第23話 やりすぎはよくないよ?
「――五」
「≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫……」
それは私が聞いたこともない、本当の魔法の呪文のような詠唱だった。
「――四」
「≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫……!」
それが二度繰り返される。聞き返したい、けれどもそんな勝手は許されない。私は押し付けられた軍師という「仕事」をまっとうすることに決めた。
「――三」
「……≪シャドウボルト≫!」
そしてまた聞いたことの無い魔法、私は手を掲げた。
「―-二」
「≪シャドウボルト≫」
クロウのショートソードの鍔元に、少しずつ煙のような黒いなにかが集まっていく。
「一……」
――Go、と。
「「≪ステップ≫!」」
クロウのショートソードの刀身が、どぅ、という音を上げて黒いモヤが噴出したものに変わる。三メートル程度の長さになった剣の切っ先で地面を削りながら、盾を真正面に構えてロケットのように飛び出す。
あわせて、ランディも飛び出す。合成獣の視界内だ。気付いた合成獣は慌てて起き上がり、咆哮を上げる。
アリスは私の隣から動かない。ただ、周囲の警戒だけは怠っていない。
アスールは私とアリスの護衛だろうか? 私たちから付かず離れず背後に置いて、守るようにサーベルを持った両手を広げるように構えた。
「≪フレイムボム≫――≪ステップ≫!」
何度か口にしている≪ステップ≫とは、本当に最初にさらりと聞いていただけの「アーツ」というものだろう。斜め上に五メートルほど飛び上がり――鍔元を爆発させてさらに加速しつつ方向を強引に切り替える。
合成獣をランディとクロウが挟み撃ちにした形。
「よし、そのまま来いっ!」
囮になるよう≪ステップ≫を繰り返してジグザグに移動する。うっとうしそうに合成獣の獅子頭が、飛び掛るようにしてランディへ一気に迫る。予見していたように≪ステップ≫でもぐりこむように回避、すれ違いざまの、右前足内側へ両手での上段斬り。
「ギャァアアアアアアア!」
獅子頭が絶叫した。腹の下から横っとびに飛び出して、前転し立ち上がる。蛇頭が噛み付こうとするところを≪ステップ≫で回避。
「フシュルルルゥウ!」
悔しそうな声を上げる蛇頭。そして私には理解できない言語で、山羊頭と蛇頭が詠唱を開始……魔法か――!
「≪フレイムボム≫――≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫……≪シャドウボルト≫!」
謎の呪文詠唱を挟みながら――クロウが鍔元を爆発させ、着地点を微調整したようだ。そして数拍置いて……さらに剣のもやが濃く強くなっていく。
「≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫――」
まただ、何度目かの、謎の呪文詠唱。
「――≪グラビティ≫!」
切っ先を向けて合成獣に狙いを定める……二秒程度遅れて、突然合成獣の動きが鈍った。まるで自重が増えたように、軽く地面へと足がめり込む。
「≪煉獄より来たりし灼熱の劫炎よ≫――≪フレイムボム≫!」
鍔元で、先ほどよりも大きく爆発が起こる。横に回転しながら落下速度を上昇させ、
「暗黒爆炎剣!」
伸ばした剣先で、回転する勢いを利用しながら山羊頭と蛇頭を斬る――まるで実体のないような一撃が山羊頭と蛇頭の体を抉る。
「メェエエエエエエエエエ!?」
「シャァアアアアアアアアア!?」
蛇頭は上空へ噴出すように毒々しい霧を出し、山羊頭はあさっての方角へ黒いボール系の魔法を打ち出した。完全な不意打ちに、魔法を発射すべき場所を間違えていた。
「「――≪ステップ≫!」」
前転して受身を取ると、距離をつめるように≪ステップ≫。合わせるようにしてランディも駆け込んでいく。
「はぁああああああ! りゃぁああああああ!」
ざす、ざすと前の両足の腱を切るように体とサーベルを振り回し、
「せぃっ! はぁあ!」
ひゅん、ひゅんと後ろの両足首を切るようショートソードだったソレを振り回す。
「「ステップ!」」
一瞬で腹の下から、反対方向へと飛び出す二人。同時に合成獣が、ずんっ、と体を地面に沈みこませた。
(……すごいな)
阿吽の呼吸、素晴らしいコンビネーション、と言わざるをえない。
「中二とガランさんは連携がすごく上手いからねー」
「クロウは私と同じで最古参プレイヤーの一人、まぁ当時は第二陣とか言われてた。バカガランはそれより少し遅れてきているけれど、古参プレイヤーって見て間違いないよ」
三人はその時からの付き合いであり、ギルドを立ち上げたそうだ。
「いやーさすが昔からの付き合い持ってるだけあるわー。ありゃー終わったわー」
もう大丈夫だろうと言いたげに、アスールが背中越しに軽口を叩いた。
「あの呪文詠唱はなんだい?」
「ああ中二の中二魔法? なんでも魔法の消費MPを増加させる魔法だって。コンセントレイト系? だとか言ってた」
「魔法の威力を増加させる魔法だよ、お姉ちゃん」
「なるほど……」
重ねて使用していたのを見ていると、おそらくは何度か重ねられるものだろう。
つぎ込んだMP分だけの消費によって威力が増減するけれど、そのつぎ込むMPを自分の意思で調節できないゲームなのだ。時と場合によっては威力を変えたくなる。
そう、魔法すべてが七十八レベル級となっている私の魔導書のように――
「『線』が見えた!」
――そんなことを考えていると、ランディが声を上げた。解体スキルによって見える、急所や、解体曲線。レベルが高すぎると見えないけれど、代わりにHPがスキルレベル分の割合以下になれば見えるらしい。
今日は四十二レベルでセットしてある――つまり、残り四割以下。
本来はスキルホルダーが『線』に沿って攻撃を加えると、致命的な攻撃が発生するそれを、
「蛇頭、付け根!」
クロウに伝えながら、自分も≪ステップ≫で駆け出していった。
「――おう!」
いつの間にか飲み干していた、MPポーションが入っていた空の試験管を二つ投げ捨て、
「≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫! ≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫! ≪冥府より来たりし暗黒の瘴気よ≫!」
詠唱しながらの突撃――そして、
「≪シャドウボルト≫!」
鍔元にさらに黒いモヤが集まり……ごう、と。とうとう完全に真っ黒となった。その三メートルはある元ショートソードで、
「せぃやあああ!」
ざく、蛇頭を跳ね飛ばした。血潮が吹き出す。
「ちぇぇええええすとおおおおおおおお!」
ざん、ランディが獅子頭にサーベルを入れた。一拍遅れてずり落ちる、獅子頭と、同時に吹き出す大量の血飛沫。
「「合わせろ!」」
それを完全に無視して、互いに言うが早いか、獅子の胴を転がるように回転しながら山羊頭へすれ違いざまの横薙ぎ。
それが完全に同時に決まり――山羊頭が、ギロチンで断ち落とされたときのように、空高く舞い上がった。
「……≪詠唱中断≫」
残心を取ったような形でクロウが詠唱中断を宣言すると、黒いモヤは霧散して、いつものショートソードへと戻る。
ランディは既に残心を解いていて、サーベルの血振るいをするとそのまま鞘へ納めた。
「……クロウ、MP使いすぎじゃね?」
そして突然始まる戦闘評価。
「解体曲線での致命的切断は、朋友にしか扱えん。ゆえに我は念のために威力を増加させた。どうせ回復するしな」
「ま、そりゃそうか」
「朋友は牽制ではなかったのか?」
「牽制してただろ、そっちに注意向けさせないように、あんま動かさないように、結構気ぃ使ってたんだからよ」
「数十センチほど動いていたが、まぁ、生き物だ。仕方なかろう。お疲れである」
「おう、お疲れ。俺は解体続けるわ」
「ああ、皮は羊皮紙になる。出来る限り無傷でな?」
「はいよー」
パン、と交わされるハイタッチ……そんなあっけないほどに簡単に終わった戦闘評価を、たった二人で行っているところを見て、私は――
「ランディ、君は次からアタッカーだ」
「――はぁ!?」
この世界で初めて、魔法剣士と竜殺しの強さを認識した。
やれ「皮はスクロールの材料になる」だの、「肉や内蔵は料理に使える」だの、「爪とか角とかいいアクセになるんだよねー」だの、「蛇革の財布って風水的にどう?」だの「骨からいい出汁が出るか……?」だの「いいからさっさとしないと血の臭いで他のMOBが――」だの「狼の群れだー!」だの「なぎ払え! クソ幼女!」だの「≪ブラスターレイ≫!」だの「うっしゃぁあ剥ぎ取れぇええい!」だの「はっはっは! いいMOBは死んでいるMOBだけなのだよ!」だの……。
「よし、みんな、正座」
私は、にっこりと笑って――笑っているつもりなんだが、気付いてもらえていないのが残念だ――ガタガタ震え始めたみんなを、とりあえず、正座させたよ。
「この、荷物の、量は、なんだい?」
今、私が指差しているのはNPCから借りた荷馬車。
荷台には今、解体された戦利品というか……まるまる一頭分の合成獣と、その血の臭いに惹かれてやってきた動物たちが山ほど積んである。
ちなみに、この馬車は一頭引きだ。予備の武器や、ご飯、その他いろいろ。必要になりそうなものを積むために借りたものだったんだ。今はちゃんと、その役目を果たしていると言っても過言じゃないね。
じゃぁ何が問題なのかだって? うん、それじゃぁ単刀直入に言おう。乗れる場所がない。それどころか馬が荷台を引けない。
私たちが今どういう状況下にあるか実に分かりやすいね。そう、いわゆる立ち往生だ。
「返事が、ないね? もう一度、聞くよ? この、荷物の、量は、なんだい?」
私は別に怒ってはいないよ? え? 手が震えている? ああ、ちょっとグロいからね? きっとそのせいだよ? ん? 青筋が、立っている? それは目の病気だ、大至急眼科へ行くことをオススメするよ?
「せ、戦利品、です……」
アリスが、ようやく、答えてくれたね。
「そうだね、戦利品だね。私にもそう見えるよ? ただ、今聞いているのは……この、荷物の、量は、どういうことか、だよ?」
とても寛大な私は、みんなが怖がらないよう笑顔で優しく、もう一度聞いてあげることにした。
「……血の臭いが悪いのである」
「俺たちは、その……降りかかってくる火の粉を、振り払っただけだし」
「べ、別にさ? その、物欲がどうの、じゃないよ? アタシたちはただ、もったいないって精神を、ね?」
「お姉ちゃん! 世界の標語だよ! MOTTAINAI!」
「――よしここに≪エクスプロージョン≫を撃とう、確か≪煉獄より来たりし灼熱の劫炎よ≫だったかな」
私は威力がレベル分加算される、火属性の増強魔法のページを開いた。もちろん、すぐに≪エクスプロージョン≫が使えるように、ページに指を挟んでね。
うん。何を考えているんだ監修は。
「「「「やめてぇえええええ!?」」」」
「ここらが更地になるっつーか俺らの装備がヤバい!」
「更地どころかクレーターが出来る! 七十八レベル級というだけでもそれだけの破壊力はあるのだ!」
「せっかくの戦利品とかスキルジェムとか消し飛ぶよ!?」
「ドラゴンだってイチコロだよ!? 百五十六レベル級だよ!?」
「その組み合わせは我が聖書、『月刊カルドロン』でも『大禁呪』の一つとして数えられているのだぞ!?」
「なら、なんで入れたんだい? 監修?」
「軍師にはぜひ、みなに恐れられる『大禁呪の魔女』の二つ名とその道を邁進してもらいたく――」
「≪煉獄より来たりし灼熱の――」
「「「「わぁああああああああ!?」」」」
何のためらいも無く詠唱を開始した私を、強引に押し倒して強制中断する四人、すごい形相だった。
「よし、とりあえず街にいこうよ!」
「そうであるな! 馬も引ききれぬほどである! ここは一度街へ行くべきである!」
「よし、押していこう! 俺後ろから押すわ! 荷物も少し背負うし!」
「アタシも後ろから押すね!」
「私は馬をなんとか!」
「我は持てるだけ荷物を持とう! 少しでも負担を減らすべきである!」
「じゃぁ荷馬車は君たちに任せて、私は護衛をしよう。『大禁呪の魔女』だっけ? なに、その名に恥じない働きをしてみせようじゃないか」
「「「「≪ファイアーボール≫で十分です!」」」」




