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02 トーナメント

 人、人、ひと。辺り一面、人。


 右からも左からも、人のさざめき声が流れてくる。

 セツナは、先を行く友人の服を握る手に力を込めた。


「セツナ…、戻ってれば?」

 ふと、前を行く魔術院生、サーフィスが振り向く。羽根を窮屈そうに縮こめた少女は、首を横に振った。ここではぐれては、帰り途すらままならない。


 わあぁ…っ!


 祭りの見物台が組まれている向こうで、派手な歓声が上がる。青空に向けて、何本もこぶしが振り上げられる。


「やれやれ…、みんな元気だね」

 サーフィスはため息をついた。その様子を、碧色の目が気遣わしげに見上げる。

 どう高く見ても武人には見えない、サーフィスも、このトーナメントの参加者だった。


トーナメントというイベントの起こりは、かつての、魔術学院長と騎士団長の仲が、とても悪かったことにある。彼らは、事有るごとに互いに難癖をつけては、いがみあった。ある者は、それが実は親愛表現の一種であったという論文を提出したが、まだ定説になるには至っていない。


 …ともかく、いつも喧嘩ばかりしていたのでは仕事がはかどらないというので、年に一度、この日にだけ勝負(?)をすることにしたのだ。初めは、口頭での論争のはずだったが…。


 …がつっ!


 硬質な音を立て、鎧とつるぎが会合する。


 ぎい…ぃッ


 耳障りな音とともに、刃が金属板の表面を滑る。


 どすっ!


 重厚な音を伴って、グレート・ソード(略称・グレソ。両手で扱う大きな剣。ただしこの場合、木製)が、砂の地面を叩いた。


「そこまで!」


 審判を引き受けている準騎士の声が、空高く響く。

 観衆は、安堵と落胆のため息を同時に吐いた。


「…これだもんな。物騒な行事だよ。まったく」

 サーフィスが嘆息する脇で、事の成り行きが気になるセツナが、そちらへ首を長くのばしていた。


   ◆ ◇ ◆


「…やれやれ。早く帰りたいなぁ…」

 試合場の上。相手を前にして、サーフィスはのたまった。大声というほどではないが、相手には聞こえたらしい。


「それって、ボクがつまらない相手、ってこと? ちょっと気に入らないな」

 わずかに幼さを残した柔らかい声。足元の砂粒を無意識にカウントしていたサーフィスは、ようやく顔を上げる。


「…ん?

 ――ああ、ご心配なく。君の手を煩わせるようなことはしないよ」


 不可解そうに、相手――赤毛の、小柄な少女(少年?)は眉根を寄せる。

 魔術師である彼はこう言っているのだ――、開始直後に自ら戦闘不能になって退場してみせるから、と。

 ずいぶんと、後ろ向きな試合態度である。


「???」

 だが、対戦相手であるアルカネットに、怠惰な魔術師の真意が読めるはずもなく、仕方なく彼女は、唯一の頼みである木刀を握り直した。


 試合開始の鐘が鳴る。群集も何やらうるさい。

「――行くよっ」

 さして重くもない目方に、目一杯縮めたバネの力をかけて、アルカネットは飛び出してくる。


(――速い)

半ば無意識にサーフィスは、防御壁を張る。加減した自らの魔術で倒れるならいいが、戦士相手に殴られてはたまらない。

ふよん、と、焼きたてのパンを指で押したような妙な弾力感とともに、アルカネットの木剣は押し戻される。


初めて、魔術師相手に戦っている。何が起こるか分からない不安を、騎士見習いは、いつもの戦い方をすることで押し留めようとした。――相手に打つ隙を与えるな、攻め続けろ。もし仮に打ち込まれたら、受け止めずにかわせ。

 それが、彼女の戦い方。


 速攻、ではない。実は、最もスタミナを必要とする戦い方だ。致命となる一撃を与えるまで、休みなく、剣撃を加えなくてはいけない。


「やあぁッ」

 とにかく、次の一撃が早い。


 矢継ぎ早なアルカネットの斬撃をいちいち防ぎながら、魔術(…自爆のための。)を組み立てる暇もなく、サーフィスは窮していた。


(…どーするよ)

 また一太刀、魔術の壁で跳ね返す。


 いくらサーフィスでも、みすみす叩かれるのは趣味ではない。

(…仕方ない、か)

 魔術院生は、ようやくハラを決めた。



 一方のアルカネットは、焦っていた。

 叩いても、叩いても、弾かれるのだ。


(このままじゃ――)

 体力切れで、自分の敗け。騎士の頂点、金騎士を目指す者として、それは避けたいところだ。


 初参加のトーナメントで、初戦敗退など、サーガの序章にはふさわしくないと思えた。

(負けるもんか)


 ふと。

 絶え間なく繰り出されていたアルカネットの攻撃が止まる。


 サーフィスが相手を見ると、彼女はじっと、こちらを見ている。

 2人の距離は丁度、一歩踏み込めば埋められる間合いだ。


(…待っているワケか)


 こちらの攻撃を。

「だったら望み通り――」


 古代、ヒトとカミの境がまだあいまいだった頃。ヒトはカミと、一つの契約を交わした。

 それは、万物を創り出す「ルール」。


 “森羅万象は、ある文法と文字を持った、ひとつの言語で記述される”。

 ヒトが造った「言葉」を、カミは世界の創造に用いたのだ。


 その言語を研究する者を魔術師といい、その言葉によって「物質の書き換え」を行うことを魔術と呼ぶ。



(――かわす)


 アルカネットは、じっと相手を見る。

 反撃は、相手の太刀を避けることなくしては為し得ない。


(どんな攻撃だって、かわしてみせる)

 攻撃をする瞬間の、隙。アルカネットは、それを待っていた。


おそらく、魔術を記述する本人にしか見ることはできないのだが、一部の、「空気」を記述している文字を、サーフィスは「書き換え」る。一枚の布に記された文字がはためくように、それは分解され、そして魔術師によって書き換えられた文字は、全く逆の過程で翻訳され、別の形を作っていく。


「ま、こんなもんかな」

 気合不十分な掛け声を伴って、魔術は完成する。

 それは辺りの空気を加熱して、渦巻かせた。観客は、応援も野次も一瞬、忘れる。


 そして――二呼吸後、審判は引き分けを宣言した。



「え――っ?! なんで!? どうして?

 ちゃんと、相手を倒したじゃない」

 アルカネットが、人差し指で対戦相手を示す。

「……」

 審判に食って掛かる騎士見習いの後ろでサーフィスは、口に入った砂を、唾と一緒に吐き出した。


 確かに、彼は地面に伏しているし、魔術師は鼻から流れ落ちる血を自覚した。

 別に、カカオ豆とサトウダイコンの加工品を大量に食した記憶はない。…かの有名な、『ヒイラギの日』じゃあるまいし。


「…おい、大丈夫か?」

 いい加減、気になって、サーフィスは若い(幼い、が正解かもしれない)騎士見習いに尋ねる。


「へ? 何が?」

「――その、ヤケド」

魔術師によって、人体組織に関する生成語がある程度研究された現在いまだからよかったようなものの、かつてならば、医者もしゃもじをかじりたくなるような大ヤケドだった。自分の足で立っているのがフシギである。


 なお、本人の名誉の為に控えめに述べるが、綿製品が耐えられるような火力ではなかったことを付け加えておく。


   ◆ ◇ ◆



「あ――っ、もう、あいつ! 今度遭ったら、あぶり焼きにしてやるんだから!」

 物騒な言葉を吐いて、パン屋の店先で赤毛の少女が息を巻く。


 通行人は、何事かと遠巻きに、あるいは忍び笑いを浮かべて通りすぎる。

 友人であるパン屋の娘は、遠慮がちに微笑むのみだ。


「そいつはいいアイディアだ。もし君さえよければ、僕が火打石と火口ほくちを貸そうか?」

 騎士見習い、アルカネットが振り向くと、見たくもない顔がそこに居た。


「ぎゃ――!!」

 思わず、少女は派手な悲鳴を上げて跳びすさる。オプションで、この街の名物、人の身長ほども長さのあるチュロキーを、薩摩示現流風(もちろん彼女は、薩摩がどこにあるのかなど知らない)に構えてみたりするが、あまり役に立ちそうにはなかった。長すぎて、先が垂れてしまっている。残念。


「あら、いらっしゃい」

 アルカネットの友人、パン屋名物のリーサが、隙のない営業スマイルを浮かべる。

「こんにちは」


「クロワッサンをもらえるかな。あと、レンズ豆のパイを」

 サーフィスの斜め後ろに影みたいに付いている有翼人の少女が、仏頂面のまま棒読みで挨拶を返し、サーフィスが、注文をする。


「? ……あれ? 羽根……」

 アルカネットの小さなつぶやきに、ラベンダー色の髪をした“天使”が、鋭く反応する。


「こらこら、セツナ。知らない人をむやみに睨んじゃいけないよ」

「でも」


 睨むといっても、元々の目つきが藪睨みなので、あまり変わった風には見えなかった。

 たしなめるサーフィスを、セツナと呼ばれた有翼人は一度だけちらりと見上げて、再び、威嚇するようにアルカネットを見つめる。


 騎士見習いは、怯んだ様子もなく、それに一歩、近づいた。

「……ねぇねぇ、触ってもいい?」


 手をのばす。

「……嫌」

 セツナは首を横に振る。


「えーっ、ケチ! いいじゃない、減らないでしょ? ねっ?」

 今度は頼み込むアルカネット。


 初めて見るタイプの反応に、セツナは、サーフィスのそでを掴んだまま、動かない。

 助け舟を出すようにサーフィスは、苦笑を浮かべたまま、言った。


「また、今度ね。その時は、役所で書類を貰ってきてよ。じゃあね」

「ありがとうございました。またどうぞ!」


 客同士のいさかいを見なかった風に、看板娘は声を張り上げた。



おしまい。



登場人物 - - -


■ サーフィス  二足歩行するマイペース。服を着て人間の皮を被ったマイペース。キング・オブ・マイペース。そんな感じの人。“女性に羨まれる”美人(本人がそれで嬉しいかどうかは…)。


■ セツナ  羽のある少女。「帰れなくなった」とは本人の弁。迷子なのかそれとも…? 羽根は萎えていて飛べない。お世辞にも「可愛い子」とは言い難い容姿の持ち主。


■ アルカネット=クラウス  元気で出来ている騎士見習い。短く切り揃えた赤毛と、活発な空色の瞳が目印。どうにも正直で、損得を考えない性格。


■ ローザ=ローザクリス  アルカネットの上司。のほほんとしており、天然ボケ気味。…が、戦闘時は鬼のようだ。


■ ジョエル=バートラン  グランドマスター(騎士団長)。本部は王都にあり、普段はそこに勤務しているため、滅多に見かけることはない。カールした髭と、同じくカールした髪がポイント。髪は小麦色なのに、髭は何故か黒い。


■ ミーティア  アルカネットの先輩に当たる。飄々としており、なかなか得体の知れない人物。いつもは、軽薄を装っている。準騎士。


■ フィーナ  裕福な商人の娘。

あとがき ~このファンタジー世界の魔術の原理~


 すごい矛盾があるんですよねw

 「ヒトが言葉を作り、カミがそれを世界の創生に用いた」

 ニワトリが先かタマゴが先か。


 誰か(上位魔術師とか)がそう説明しているだけであって、事実とか真実ではないのです。

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