第12話 ドラゴンの街
このゲーム内では、現実の一日のうちに何度も日にちが過ぎる、ということはない。時間は現実世界とリンクしているのだ。
普通のMMOゲームで考えるなら異常なことだと言えるそうだけれど、そもそもゲームというものに触ったことのない私にはよく分からなかった。
「まぁ、だからこそ転売屋が卸売りという業種に変わったのであるし、プレイヤー同士の連携がなければ昼限定MOBの素材や、夜限定MOBの素材をやり取りできないのである。それゆえ、連休の際には徹夜でログインするものは多いな」
と、昼過ぎごろにようやくログインしてきたクロウが説明する。
「私は歳のせいか、そう言ったことが出来ませんけどねぇ」
「まぁ、本当は最初に説明するべきことなんだろうけど、今まで説明する機会が無かったからな。街の外に出ることもなかったし」
そう、私は街の外には出ていない。まぁ地下墓地には行ったけど、あれはある意味街中だろう。そもそもチュートリアルエリアは始まりの町の一角にある「訓練所」と呼ばれるところだったしね。
――なぜ今頃こんな話をしているかって? なに、簡単な話だよ。
今、私たちは街の外にいる。
私は今、ガタゴトと揺れる幌つきの馬車に乗っている。
――がしゃん、がしゃん。
この感じ、まさしく中世風のファンタジーだ。
――がしゃん、がしゃん、がしゃん。
整備されていない道を走って次の街へ行く、実に王道的だね。
――がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん。
そして空はすごく澄みきっている。なんて晴れ晴れとした気分なんだろう。
――がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃ……ぅううん。
馬車と併走していた、わざと視界に入れないよう努力しいたロボットが、急に片膝をついた。
ああ、ただ馬車と併走してるだけなら、フルプレートアーマーを着た巨人族の戦士っぽく見えなくもなかったのに……鎧の胸の部分が、がこん、と開いた。
「すまん、エンジンの出力が落ちてきている」
まぁ、いくら巨人族に見えなくもないとはいえ、三頭身という時点で――剛性や重心などのバランスを考えた結果、どうしても三頭身にせざるを得なかったらしい――もう人として見れるものじゃなかったんだけどね……。
「……つまり?」
「蓄力切れ寸前だ」
ちなみに、中から出てきたのはもちろん、野生の変態ことタロスさんだ。
「……またか」
「またか? 何を言う。この鋼鉄の塊がただの行軍ではあるが街の中を含め三十分以上も稼動している。これは快挙だ。未だ試作段階ではあるがこの完全フライホイール型エンジンはそもそも現実世界でも始動と制御に難があるということで開発が見送られたいわくつきではあるが構造が単純でありそのためフライホイールを利用した玩具はフリクション玩具と称され世界中で発売されておりゼンマイに並ぶ」
「メカフェチー、いいからさっさと動かせるようにしてよー。あんまり遅いと追いてっちゃうぞー?」
「これだから科学技術の素晴らしさを知らないファンタジーの住人は」
このゲームのジャンルは、ファンタジー、だと思います。
「まぁ確かに、男としてはロボットは心惹かれますけどねぇ」
「分かるか。そう、ロボットはいい、人間が自身の知恵のみで作り上げた鋼鉄の鎧にして神話の怪ぶ」
「でも今は重要な任務がありますので、その話はあとにしましょう。何も飲まずに喋り続けては喉にも悪いですしねぇ」
「一理ある」
うまいことお父さんがなだめすかした。さすが最年長者だな……タロスさんはそのファンタジーをぶち壊すロボットの頭頂部へと上って行って、バイザーを跳ね上げる――円柱状のものが上下に並んで二つ、回転している。回転速度は、結構速い。
その円柱同士の真ん中にあるとても太いレバーを両手で掴んで、ふんっ、ふんっ、と気合を入れながら左右に振り続ける。レバーが振るわれるたびに円柱状の物体が回転数を上げていく――それを三十秒程度、続けた。
勝手に語られたことだけれど、アレはまさしく鉄柱らしい。筋力極振りでも持ち運ぶのには苦労するほどの重量であるという。
その鉄柱に回転と言う形で力を溜めて、動力源として使う――という考えがあのフライホイールエンジンらしい。現実ではこの回転力を溜めるためにはやはりエンジン等の力を使う必要が出てくるため、補助動力にはなっても主動力にはならない……つまりゲームだからこそ再現できた産物と言う話、らしい。
なるほどエネルギー保存の法則か、なんて口に出した日には、タロスさんの解説で日が暮れるだろうから、やめておいた。
「待たせた」
……なんだろう、こう、せっかく無視していたのに、こう、急に現実というか、別の世界に紛れ込んでしまったようなそんな気分がするな……。
「充電終わったんだったらさっさと行くぞー!?」
「充電ではなく蓄力だ。君たちはもう少し科学技術について知るべきだ」
私と君たちにこんなにも認識の差があるとは思わなかった――と呟いているけれど、そもそもこれはそういうゲームじゃないからだと思う……なんて考えながら、私は現実逃避するために抜けるように青い空を見上げた。
この行軍の目的は二つ。
一つ、ドラゴンの討伐。
オスメスの判断がつかないから、四匹倒してしまえばいい。そうすれば最大でもベビードラゴンは三匹しか生まれない。これでひとまずの安全は確保できる。
二つ、主催者と呼ばれるプレイヤーの殺害。
想定が正しければドラゴン愛護団体の人間のうち、誰かが主催者になる。愛護団体でも最終的にはドラゴンを間引きするはずだけど、トップクラスのモンスターを使った大量虐殺を目論んでいるなら、被害はこのゲーム世界のすべてに及ぶことになり、今回の作戦が成功すれば膨大な報酬が手に入る。
想定どおり主催者がドラゴン愛護団体の一人ならば、報酬を山分けすることで全員を抱きこんでいる可能性は高い。ある程度MPKしたと判断したら、そのまま仲間の誰かにキルされればいい、そして「史上最悪の暗殺者」のように悪名が広まらないよう、全員が口裏を合わせて架空の人物をでっち上げる。
これはバカガランが主催者だったときの反省点を踏まえてのこと――あのときは毒のバッドステータスを受けて瀕死のところだった暗殺ギルドのマスターが刺し違えて殺した、という壮絶な最期だった。その話はすごいスピードで広まっていって、暗殺ギルドのリーダーは英雄扱い。そしてガランは、悪人扱い。一時期は義だとか仁だとか天誅だとか言われながら街中で堂々とPKされそうになったりもしてた。
たかがゲームのイベントなのに、だって? ――誰だってわけのわからないまま、理不尽に毒殺されちゃうのは嫌だよね? なまじっかリアルすぎるゲームだから、しょうがないじゃん。っていうか、こんな企画を通した運営が悪いのにね、運営に盾突けないから、都合のいい人を狙ってるってわけ。
もしガランが、普通に戦って、戦って、戦い抜いて、その果てで倒された結果だったのなら……IFなんて考え始めたらキリがないけど、たぶん結果は違ってたと思う。
――ま、そんな感傷はおいといて。
バカガランの所属している私たち「アリス・イン・ネバーランド」と暗殺ギルド「ミブウルフ」は、そりゃぁもう仲がよろしくない。仕事だからしぶしぶ守ってやってる、って感じ。いけ好かないよね。
でもそれはそれ、これはこれ。
今回の話を持ち込んだら、意外とあっけなく協定は結ばれたの。ま、多少誓約とかさせられたんだけどね?
たとえば、食事に関することとか、指示系統とか、諸経費とか……その他もろもろ。そのうちのひとつで、ガランの身柄はほとんど向こうのギルド預かり。要するに人質ってところかな? ま、当然だよね。
アスールちゃんの目がなんか怖いのが気になるけどさ。
「おー、見えてきた見えてきた」
縄で縛られて、四丁のマスケット銃の銃身が背中に押し付けられていて、暗殺ギルドのむくつけきトップの男たちに囲まれて……それでものんきに声を上げられるってちょっとすごい才能だと思うんだよね。
「ガランさん、あれなんて街?」
人質だっては知ってるけれど、いざって時のためにアタシは付かず離れず、ガランさんの近くにいるのだ。
恋する乙女は最強よ、ってやつ? いや、助けられる気がしないけどね。
「ん~、本来の設定だとすっげぇ覚え辛い名前なんだけど……今は、そう、通称ドラゴンの街」
始まりの街から徒歩一時間。いろんな街に繋がっているとっても大きな街――帝都って呼ばれてる――を経由してやってきたそこは、どっちかっていうと温泉街? そんな雰囲気。
「ドラゴンの住む火山近くにあって、地下資源が豊富。製鉄が盛んなんだけど、一番の有名どころはやっぱり温泉があるってとこだな」
「へ~、やっぱりガランさんって物知りだよねー」
……ゴメンガランさん、実は知ってる。
温泉ってキーワードが気になって調べたんだ。ドラゴンが最大の脅威で、その脅威で小さなMOBが細々と隠れ住んでいるから、出会えるMOB自体少なくて、とっても危険度の低い場所だってこともね。
不毛の大地って呼ばれてるくらいご飯になるようなものがないから、料理には期待しないけど……それよりやっぱり! 混浴! 混浴はロマンです! 恋する乙女的に!
この仕事が終わったら温泉で一泊することでも提案してもいいかもしれないな~、浴衣美人と両親に言われ続けたこのアタシの魅力全開ってヤツ?
「頑丈な鉄製の武器や防具の生産するならここって言われてるぐらいで、昔っから鍛冶師ギルドの本拠地でもあるな」
「へー」
ゴメン、それも知ってた……。
「ま、オレは買い物できねぇけどな」
「――初耳だけど、それはどういうことだい?」
「うっかりNPCの敵愾心でも稼いじゃった?」
街にいる憲兵のNPCを殺すと、対立関係になるからね、このゲーム。対立するとNPCからなんにも買えなくなっちゃう。そこからさらに稼げばお尋ね者としてPKクエストが発生するんだよね~……元に戻すにはどこの街を襲えばいいんだったかな……?
「店の事が心配で街から離れられなくても、そもそもアリスやクロウに頼めばすむ話じゃないかな?」
まぁ、何も知らない初心者はそう考えるよね~、でもアタシは出来るオンナ。ここは敵愾心を元に戻すためにこっそり二人旅を提案して……ぐふふ、夢が広がるなぁ!
「まぁ、アリスがめんどくさがってたって可能性もあるけど」
「ひどいよお姉ちゃん! 私だって、できるんだったらこっちで買う気はあったよ? だってドラゴンと戦うんだから!」
「じゃぁ、どうしてだい?」
「……コイツは、ここで一番やらかしたからな」
リアルで暴力団でもやってそうな、すっごくいかつい顔した暗殺ギルドのマスター――新撰組大好きだからって近藤勇って名前つけてる人ね――が、ガランさんに代わって口を開いた。
さっきまで黙ってたんだから、黙ってればいいのに。
「そういえばガランさんの話はあまり聞いたことがありませんねぇ、私たちは」
「このギルドの古参でも、知っているものは我とマスターのみであるからな。それも当然だろう」
「ロボ以外興味ない」
ロボフェチは平常運転で困る……っていうか、やらかしたってことはやっぱりNPC殺しで確定かな?
「まぁ言ったところでも、もう終わったことだし」
ちぇ、終わってんのね……残念だなぁ。
「あー、そろそろバイザー下ろしてくれね?」
ガランさんがそう頼むと、まるで汚いものでも触るみたいに鞘の先にひっかけて下ろす。なんか扱いがすごく悪くない? 暗殺ギルドってこんな人ばっかり?
「ま、別に知らなくても困ることはない。朋友へは、いつも通り接してやるのが優しさと言うものだよ」
暗殺ギルドの人たちにあんなふうにされておいて、気にするなって言われてもねぇ……ま、詮索しないのがいいオンナってヤツですよ。
壬生の狼、かっこいいですよね。新撰組、リスペクト。
そういえば、沖田総司は身長が高すぎて刀が天上に刺さるから、突きを得意とせざるをえなかったそうですね。
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