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剣と魔法の物語  作者: 神楽風月
デスゲーム編
1/97

プロローグ

 初投稿ですのでお手柔らかにお願いします。

 今日もいつもどおりだ。その料理店は常連しかやってこない。

 席数から言って、おおよそ三十人程度で満席になる程度の店舗。そのカウンター席に座る十数名の常連と、カウンターで料理の腕を振るう青年。それがいつもの光景。

 そこは特別有名な店ではない。

 立地も特に悪くはない。

 予約制の店でもない。

 美食を求める者たちのための会員制料亭、というわけでもない。

 酷い味の料理を出すわけでもなければ、ゲテモノ料理を出すわけでもない。

 ごく普通の店だ。どこにでもあるし、同じようなところはいくらでもある。だからといって、繁盛していない理由にはならない。

 ただ、ものすごく酷いのだ。その他が。

 まずは営業時間が酷い。夜の十時から、日付が変わる前まで。たった二時間。さらにメニューは一品、「シェフの気まぐれ」のみ。あとは酒やジュースが少々あるが、そもそもメニューという存在自体がない。

 こんな店をやっている店主は一体何を考えているのだ、まるで道楽ではないかと疑うだろう。

 これが現実世界ならば(・・・・・・・・・・)


 いわゆるVRMMOと呼ばれるモノの歴史は古い。仮想空間、電脳空間、VR空間などなど表現こそ変わるものの、その発想が登場した年代ははっきりとしていないが、広く浸透したのはその技術すら出来上がっていなかった平成時代である。

 火付け役となった作品は日本の片隅で産声を上げ、それが本として全国規模で販売され、雨後のたけのこが如く生み出されていく。

 あらゆる派生が生まれながらも、ファンタジーの一種として広く受け入れられていった。

 いつかくる未来、でもそれはおそらく自分達の生きては居ない世界だろう――そう考えられていたその時代は、意外と近かった。

 そもそもの原因はとある大学生たち――話によれば中二びょ……少年の心を忘れなかった数名が開発を決意、幾人もの人間を巻き込みながら作り上げたフルフェイスヘルメット型のものが最初の一台であった。

 もちろんコレは脳科学にも、医療にも影響を及ぼした。というよりも、及ぼさないほうがよっぽどおかしい。脳と直接情報をやり取りするわけなのだから。

 そして始まるさまざまな臨床実験、開発者本人による執拗なほどの研究、VRMMOゲームの開発――そして歴史上最初に生み出されることとなった、VRMMORPG≪剣と魔法の物語≫が、今もなおアップデートされ続け、愛され続けている。


 少女が発する電子音声は、彼女の脳内からサルベージした彼女自身の肉声パターンを解析し再現したものだ。もっとも、本人の聞こえる声と他人の聞こえる声は、骨伝導などの関係により多少違うため、彼女からしてみれば「この子の声はもう少し高かったかも」と思えるものではある。

 最初にVR機器を作成した大学生達が立ち上げた会社の、その最新型VR機器は、そのまま医療現場で使える機器の進歩にも繋がっている。

 今回はそれのちょっとした応用だ。脳波などから記憶を読み取り、会話する。その程度ならば可能だ。文句は言えないが、病院だから実用第一、可愛げのない質実剛健な機器はどうにかならないだろうかと少しだけ苦笑したような声を、ベッド下に配置されているスピーカーから漏らす。

 彼女が口にするのはいつもゲームの話だ。VRMMORPG≪剣と魔法の物語≫は、彼女が唯一“五体満足”で動ける世界。

 二度と普通に生活できない――そう思っていた少女の心を救ったのは、普通に生活している“感覚”を味わうことが出来るVRゲームだけだった。

 彼女達が生まれる前は「ゲームは思考能力を低下させる、犯罪者予備軍を生み出す害悪だ」と批判されていた時代があったそうだ。今でも、いや、リアルに限りなく近いゲームが生まれた今だからこそ、さらにその声は高く、大きく響く。

 ――だが、現実はどうだ? 指一本動かすことの出来ない彼女の心を救ったのはその害悪だといわれ続けたゲームだ。

 なぜ悪いか、何をもって有害か、それをきちんと考えて声を張り上げているのか?

 たとえば、アダルトゲームの規制の厳しい国では性犯罪が多い。心理学者によると、これはゲームによってその欲望のはけ口を「代替」しているから、だという。

 日本の覗きや盗撮の犯罪件数が減っているのも、その心理学者が言うには、実はそういったジャンルのAVが存在するからこそリスクを負ってまでやる必要がないからだという。

 それでも行う人間は、最初からどこか人間性がおかしいのだ。きっかけや、アイディアにこそなり得るだろうが、ゲームやアニメ、マンガが根本的な原因では決してない。

 ――話がずれた。

 少女が、このまま一生動くことが出来ない、同じ景色を見続ける苦痛を味わうしかないと思ったときの絶望は計り知れなかったそうだ。そして同時に、VRゲームと言う世界で“五体満足”に普通の生活が出来ると知ったときの喜びもまた、計り知れない。

 このVR機器の開発者達はまさか、そういった患者達が救いを感じたなどとは思ってもみなかっただろう。患者達を通じてそのことを知った彼らは会社を立ち上げ、優先的に少女のような人間をゲームへと参加させた。

 第一種障害者措置、と彼らは名づけ、該当する者にはVR機器を無償で寄贈し、また体を動かす喜びを味わってもらうために支援している。

 おそらく、少女の言うゲームが長く愛されているのは、そういった面もあるのだろう。


『恋ちゃん、いっしょに≪剣と魔法の物語≫やらない?』

 足元から響く少女のセリフは、今まで見舞いに来て、初めて聞いた。

「でも、私はゲームをやらないからなぁ」

 それに私は体を動かすことは苦手だ。自分で言うのもなんだが、私は根っからの文学少女であると言っても過言ではない。

『それでもやっぱり、リアルの知り合いって欲しいから、さ』

 彼女が言うには、週に一度、サーバーのメンテナンスと言うものが行われるらしい。これが丸一日かけて行われるもので、ゲームを行うことができない。

 ちなみに、今日がそのメンテナンス日なのだそうだ。

『≪剣と魔法の物語≫は、今の私にとってのすべてだから、忙しくてお見舞いに来れないお母さんやお父さんを誘うわけにもいかないし、それに、お見舞いに来れないんじゃ、そういう話をする相手にもなってくれないし、週に一度だけでもいいから、一緒にゲーム、してくれるとうれしいな』

 少女の表情は変わらない、いや、変えられないのだ。それでも、無表情な少女の――従妹(いもうと)の寂しそうな声を聞くと、ぐらりと心が揺れる。

「だけど、体を動かさなきゃいけないんだろう?」

『電子書籍みたいに、本が一杯あるよ? 普通の図書館よりもすごく大きいの、外国の本だって、原文のものもあるし、翻訳されているのも何種類だってあるんだから』

 本日何度も聞いた、体を動かさなくてもいい発言。図書館には心惹かれ――いやいや、わざわざ現実にある本を読むためにゲームをするなんてナンセンス……。

『――お姉ちゃん、おねがい』

「よし、お姉ちゃんに任せろ」

『やったぁ!』

 ……思わず二つ返事で返してしまった。

 いや、卑怯だろう。久方ぶりに聞いた、従妹が小さい頃の私の呼び方は。五体不満足な彼女からの精一杯のアピールも相まって、とうとう私は折れてしまう。

(何をやっているんだ私は……)

 思わず頭を抱えたくなったが、堪える……いや、そういえばVR機器は高いと聞いた。安いものでも三十万はすると、クラスメイトの男子が言っていた気がする。

 気にも留めなかったそれは、私にとって最高の言い逃れにな――

『VR機器については気にしないでね! 第一種障害者特例該当者にはね、VR機器二台貰うことが出来るから!』

「――なんだって?」

『入院していると家族と疎遠になりがちだから、そのための措置、なんだって。……お母さんもお父さんも、使っている暇が無いから、余っちゃってて……ずっと考えてたんだよ?』

 ……今、私は、このVR機器を作った会社を今までの人生で一番恨めしいと思った。

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