焦がれる空に
ひとつの空を、奪い合う。
語るも愚かな、物語。
***
高空の風は啼くように、もがくように。
半分は泣き、半分は笑う仮面を着けた道化師は、おどけた仕草で両腕を広げた。
「なぜ殺したのか、と訊いたなぁ、お嬢さん」
槍を構えた騎士の少女は、眉ひとつ動かさずに道化を見つめている。
「理由がいるのかなぁ? いらないよなぁ、いらない。なぁ?」
道化師の2本のナイフは踊る毒牙。それを、槍の柄で払うと、少女は距離を取る。
風が、強い。
短衣の裾が翻る。
呼吸すら感じさせず、騎士は道化の間合いに入ってくる。
研ぎ澄まされた槍の穂先は星の光のように。さも当然のように、道化の喉元に近づいた。
奪うことを、恐れずに。
それに気づいた道化はーー、心の底から愉しくなった。
ああ、なんてことだ。
「同類ってわけか、騎士のオジョーサン♪ いいね、いい。ーー最高だよ」
仮面の下から、狂気があふれ出す。
「ーーッ!!?」
疾い。
道化の手にした二本のナイフが閃いたのを認識した瞬間ーー、宙に舞っていた。
「・・・あ」
「さよなら、勇敢なお嬢さん。死ぬのに理由はいらない」
上空の風は冷たく、肌を凍てつかせる。
涙、だ。
ーー悔しい。
どうしようもなく、悔しい。
「ボクは、全てを断つ剣」
憎しみも、悲しみも、終わらせる。
だから、
「騎士、なんだ」
翡翠色のなめらかな鱗の竜が、彼女の襟首をくわえて、降下していく。
道化は、それをすでに見てはいなかったが。
***
かつて。異国の空の上。翼もつ人々の暮らす、機械の国があった。
14歳の誕生日。ほしいものを尋ねられた姫は、窓の外を指さし、こう答えた。
「そらがほしい」
ずっと病で床に臥せたままだった彼女は、何も知らなかった。
「無限の、そらがほしい」
王は彼女の手を握り、それは優しく微笑んだ。
「わかった。手に入れてこよう。ーーその代わり、きっと元気になるんだよ。私の愛しい娘」
「はい、お父様。きっと」
姫は数か月後に亡くなったがーー。
王は、彼女に、空を捧げるのだと、ーー言った。
戦火は、空の王国全てを巻き込んだ。
ひとつの空を、奪い合う。
かくも愚かな、物語。