第26話 錬金術師の街
錬金術師に伝わる、古いジョークがある。
曰く、
「錬金術師には二つのタイプがいる。帝立錬金術研究所に入る者と、ドラゴンの腹に入る者だ」
帝立錬金術研究所――それは最高峰の錬金術師が揃い、そして錬金術を学ぼうと志す者が最終的に辿り着く錬金術師の総本山のことだ。
そして帝立錬金術研究所はドラゴンの街から北に位置するドラゴンの巣を通って辿り着くことから言われ始めたものである。
その歴史は古い。第一陣の最古参プレイヤーが作り上げ、この時代まで連綿と続いているんだ、それだけに影響力も普通の街の比じゃない。
なぜこんな辺鄙なところにあるのか? それは錬金術師としてドラゴンを撃退するほどの合成獣を作成できる者であるかどうか、その危機を切り抜けられられるほどの機転があるか否かをその試練で問われている……と言われているが、実際は帝都に研究所があったころ合成獣が何十匹も暴走して壊滅しかけたから追い出されただけだ。いわゆる島流しだ、研究所ごと。
だから「帝立」錬金術研究所である。それ以上でもそれ以下でもない。無駄に権威と実力があるだけに、歴史が捻じ曲がって伝わっている一例でもある。
まぁ、何が言いたいかと言うと――
「俺、顔出した瞬間殺されるかもしれねぇ」
これに尽きる。
基本的に街にいるのは人造人間や自動人形、そしてデスゲームイベント後に流れ着いた新参錬金術師だ。俺の事を忘れているか、そもそも知らないプレイヤーのみ。
だが帝立錬金術研究所のヤツらはダメだ。実際に俺が「史上最悪の暗殺者」として知ってるやつらがガチで引きこもっている。
あの頃はここから招聘された高位の錬金術師がいた。工房で使うものは厨房のもので代用できるということでよく顔を合わせたもんだ……。
「……ランディ、君は一体何をやったんだい?」
ちょくちょく顔を隠す発言を言っているせいか、どうも気になる様子だった。
「ほんのちょっとだけやんちゃだったんだよ」
ま、言うつもりは一切ない。クロウが「ほんのちょっと?」と言った顔をしているけれど、無視だ、無視。
「しかし朋友よ、いくらレザーメイル装備とはいえ彼らにとっては重装備、帯剣は許されるとしても、服はいかんともしがたいぞ?」
つまり、今回はいつも顔を隠してくれるレザーヘルムのバイザーが使えないのだ。なにせ世界のほとんどの素材は錬金術の素材だ。レザーコート一着ですら重装備と言うのが帝立錬金術研究所クオリティ。
「前から思ってたけど、ひたっすらめんどくせぇヤツらだよなぁ……錬金術師って」
アリスを寝かせているベッドに腰掛けて、頭を抱えた。
研究所に入らないことには話が進まない。そして俺はサブマス。代理として権限を一時的にクロウに渡すことも考えてもいいけど、それじゃ無責任だ。
肝心のクソ幼女は検査中だし……しかも遅刻してゲームしてたとかお説教で当分帰ってこないだろう。
アスールは午後からでまだ時間がある。タロスは「インした。チャリで向かっている。しかしなぜロ――」途中で切ったんでなに言ってるか分からなかったけど、とりあえず向かってるらしい。
軍曹は連絡がないから物欲センサーか妖怪いちたりないと戦ってるはず。あるいは両方か。
他のメンバーは社会人で日中参加不可か、連絡がつかないヤツらだ。
「あー……無駄に散財するハメになるのか……」
金に重量があるし、スリや盗賊だっているしでそんなに金は下ろしてきてない。切り詰めればいけるけど厳しいのは確か。だが……、
「まぁ、買わざるをえまい。ツケを月末一括払いにしている身ゆえ、多少ここで恩と金を返すつもりで出すぞ?」
「マジか。それ助かるわ」
「私も、アリスが迷惑をかけているし……マスターのアリスがこんな状態だ、普通はサブマスが動くべき案件なんだろう? 請求書を切ってもらえればいい」
「自分より冒険暦の短いヤツに借りるハメになるとか……俺もヤキが回ったな……」
自嘲気味に笑ってしまった。
村の時点では時計屋や武器防具屋、食料品店、教会をやっているNPCがいない。
じゃぁどうやって生活しているかというと、単なる自給自足だ。
昔一度だけ来たことがあったけど、相変わらず北のほうに広がる意外と肥沃な大地には田畑が広がっていて、水や食糧に困ることはない。ドラゴンの脅威がここにまで及んでいるのか、それとも彼らの使う合成獣が強いのかまでは分からないが、害獣や魔物の脅威はない。
しかも人造人間や自動人形はスキルが使えるのが大きい。人造人間はNPCのくせに時計の加護を受けられるし、自動人形なんかは心臓自体が時計だし。
戦闘は合成獣、生産や販売、店の運営は人造人間や自動人形。
運営の加護がなくたって「街」として機能している不思議な村、それがこの「錬金術師の街」なのだ。
「――いらっしゃいませ」
で、そんな街にある防具売り場のNPCは……さて、どっちだろうなぁ? あいつら最近どっちもマジで人間と見分けつかないの造り始めたらしいし。
あー、ウチも人造人間か自動人形雇うかな……いや、維持費が分からんことには決められねぇか。
「Lサイズの布の服とローブはどの辺りにあるか教えてはくれぬか?」
「……」
無反応。
「む、聞こえなかったのか?」
「Lサイズの、布の服と、ローブは、どこにあるか、教えてくれないかい?」
「……」
やはり無反応。ということはアレか、こいつは自動人形か。
「あー、無駄無駄。こいつら特定の対応しかできねぇんだ」
厨房から道具を掻っ攫いにきたここの所長が楽しげに話していたな。「どの条件に対してどう反応するかセットできるのはスキルレベル依存」だとか。
最大の七十八パターンがあるとしても、並列処理とかが出来ない。柔軟性がないんだ。
「Lサイズの服どこ?」
「……お連れします」
「おおっ!?」
「商品を一つずつ指定しないとダメなのか……」
「一言ですむような条件に対して反応を返すのが自動人形だ。二つ同時に聞いても反応しねぇの」
「柔軟性がないね……というか、よく知っているね?」
「昔、厨房から勝手に鍋とかかっぱらってった錬金術師がいてよ。そいつから聞いた」
そいつのおかげで毒殺を決意したようなもんだ。本当は普通の暗殺者プレイするつもりだったのにな。
「へぇ、自動人形か。ファンタジーだねぇ。ちなみにその人はそれの専門だったのかい?」
「いや、全部。合成獣作成は基本としても、自動人形どころか人造人間に霊薬、賢者の石に卑金属を貴金属に変えることについても詳しかったぞ」
なにせ今の所長だからな。週イチで帝都に報告がてら弟子たちと材料集めしつつ、反抗的になるほど酷使して合成獣ばら撒いちまうような自分本位のヤツだけど。
「錬金術の秘奥全部じゃないか! それはすごいな!」
「――布の服はこちらでございます」
店員は、ぺこりと頭を下げる。
「御用の際はお呼びください」
そしてそのままきびすを返して、入り口に帰っていった。
「やっぱり無地の白が多いね」
「というより、白か黒の無地しかないのである」
「薬品汚れが目立つ白か、目立たない黒かの二択しかねぇのかこの街は」
「……黒であるな」
「黒だろうね。ランディは黒のシャツをよく着ているみたいだし」
マジで選択の余地なんてねぇな……。
防御力が期待できるのかと疑問になるような厚手の丈夫な布の上下とフードのついたマント……全身真っ黒だ。
フードを被ってもやはり顔が見える不安があるせいか、思わず仮面なんて買ってしまったものだから、
「ははは! まるで中二病のようであるな!」
などと、とうとうクロウに中二病認定されてしまった。
(ぐっ……静まれ俺の右腕……サーベルを抜こうとするな……!)
腰にはもちろん、愛剣の量産型三尺八寸サーベルを帯剣している。ただ、今回は予備は装備していない。さすがにそこまで行くと今度は火力過多だと言われてしまう可能性があるからだ。めんどくさすぎる。
服装のせいか「暗殺者か……?」などと懐疑的な声が聞こえる。その単語には微妙に反応しちまうからやめろ、言うな。
そんな声を聞きながら、街の中央に位置する巨大な建造物、帝立錬金術研究所へと入っていった。
「帝立錬金術研究所へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」
すぐに出迎えてきた受付の美少女は……ん~、どっちだろうか? どうも一番高いスキルレベルが俺の解体スキルを超えているヤツが多いようだ。それに「解体線」が見えなくても人造人間だったヤツを前に見たことあるしな……。
無難に一言ずつ聞いてみるか。いきなり人造人間かどうか聞くのは――
「君は人造人間かい?」
――って、おい。
「はい、自動人形より柔軟性があると自負しております」
「よかった、どうも自動人形の店が多くてね。これがなかなか意思疎通が難しくて困っていたんだ」
「ああ、やはり店番なら自動人形のほうが便利ですからね、彼らには睡眠がいりませんし」
「なるほど……」
「なるほど、じゃねぇよ。いきなり失礼だろうが」
「さすがの我も、その神経の太さには少々驚いたぞ?」
「なんだか面倒くさくなってね。失礼を承知で聞いてしまったよ。すまなかったね」
「いいえ、構いません。私は人造人間であることに誇りを持っておりますので」
うっわ、超いい人。
「ところでお顔を隠してらっしゃる方がいらっしゃいますが……?」
「ロールプレイである!」
「なるほど、承知しました」
それで通るってすげーよな、無駄に設定考える必要ねぇってところが。
「ところで、ご用件は?」
「所長に話通せねぇかな? うちら『アリス・イン・ネバーランド』っつーギルドなんだけど」
「アポイントメントはございますでしょうか?」
こんな辺鄙なところまで事前にアポ取りにくるとか逆にすげぇよ!
「じゃぁ、『料理長が来た、鍋を返してもらいたい』って言ってくれ。大至急、膝を突き合わせて話したい旨も添えて」
あの事件に関係あるなら、料理長だけでも反応が返ってくる。そして所長からは何度も鍋をガメられた。思い出す公算はかなり高い。
そして最後の一言もあわせると「俺と会わないと毒殺するぞ」と脅してることになる。使いたくない手段だったけど、まぁ、最近は過ごしやすいからいいかなと思ってる。
クソ幼女さえいりゃ、俺は留守番できたってのにな……。
「コックさんでしたか。かしこまりました、少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げて、一度受付から離れていく……よく考えたら受付とかもう一人ぐらい必要じゃね? と言う疑問が浮かんだ。
「……朋友よ、よかったのか?」
「最近スジも通した。引き篭もり連中にとやかく言われる筋合いはない」
「ならば我から言うことはない」
クロウはそれ以上聞くことはないと言いたげに、腕を組んで目を伏せた。
「ねぇ……ランディは一体何者だい? どうにも、今日聞いた話を総合すると、所長とは語り合った仲だと推理できるけれども」
「昔っからずっとただの料理人で、所長にはまずい料理を出しちまっただけだよ」
まずいはまずいでも、食ったらまずい毒料理のことだけどな。もちろん言わねぇけど。
「なるほど。それに鍋も貸していたんだったね?」
「ああ、散々」
貸してたんじゃなくて、盗まれてたのが正しいけどな。これも黙っておくけど。
「鍋はなんで貸してたんだい?」
「錬金術で使うからだと。薬品べったりで二度と料理に使えない形で帰ってきたわ、酷い話だろ?」
「確かに酷い話だ」
仕返しに、その鍋で料理を作って――殺ったんだけどな?




