
酒場の、今朝陣取っていた奥の丸テーブルに着席して早々、レンはその宣言を行った――本当なら俺の仕事なんだがな?
「議題は、貰ってきた手に負えない合成獣の手配書についてだ」
最近あのクソ幼女より偉くなった気がするな……ああウチの構成員全員脳筋だからか。そりゃあしょうがねぇよな。
――自動人形一体と引き換えに、多くの手配書貰ってくるとか誰が想像したんだろうな?
目の前にばさりと置かれるソレを見て、俺たちはげんなりとした。
「数はそれほど多くないだろうね、けっこう古い日付もあるみたいだし。十体ぐらいいたらいいほうかな? というより、なんで手配書作っておいて依頼をしていないのかな? 話を聞いたときは驚いてしまったよ」
確かにNPC経由で依頼を出せる。その依頼は酒場の掲示板に普通のクエストとして張り出される。
「まぁ、錬金術ってお金がかかるみたいだしね。主に自動人形とかに」
っつーかあの所長の事だし、単にめんどくさがって通りすがりの冒険者が狩ってくれることを願ってんじゃねぇのかな……?
「軍師よ、質問をいいか?」
「なんだい?」
「なぜ十体もいたらいいほうなのだ?」
「合成獣は外来種みたいなものじゃないか。何度も話題に出てくる生態系システム、これがいい判断材料になるね。たとえば狩場と住処が違うMOBが餌になった場合、次のメンテナンスまで数が補充されないわけで、移動する。そうやって餌を食いつぶしていくタイプはすぐに討伐されるだろうし、何週間も放置されているなんて考えられない」
「確かにその通りではあるな……しかしそれではほとんどの合成獣はいなくなるということになるぞ?」
「うん、だから必要数だけを狩っては巣穴に落ち着くタイプが狙い目になるかな。そういった生態を持っているなら、まだ見つかっていない可能性もあるしね――はい、終わり。一週間のうちに出た日付のものはこの十三枚だね」
そして数十枚以上はある不必要だと判断した討伐依頼書は高校生が持ってるような革の学生かばんに放り込んだ。あとで返しに行くんだとか。
「どんなのが残ったんだ?」
「飛んでる系が多いね、グリフォンとか。これは単純に逃げられただけの可能性が高いかな?」
どういった経緯で野良となったのかまでは書かれていない。ただ、絵と特徴、使ったMOBの種類などだ。
「グリフォンが逃げ出しているのであるか!? もったいないことである!!」
「どうしてだい?」
「ゲームでお約束の、移動系の魔法がないのである。錬金術師の地位も、飛行系の合成獣を造れることが大きく関係しているのだ」
「へぇ」
そういや計測ギルド、最近大航海時代に入ったみたいな話が新聞に乗ってたな……海洋系の合成獣で船引っ張ってんのかな?
単純に筋力スキル使って漕いでる可能性もあるけど。
「それはともかく、穴倉に住むといえばコレかな?」
十三枚のうちの一枚を、ひらり、と俺達の前に出した。
「合成獣オーガベアー」
「……熊であるな?」
「熊だよな?」
「熊だね」
絵はまさしく、熊、としか言いようがない。「もう熊っちゃう!」って冗談言いたくなるぐらい。どこにでもいるような熊だ。
あっれー? 合成獣って複数種類の動物を組み合わせたんじゃねぇの?
「鬼熊を直訳しているのかな? 長野県の妖怪の一つで、年老いた熊が妖怪になる……簡単に言うと猫又の熊バージョンだ」
「ただの熊じゃねぇか!」
「うん、でもちゃんと合成獣みたいだよ? ヤマアラシと合成したんだってね」
「名称詐欺ではないか!?」
「造った人に言うべき言葉だね」
「っつーか、鬼じゃなくて針ってつけろと言いたくなるな」
「どおりで毛がやたら太く長く書かれているわけであるな……絵画スキルが低いわけではなかったのか」
「っつーか、なんでその程度のヤツが逃げられるんだよ……」
「ヤマアラシのトゲは恐ろしく硬くて、鋭いんだ。リアルでもゴム靴ぐらいは貫通するよ? 戦うときは細長い鱗が背中に生えているって考えたほうがいいかもね」
「防御力が高いのか……」
「しかも熊である、筋力も高いはずであろう」
「心臓の位置は普通の熊とおんなじ、胸だね。左右に一つずつあるみたいだ。場所が分からないってわけじゃないから頭を潰して即死させる簡単なお仕事だね。さすがにトゲを飛ばしてなんか来るわけないだろうから――」
「おいバカ、フラグ立てんな」
「いや、自分の爪をはがすようなものだよ? トゲを飛ばすって、普通ないさ。それに、私にいい考えがある」
「それもフラグである! 絶対に失敗するたぐいの!」
「大丈夫だよ。それでも確実に倒したいし、人が集まる午後からだね」
俺は時計を確認する。十二時を少し過ぎたぐらいか。アスールは昼でも食べてるころか、家に向かっている頃か。
「もう少ししたら検査も終わるぐらいだな」
「……そういえば、なんでアリスの検査時間とか正確に知っているんだい?」
「あ? サブマスだからだよ。いない間の事は任されてるんだ」
「うむ、朋友はマスターの信頼が厚く、またマスターを信頼している。研究所で決めた啖呵は実にそれを端的に表していた」
「あ? なんか言ったっけ?」
「言ったではないか。『俺のアリスをバカにすることだ!』と!」
――はぁああああ!?
「あれは、俺らのアリスを、って言ったんだよ!」
「ふふ……アリスをよろしく頼むよ」
「レンもノってんじゃねぇ!」
バカじゃねぇの? なぁ、バカじゃねぇの!? っつーか無理に笑いをこらえるなクロウが! 別に俺は慌ててねぇし!
「アイツとはただのケンカ友達だ!」
「そうかい? じゃぁ、仲良くしてあげてくれ。頼むよ?」
「ほんっとーに分かってんだろうな?」
「私の自慢は、今までの人生のうち、一度も嘘をついたことがないことでね」
「……本当だろうな?」
「本当の事も言わないのだけれどもね」
――確かに理解したとか一言も言ってねぇ!?
「ダメじゃねぇか!」
「はははは! 一本取られたな我が朋友よ!」
ったく、あったまいてー……!
「そういえば、タロスがいい加減遅いであるな?」
「徒歩なのかな? でも徒歩は――ああ、ロボットの歩幅なら徒歩でも速いか」
「いや、チャリ」
「へぇ、自転車を持っているんだ? いや、考えてみれば当然でもあるね。移動が不便だし。ロボットを作れる人間が自転車を作れない道理はない」
そうだよな。お前なら、そう思うよな。
――タロスという生物は斜め上の存在だって分かっていても。
「でも、街じゃゴムとか見かけないのに、よくタイヤが作れたね? サスペンションの工夫? 革で代用? どちらにしろ街道みたいな悪路をクッションなしで走るのはすごく辛いと思うんだけれど?」
「大丈夫だろ。なんせ」
きゅらきゅらきゅらきゅら……
「アイツの言うチャリは、自転車じゃなくて戦車だから」
あー、レンが頭を抱え始めた……っつーかアホが戦車でやってきた。
「ロボットに組み込むキャタピラを試作するために造ったと言っている。まぁ、動力はペダル式であるがゆえ、自転車でもあっていると言えばあっているな」
「……頭が痛くなってきたよ。どこまで彼は、このファンタジー世界を壊そうとするんだい?」
「ロボットって時点でもう既にある意味ファンタジーだし。これぐらいじゃ壊れないだろ、幻想は。さすがに戦車はねぇけど」
俺はもう既に諦めてるし、
「アレは、もう未来の国からトリップしてきた人間だと思えばいいのである……ジャンルが、異世界トリップ系ファンタジーゲームゆえにな……」
たぶん、ウチのギルドメンバー全員、諦めてるだろうしな。
一般人:剣と魔法のファンタジー系ゲーム
タロス:ロボット系ファンタジーゲーム
ジャンルが違います。




