第27話 サンジェルマン伯爵
私は小説ならば何でも読む。神話、戦記、伝記、古典文学、ライトノベル……どのようなジャンルも分け隔てはしない。そこに物語さえあれば読んでしまう。原本を読むために外国語の勉強までした。
けれども最大の問題は小説は文字が主であることだ。小説は描写された文字に対して読者の想像力に頼る部分が非常に大きかったんだ。
――そんな私が変わったきっかけは、たった一冊の本。
たった一冊だけ出して廃業した小説家の、その売れない本にはこうあった。
「小説家ほど楽な商売はないね。小難しい言葉でケムにまけば、勝手に想像してくれるんだから。調べるとか、お金の無駄だね」
私は、その言葉が非常に引っかかった。引っかかってしまった――それ以降か、私が民俗の専門書や技術書、はては近所の大学に赴いてまで論文を読み漁るようになってしまったのは。
だから私は火薬の作り方を知っている。銃の構造に関して知識を持っている。格闘技や古武術の知識についても勉強した。
つまるところ……その言葉がきっかけになって、私は乱読家となったのだ。
受付の綺麗な女性型人造人間が引き連れてきたのは、見たことのないメイドたちだ。受付も含め、全員が膝下まであるメイド服。時代の習いか、スカートはふうわり広がっていて、仕事の邪魔になるようなレースがあしらわれている。
(けれど……)
私はその「ものものしさ」に思わず顔をしかめてしまった。
「お待たせいたしました。お会いになるそうです、自動人形に案内をさせますので、ついて行ってください――メリッサ」
「……はっ」
「所長のところへ、お客様のご案内を」
「……了解した」
独特の間を持って受け答えしたのは、「九体」のうちもっとも「重装備」な自動人形。
それは女性的な曲線と装飾の施されたプレートメイルを部分的に装着している――とても聡明な顔立ちをしていて、同一規格で作られたような他のメイドたちとはまったく違う、特別な一体であるように思えた。
(他のメイドたちは、彼女よりは、軽装か)
ブレストプレートと、ガントレット。グリーヴのみだけれど……それでも金属鎧を着ていることに変わりはない。
(メイド服は――おそらくブリガンダインだろうね)
服全体が重い動きをしているから、鉄板が縫いこまれているはず……いや、もしかしたら服の芯自体がチェインメイルに変えられているかもしれない。
どちらにしろ、ただのメイド服だと舐めてかかれば――思わぬ防御力に驚くだろう。
(確か、レザーコート一着でも、重装備と言われるって話だったはずだったよね?)
それなのに、この重装備……わけが分からない。
(武器も……)
メリッサは、特徴的な鍔を持つ諸刃の剣を左手に携えていた。長さからロングソード……バスタードソードとも言えるけど、そもそも混同されやすい。だから厳密な区別はないけど、
(鍔が特徴的だから、おそらくアルバトロスソード)
半円形の鍔がちょうど翼を広げた海鳥のような形状であるから、そう呼ばれているに過ぎない。どちらかといえば装飾剣だ。
(他のメイドは十字の鍔……殺撃ができるね)
刀身を握り、鍔をピッケルのように使用する西洋剣術の技を思い浮かべた私は軽く身震いした。アレは、狭いところでも有効に使える。
(リーダーはメリッサ)
いつの時代も、目立つようにするのは指揮官の習いだ。彼女だけ重装備なのも、プレートが金色なのもそうだろう。
たぶんあれは、金メッキだろうね。腐食に強くなるのもメリットだ。
「後についてきてくれ、お客人」
メリッサがきびすを返す――まるで客に対する態度がなっていないけれども、そういう性格設定になっているためなのだろうと判断しておく。
(腰には細くて鋭いダガー……ああ、慈悲の剣か)
鎧の隙間を狙いやすいよう細身になっているダガーだ。大怪我で助からない者や、組み伏せた相手に対しトドメを刺す場合などに使われる。苦しまないよう死なせるため、非常に殺傷力を高くしている。ゆえに慈悲の剣。
(単に、屋内戦も考慮に入れているのかもしれないけれど)
その場合は単純に、ガントレットで殴られるだけでも十分脅威だ。文字通り鉄拳なんだし……話によればここは「街」ではなく「村」。なら、敵対したNPCはすべからくMOBと同義だろう。命令されて襲ってくる可能性も考慮に入れたほうがいい。
(なにせ、武装した集団に私達は囲まれているしね)
メリッサを先頭にして囲まれるように歩いている。我ながらやけにこの世界に染まってしまったなと頭の隅で考えてしまい、苦笑してしまう。
「どうした、軍師よ」
「いや、なんでもないさ。メイドが武装しているのを見て、ちょっとファンタジーを感じてしまったんだよ」
「なるほど。いつも小難しそうなタイトルの本ばかり読んでいるから、こういったライトノベル系のファンタジーには弱いのであるか」
「まぁ読みそうにもねぇよな。こないだのってドイツ文学だっけ?」
「とても楽しめたよ」
別に隠すつもりはないけど、別に訂正する必要もないだろう。
「というか、聞いていたよりも重装備で大丈夫だったんじゃないかな? 彼女達はみんなそうだし。特に、メリッサなんか」
「メリッサは所長と一緒に戦ったことのある自動人形だからじゃねぇかな、他のは部下って感じだし。ま、彼女うんぬんは本人がそう言ってるだけ――」
しゃらん!
「……マスターは私の大切な人だ」
振り向きざまの抜剣、ランディの首近くに刃を当てる。フードの手前で刃が止まっているところを見ると、警告、なんだろうね。
「謝罪か、死か。選べ」
「謝罪する」
「……ならばいい」
チン、と。剣を引いて鞘へと納めた。そのまま姿勢を正し剣を杖のようについて……微動だにしない? 案内はどうしたんだろう?
「どういうことだ? 朋友よ」
「あ~……メリッサ」
「……はっ」
「所長のところへ、案内を、お願いします」
「……了解した。後についてきてくれ、お客人」
独特の遅延が入った受け答えをして、何事もなかったかのようにきびすを返した。かしゃん、かしゃんと鎧を鳴らしながら歩き出す……なんだったんだろうか?
「自動人形は反応を返した後、待機状態になるんだ。さっきはうっかり割り込んじまったみたいだな」
「なるほど」
「反応はいくつパターンが用意できるのだ?」
「所有者の錬金術スキルレベルと同等だ。一言の命令文で設定する。自分の行動の結果に反応することもできるな、この街の店員がカウンターに戻ったのがその例だ。そうやっていかに人間的に近づけられるかが、錬金術師腕の見せ所だ」
「なるほど……そういえばメリッサさん以外はさっきっから黙っているようだけれど?」
「メリッサの行動に合わせて設定されてるだけかもな。上手に反応を組み合わせてやると、軍隊も真っ青の連携が取れるんだ」
「へぇ」
「まぁ汎用性はない。パターン、固定されるから」
「なるほど……命令文はどこで設定するんだい?」
「スクロールか紙に筆記スキルで書いて、体の中に入れる。まぁスクロールを使うのは趣味だな。愛情を注いでいるとも言う」
「なるほど」
アリスのためにどちらか一体は欲しいね。夏休みが終われば、日中は一人ぼっちだろうし……ああ、錬金術スキルがないとダメか
インしている間だけ解読スキルにするという手もあるけれど、お金が気になるな。
「ま、強制切断時の護衛として欲しがってるヤツはたくさんいるな。目が飛び出るほど高いけど」
「高いのか……ちなみに自動人形はどれくらいの身体能力と実力を持っているんだい?」
「人造人間もだけど、一般プレイヤーと同じ。スキルもセットできる」
「それはすごい!」
「ただ人造人間の最初は自我のない子供なんだ、育て方によっちゃ悪人、死んだらそのまま灰になってロスト。自動人形は物扱いだから回復できない、修理が必要だな。ただし、大破しても復活できる」
ま、全部ここの所長の受け売りだけど。なんて肩をすくめて見せた。仮面のせいで表情は分からないけれど、ちょっとだけ苦笑しているだろう。
「参考になったよ」
アリスには自動人形が最適か。どうにかして手に入れられないかな?
「――到着だ、お客人。マスターに、粗相のないようにしろ」
「ありがとう」
「……」
反応は返されなかった。反応が設定されていないのかもしれない。メリッサはドアをノックした。
「――誰だ?」
「メリッサです、お客人を連れてきました」
「入れ」
「はっ」
メリッサがドアを開けて、所長室へ入っていく。私たちもそれに習う。
「……ようこそ暗殺者」
「久しぶり、サン……えっと、サンドマン?」
「サンジェルマンだ! あと伯爵と付けたまえ!」
所長は痩せぎすで、猫背で、貪欲に知識を求めるようなぎらぎらとした目を持った――タロスさんと比べたら失礼だけど、ちゃんとした科学者のようなした人だった。
メリッサは、そういうパターンなんだろうね。所長の座るデスクの斜め前に立って、待機状態になった。
「そうだったそうだった。いや、改めて久しぶり。伯爵。何年ぶりだっけ?」
「さぁな……だが覚えてはいるぞ。お前が」
「ま、昔話はしたいけどまた今度。今日はギルドの代表として来たからな」
「ふん。顔を隠し、そんな服を着て……暗殺ギルドにでも転職したのか?」
「服はレザーすら重装備扱いするお前らのせい。顔は、ここの引き篭もりに刺激を与えないため」
「ああ、なるほど……貴様の判断は正しい。そのふざけた顔を晒していたら、今頃袋叩きだっただろう」
「……何を、やらかしたんだい?」
「だから、まずいメシを食わせただけだ。メシの事になると怒るのが日本人だろ?」
「あれは日本人でなくても大激怒だ! ただの猛毒だったじゃないか!」
猛毒呼ばわりされるほどの不味いご飯……つまりランディは、ライトノベルでもよく見られる殺人料理を出したことがあるのか……実在するとは思わなかった。
調理師学校生だってことを裏付けるように、普通にご飯はおいしかっただけに意外だな。人に歴史あり、だね。
「あの時はすまんかった。でも人の用意した鍋をガメていきやがったヤツには言われたくないな」
「ふんっ!」
貸していたんじゃなくて、盗まれていったのか……むしろこれはランディが被害者だと思う。今は普通に食べられるものを作れているし、本人も相当努力したはずだ。
「で、また毒でも食わせに来たか?」
「いや――仕事の話だよ」
「帰って暗殺者でも気取っていろ」
不味い料理を食べさせられたことを未だに根に持っているのか。器が小さいな……いや、ライトノベルのような殺人料理ならあるいは、日本人なら根に持ってもおかしくはないかもしれないね。
「単刀直入に言う、手に負えない合成獣討伐依頼が欲しい」
「……暗殺者風情が? はっ、名前でも売りたいか?」
「暗殺ギルドからの依頼だよ。システマティックジェム一人分と空っぽのレシピジェムを複数種類分」
「……つまり、村おこしか。金にでもなるのか?」
「エルフが発見されたんだと」
「ほお!」
唐突に、嬉しそうに声を上げた。
「今は少ないエルフ関連のクエストが出るかもな」
「それはいいな! エルフは知識の塊だ、新しい錬金術の知識が手に入るかもしれん! 私の夢に一歩近づく!」
錬金術に手を染めているような相手なんだ、なんとなく予想はつく。どうせろくでもないことなんだろう。
「夢って?」
私が聞いてみると――意外なことに、伯爵はランディに目をやった。
大丈夫か? と聞いているような……不安げな表情。
「笑わせねぇよ」
そうか、とかぶりを振って、今度はメリッサへ目をやった。
「……メリッサ」
「……はっ」
「私の、事情を」
「……よろしいのですか?」
「許可する」
「……了解しました」
躊躇うように、数拍置いて、彼女の口が開かれる。
「マスターは第一種特例だ、侮辱するなら斬る」
「廃人」
「≪居合い斬り≫!」
「――メリッサ!」
アーツの宣言。しゃらんという鞘鳴りの音と、彼女を呼ぶ声が響いたのは、同時だった。
「……はっ」
フードが軽く切り裂かれている――首筋には白刃がひたりと当てられていて、一筋の血が流れていた。
「控えていろ」
「……了解しました」
剣を鞘に戻し、待機状態へと移行するメリッサ。自動人形特有なのか、表情も変えないし、微動だにしない……それが無言の威圧を飛ばしてくるように感じられて、どっと冷や汗があふれ出てくる。
「メリッサにはPKスキルをセットしてある。止める義理はなかったが、それでは話が進まないからな。感謝しろ、暗殺者」
「信じてたよ」
「ふんっ」
「悪かったな。コイツがまだ初めて一週間も経っていなくて、教育中なんだ……レン、ちゃんと見たか?」
「あ、ああ……」
「コイツをバカにすることは、俺らのアリスもバカにすることだ。バカにしたような空気で聞くな」
「……すまない、不躾だったよ」
「いや、いい」
「ありがとう。そして、改めて聞かせて欲しい――夢、とは?」
「結婚だよ、幸せになりたいだけなんだ。婚約者は……いたにはいたんだが、ね」
「――伯爵は」
本当に、それで――
「……いや、幸せになることを願っているよ」
「ありがとう。子供にはまだ分かり辛い感情だったかもしれなかったな」
「そうかもしれない。けれども、本当にすまない」
「気にするな」
アリスも、いずれは恋をするだろう。でも、それは現実じゃできない……現実のアリスは、身動き一つ取れないから。
アリスがこの世界で恋をしても、それは所詮恋愛ゲーム――単なる遊びにしか、ならないだろう。
(とても、複雑な気分だよ)
近づきすぎないように、近づきすぎてしまったら、離れるように、離れてもらえるように――お互いが、絶対に、傷つかないように。
おそらく、それは、きっと、いや、たぶん――
「諸君、我は湿っぽいのは苦手である。もっと楽しくやろうではないか。過去の禍根など捨てよう、我らはみなただの友人なのだから」
――私の思考を中断するように、クロウが、断言した。
「小説家ほど楽な商売は~」
のくだりですが、改悪しています。本当は結構有名な作家の一言で、小説家は人よりものを知らなきゃいいのは書けない。金をかけなきゃ本は書けない、みたいなお話です。




