第9話 デスゲーム
公式イベントとして公報されていたせいなのかな、だんだんとこの街にも人が集まってきた。
始まりの街――設定とかはほとんど読んでないから、この街の正式名称はよく分からない。けれど、ほとんどの公式イベントはここの中央公園で行われるんだ。
例えば、七夕とか、お盆祭りとか、ハロウィンとか……クリスマス、とか。
――あーでも、クリスマスにいい思い出がないな~。ガランさんに拾われてからずっと、クリスマスはサンタコスでひたすら売り子させられてただけだし。
まぁ、ケーキは、美味しかったけどさ。
「あー、早速屋台出てるよ。くっそ、告知がもう少し早けりゃなぁ……」
「材料集めにアタシも借り出されるんですね、分かります」
「俺大家、お前店子。分かる?」
「はーい、分かってるよ」
お仕事中はマスター、それ以外はガランさん。これで多少は違うかな? と思っていた時期がアタシにもありました。全っ然意味ない!
だから今回は、頑張ってためたお小遣いで買った服なのになぁ。ガランさんが気に入ってる、いつもの黒いリンネルシャツにジーンズとちょっとおそろいになるように。でも今日は短めのプリーツスカートで生足アピールして、意識してもらおうって思ってるんだけど――なんで反応ないのかなぁ? ちょっと悲しいんだけど? やっぱり射程外?
うーん、このそこはかとなく漂う空回り感……ま、いっか。今日はこのイベントを楽しもう!
「のうガランさんや、ちょっとフライングだけど屋台を回ってみようかと思うんじゃが、どうかのう?」
「……お前ほんとよくわかんねぇヤツだな。急にキャラ変えたりさぁ」
「いや、だってそのほうが面白いじゃん。とりあえず射的ね、射的。去年一個も落としてくれなかったし。リベンジしなきゃ!」
「あー、あの銃スキルフルセットじゃないと落とせなさそうな射的屋ね――金の無駄だろうが!」
「無駄かどうかはアタシが決める! 祭りじゃー! 祭りじゃー! キリストよー! 我に七転八倒を与えたまえー!」
「それ色々混ざって――って引っ張るんじゃねぇ、転ぶだろうが!」
ま、手を繋ぐぐらい、役得あってもいいっしょ?
――手を繋いで歩く。アリスはこんなことも出来なかったのだ。外はどんな世界だろうと言っていた彼女に世界を与えてくれたゲーム。
今日はそのイベントらしい。
中世ヨーロッパの公園に立ち並ぶ、縁日で見られるような屋台に、日本語で書かれた「たこ焼き」「お好み焼き」「やきそば」「やきとり」……世界観を激しく壊している気がするけど、ヨーロッパ調に作った日本の公園だと思えば、まったく違和感が無い。
――日本は意外と混沌とした社会だったらしい。私はちょっとだけ「ファンタジー」という言葉について考えてしまう。
「お姉ちゃん。ボーっとしちゃって、何考えてるの?」
「ん、日本は混沌としているんだな、と思っただけさ」
「そういえば、事故に遭っちゃう前に行った縁日もこんな感じだったね」
「そういえばそうだったね。あの時は神社だったけど……日本人独特の感性なのかな? このあたりは」
「難しいこと考えるね~」
「そういうことを考えるのが好きなんだよ」
「じゃ、今日は考えるの禁止! お肉食べよう、お肉!」
「――……おにく、は、もう、いい、と、おもう」
わたしは、あのしゅんかんから、さいしょくしゅぎしゃに、なった。
――我は本を閉じた。
「解読スキルがないとさすがに読めんな!」
図書館から借りてきた本は、公式Wikiと呼ばれるサイトへと繋がるものだ。ちなみに現在、全十三巻ある。広辞苑サイズのものが。
そのうち、魔法に関する考察の書かれている本――なのだが、
「文字列にある程度のパターンがあるのは分かった……後は暗号化のパターンさえどうにかできれば、解読スキルなしでもいけそうであるな……」
だが、もはや考古学や暗号解読を得意分野とする人間だけだろう、これを読める人間は。
「公式Wikiならば解読を一レベル入れるだけで読めるという報告は聞いている……だがジェム交換は五千ゴールドするしな……そもそもジェムを買わなければいけないか、一万五千……はした金ではあるが、もはやリアルに戻って攻略サイトを開いたほうが早いな」
後は代読だが……これをやっている人物を探すほうが面倒くさい。代筆でスクロールや呪符作成しているほうが儲かるのであるし、代読となれば契約するさいに確実に金額で揉める。
リアルに戻って、攻略サイトを読めば済む話なのだから。
「ふむ……スキルなしで読むのは諦めるか。時間の無駄であるし」
Wiki本を机の上に置く。
「レンの今後の育成について、さて、どうしたものやら」
話に上がった魔導書型。解読スキルが高ければ高いほど、発動する魔法が高威力となる。問題はスクロールの素材となる羊皮紙であるが――生態系システムのせいでこの羊皮紙は実に高い。動物の皮を使っているのだから当たり前の話である。ウールではないのだ、皮をはいで生きている動物などほぼ居ないと言えよう。
代用として紙で作ることも可能ではある。紙を使えば呪符型だ、だがスキルも解読ではなく呪符にする必要がある。そしてこちらはページ自体が魔法に変わる。
つまり、魔法によっては自爆する、ということだ。
呪符型は元々、大量にばら撒いて使用することが前提だ。範囲も射程も枚数や呪符の投げ方によって規模を変える、そして運用の仕方によってはトラップとして使える汎用性がある――そのためDPSも低くなる。
「レンの気質から考えるに、やはり単体火力を求めての魔導書型か。本人も本を読むためにゲームを始めたと言っていたしな……」
しかし、茨の道でもあるのは確かだ……生産職でもなく、戦闘職でもないただ本を読むだけの人間など、このゲームの世界観としては無職の趣味人に分類されるのだから。
「気は進まんというか、本人が耐えられるかだが……またあそこに行く必要があるな」
ただしそれはある意味最後の手段……ゾンビから使える部分のみを剥ぎ取り、つぎはぎで作成する羊皮紙――リアルでも禁忌とされるような方法を取ったとして、
「はたして、彼女のSAN値は持つか、どうか……」
今日の料理で、死んだ目をしていた彼女にこの事実を告げるべきか、否か……我は自身の新たなスキル構成を練りつつ、深くため息をついた。
――背筋も凍るような悪寒がした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないさ」
気のせいであろう、そう思いなおす。今は目の前のたこ焼きに集中しよう。
たこ焼き、これはいいものだ。なにより肉を使っていない。焼き鳥も、聞けばゾンビレイヴンから取れたという肉らしい――開発陣よ、さり気なく悪意を混ぜるな。
おそらくこの制作会社の人間が目の前に居たら……私はそいつを丸焼きにして最下層民に叩き落とすまで殺し続けるだろう。
「たこ焼き、おいしいねえ」
「ああ、そうだな」
しかし中世ヨーロッパといいつつ、タコを食べるとはどういう世界観なのか。ほとんどの国ではデビルフィッシュと呼ばれているはずだが……まぁ、美味いものに罪は無い。
すべての罪は開発者――そして発案者だ。
「おやおや? マスターじゃないですか」
「ん――」
口にあつあつのたこ焼きをほおばって、アリスは声のしたほうへと振り向いた。
「どうも、数日振りです」
一人は小太りで白髪交じりの、恰幅がいいやさしそうなおじさま、といったふうだ。この世界観にあわせたような少しレトロチックなスーツ姿をしている。外套と帽子とパイプで名探偵シャーロック・ホームズのコスプレと言っても通りそうだ。
「むぐむぐ――んっ! お父さん、お久しぶり!」
「はい、お久しぶりです」
そしてもう一人。メガネをかけた無精ひげの、猫背の、目の下にクマがある……なんだろう、科学者のようにも見えるし、だらしのない医者にも見える。下はワイシャツとベストを着ているが、上から白衣を着込んでいるのだから、そういう印象を受けた。
「タロスさんもおひさしぶり~」
「おひさし」
最小限の挨拶だった。
「お父さん、ちゃんと家族サービスしてきた?」
「ええ、まぁ。マスターに叱られましたからね。ところでそちらのお綺麗なお嬢さんは? お知り合いですか?」
「うん!」
「従姉妹のレンです。見ての通り初めてで、新しくこちらに加入させてもらいました」
「そうですか。私はお父さんです。今後ともよろしく」
「なるほど……え? お父さん、というお名前ですか?」
「その通りです」
面白いネーミングの人もいたものだ。
「いや、すみません。ゲーム自体初めてですので……」
「ああ、別に硬くならなくていいですよ。それに敬語よりも普通に喋ってくれるほうがいいです、上の娘が、ちょうどレンさんぐらいのものでして」
敬語を使われないほうが、家族が増えたみたいで嬉しい、と言う。なるほど、そういう風に思ってゲームをする人もいるのか。
「では、私にも敬語はなし、ということで」
「いえ、どうも敬語が素でして。おかげで娘にも舐められっぱなしですよ。ははは……」
お父さんは苦笑する。
「で、ちょっと無口なほうがタロスさんだよ、お姉ちゃん」
「どうも」
「あ、どうも」
会釈を一つ。無口、というより社交性に疑問が残るような人だ。
「ちなみに、ウチの優秀な技術者さん! 機械工学とか得意なんだって」
「趣味程度ですよ」
ああ、つまり科学者なのか。第一印象で決めるのも悪いが、なるほどと納得する。
「このゲームで本気で巨大ロボット作っちゃった野生の変態さんだよ!」
「それはすご……え?」
ここ、中世の、ゲーム、だよね? 突然のSF宣言に私は一瞬、フリーズしてしまった。
「趣味と実益を兼ねただけですよ。そもそもロボットといいますが私の目指したロボットを作るにはまずこの世界の金属の強度が足りなかった。まず原動力となる内燃機関を考えたんですが、そもそも爆発を起こす液体が無く、火薬もそれほど発展していない。開発を続ければいずれ発展するでしょうが今すぐ作りたい私は諦め、次に魔法に目をつけましたがこれは一レベルでも爆発力が強すぎてエンジンが五分も立たず焼け付いてしまった。これは由々しき問題でした。詠唱時間系やMP増減系の組み合わせも試してみましたが結局目的とするほどの出力が得られないか焼きつくかMP枯渇による稼働時間低下という問題が発生し、諦めました。ですので次は爆発を起こさないエンジンとして蒸気機関を試作しましたが目標となる出力に達するには大型過ぎる上に圧縮された蒸気が爆発する大惨事が起きました。まぁ予想の通りではあったのですがね。ああ、話は逸れますがこの爆発事故の多発により牧師スターリンが悲しみスターリングエンジンと言う熱空気エンジンと言うものを開発したのはとても有名な話で――」
「タロスさん、ちょっと止まろうか?」
アリスが、杖をタロスに向けて突きつけていた。
「失礼」
メガネの位置を直して、彼はそれ以降黙る――……うん、彼とはあまりソリが合わなそうだ。程ほどの付き合いにしよう。私はそう心に決めた。
「……そういえば、イベントまであと一分程度ですね」
お父さんが空気を読んだ。さり気なく話題を切り替える。
「そういえば、そうだね……気が早い人は、カウントダウンまで始めているようだ」
「私たちも、残り十秒になったら参加しよっか!」
「良いですね。こう、童心にかえった気持ちでやらせてもらいますよ。――ああ、大人気ないなんていわないようにしてくださいね? 私は繊細ですから」
かるく笑いながら、いや、本当に繊細なんだろうと思わせるように苦笑しながら、カウントダウンを聞いて――
「十」
「九」
「八」
「なな」
「ろーっく!」
「ごぉおおおお!」
「よぉおおおおおん!」
「さぁあああああああん!」
「にぃいいいいいいいいい!」
「いちぃいいいいいいいいいい!」
ぽん、という何かの発射音。おそらく花火か何か――と思っていた。
「……あれ?」
「バグですかね?」
ゆっくりと夜空が、紫色の雲に覆われていく――そして姿のない、どこからともなく響いてくる、男の人の、声。
『ゲーマー諸君、これからデスゲームを開始する』
――その発言は、よくあるファンタジー小説の一節だった。




