はじめては、君にあげる。
顔と顔とが近づく。ーーああ、こんな近くで人の顔を見るのなんか、初めてかも。彼女はそう思う。
顔と顔とはもっと近づいて、このままじゃ、ぶつかってしまうーー。
「……ッ」
反応は、早かった。拳を握りしめ、相手のアゴを狙って、思い切り振り抜く。
相手ーー彼女より長身ーーは、ひょいっと、ナニゴトもないみたいにそれをかわす。
「ルカ?」
「……っ、う~、うー、うううっ!!!」
左フック、右ストレート。フェイントからのローキック。さらに。
「はああああっ!!」
渾身のカカト落とし。立っている相手に。
「ぐはっ! アルカネット、落ち着けっ!?」
「キサのバカぁああああ! えっち! へんたいっ!?」
ーーあんまりである。
☆
数刻後。ーー酒場である。冒険者たちや市民の憩いの場だ。
「イーッヒッヒッヒ!! うけけけけ
うぐっ!? ーーげほげほ! うけけけけ!!! うーっきゃっきゃっきゃっ!!!」
麦酒のコップを片手に、丸テーブルに突っ伏して、盛大にむせている大男。吟遊詩人のシロネという。歌は上手いが、見かけは山賊。
「イーッヒッヒッヒ!! うきょきょきょきょっ!!!」
そろそろやめてやれ。
憮然として水を飲んでいる対面の男が、さっきアッパーカットを華麗にかわした人物だ。
「……げほっ、げほっ、笑いすぎで喉がっ」
机に突っ伏したまま、片手の指で目尻のナミダを拭う大男を、傭兵ーーキサが半眼で見下ろす。
「……。」
「嬢ちゃんに色恋なんて100万年早えってこった! まぁ、ガッカリすんな! 次があるさ!」
「……次、ねぇ」
ふぅ、と息を吐くキサ。そんな機会は、永遠に来ないような気がする。
☆
「う~っ、うー、うううっ!!」
オオカミみたいに唸りながら街路を歩いているのは、茜色の髪の騎士見習いーーアルカネットだ。
「キサのばーかっ、ばーか。ばー……」
よく考えると自分が悪かった気がしてきた。なにせカカト落としである。決めたのは。
「あううううっ、でもダメ! やっぱダメ! 恥ずかしすぎるーっ!!」
頭をかきむしって、ジタバタジタバタ。まあ、いいや。今度会ったら、謝ろう。ごめんねって、ーーそれから、大好きだよって。
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