第19話 竜殺しの弟子
ドラゴンとの体格差は大きすぎる。そして数の利点も向こうが上だ。じゃぁどうすればいい?
『いいかガランティーヌ。切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込め行けよ、されば極楽なり。という言葉がある。有名な侍の言葉だ。剣道家なら分かるだろう』
……それはもちろん、軍曹の教えどおり懐へ飛び込んでいくだけだ!
「だぁああありゃああああ!」
前転するように飛び込む。全長にして十数メートル、体長はさらに大きい。翼を広げれば空を覆う。そんな巨体なのだ。腹の下に潜り込めば他のドラゴンが攻撃するのは難しい、一対一に持ち込める。
「グゥウウウ……!」
ドラゴンがうっとうしそうな声を上げる。他の竜から炎の吐息も飛んでこない……よくよく考えれば当然の話だ、やれば同士討ちする。
注意する必要があるのはボディプレスだけ……こんな簡単なことも出来なかったのは、ただ怖がっていただけだ。
「たかだか爬虫類の分際でぇ!」
両手で、俺は“包丁”をしっかりと握った。
「食えない鱗は邪魔なだけなんだよォラァアア!」
切り上げるように、鱗の隙間へ肉厚の“包丁”の刃を滑り込ませ――そぎ落とす。
「ギャァアアアアアアア!?」
「俺が何度魚捌いて来たと思ってんだぁ!」
“包丁”はサーベルのように軽々と振り回せるようなものじゃない、だから今度は“剣”として、剣道のように勢いを殺さないように振り回す――すり上げ面ならぬ、斬り上げ袈裟斬り!
「どっ――せぇえええい!」
鱗のはげた柔らかい肉質の前足に、袈裟懸けに一太刀入れる。“包丁”は柔らかい肉質に重い武器はずぶずぶと食い込んでいく。
――ガツッとした手ごたえ。鱗を割って突き進みながら、“剣”は真ん中ほどで止まる。ぶしゃあああと血しぶきを上げながら、完全に骨に食い込んだ。
感覚で分かる、この“包丁”は抜けない――なら叩き込めばいい! 魚の硬い骨に食い込んだときと一緒だ。
「ァアアアアァァアァ!?」
食い込んだ“包丁”を、さらに押し込むように思い切り叩いて、叩いて、叩き斬る!
――バキッ!
骨の折れる音を響かせて、さらにドラゴンの出血量が増える。
「グギャアアァアァァ!!!」
「っしゃぁあああああああ!」
それなりの重量がある“包丁”が、地面に食い込んだ。柔らかい土質のせいか思い切りめり込む――だが抜くのは容易い。
片足を落とされてバランスを崩した竜が横倒しになるのに巻き込まれないよう、飛び跳ねる。“包丁”の横っ腹を地面に置くようにして、その上を前転。立ち上がるときは背負っているような構え方を取る――軍曹に叩き込まれた動きで、失血し続けながら倒れこむドラゴンの下敷きにならないよう逃げ出す。
あの出血量なら、放っておいても死ぬ。活魚の血抜きだって、幾度となくやった事がある。世界で一番命を奪ってるヤツは、いつの時代も料理をしているやつだ。
だからこそ言える――アレはもう生き物じゃない、食材だ。
(俺の知識が使える! 剣道やってた経験が生きてる! 軍曹の教えが十全に扱える!)
屠殺スキルを使っていた時の、システムアシストが入っていたものじゃない。全てが全て自分の血肉でできている動きだ。
今なら言える……あの悪名のせいで言えなかった言葉を。
「俺は――竜殺しの弟子だぁああああ!」
軍曹に一番聞いて欲しかったその言葉を、誰に憚ることなく叫んだ。
――一匹目、全部の足を滅多斬り。鱗が割れているところを見ると、叩きつけるようにして斬っている。普通にHPがなくなって力尽きている。失血はほとんどない
――二匹目、後ろ足に焦げた跡がある。
「あ、それたぶん私の≪ブラスターレイ≫だと思う。流れ弾が当たってたのは覚えてるし」
「そうか」
焦げて鱗が脆くなっているところを集中して攻撃されている、これもまたゲーム的なHP切れ。ただし、少し失血していた。
――三匹目。眉間に折れたサーベルの刀身が突き刺さっている。脳破壊による即死だろう。かろうじて鱗を貫通しているようだ、
「ここまで、ドラゴンの爪や牙にも返り血があるな」
近藤勇さんは、私に説明するように言った。
「かなりの激戦だったようだ」
もう一振りのサーベル――の柄。それはランディが、アリスに買いに走らせた量産品だった。
「死体は見当たらないが……食べられたか」
「そんなわけないでしょっ! ガランさんは軍曹の直弟子だもん!」
「軍曹……ああ竜殺しの」
どうやら軍曹さんはかなり有名な方らしい。大仰な二つ名がついていることと、この巨体と戦いの跡を見る限り、ドラゴンは決して弱い存在ではないことが分かった。
「だが、やけに静かだと思わないか?」
「ドラゴン全滅させただけっしょ!」
アスールの言うことは楽観的、というよりそうあって欲しいと願っているように聞こえる。
だが――
「こんな戦い方では武器をいくつ持ち込んでも足りん。それと、貴重な鱗がほとんど無駄に割れている」
――持ち込んだ武器は現に、予備も含めて折れている。
「竜殺しなら、もっと効率のいい戦い方をする」
「例えば何よ?」
「弱点を突くことだ」
「どこ?」
「自分で調べろ」
「いいじゃん!」
「そもそも攻略掲示板には乗ってなかったか?」
「大火力で脳をチン、そう書いてあった」
「……まぁ、こんなヤツ相手に近接戦を仕掛けること自体がバカのすることだな」
それもそうだ。こんなのの十匹と一度に戦うのが竜殺しの条件なら、そんな名声だけのものより実際の利益を取ったほうがいいに決まっている。
「ところでお姉ちゃん、ドラゴンの弱点ってどこだか知らない?」
「ゲームの事はわからないよ」
「だいたい神話とか伝説とかと一緒のはずだから、思いつくものでいいよ。私は直接チンできる魔法が使えるけど、みんなそうじゃないんだし」
「神話と同じなのか」
だが竜殺しの逸話はいくらでもある。ベオウルフ、ジークフリート、カドモス王、聖ゲオルグ、スサノオ……。
「脳天を拳でカチ割る、口の中に槍を投げて貫く、毒の菓子を食べさせる……とかたくさんあるけれど、ほとんどは首を切り落とすことだね。心臓を貫くのもある」
「どれを受けても、生き物として死にますねぇ」
「脳を焼くのと変わらんな」
「我も魔法で体の中を吹き飛ばすぐらいしか方法がないからして、似たようなものであるか……」
「ロボで脳天をカチ割ればいいのか……」
「鱗は見ての通り硬い、生半可な攻撃では無理だ。だからこそ、鎧に使えば一級品のスケイルアーマーが出来る。それにこの巨体を支えるほどの強靭な骨や、牙、爪……血にも高い価値がある」
「血? 悪竜ファフニール……ニーベルゲンの指輪かい?」
「ジークフリートのように不死身にはならんが、血は鎧を頑丈にするのに使える」
「不死身は後々に改変されたものだよ。血が固まって硬くなった、が本来の伝承だ」
「そうか、知らなかったな」
「……結構偉そうに言っているけれど、そういう近藤さんは竜殺しなのかい?」
「二度とやりたくないがな」
――四匹目。右足が両断されている、死因は失血死だろう。それ以外に外傷がない。
「ガランさんがやったのかな……?」
アスールが、進むにつれて不安そうな声を上げるようになってきた。
「そう信じたいね」
「上位プレイヤーなら四匹を相手に戦えるとは言う、可能性は低くない……だとすると面白い、ようやく弱点を見つけたようだ」
両断された腕を見て、近藤さんは嬉しそうに笑った。
「足が弱点ですか?」
「いや。そこに鱗が何枚か落ちている」
「生え変わり?」
「そうでなければ、狙って削いだか、だ」
「……つまり何かい? 鱗の隙間が弱点なのかい?」
「弱い場所が弱点、即死する場所は急所。間違っているか?」
「ええー……確かにそうかもしれないけどさぁ……」
「ピンポイントに攻撃できる程度の腕が無ければ、十匹同時に相手になんて出来んよ」
「釈然としないなぁ……」
私としては、伝説どおりに竜の首を一撃で刎ね飛ばしているところを見たいんだけれど。
――五匹目、同じく鱗の隙間を狙った攻撃。だが突きこんでいるせいで外傷がよく見えない。ちょうど動脈だったらしく、激しく出血していた。
「ここも急所か、初めて知ったな……軍曹にでも聞いたか?」
――六匹目、頭を真っ二つに割られている。鱗の隙間を狙った気配はなかった。
「やはりこうなってくるか」
――七匹目、心臓をひと突きにされている。純粋に鱗を貫通させていた
「……どんどんと方法が強力になっていくようだけれど、どういうことだい?」
「ジークフリートの体の事ばかり言われるが……竜を殺した剣にも血はついていたはずだろう?」
「だろうね。それが?」
「竜の血は武器も強くする。サーベルが折れていたのは単純に血の付着量が少なかっただけだ」
――八匹目。下あごから腹の中ほどまで切り裂かれている。もう鱗がどうのこうのというレベルではない。
――九匹目。とうとう首が切り落とされているのが発見される。
――そして、十匹目。
「よう」
血まみれになったランディが、体を動かしづらそうにしながらドラゴンの頭の上に座っていた。そのドラゴンは脳天に深く、巨大な鉄の塊が突き立てられている。
「生きてたぁああああ!」
アスールの大絶叫が私の鼓膜を直撃した。だけど、彼女が駆け出すことはなかった。へなへなとへたり込んで、「よかったよぅ、よかったよぅ……」と涙を流している。
子供みたいな子だな……いや、子供か。
「暗殺者、英雄になった気分はどうだ?」
「はっきり言って、二度とやりたくねぇ。血ぃ硬くなりすぎ、動き辛い。最後はほとんどカウンター。マジ怖かった」
確かに、これが迫ってくるのは怖いだろうな。かなりリアルに再現されているから、本能的に恐怖を感じるのは当然か。
「ああ、みんなそう言う。俺もそうだった……軍曹だけは違っていたが」
「やっぱ人間辞めてんな、あの人」
私たちが全員揃って来たところを見て、どこかホッとしたように立ち上がる。
「よっと」
ランディは突き刺さった剣を引き抜く――幅の広いその剣の形状は、私に「包丁のような日本刀」を髣髴とさせた。
「それは、なんだい?」
「包丁」
「いや、マタギ刀だ」
「えー? 日本刀でしょ」
ランディの“包丁”発言を近藤さんが即座に否定し、それをアスールが否定する。
ちなみにマタギ刀とは、マタギが持っている切っ先の尖ったナタの事を言う。棒に括りつければ槍にもなるよう作られている――と、時代小説で読んだことがある。
「もう一度言う、マタギ刀だ。正確にはアニメによく出てくる『やたら剣幅の広い日本刀』というファンタジーな武器が該当する」
「……あー」
アスールが納得したようにうなづいた。私は小説こそ見るが、そういった種類のものはよく知らないので首をかしげたままである。
「俗に『三人斬ればナマクラ』と言われている日本刀だが、ちゃんと使えば切れ味はそれほど落ちん。が、そこまで習熟させるともう達人の域だ。そこで『多少乱暴に扱ってもいい日本刀』を作成した結果がそれになる。マタギ刀と使い勝手は変わらんから、マタギ刀だ」
なるほど、それなら確かにマタギ刀だ……マタギ刀か? いや、気にしないでおこう。
「なんとなく素振り木刀に見えなくもないかも」
「そういや櫂型っぽいな」
「私は八角タイプ派でしたが」
剣道暦のある三人は、見覚えのある木刀を思い浮かべたようだ。
「ああ、剣道暦のある者の意見も参考にされている」
「ここでしか買えないの?」
「今はな。まずはギルド構成員全員へ行き渡らせてからだ、鍛冶ギルドとも契約してある」
「独裁者か」
「なんとでも言え、ロボット狂い」
――そして、イベント終了のアナウンスが流れる。
「……終わったねぇ」
アリスがしみじみと呟いた。
「途中で自殺したか、殺してしまったか、斉藤あたりがやったか……」
やっぱりいるのか、斉藤一。次は沖田総司だろうか?
「例の件、ちゃんと頼むぞ」
「分かっている。主導は俺たち、お前たちは二番手だ」
「えー!? アタシ活躍したじゃーん!!」
「アスールはあとでお説教だ。単独行動したからね」
「無常だな」
「君もだよ、タロス」
「……無常だな」
「それはともかく……ドラゴンの血を受けた装備か。心強いね」
私は「ニーベルゲンの指輪」を思い浮かべながら、思わず笑ってしまう。
「残念ながら軍師よ、明日になれば腐って使い物にならなくなる」
「……なんだって?」
「腐食力すんげー高いの、ドラゴンの血。装備まるっと買いなおしだわ」
「同コスト同DPS。ドラゴンを倒したところで美味い話はない。ということだ」
ドラゴンの体から作り出した武器は、全て修理不可らしい。確かに骨や鱗で作った装備は、パーツごと取り替えるしか方法がなさそうだ。
「血は? 鎧の強度を高めるんだろう?」
「コレがその状態だ。放っておくと腐臭がするようになるし、腐食ダメージを受ける」
「つまり、称号だけってことだよ。名乗り出なきゃ、誰も気付かないけどな」
「じゃぁ、ドラゴンが財宝を集める習性は……?」
「無いな」
「無いね」
「ドラゴン自体が財宝である!」
「遺憾ながら」
「プライスレス」
「名前が売れるぞ」
「っていうか、そもそもどこから財宝集めるのよさ?」
「何てことだ!」
私以外の全員が、同じような言葉を口にする。ここは中世ファンタジー世界じゃなかったのかい!?
「財宝ではないが、巣の奥で宝石の原石が掘れるぞ」
「お、マジで?」
「採掘スキルある人ー手を上げてー……って私が一番よく知ってるね、ウチのギルドの事なんだし」
「私が力ずくで掘ろう」
「珍しくロボフェチが頼もしい!?」
「まぁ、掘ったところで利権はドラゴンの街の領主が持っているんだがな」
「あ、そうなんだ?」
「そうすると窃盗罪が適用されますねぇ」
「ちぇー」
「無常だ……」
ドラゴンは「強欲」の象徴、財宝を集める習性はそこから来ているとの事。ですが七つの大罪に合わせれば「憤怒」……今回は「憤怒」のドラゴンといったところですかね?
ドラゴンは元になった生物によっては鱗であったり、ワニのような硬い外皮であったり、サメのような皮膚であったりするそうで……まぁ、このドラゴンはポピュラーに鱗としました。ファンタジーのロマン、ドラゴンスケイルアーマーが作れなくなりますしね。




