第20話 始まりの世界で
今更だけど、この世界にはいくつか言語が存在している。
プレイヤーの使う母国語と、NPCの使う地方語。この二つは、発音は同じだけども文字や綴り、文法が違う――他にも各種種族ごとに言語が設定されている。こちらは発音も違うようだ。
実際は日本語をそれぞれの言語ごとに決められた暗号化を行っていて、その暗号化を解除するのが解読スキルジェム。だから実際に暗号化の法則さえ分かればいいらしいんだけれど、これがかなり難解……というか毎週変わっていて、クエスト等でNPCに渡さなければならない書類は指定された言語で作成されていなければならない。筆記スキルが必要な理由だね。
そして、この世界での情報伝達媒体はプレイヤーだけが使える懐中時計の「コール」のみ。自然と置手紙や新聞を「日本語で」作成することがある……ということを、あのイベント以降、少しずつ理解してきた。
いつの間にか私の生活の一部となってきたこの世界は、まだまだ知らないことがたくさんある。
例えば今私のいるこの街、大きな帝都、そしてイベントの舞台になった「ドラゴンの街」……実はこの世界に最初から存在していないと聞かされたときは驚いたよ。
原初の世界は広い草原、小さな洞窟、不毛な火山地帯……それを少しずつ、少しずつプレイヤーたちが力を合わせて、この世界の「雰囲気」を作り上げていったんだ。
最初はただの集落で、そこに住む魔物たちに怯えながら過ごしていたんだけれど、少しずつプレイヤーが増えるにつれて、運営はいろんな種族が集まるように少し細工をして……出来上がったその街に加護を与えてきたんだ。
何をしてもいい、どうなるかは私たち次第――それはまるで、生き物のようなもう一つの世界みたいじゃないか。
気がついたら私は、この世界にどっぷりとハマってしまっていた。最近なんか、まるで異世界へとトリップしてしまっているような錯覚さえも覚える。
今朝は、現実世界で宿題を軽くすませた後、あのイベント以降から部屋を取って泊まり始めた。あのイベントのあと、近藤さんから協力した結果としてドラゴン一匹分を報酬として渡されたんだ。
あの巨体から取れる鱗や骨、ドラゴンの血、体内から取り出されるスキルジェムや内蔵に至るまで、捨てるところはほとんど無かった。ギルド自体の資産や、参加したギルドメンバーに結構なお金が入ってくることになったんだ。
ちょっとびっくりするぐらいの額だったね。アリスなんか「来週、もう一度ドラゴンやらない?」なんて言ってたくらい。
朝から開いている店先をちょっと冷やかしながら向かうのは、いつものお店。開店時間は夜十時、閉店時間は午前零時。
もちろん、今は空いていない。「Close」の掛札が表に掛かっている。それでもお構いなしに扉を開く。
「おはよう」
「閉店中です、お帰りください」
「硬いこと言わないでくれよ。新聞を読みに来ただけなんだから」
「ったく、クソ幼女に似てきやがったな――ほら」
「ありがとう」
ゲーム内では広く情報を発信する媒体がないから、プレイヤー達は自然と自分達で「日本語の」木版画で刷られた新聞を作成し、販売している。
――ちなみに一刷三百八十ゴールドだ。
以前の私だったら「高い!」と言っていたかもしれないけれど、今ではそうでもないし、そもそもこの新聞はギルドのお金で購入しているものだから、懐は痛まない。
昨日の今日だ、トップ記事はもちろん「祝! デスゲーム終了! 犯人はドラゴン愛護団体!? ミブウルフまたもや活躍!!」と書いてあった。
絵画スキルを使っているんだろう、近藤さんの似顔絵が載っている。インタビューされているみたいだった。「市民を守るため、当たり前の事をしただけだ」と書いてある。
他にも「今週のドラゴン絶滅! 新たな竜殺しか!?」とか、ちょっとおかしなところで「今晩のオススメ料理」とか。
「――おはよう! 諸君っ!」
「営業前です、そのまま回れ右しやがれ」
「つれないことを言うな、我と朋友の仲ではないか」
「お前らは看板が読めないのか?」
「Closeと書いてあったな」
「意味は、閉じる。この場合は閉店中、だね」
「分かってんじゃねぇかよ! っつーかこれから仕入れの時間なんだよとっとと帰れ!」
「また熊か」
「今日はウサギだよ。だからちょっと遠くの街まで遠出しなきゃならねぇんだ」
ランディの装備は相変わらず量産品で、ちょっと質のいいサーベルに変わった程度……慣れとは恐ろしいらしくて、ギルドで三人しか知らない彼の悪名については改善されてきているらしいけれど、装備を変えるつもりは無いらしい。
「手伝おう」
「本心は?」
「ウサギいるところ狼の群れあり! ちょっと群れの討伐クエストで小遣いを手伝って欲しくてだな」
「家に帰って勉強してろ、大学生」
「必要な単位は取ってあるし、そもそも夏休みゆえ暇なのだ!」
「大変だね」
「何を言っているんだ軍師よ、君も行くのだ」
「私はもう≪ファイアーボール≫一発も撃てないよ」
そう。あの後私は、貰ったばかりのお金を握り締めて解読スキルを十二個購入したんだ。時計も解読スキルで全部埋まっている。
あの日以降、戦う手段を失っているのだ、私は。
「フゥハハハハ! 安心するがいい軍師よ! そう言うと思って軍師専用の魔導書を用意した!」
そして、私の目の前に分厚いB5版サイズの、ハードカバーの本が一冊置かれる。本の装丁はずいぶんと凝っていて、金糸で「レンの魔導書」と英語で表記されている。
「うわっ、すっげぇの持ってきたな、おい。どんだけスクロール買ったんだよ」
「材料持込みで、ざっと二千ページであるな。ゾンビから使える皮をはぎっとって切り貼りしようかとも思ったのであるが、生態系にまったく問題を及ぼさないネズミがいた。あれは盲点であったな! あとは職人が頑張ってくれたのである、継ぎはぎスクロールは書きづらいゆえ筆記職人には苦労をかけた……まぁ、値段は聞いてやるな」
「さらっとゾンビの皮を使おうとしていたとか、人のトラウマを抉ってくるね……!」
というか、ゾンビの羊皮紙って、なにか恨みが篭ってそうですごく嫌だ。というより、ゾンビステーキ事件以降、私は未だにお肉が食べられない。
――ダイエットにはちょうどいいけれどね。
「と言うか、そんな高い物は貰えないよ」
「主な金の出所がタロスとアスールである。今回の一件で、軍師はあの二人を見事手なずけたこともあってか、マスターもいたく感心し、金一封が出されていてな。まぁ、コレは謝罪と報酬の分を混ぜた正当なものである! 受け取ってもらえなければ、内容を監修した我が困る!」
「手なずけてないし私は軍師じゃない。私はこれからこの街で平和に本を読むために生きるんだ」
「そうか、残念だな。他の街にも図書館があって、それぞれ蔵書が違うと言うのに」
「うっ……」
「街から街へ移動するのに、戦う術がないと大変であるなぁ……?」
「く……っ!」
「あ~、受け取ってもらえんのかぁ……困るなぁ、実に困るなぁ?」
「卑怯くせぇ言い方するなぁ、おい」
「まぁ、実際受け取ってもらえんと我が困る。マスターに物理的に消されるからして」
「アリス……」
思わず顔を抑えてしまった。フレームのひんやりした感触が手の平に広がる……ついクセでメガネを押し上げようとすることが多くなったため、そんなマヌケを晒したくなかった私は伊達メガネの購入を決意したからだ。
――メガネフェチ? ああ、≪ファイアーボール≫で念入りに焼いておいたよ。
ともかく、このメガネのフレームと同じように冷静に考えてみようじゃないか……ここで私がこれを受け取らなかったら、クロウに迷惑がかかるね。そして、本を読むためにこの世界へ来た私の目的がきちんと果たせなくなる。
なによりコレは謝罪の意思も篭っている。受け取らなかったら、対人関係がいろいろと問題になるだろう。もっと高額な値段のものを渡されてしまうかもしれない。
――本当に卑怯な言い方をするな、クロウは。
「分かった、受け取っておくよ。使う機会が無いことを願ってね」
「素直じゃねぇなぁ、レンは」
「困ったものである」
「――とりあえずテストとして≪エクスプロージョン≫をここに撃とう」
「マジごめん、やめて」
本を開いて詠唱を開始しようとした私を、ランディは魔導書を押さえて強制中断した。
「ふむ……さすが軍師であるな。一応、五十音順にはしているが、すぐに≪エクスプロージョン≫のページを開いているとは」
「昔から辞書を引くのは得意だったんだ」
「ただ撃つのはやめておいた方がいい。解読をフルスロットにしているのであろう? 最大レベルの≪エクスプロージョン≫が発動する。この店を中心として、一つの区画が丸ごと更地になってしまうぞ? 軍師の服も、下着を残して吹き飛ぶ、羞恥心が残っているのならばやめておいた方がいい」
「……思ったより火力が高くないかい?」
「解読スキルの高さはスクロールを使用した魔法の威力の高さであるからして。しかもMP消費もなく詠唱時間は一秒程度、最強の魔術師型として数えられる一角である。教えたつもりだったはずなのだがなぁ……ともあれ、迂闊に発動しないよう注意するのだ」
「本気でこの本を返したくなってきたよ」
「ちなみにどんな魔法詰め込んだんだよ、魔法狂い」
「そも、自衛目的であるからな。使用頻度の多いボール系をメインに据えて各属性をそろえた。ちなみに使い場所を選ぶ属性固有は数発ずつである」
「は!? ≪ブラスターレイ≫とか≪エクスプロージョン≫が数発も速射できんの!?」
「どの魔法であってもスクロール作成の値段は一律であるからな、そこそこの値段ではあるが。それゆえ存分に詰め込ませてもらったぞ! これで偶然ゴブリンの大群が押し寄せて来ようとも安心である!」
「戦術級をたかだがゴブリンの群れ程度に撃ち込ませようとすんな!」
私は魔法に詳しくないから、いまいちよく分からないけれど……とんでもない魔法が積み込まれていることはよく分かった。戦術級か……今後の脅しには使えるかもしれないね。
「……この魔導書は大切に使わせてもらうよ。主に、人の言葉を聞かないような君たちに使うために」
「「やめてっ!?」」
うん、なかなか面白い反応だね。
「さて、と。今日も図書館に行ってくることにするよ」
「貯蓄ができたとはいえ、働かなければ食うに困るぞ?」
「言っとくけどウチはツケなしだからな」
「別に贅沢するつもりはないから、たまには働くさ。アリスも心配だしね」
それよりも――私がようやくこの世界に来た目的を果たせることのほうが、よっぽど重要だしね。
やりたかったVRMMO系ファンタジーの王道「デスゲーム」編。なんとか終了しました。
ゲームは安全に楽しく、リアルは大事に、ゲームの悪印象なんて吹っ飛ばせ! と勢いではじめた小説でした。そんな拙作を読んでくださった皆様、大変ありがとうございます。
剣と魔法の世界はこれからも、ずっとずっと、広がっていきます。
ご意見、ご感想、お待ちしております。




