第10話 裏切られた
まさか、そんなファンタジーなことを実行するとは思えない――私はすぐに時計を取り出して、メニューを開く。
『ルールはいたって簡単だ』
ログアウトボタンは――
『殺されたらゲームはそこで終了だ』
――まったく反応を示さない。
『つまり君たちの命は我々が預かった事となる……帰りたければこのゲームの主催者を殺す。たったそれだけでいい』
そんなバカな話があるか――! 声を上げたくとも、次の言葉を聞き逃すまいと耳を澄ましてしまう。誰も声を上げることはなかった。
『諸君らの健闘を祈ろう……』
――そして紫雲がゆっくりと晴れていく。
ぴんぽんぱんぽーん。
『公式イベント「都市伝説」が開始されました。
イベント終了時までログアウト制限がかかります。
ログアウトは特定の場所でのみ可能となります。
心肺異常ログアウトは動作しますが、尿意、便意での強制ログアウトは働きません。
尿意、便意等につきましては緊急ログアウト施設の「トイレ」へ移動をお願いします。
以上を持ちまして正式な公式イベントアナウンスとさせていただきます』
ぴんぽんぱんぽーん。
そこかしこから、「あー、今年はこう来たかー」「夏休みだもんね、しょうがないね」「今回はトイレの要望が通ったか……助かった……!」「祭りはどーするー?」「せっかくだし続けようぜー」などと、かなり楽観的というか、この手に慣れているような声がゆっくりと上がってくる。
――まぁ、なんだ、うん。
「とりあえずトイレへ行こう」
急にばかばかしくなったので、まずは一息入れることにした。
「その顔はこのゲームの洗礼を受けたって顔だな」
笑いを押し殺しながら、俺は緑茶を差し出した。一通り出店を回って、祭りを満喫したアスール――結局射的屋では惨敗だった――は、笑いを必死でかみ殺して、殺しきれなくておかしな表情になっている。
「なんていうか、バカにされた気分だったよ」
「そうでしょうねぇ。私も最初の説明を受けたときに事件が発生してしまったと思いまして……当時の貧弱な装備で、とにかくどうやって暴動を鎮圧するべきか考えてしまいましたよ。公式アナウンスを聞いたときの脱力感といったら、もう笑うしかありませんでしたねぇ」
「警察官らしいね」
「これはもう職業病ですかねぇ」
「我はちょうど直撃世代だったからな。期待も混じっていて少しテンションが上がったものだ……前回はトイレという施設が無かった故に、遥か遠き理想郷を目指す旅人に溢れていたものである……」
クロウが遠い目をしている……そっとしておくか。
「アタシは外から起こしてもらったからすぐ抜けれたけどね」
「そういう離脱方法もあるのかい?」
「うん、宿題しろ~、ってママからヘッドセット引っぺがされた」
家族がいると、そうやってログアウトさせられることが今でもある。そういうときに限って戦闘中だったりする。
まったく関係ない話だけど、その時期もっともプレイヤーを殺したのは地下墓地のゾンビたちだ。理由? そんなの強制ログアウトのために地下墓地に行った奴がたくさんいたからだよ。
「ま、このままオールのヤツ以外、家族と一緒に暮らしているやつは明日の朝あたりから街中でばたばた倒れてることになるだろうけど気にしないほうがいいぞ」
「通行の邪魔にならないよう、見つけたら教会に運んであげるのが人情である」
「ちなみに、一人暮らしの場合はどうなるんだい?」
「自治組織が出来て、そういう人とかには優先して宿屋を割り振ってあげたりしたんだ。ちなみに暗殺ギルドの前身だよ。あと、ホーム持ちの人が便乗して民宿作ったりしてたの。大手ギルドとか……ガランとか」
「あの時は特需だったからな~、かなり儲かったわ」
「朋友よ! なぜ教えてくれなかったのだ!?」
「だってお前商売の邪魔になりそうだったし」
「たしかに夜中まで五月蝿そうだもんね~、中二は」
アスールの言うとおりだ。たまにはいい事を言うな、コイツ。
「……諸君、オムツは便利だぞ」
「タロス、ちょっと黙ろっか」
脈絡の無いことを口走り、クソ幼女に杖を向けられるタロス。
「タロスを撃つのはいいが、やめろ。ここで魔法をぶっ放すな、家が壊れる」
このゲームは町に限らず、ほとんどのオブジェクトは非破壊設定になっていないのだ。その気になれば魔術師が特大魔法を撃つことで更地に変えることだって出来るし、戦士も射手も頑張ればなんとかなる。
ちなみに、ちょっとした大型モンスターが襲来した日には町が終わったりもするので討伐クエストはこまめにやっておく必要があったりもする。
まぁ、生態系を壊すとメンテナンス終了まで素材が手に入らなくなるけどな。
「その通りだ、アリス。家が壊れたら、無料で安全に泊まれるところがなくなってしまうよ?」
「いや、誰がタダで泊めると言った?」
「なん……だと……!」
「君と私達の仲じゃないか!」
「働かないヤツに食べさせる飯も泊まらせる宿もねぇよ」
「正論だけど、身内なんだから。困ったときはお互い様じゃないかなぁ?」
「やっぱガランはロリコンだね。最低だ。アスールちゃんだけ泊めるんだもん」
「ん? ということはアタシってやっぱ愛され系?」
「んなわけあるか。っつーか、働けって言ってんだよ。メシ代まで俺の負担になったらこの店潰れるわっ」
「儲けたんじゃないの? 前の特需でさぁ」
「いざって時のための貯蓄にしてんだよ。今回はトイレのせいで需要が低そうだしな」
「実に堅実だね、嫌いじゃない考えだ」
「いまがいざという時じゃないの? ガラン」
「黙れクソ幼女。テメェが一番無銭飲食繰り返してんだよ。そろそろツケ払え」
「……アリス?」
「ほかの事でちゃんと返してるよお姉ちゃん! ――それより、リアル中学生囲ってる変態に言われたくないなあ、誰が暗殺ギルドにとりなしてやったと思ってるの?」
「ちゃんとスジ通しに直接ギルマスに挨拶しに行ったよ俺は」
「ほー? 私が迎えに行かなかったらキルされてた人がよく言うね~?」
「やんのかコラ?」
「――まぁまぁ、二人とも。私たちは彼の店のお手伝い、代わりに住まわせてもらう、これで良いじゃないですか」
「そうだな。こんな不毛な話よりロボの話をしたほうがよっぽど有意義だ」
「「タロスは黙れ!」」
嫌な話だが、俺とこのクソ幼女の心が一つになった瞬間だった。
さて、これで安全なログアウト先を確保できたのであるからして、我が新たなる魔導の研究に没頭することが出来る――まぁ、強制労働させられることにはなっている――のだが、正直に言えば完全に安全な場所など存在しない。
開錠スキルをセットすれば――悪用されないよう、本業でもスキルなしでは開けられないのである――どこの鍵であろうと開け放題である。もちろん、レベルに応じて時間がかかるが。
宿屋の場合はNPCが客以外が客室に向かうのを防いでくれるため安全なだけなのだが、それ以外にはめっぽう弱い。
例えば窓や壁を魔法等で破壊し、突入する特殊部隊のような方法をとるのもいい。正規手段で宿を取り、NPCの見ていない隙にゆっくり開錠し殺すのもいい。逆にNPCを殺してから活動する方法もある。PK制限のないフィールド上ならば、隠密スキルを用いた完全なる暗殺者として動くことだってできる。
なぜPKが起こること前提で話ているかというと、このイベントの仕様上の問題である。
これは運営側から極秘に個人へ出されるクエスト扱いなのである。引き受けるかどうかはプレイヤー次第だが、引き受けたのならばPK人数に応じて破格のゲーム内通貨を報酬として受け取ることができるのだ。
そして死んだプレイヤーはイベント終了までアカウントを凍結される。ログインが出来なくなるのだ。つまり目撃者がいなければバレることはない。某匿名掲示板は犯人も見ている、下手をすれば長期間ログインできないこともあってか、報告はあってもゲーム外で推理がなされることはない。
問題のPKスキルはスキルレベルに応じてプレイヤーに対する攻撃力が高くなる代わりにあらゆる基礎能力が低下する。だがこのイベントに限って言えば協力者を集めることもありうる……扇動するだけしておいて、自分は雲隠れする、という事態も想定しなければならない。
いつ、どこで、誰が、なぜ、どのように殺されるか――それこそプレイヤーのみぞ知るイベントなのだ。
「さて……」
現状で怪しい動きをしていると思われるのはドラゴン愛護団体である。「ファンタジー世界の象徴であるから、ドラゴンは殺してはならない」それが彼らの言い分だ。
だが上位プレイヤーへの登竜門となっているドラゴンは毎週絶滅させられるため、忘れられているかもしれないが……つがいひとつにつき、ベビードラゴン一匹が三日で生まれる。数が増えるのだ。
ベビードラゴンはさらに三日で通常のドラゴンとなるが、そもそもベビードラゴンだけでもそれなりに脅威だ。街一つ程度なら簡単に破壊できる。
さらにメンテナンス時には必ず十匹追加されるのである。もっとも、あのドラゴンの巣近くの餌場では、十匹が限界だ、それ以上は麓に下りてくる。成長すればさらに手に負えなくなり、子を増やし、さらに広がっていく……簡単な話が、あっけなく生態系が狂うため、我々はドラゴンを殺すのだ。愛護団体と戦いながら。
ドラゴン愛護団体の目的が、ベビードラゴンによるMPKであるならば……おそらくメンバーの一人が主催者である可能性が高い。
「……朋友よ、どう思う?」
「知るかボケ」
「ガランは単なる変態で守銭奴だから、別に無視してもいいんじゃない?」
――そして今、我らはギルド首脳会議を行っている。このギルドの立ち上げに関係した、我とマスターと朋友の三人による少数議会である。
「っていうか私は戦ってみた限りだと愛護団体が一番怪しいと思うんだけど?」
「聞いたところで堂々と答えてくれるわけでもない故、真正面から行くのは愚策であるな。下手をすればどこかで暗殺されてしまうであろう」
「愛護団体は平常運転って感じだと思うぜ? っつーか、ドラゴン何匹殺したんだよ、リーダー」
「一匹も倒せなかったから怪しいって思ってるの!」
「それは、実質的に愛護団体のみとやっていただけだからなのではないだろうか? 話を思い出してみれば、愛護団体としか戦っていないように聞こえたが?」
「……まぁ、流れ弾がドラゴンに一発入った程度だし、あれじゃ普通落ちないだろうから、正しいとは思うけど」
「今日合わせて三日――ってか日付変わってたな。二日でドラゴンを減らさないと、五匹のベビードラゴンが街に降りてくることになるな」
「あの街は選りすぐりのプレイヤーが何十人と所属してはいるが、さすがにログアウト状態の者がいる状態ではなぁ……」
今が夏休みとはいえ、プレイヤー達の活動が活発化するのは昼から夕方にかけてである。夜遅くまで熱中するため、昼近くまで寝てしまう者が多いのも一つの要因であろう。
「少なくともメスを三匹、今日中に。これでベビードラゴンとの釣り合いが取れる」
「メスとオスは見分けつかねぇよ。同じグラ使ってんだから」
「そもそもドラゴンは、数人程度では一日で絶滅させられる類ではないからなぁ。一対一ならば勝てる者もいる程度ではあるが」
ドラゴン愛護団体が今よりも過激だった頃、餌に困ったドラゴンが街に下りてきたために、その街は一度壊滅したのだ。
今でこそ街は復興したが、復興するのに一ヶ月はかかった記憶がある。そして愛護団体も大打撃を受けたため、今では愛護団体もメンテナンス前には絶滅させるのに協力しているという、わけのわからない行動を取っている。
今回、主催者として選ばれた場合……、
「考えるだに恐ろしいな」
「来週、ドラゴン二十五匹だもんね」
「生態系が一気に崩れるであろうな。プレイヤーもきつい状態に陥るであろう」
「暗殺ギルドと連携が必須じゃねぇの? あのギルマスなら必ずしゃしゃり出てくるし」
「さすが元主催者は言うことが違うね~?」
「もういいだろ、そのことは……」
過去、味方を毒殺し続けた史上最悪の暗殺者は、困ったように顔をしかめた。
イベントでも恨みは買うんですよね……デスゲーム? そんなものないよ!!




