第1話 チュートリアルをはじめよう
少女の両親はあっけなく了承する。というより、していた。もともと、置き場所に困っていたからちょうどよかったそうだ。
私の両親は既に了承していた。ずいぶんと根回しのいい従妹だ。帰宅していたら既にソレが存在するのだから。
ともあれ、その日のうちに私に送られてきたVR機器は一抱えもあるダンボールに詰まっている、どれだけ大きいんだ?
私は眉をしかめながら梱包を丁寧に解く、中に入っていたのは簡素なマニュアルと、彼女がVR機器経由でワープロ作成した手紙、額に当てるタイプのヘッドギア、そして意外なことにメーカーのロゴが入った、やけに頑丈そうな寝袋だった。
色々と疑問に思いながら、まずは手紙を開くことにした。
『恋お姉ちゃんへ
この手紙を読んでいるとき、きっとお姉ちゃんはしてやられたと思っていることでしょう』
そうだね、してやられたよ私は。
『操作方法はマニュアルを読めば大丈夫です。ゲーム自体は既にヘッドギアにインストールされています。ですが、ヘッドセットへのユーザー登録が必要です。マニュアルに書いてるので楽でしょう』
まぁマニュアルに丸投げしたほうが確かに正確だろう。
『そして寝袋の件についてですが。それはゲームに必要な身体データを取得する読み取り機として動作するので、それに入っていないとそもそもヘッドギアの電源が入りません。異常心肺などといった身体異常が起こった場合のための措置なんだそうです』
なるほど、寝袋は安全装置なんだな。
『また、健常者はゲームをしていると手足が思わず動いてしまうことがあるそうなので、それによって起こるベッド等からの転落事故を防ぐ意味合いもあるそうです』
そして拘束具でもある、ということか。どおりで頑丈そうなわけだ。
『さて、ヘッドギア登録では身体データなどはほぼ弄ることが出来ません。脳内の記憶と寝袋からの情報でアバターが作成されます。アバターとはゲームをする上でのキャラクターだと思ってください』
アバターぐらいは知っているさ。しかしわざわざ書いておくと言うことは、ゲームでは自分とは別のアバターを用意できない、ということか。なるほど。
『案ずるより産むが安し、と言いますのであとは特に注意することはありません。最後に、チュートリアルエリアに迎えをやりますので、その人の指示に従ってください。強そうな人を選びましたので、たぶん一発で分かるかと。ちなみに私のゲーム内での名前はアリスです、絶対に現実の名前で呼ばないようにしてください。一応、マナーですので。それではゲームで会いましょう』
“ロールプレイング”ゲームというだけに、役名以外で呼ぶのは失礼なのか、注意しなければならないな……。
私はとりあえず、マニュアルを読むことにする。元々このゲーム用のマニュアルでもあるのか、後半はゲームの世界観などが乗っている……典型的な中世ファンタジーといった感じだった。
とりあえず、景色は綺麗そうだ。町並みも、清潔感があっていい。かなり現実的に作ろうと努力しているのか、リアルで出来ることはほぼゲーム内で出来るということは理解した。
マニュアルを読み終えると、ヘッドセットを装着して、そのまま寝袋の中に入る。電源を入れると、頭の中になにか別の景色が映し出されていき、ゆっくりと現実世界からフェードアウトしていく感覚を味わう。
いや、異世界にいざなわれていくような感覚とでもいったほうが適切かもしれないな。今まさに、非現実的な世界へと旅立つ準備をするのだから。
ギルマスにOHANASHIされてやってきたのは、チュートリアルエリアだ。本当なら今時分、本業のための食材を集めるために山へ熊狩りに行く予定だったんだけどな……。
うちの売り上げが落ちたらどうするんだ、あのクソ幼女め。「今日は今週分のドラゴン絶滅させる予定あるから!」って……お前の従姉だろうに。
つーかね? 自慢じゃないが俺は童貞ですよ。ええ、童貞です。つまり女の相手って苦手なの。分かる? 分かってくれる人って多いと思うんだよね~。
つーか、なに? 確かに俺は最大手だった初心者応援ギルドの「ホップステップジャンプ!」に所属していたこと、あるよ? でも今は違うだろ~。今はアイツのおっ立てた戦闘ギルドの後方支援役よ? ガチで普通の料理人、つまり兵糧担当。それを「戦闘系に組みなおしてね?」なんて笑顔でOHANASHIされたら変えるしかねぇだろう……もうスキルスロットを変えることはあるまいと思ってたのを、高い金払ってわざわざ組み替えてまでやってきましたよ? ええ、初心者用チュートリアルエリアに、大人気ないガチ近接スキルスロットに変更させられた状態ですよ。
まぁ、そこまではいいさ、いいとしよう。だが忘れてないか? お前の従姉の名前! そう! 相手の名前! 俺! 教えられてない! 容姿すら! わかんない!
「アリスめぇ……!」
思わず口にしてしまう。あまり面識は無いが昔の仲間だったヤツの一人が、ガチすぎる俺の装備と気迫に若干ドン引きしているのが分かる。つーか、チュートリアルエリアではこういったガッチガチのスキル構成は好ましくない。
ありていに言って、初心者に手本を見せながら戦うために、攻撃力を抑えておく必要がある。限られた敵MOBを、素手攻撃ですら一撃で葬るこの装備と攻撃的なスキル構成は、リポップするまで待っている間、手持ち無沙汰になりやすいからだ。だから本来は、わざと攻撃力を下げるためのスキルジェム構成にするんだけど……今回、めっちゃ攻撃力アップ装備してるんだよなぁ……広場の敵、一瞬で、全滅させられる程度の、ガチ装備。どんだけ場違いだ、そしてどんだけ他の人に迷惑かける装備だ、これ。
さらに相手は女性、俺、話続けられる気がしねぇ……!
「……申し訳ないが」
そんな事を考えていると、だ。
「君が、妹の……あー、アリス? の言っていた迎え、で間違いないかい?」
低いが、女の子特有の声だ。後ろから聞こえる。ぐるり、と首を捻って後ろを向くと、誰も居な――いわけではなく、自分の肩より背の低い女の子がいる。
クールな顔つきだ、セミロングの黒髪をした黒目の優等生タイプだ。メガネが似合いそうだな……ってか、うわ~、乳デカッ。余計苦手なタイプじゃねぇかよ。
「……ウチのリーダーが言ってた方ですか?」
「おそらく、そうだと思う。レン、だ。よろしくお願いしたい」
「自分はガランティーヌ。ガランとか、ランディと呼ばれています。お好きなほうでどうぞ」
なんとかティーヌ、なんてまるで女みたいな名前だと思うだろ? ふっふっふ、そう思うヤツはまだ甘い! この名前の由来は――
「おいしそうな名前だね」
「……なんでガランティーヌ知ってんの?」
「本で読んだ」
「調理学校生?」
「いや、ただの高校生だよ。ほんの少し小説などに興味があって、それで少しね」
ガランティーヌ――鶏などの骨を抜いて、詰め物にして調理したフランス料理って言えばポピュラーで分かりやすいというか、聞いたことがあるだろうけど、普通知らなくね? ガランティーヌなんて。
「そういう君は?」
「調理師の専門学校に通ってます」
「年上だったか。失礼した……敬語を使ったほうがいいかい?」
「いや……まぁ、無理に敬語いらないです。されるとなんかすわりが悪いです……まぁ言えた義理じゃないですが、あまりリアル詮索はナシということで。リアルはリアル、ゲームはゲーム、がマナーです。純粋にロールプレイを楽しんでいる方もいらっしゃいますので」
「なるほど――注意するよ」
「……どれくらい初心者ですか?」
「生まれてゲームをしたことがないぐらいには」
「マジか……まぁVRMMOなら操作性は特に気にする必要はないです。体を動かす感覚で。ただ少しだけ身体能力が上がっているので戸惑いがちになりますが」
「うん、歩いてみて少し分かってた。でも操作方法が分かりやすくて助かるよ、本当に」
「あとゲームシステムだけど……あー、時計持ってます? デフォルトだとズボンの右のポケット」
「ふむ……持ってるね」
彼女の懐中時計の文字盤には、数字の近くに小さな穴が開いてある。
「このゲームは俗に言うとスキルスロット制の変形で、ちょっと特殊です」
「スキルスロット制?」
「時計の文字盤に穴が開いてますよね? そこにスキルをセット。セットするのは自分でできるけど、セットしなおすときはお金がかかる。ちなみに通貨単位はゴールド」
「ゴールドか、ファンタジーだね」
「あと、金にも重量あることは注意してください。まぁ、ある程度の単位でまとまってて、千ゴールドから上は紙幣です。この辺はほとんど日本円と同じですね」
二千ゴールド札なんて、リアルで使い道に悩むものもきちんと備わっていたりするしな。
「普段はどれをどれくらい持っていればいいんだい?」
「自分の財政と、重量と、財布の容量と相談してください」
「本当にリアルだね」
「開発仕事しすぎですよね。たまに円と言ってる人もいるくらい、感覚としては似たようなものです」
「私も言ってしまいそうだ」
「話を戻すと、時計の穴にはスキルが設定された宝石、スキルジェムとか言われてる、これをセットする。すると、それにあわせたスキルが、セットした文字の数値の値分の効果を発揮します」
「つまり?」
「一時のところにスキルジェムをセットすると一レベルの効果、十二時にセットすると十二レベルの効果になります。スキルジェムはいきなり十二時にセットとか出来るけど、セットしなおすのに金がかかるから、よく考えてセットしないと余計な出費がかかります」
「時計は一人一つ?」
「一つです」
「同じ種類のスキルをセットすることが可能?」
「可能です」
「スキルの種類は?」
「アップデートの重ねすぎで広辞苑並みです。俺は総数を把握しきれてません。あと、魔法やアーツもスキルの一つだから、そのせいでもあるかも」
「アーツ?」
「ゲームで言う必殺技みたいなものです」
「なるほど……」
顎に手をあてて、彼女はしばらく考え込む。
「つまり戦わずに本を読むだけならスキルはいらない、でいいのかな?」
「ところが、読解というスキルが存在します。読み書きはスキルってことです」
「代筆とかいそうだね」
「いますね。書くほうは筆記です。署名程度なら必要ないスキルですけど、このスキルは魔法を発動させることが出来るスクロールや呪符が作成できるので、覚えるとかなり重宝する、というか、されます」
他にも他種族NPCとの意思疎通のための翻訳スキルがあったりするが、まあ今は関係ないな。別の街に行かない限りは。
「スキルジェムはどこで手に入るんだい?」
「店で買う、敵と戦う、イベントで貰う……まぁいろいろです。十二個までなら同じスキルジェムは持っていて損はしないから、余ってる人から貰う、ってケースは稀です。ジェム自体は意外と手に入りやすいし、必要以上ある人は普通にお金に変えてますから」
「じゃぁ、早速読解を手に入れたいな。説明からすると、買ったほうが早そうだね」
「読解は今、一個一万ですね。頑張って探せば九千が見つかるかな?」
「……読むだけのスキルなのに何でそんなに高いかな?」
「スクロール発動に必要なんですよ、これは魔法に必要な要素をほぼ無視して発動できるので。近接系の戦士でもセットしている人はいますね」
「……初期金額は千ゴールドしかないんだけど、どうすればいいのかな?」
「敵と戦う。イベントをこなす……とか色々。ああ、ゲーム内での金銭の貸し借りはクリーンにしたほうがいいです。ゲームでもお金はお金というわけです」
「……嫌にリアルだね」
「中の人は人間ですから……ではチュートリアル戦闘を行いましょう。ついてきてください、チュートリアルジェムを渡してくれるところに行きますので」
「わかった。いざと言うときは頼りにしているよ?」
「……善処しましょう」