第17話 隘路の決戦
軍師だ軍師だと強引に後衛へ回された私は、どうせ戦闘では役に立たないだろうから、少しでも貢献出来るように頑張ってみることにした。
――今更ながら、見える範囲での人数を数えてみる。まだ距離が遠くて全体像がはっきりしない……両手で丸い覗き穴を作って、それを小さく絞っていく。
「それはなんだ?」
「本で読んだ事のある、遠くを見る方法だね。だれでもごく自然にやっていることを、手でやるんだ。ゲームで使えるかは分からないけれど」
正確には、メガネの人がそれを外したときに目を細めるのと同じ理屈、単にピント合わせやすいようにするだけの方法だからゲームで有効かは分からないけど――あ、意外と見える。どうやら有効らしい。
「見えた」
「ふむ、装備はどうだ? 盾と槍が見えるが」
私の方法は遠くにピントを合わせやすくする方法であって望遠鏡じゃない。普通に肉眼で見るよりはマシ、という程度だ。
「望遠鏡じゃないからはっきりとはしないけど、やっぱり盾と槍じゃないかな」
私は両手を下ろした。
「普通に見えるとおり、大盾を装備した人たちだね、隠れててよく分からないけれど、杖みたいなものが上に五本伸びてたから、魔術師は五人だね」
「はやり槍ではなく杖か……というか、行軍速度が少し落ちたようにも見えるが」
「たぶん人数の差がはっきり見えたからじゃないかな。坂道だから、ひな壇みたいなものだし。下からなら相手の全貌がみえるけれど、上からじゃあ私達の後ろ全部は見え辛いから」
「数は力か」
「その代わりにこっちは後衛が魔法を撃ち辛いよ。向こうは狙い放題だ」
この人数で、壁際の人に魔法を集中されれば押し出されて斜面を滑り落ちていってしまう。私も≪ファイアーボール≫でそれを狙えるだろうなぁと思ってはいるけれど、それはつまり相手も同じ事を考えていると言うこと。こっちは四列だから多少の余裕はあるだろうけど、魔法を撃てる人がちょっと少なくなってしまう。
うーん……やっぱり魔法が邪魔だなぁ。
「爆発とか起こす魔法があると、全員一気に斜面を滑り落ちていく可能性もあるんだよね」
「≪エクスプロージョン≫だな」
「やっぱりそういう名前のはあるよね」
ファンタジー小説でもよく見かける名前の爆発魔法、やっぱりあるんだ。
「今の隊列で壁際に撃たれると厄介だね。それは向こうにも言えるから、私はそれを狙っているんだけれども」
「射程内に入った瞬間、みんな仲良く奈落の底か」
「そうだね。行軍速度が落ちたのも、そういう関係だと思う」
「策をひねり出せ策士」
「策士とか軍師とかじゃないって言ってるじゃないか」
「自称と他称は違うものだ」
「納得いかないなぁ……」
私のは小説の知識。軍記ものからファンタジーもの、史実系まで多岐にわたる戦術のうち、やっぱり有効なのは……、
「せっかくの新撰組なんだし、死番を使おう。みんな壁に沿って、お行儀よく二列になって突撃するんだ。絶対に抜かしたり、列を乱したらダメだからね。あ、死体って残る? 残るんだったら踏み越えていこう」
――あれ? なんか、ギルドマスターさん、とっても、ドン引き、しているよ?
「普通に、ぶつからないのか? というか、死番までつかうのならそのほうが……」
「それはつまり無策だよね? そうすると傾斜戦術取られたりしたら困るんだよ、坂道に誘導されてしまうから。だから絶対に二列を崩さないで、真正面か、側面の相手だけに絞るんだ。後ろから魔法が飛んで来るだろうけど、徹底的に押せ押せでいく。死んでも泣かない、男の人だろう?」
私は、全員の注意を引くためにパンパンと手を叩く。
「はい、聞こえた人もいるかもしれないけれど、もう一度言うよ。壁際に沿って二列で突撃。魔法を撃てるなら、撃ちながらね。途中で味方の死体が出来上がっても乗り越えていくんだ。絶対に隊列を崩さないで一点突破だからね」
『お、おおおぅ……』
「覇気がないなぁ。新撰組なら死ぬことぐらい覚悟して突撃したらどうだい?」
『お、おー!?』
まだ戸惑いがあるなぁ……暗殺ギルドの人、あまり陣形とか戦術とか考えずに戦ってきたのかな? ……きたんだろうなぁ、私が軍師って言われているぐらいだから。
「次に、アリスは魔法がすごく強いって言っていたね。射程内に入ったら列を外れて撃ってくれるかな? 集中砲火を浴びる可能性が高いけれど、気にしちゃだめだよ」
「う、うん……」
声が震えてる。ゲームでもやっぱり死ぬのって怖いよね。ゴメンね、アリス。私はお姉ちゃん失格だよ。
「お父さんの作戦も、アリスと同じだからね」
「殉職する覚悟はいつでも出来ていますよ」
さすが警察官、と言いたいところだけど。そんなに落ち着き払って言われると逆に怖い……警察官ってそんな悟りを開いたような顔が出来るほど危ない仕事なのかな?
「クロウは剣で戦いながら魔法を使うタイプっぽいし。新撰組と同じく突撃組ね」
「我、装備を変えて多少防御力に不安が残るのであるが……」
「盾で防御しながら進めるから、先頭ね」
「我の話を聞いて欲しい!」
「アスールも自己回復できるみたいだから、同じく先頭ね」
「わー、中学生に肉壁になれとか鬼畜ー。まるで軍曹さんみたいだー」
軍曹さんは確か現役自衛隊って言ってたっけ……軍曹さんってそんなに酷い人なのかな? ちょっと会うのが怖いな。
「ギルドマスターは最後尾ね、危なくなったら撤退ってことで」
「お前はどうするんだ?」
「無理やり軍師とか策士とか言われて後ろに押し出されたのに、前に出るわけないじゃないか」
「そ、それもそうだな……怒っていたりするのか?」
「怒っていないように見えるのかい?」
「……表情の変化が乏しく見えるな」
「親からは『顔に出やすいタイプだ』って言われるんだけどね……ともかく、作戦通り突撃開始だ! さぁさぁ動いた動いた! 動かない人たちから死んでいくよ!?」
みんな怯えた声で『お、おう……!』なんて尻すぼみな声を上げながらだらだらと列を作って……イライラするなぁ。
「≪ファイアーボール≫」
「――うわっちゃぁ!?」
喝を入れるつもりで、近くの隊員へ攻撃してあげた。
望遠鏡で確認していた暗殺ギルド四十数名が、一人の魔術師の≪ファイアーボール≫を皮切りに突撃を開始してきた。
『うあああああああああああ――!』
「くっ……!」
ここからでも聞こえるほどの、耳をつんざく大絶叫。先頭の二人は装備が違う。一人は盾を構えてくる魔法剣士タイプ、もう1人はサーベルを十字に構えて最低限の防御をしている「最強装備」の少女。
噂に聞いた先ほどのロボットオタクの事を考えれば、この二人は単なる協力者だろうが、アレを考えるに実力は高いはず。
『ああぁああぁあぁぁぁぁあああああああああ――!』
それにしても、なんと士気の高い部隊だ! 死ぬことを恐れてはいないようにすら感じる。
二列縦隊にしたのはこの隘路での機動性を確保するためだろう。坂道で上から見下ろす形ではあるが、これほど綺麗に並んで突撃されては後ろを狙い辛い――なんと練度の高い部隊なのだろう、さすがは暗殺ギルドの「ミブウルフ」、新撰組の二つ名を拝借しているのは伊達ではないと言うことか!
「前衛、絶対に後ろに通すな! ここで貴様らが落ちれば作戦失敗となる!」
『了解!』
このような辺境に追いやられたドラゴンたちを、この広い世界へ解き放つ――たったの数日前に聞いた一言、決意するようにそう言い出した二代目のマスターを見て、俺は心が震えたのだ。
だからこそ、狼ごときに負けてはならない。あのとき成功しかけた私の願いを――責任を取らされギルドから追放された先代ギルドマスターの代行者として。そしてドラゴンをこの手で殺さなければならなかった今までの無念をここで晴らすために!
「魔法隊、≪ファイアーボール≫の準備だ! 弾幕を張るぞ!」
「前列、≪ディフェンスアップ≫をかけます。しっかりと受け止めてください」
五レベル級全耐性上昇魔法。それを、衝突すると考えられる二名から優先してかけていく。防具耐性も上昇するため、これで少なくとも数による暴力で盾が壊れるといった現象はおこるまい!
「狙い、前衛二名!」
――射程に入った!
「≪ファイアーボール≫、任意で射撃!」
『了解っ!』
マスターは完全なバッファーであるため、攻撃手段に乏しい。俺を含めてたったの四人しか残っていない魔術師たちの≪ファイアーボール≫の弾幕が前衛達の頭越しに発射される。
魔法剣士は魔法で叩き落すと思ったが、普通に盾で防御しながら前進を続ける。だが「最強装備」の少女のほうは恐ろしい、二振りのサーベルで≪ファイアーボール≫が当たる前に爆発させていく。
野球やテニス、格闘技をやっているプレイヤーや、純粋に廃人クラスのプレイヤーならやってのける芸当ではあるが――どちらに該当するにしても、反射神経がいい事に変わりはない。強敵だ。
(アロー系に切り替えるか?)
いいやダメだ、詠唱時間が長すぎる。威力が上がってもノックバックがない。怪我を覚悟で強引に迫られてしまう可能性がある。≪エアロハンマー≫もダメだ、詠唱時間が十秒もある上にMPがすぐ枯渇してしまう。残るは≪エクスプロージョン≫だが……これはさらに詠唱時間が長い。六十二レベルなのだ、一分かかる。
その隙に完全に接近されるし、六十二レベルともなれば味方を巻き込んでまでの大爆発となってしまう。もう少し距離が離れていれば良かったのだが――!
「――弾幕を切らすな! 削れるだけ削れぇ!」
「う――っとうしいわぁぁあああ!」
≪ファイアーボール≫が何発も何発も何発も何発も! いい加減叩き落す身にもなって欲しい。
みんな言われたとおりキッチリ二列、そのおかげで後ろを狙えないからアタシと中二が集中砲火される――と思ってたんだけど、どうやらアタシの紙装甲から落とそうってなったみたいで、さっきからずっとアタシにばかり≪ファイアーボール≫が飛んで来る。
中二には牽制程度に一発ずつだ、ずるいっ!
「もうあったま来た! 中二!」
「なんだ!?」
「“凍える谷”使うからあとヨロシク!」
「ちょ、待て! 彼女を怒らせたいか!?」
味方の頭に容赦なく≪ファイアーボール≫を打ち込む姿が、あの鬼軍曹の姿とダブって見えたのはアタシだけじゃなかったっぽい。
「ああああとであやまればばばば!」
「声が震えているぞ!?」
背筋が凍るような思いをするけれど、大丈夫、アタシが死んでも代わりはいるもの。後ろにたくさん。
「そ、それよりなによりっ! いくら弱い≪ファイアーボール≫でも、アタシの武器が持たない!」
「しかしだなっ!?」
「うっさい! 現役中学生の堪忍袋の切れやすさ甘くみんなぁああ! ≪ブリザード≫ォ!」
「ちょ、待っ――!」
一拍置いて、アタシの『世界』が広がっていく。
【死番】
一言で説明すると、新撰組にあった当番制の一番槍、もしくは鉄砲玉役。屋敷への突撃戦などでは待ち伏せがあるため、高確率で死ぬ。
死ぬ覚悟と、死んだものを踏み越えていく覚悟があったからこそ、新撰組は強く、そして恐れられていたんでしょうね。
入隊時にそれも含めた鉄の掟の話を聞いて、恐ろしさのあまり失禁した人がいたらしいですが。




