04 その剣の先にあるもの
『英雄殿、私はいつも、その剣の先にいる』
そう言って”死神”は微笑んだ。白いローブとフード。女とも男とも見える中性的な顔立ちと、長く垂らした三つ編みの髪。
見るものによって違う姿で見え、ある者には若い乙女の姿、ある者には老婆、またある者には黒い大きな鎧騎士に見える。
「ボクの剣の?」
フフ、と笑って死神は、アルカネットが手にしていた鋼の剣の切っ先に、軽く指で触れた。--質量のない指で。
『そうさ。いつだって、ね』
アルカネットは沈黙を返す。怪訝そうに。
*
ところは騎士団の館のエントランス。前日のことだ。
「・・・ルカ。”それ”は・・・?」
街の見回りから戻ってきたアルカネットの隣に佇むソレを前に、黒髪の傭兵は警戒心に目を細めて尋ねた。
「死神さん。」
傭兵ーーキサ・レッドベリルの目にはそれは、大きな黒い鎧の騎士に見えた。身長3メートルはあるだろうか。騎士団のエントランスの高いドーム状の天井が、狭く見える。
こともなげに答えたアルカネットに、キサは尋ね返す。
「・・・死神?」
「うん。なんかね、街の中で迷子になってて~」
どうやったら死神が街中で迷子になるのだ。
「困ってるみたいだから、連れてきたの」
キサは頭を抱えた。犬や猫の子じゃあるまいし。
「・・・君に害はないのか?」
「・・・さあ? どうなのかなぁ? ね、ヘル・トート|(死神さん)?」
アルカネットの隣で、白い姿の死神がくすくすと、愉しそうに笑う。
『さすが私の見込んだ英雄殿だ。豪胆でいいね』
傭兵の目に見えるのは、巨大な全身鎧がおどろおどろしい声でしゃべる光景。
「・・・ルカ」
すぅっと目を細めるキサに向かって、アルカは慌てて両手を振ってみせた。
「だ、大丈夫だってば! 探してるのは、男の子だよ。シャルくんっていうんだって!」
キサは肩をすくめた。
「死神を案内なんかしてーー知らないよ? どうなっても」
「もーっ! キサの馬鹿! 困ってる人がいたら助けたいと思うのが人情ってものでしょ! 人でなし!」
そこへ通りかかったのが、フロウ・ユークライド。雪国出身の準騎士で、雷術使いだ。
「・・・む」
フロウの目にそれは、--知り合いの少女によく似た、可憐な乙女に見えた。
「・・・何だ、ソレは」
「死神さん。」
「・・・。」
フロウは顔をしかめ、つかつかと、少女の姿に見える死神に歩み寄ると、手を伸ばした。
空気の感触がする。
重力が手を引く感覚。
要するに、すり抜けた。
「うわぁあああ!!?」
走り去る、雪色の髪をした背の低い準騎士。
「・・・あ、フロウ、怖い話とかダメなんだっけ・・・」
ぽつりと、アルカネットが呟いた。
*
「その人なら、町外れのあばら家に住んでいますよ。何でも、年老いた母親と二人で暮らしているみたいです」
騎士団の雑務係、キユミ・クライドが、帳簿のページを繰って教えてくれた。
二人ーー1人と死神は、そこへ向かう。
*
「・・・トート?」
ノックしようとあばら家のドアに手を伸ばしたアルカネットが、不思議そうに、隣の死神を振り向いた。
『英雄殿。ままならないものを受け入れる強さと、どうにかなるものに立ち向かう強さは違うんだ』
「どういう意味?」
『じきに分かるさーーすぐにね』
疲れた顔の母親が顔を出す。奥には、--病なのだろうか。臥せっている少年がいた。
死神が小さく、わらう。
『--ああ、こうして迷子になったのは、英雄殿に出会うため、かな』
「ヘル・トート? どうしたの? ここが、探していた場所なんだよね?」
『そうさ、私の英雄殿』
くすくすと、白いローブ姿の霊体はわらった。
死神のーー魂を刈るといわれる鎌が、どこからともなくその手に握られている。
それを見て、アルカネットは事ここに至って、ようやく理解した。
何のために、死神がこの少年を探していたのか。
死神の鎌が、ゆっくりと動く。
「--だめっっ!」
アルカネットが手を伸ばす。届かぬ死、--他人の死に。
この剣の先にあるものが死ならば、なぜそれは今、人を守れないのだろう。
死神は静かに微笑む。逃れ得ない、永遠の女神の僕(しもべ)--
誰にも等しく訪れる。
「--どうしてッ!!」
ヒトは何も選べないのか? 運命の女神という小船は、時の女神という川の流れにもてあそばれて。--永遠の女神の砂州に乗り上げる。
三女神の神話。
選べないものなんか何一つないのだと、--信じていたいんだ。
アルカネットの剣の前に、死神はすり抜ける。
『止めても無駄さ、英雄殿。私は”絶対”ーー』
「止めるッ」
アルカネットの空色の瞳に浮かぶものは、怒り。
不条理は、斬る。
剣で切れないものなんかない。
彼女はそう信じていた。
--キィン!
響いたのは、甲高い音。
『・・・え?』
死神の、呆気に捕られたような顔。
鎌は、弾き飛ばされていた。
『そんなはず・・・、どうしてユウレイに攻撃が届くんだ?』
だん、っと床を踏み込む音がして、次の瞬間に死神の眼前にあったものは”死”。
「ボクは、騎士だ。--守れないものなんかないっ!」
「--」
しかし、アルカネットの剣はーーちなみに、何のためらいもなく振りぬかれたーー死神の顔をすり抜けた。
『・・・くっく、・・・っあはは!』
刃にヒビの入った鎌を投げ捨て、死神がわらった。
「死に抗うか、英雄殿。その代償は高くつくぞ」
「望むところ、だよーー」
騎士見習いは微笑んだ。
おしまい。