第18話 決着、凍える谷にて
あんまりリアルの事言うのもアレだけど、アタシの住んでいるところは豪雪地帯でよく猛吹雪が起きる地帯なんだよね。
よく都会の人は「雪が降る」って言うけど、アタシのところは「雪が下から襲ってくる」の。海が近くにあるせいで、年中強い海風が吹いてるからなんだ。
横殴りに降ってくるから、雪は木の横に積もるんだ。樹氷ってヤツだね。電柱も看板もぜーんぶそうなっちゃう。
あと十メートル先すら見えない、濃い霧がでてる感じ。それにすごい滑る。滑り止め付きの靴なんて無駄無駄、すぐに足の裏に雪が挟まっていって、結局ただの靴になっちゃう。だからアタシたちは歩き方を工夫するのだ。
――で、何が言いたいのかって?
≪ブリザード≫はアタシを中心にそういった猛吹雪を起こす魔法だってこと。≪リジェネレイション≫と同じく宣言後MPを消費し続けて持続するタイプで、完全状態異常特化型。ダメージは一切入らない。とにかく雪が積もる。風の方向は完全ランダムで変化し続ける。効果範囲はなんと半径三十メートル全方位!
この魔法の範囲内では雪が体に張り付いていって、最後は雪像になるのだ。ちなみにそのままでいると窒息するか凍死してしまう。まぁ、力ずくで解除できるけど。
あ、ちなみに結構寒くなる。水も凍るくらい。上手く使えばミステリードラマの「氷の橋」とか出来ちゃうよ! やったねっ!
『なんじゃこりゃぁあああああ!』
――うん、アタシの代わりの人たちごめん。
「落ち着いて壁沿いに進軍するのである! 転ばぬよう慎重に進軍するのだ!」
中二がフォローに回ってくれている間に、アタシはアタシの「仕事」をしよう……後でアタシもシュールストレミングかなぁ……ガランさんから、こう、「ソッチ系」な「オシオキ」だったら……うん、目覚めるね、絶対。自信ある。変な扉が開いちゃう。
(まぁ社会的に終わっちゃいそうだけどね、アタシが)
マントの前を閉じて、フードを被る……この世界でアタシの姿を捕らえられるのは軍曹だけ――軍曹って人間やめてるんじゃないかなぁ。
(さて……行ってみよう、殺ってみよう!)
なんて冗談言ってみちゃったりして。アタシはぐっと足に力を込め――ないで、滑るように走り出す。雪は蹴ったら滑る、スケート感覚ぐらいがちょうどいいのだ。
オブジェクトにだって雪は積もるんだよ――狙いの定まらない≪ファイアーボール≫なんて華麗に避けて、急斜面になってる壁を駆け上がっていく。
雪なんてすぐ崩れる、だとか考えちゃダメなんだぜー? 圧縮された雪なら、百人乗っても大丈夫!
そして≪ブリザード≫は、張り付いた雪を圧雪にして動きを封じる魔法だから、アタシにとってこの斜面はもう階段がついてるようなものなのだ!
もちろんこの特性に気付いている人は多いだろうけど、徹底してこれを利用した相手と戦うことなんてまずありえない。
だってこの魔法、全方位に対して常に攻撃してるようなものだから、MOBの敵愾心思いっきり稼いじゃうんだもん。視覚聴覚嗅覚を遮るから継続中は襲ってこないことが多いけど、解除したとたん一斉に大群が襲いかかって来るのだ!
(そんなことも知らなかった女の子は、路地裏生活に身をやつしていたところを、素敵な王子様に拾われて、幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし……と)
ともかく、拘束から抜け出しやすくて、ヘイト稼ぎやすくて、視界悪すぎて、足元悪すぎる……って弱点のせいで戦闘で利用するにはすっごい難しい。趣味スキルとまで言われちゃってるのだ。
聞いた話だと、私以外で所持しているのは「雪原の死神」とか名乗ってる人だとか。軍曹も「面白いスキルを選ぶな……」とか言って、このスキルでの戦闘を徹底して鍛えてきた。なんだろう? 自衛隊関係の話なのかな?
(――どうでもいいけどね)
雪が足音を消してくれる。ボスッと着地――魔法使いの真後ろ。まったく気付かれてない。うん、ここまでは順調だね。
じゃ、とりあえず……斜面のそばにいる人の首に思いっきりサーベルを叩きつけてあげましょう!
「――ふっ!」
PKスキルは入れてない。だからダメージも入らないし切れることもない。けど斜面のほうに転ばせることぐらいはできる。
ただ、声をあげられるより早く、サーベルで思いっきり胴を打ち抜いた。
「――ッ! あぁぁあぁ――……!?」
たたらをふんで、足を踏み外す――ふふふ、この高さからでは助かるまい……!
「しまっ――伏兵だぁああああ!」
後ろに回っただけだけどね。
「≪詠唱破棄≫」
≪ブリザード≫を中断する。振り向きざまに残った魔法使いたちが私に杖を向け――られずにすってんころりん!
「うおっ!?」
さっきから言ってるけど、PKスキルが無くてもオブジェクトには雪が積もる。そら急に振り向こうとしたら転ぶわー。ウチの地元じゃその動きはないわー。
しかも後ろを振り向こうとした歩兵さんたちが槍と大盾持ってるのも忘れての押し合いへし合いで、
「うわああああああぁぁぁぁ――!?」
四人ぐらいかな? 逝ってしまったわ、奈落の底へ導かれて……。
(……軍曹。あなたの残してくれた戦い方役に立ちましたよ――!)
――ま、軍曹はまだ生きてますけどー。みんなの心の中じゃなくて、実際に。
「ハァイ、アタシ暗殺者。今アナタの目の前にいるの」
「くっ! ≪ファイア――」
「めぇえええん!」
って言っても狙いは杖ですがっ!
――スパンッ。
うん。さすが基本木製の魔法の杖、サーベルさんには勝てなかったよ。
「こてぇえええ!」
って言っても狙いはまたまた杖ですがっ!
さっき指令を飛ばしてた人の杖をもう一振りのサーベルで斬り飛ばしちゃう。二刀流ってすごいっ! ガランさんにシゴかれた甲斐があるなぁ。
そう思いながら、最後の一人――外人さんだ――の杖も、
「どぉおおおおっ!」
返す刀で切り捨てた。
ふっ……抜けば珠散る氷の刃、我がサーベルに断てぬものなし!
「魔法使い! 討ち取ったりぃ!」
別に殺しちゃいないけれど、なんとなくそう叫ばなきゃいけない気がした。それも、時代劇風に。
歩兵さんたちは足元の雪と自分達の持っていた槍と大盾が邪魔で立ち上がれていない……ほんの少しだけ沈黙が走る。
(あれ、滑った?)
そんなふうに思った瞬間だった、暗殺ギルドのギルドマスターが大きな声を上げたのは。
「――よし、敵は総崩れだ! 一気に押せぇええええ!」
『おおおおおおおおおおおおっ!』
暗殺ギルドの人が鬨の声を上げながら一斉に迫ってくる。一気に戦勝ムードが広がって……あれ、もしかしてアタシ英雄? この戦場に舞い降りた美しき戦女神?
「舐めるなぁああ!」
――っ! しまった! ダガーでも魔法を撃てるから警戒しろって言われてたはずなのに――っ!
「「≪ファイアー――!」」
――バフ料理、品切れ。ドラゴン、残り七匹……鱗マジ硬いな、予備も終わりそうだ。
「ゴアァアアアア!」
炎の吐息を、軍曹から徹底的に叩き込まれた柔道の前回り受身で回避する。
「ガァアアアア!」
前転して立ち上がろうとしたところを、空を飛んでいたドラゴンが追撃してくる。ゲームじゃないから無敵時間があるわけない、けど硬直時間もない。とにかく飛び跳ねるようにもう一度前転して回避する。
「つーか、三半規管やっべぇ……!」
などと言っていたところを、よくしなるドラゴンの尻尾が急襲。
「――うぉおおおっ!?」
慌ててサーベルで受け流し――きれないっ!?
目の前で弾けそうになったサーベルを捨て、勢いに身を任せるように両手で首と後頭部を保護しながらゴロゴロと転がっていく。
HPゲージが見れないから今のでどれだけ削れたことだろう? 半分か? 半分ですめば御の字だなぁ……。
「つーか逃げたい、超逃げたい……!」
だがリンク状態の今の状態では、どこまでも追いかけてくる。そうしたら俺は悪名高い「史上最悪の暗殺者」に加えて、「街を壊滅させたMPKプレイヤー」という名前まで増えるだろう。
「とにかく、動いて――!」
そしたら、またクロウや、アリスに迷惑がかかるだろうな……避けなきゃな。
「――死なないように!」
じゃないと、誰のために俺は「竜殺し」の軍曹に鍛えてもらったのか、分からなくなるもんな!
(そうだ……軍曹の教えは俺の中に生きている……俺の得意分野を思い出せ……!)
俺は最後の武器――街を出る前に買った背中のソレに手をかけた。
一発の銃弾がダガーをはじき飛ばし、レザー光線のような魔法が魔術師の装備を焼き払い、そして白い人影が弾丸の如く一名の外人魔法使いを取り押さえた。
続いて怒涛の如く転んで身動きの取れない歩兵とアスールの目の前の魔法使い二名が取り押さえられていく。
私は、何が起こったのかわからないでいる彼女に駆け寄っていった。
「アスールっ!」
「――あっ、軍し痛っ!?」
私は思い切り、ゲンコツを落としてやった。
「ゲンコツでよかったね? もしかしたら死んでいたかもしれないんだ」
とっさにクロウがフォローを入れたからよかったものの、あんな魔法を使われてはこっちまで自滅する可能性があった。結果論ですませていい話じゃない。
仮に、前衛が総崩れしていなかったら魔法や銃で狙うのは不可能だった。最悪アスールが死んでしまう可能性あった……それを考えれば、これはまだ優しいほうだと思う。
「えっと……なにが起こったの?」
「それを聞く前に何か言うことはないのかな?」
「……ゴメンナサイ」
「そして?」
「お父さん、リーダー……えっと、あと、タロス? ありがとうございました」
アスールが深く頭を下げた。このあたりはさすが、ランディたちに教えられているだけのことはあった、というところだね。
「よろしい……君が助かったのはアリスの魔法が装備を焼いた。そしてお父さんが銃で武器を弾き飛ばした。さらにタロスが一人取り押さえたからだ」
「なるほどー……っていうか何気にピンチだった?」
「何気に、ではなく、かなり、だね。そもそも私は初心者なんだから。いきなり吹雪が起きてすごく焦ったよ、本当に」
「ごめんなさい」
「まぁまぁ。我も彼女の魔法について説明していなかったことも悪いし、彼女を止められなかったことも悪かったのだ。それくらいにしてくれないか?」
「そうですねぇ。確かに下の子を心配する気持ちは分かりますけど、ちゃんと反省しているようですし……で、気になることが一つあるんですが」
「ああ、我もだ」
「私もだな」
「あー……うん、アタシも」
「えっと、じゃぁ私が聞くけど……タロス、死んでなかったの?」
アリスが、外人の魔術師をその有り余る力によって押さえ込んでいる科学者風の男――タロスに質問を投げかけた。
「ロボが意外と頑丈だった」
私はもう一発ゲンコツを落とした。今度は、アリスに。
「い、痛いじゃないの~!」
「おかしいな、私は、タロスが、死んだと、聞いたんだけれど?」
「いきなり電話が切れたら死んだと思うじゃない!」
「なるほど」
そしてタロスにもゲンコツを落とす。
「……別に痛くはないが、なぜ殴った」
「ああ、マニュアルによると、痛覚は抑えているらしいからね。理由? 何で通信を切ったかだよ」
「覚悟を決めただけだ、無様は晒したくない。だが彼女らは君たちを倒す前に消耗するのは避けたかったようで、見張り二名を残してそちらに向かっていったから助かった。ちなみに見張りは崖のほうに投げ飛ばしておいた」
「今まで連絡をしてこなかったのは?」
「マスターに連絡を入れたが、何度コールしても出なかった」
「……アリス?」
「ごめん、気づかなかったかも……私、着メロにしてるし」
ところどころアナログなのかハイテクなのか分からない仕様だなぁ。
「ところで……ガランに連絡したら、戦闘中だったようだが。何かあったのか?」
「はぁ!? ちょ、どういうことよ!!」
「それは私も初耳だ」
「まさか暗殺ギルド!? 人質って言ってたけどここまでするの!?」
鼻息を荒くして、アスールは彼らへ剣を向けようとし、
「落ち着け、アスール」
クロウに止められた。
「相手は、彼らではない……朋友は今、ドラゴンと戦っている」
『はぁ!?』
みんなの声が、重なる。
「ギルド間協定でね……みんなが暴走しないよう秘密にしてたの、ごめんね」
「分かったのなら、少し頭を冷やしに行くぞ――朋友のところにな」




