第7章 普通の週末
秋も深まり、いよいよ本格的な冬がやってきたようだった。そんなある朝、目を覚ますと外は一面の雪景色になっていた。
祐希「いや、寒いと思ったら、とうとう雪だよ。」
山下「いや、寒いな。まあ、昼までには消えるだろう。」
たしかに、それほどの積雪量でもないため、そのうち日が昇れば気温も上がり、雪も消えていくものと思われた。祐希は、洗面所で顔を洗い、部屋に戻って、買ってあったサンドイッチで朝食を済ませ、さっさと着替えることにした。朝食は、会社の大食堂でも食べられるのだが、そうすると少し早起きしなければならない。祐希は朝はあまり強くないため、ぎりぎりまで眠っていたかった。よって、部屋に何か食べるものがあれば、それを食べて出勤するのだが、普段は朝食抜きで出勤することが多かった。山下も、ほとんど同じようだった。だいたい、寮生は朝食抜きで出勤するか、会社の通勤途中にあるコンビニで何か食べ物を買い、業務開始前に事務所で食べるかのどちらかだった。
祐希「そろそろ出るか。雪だから、少し早めに出よう。」
山下「ああ。足元悪いしな。」
すでに雪は止んでいたのだが、道には雪がうっすらと積もっており、あまり速足で歩けるような状態ではなかった。
山下「いや、寒いわ。」
祐希「こりゃ、週末には車のタイヤを入れ替えないと。」
山下「俺は、バイクのバッテリーを外しておかなきゃ。春までバイクは乗れないな。」
山下は250㏄のホンダCBRを持っていたが、当然、冬には乗ることができない。
祐希「まあ、でもスキーには行けるし。」
山下「でも、スキーしない連中は冬に何しているんだろう。」
----------------------------------------
土曜日になり、祐希は早速タイヤをノーマルタイヤから、スパイクタイヤに入れ替えることにした。ちょうど、同期の円山も寮の外に車を停め、タイヤを入れ替えるようだった。円山も同じ寮の別の部屋に住んでいた。彼は、長野県の出身なのだが、実家が鬼無里村というところにあるため、寮に住んでいた。鬼無里村から会社までは、通える距離ではあったが、やはり冬のことを考えると、やはり寮生活の都合が良かったのと、彼も親元を離れて暮らしたかったようである。
土曜日ということもあり、朝は少しゆっくりと起き、近くのコンビニに行って、パンと牛乳を買って部屋に戻って食べた。山下はまだ気持ちよさそうに眠っていた。外に出て、駐車場に行き、そこから寮の前の駐車スペースに車を停めた。すでに、同期の円山が彼の愛車を停めて、タイヤ交換をしようとしていた。
円山「いや、もうタイヤ替えないとやばいよな。」
祐希「さすがにな。街中はまだ大丈夫だけど、スキーには行けないね。」
二人は、順番に車のタイヤを替えていくことにした。まずは、円山のカローラ・レビンのタイヤを二人で交換することにした。
祐希「しかし、タイヤって重いよな。腰が痛くなってくる。」
円山「まあ、中腰の作業も多いからな。おまえは、ベッドの上で腰を鍛えてるんじゃないのか。」
祐希「おう、毎週鍛えてるぜ。」
円山「いや、俺も彼女欲しいよ。うらやましいわ、まじで。」
祐希「会社にいっぱい若い女の子いるじゃんか。工場の中なんか、女のほうが圧倒的に多いぜ。」
祐希の会社のような、細かい部品を製造している会社の工場には、若い女性がたくさん製造ラインで働いていた。細かい作業、細かい検査などは、どちらかというと女性のほうが作業が早く、正確だった。よって、祐希の言うとおり、社内の製造部の工場には、若い独身女性がたくさん働いていた。
円山「まあな。でも、8割がた年上だし。」
祐希「千波も年上だぜ。ぜんぜん、問題ねえじゃんか。」
円山「だな。沢田さんはでも見た目は全然年下って感じだけどな。」
祐希「なんなら、竹内でも紹介してやろうか。」
円山「あー、無理無理。あいつと付き合ったら、毎晩飲みに付き合わされるよ。金がいくらあっても足りねえよ。」
祐希「言えてる。あいつ、ハンパねえもんな。」
そこに、山下が寮から出てきた。
祐希「おお、山下、起きたか。」
山下「ああ、俺もバイクのバッテリー外そう。」
冬の間、バイクに乗らないで、バッテリーをそのままつないでおくと、ほとんどの場合、春になるとエンジンがかからなくなる。よって、バイクを持っている寮生は、冬に入るころに、バッテリーの端子を外しておくのである。山下の作業はすぐに終わった。
山下「手伝おうか。」
円山「おお、悪いな。これ終わったら、祐希のCR-Xのタイヤを替えるから。」
結局、1時間程度で、2台の車のタイヤ交換が終わった。
山下「祐希、今日は沢田さんと会わないのか。」
祐希「これから、買い物に行こうかと思ってる。ちょっと、冬服とか欲しいし。」
円山「あ、俺も行こうかな。」
祐希「いいよ。一緒に行こうぜ。」
山下「俺も暇だから行くわ。でも、沢田さんは大丈夫か。」
祐希「別に、大丈夫っしょ。」
すでに、時間は昼近くになっていた。祐希は、寮の1階にある公衆電話で、千波の女子寮に電話をかけ、千波につないでもらった。
千波「あ、祐希、終わった。」
祐希「終わったよ。今からそっち行くわ。円山と山下も買い物に行きたいって。一緒に連れてきてもいいか。」
千波「別にいいわよ。なんか、お腹空いたから、お昼行かない。」
祐希「ああ、行こうか。じゃ、車2台でそっち向かうわ。」
山下は円山の車の助手席にのり、車2台で千波のいる女子寮に向かった。千波はすでに、寮の前に出ていたため、彼女を助手席に乗せた。
祐希「どこに買い物行く。」
千波「市内でいいじゃん。」
祐希「東急か。」
千波「そう、ちょっと服とか見たいし。本屋さんも行きたいし。」
祐希「飯は、どうする。何食べたい。」
千波「んー、カレーとかどう。」
祐希「ああ、山小屋ね。」
千波「そうそう、久しぶりに行こうか。」
祐希はいったん車外に出て、円山に行先を告げた。円山の車が先に出て、祐希はその後に続いた。長野市の中心街までは、ほんの15分程度の距離である。長野市内の通りは、かなり広いため、それほど運転していてもストレスを感じることはない。東急ストアの駐車場に車を停め、4人はデパートの中に入っていった。
祐希「先にメシいくか。」
山下「ああ、俺、朝から何も食ってねえし。」
円山「そうしよう。俺も腹減った。」
千波「場所わかるの。あそこね、すっごいわかりづらい路地裏に店があるの。」
祐希「だよな。一回、行ったよな。俺はあんまり覚えてない。」
千波「祐希は方向音痴だから、仕方ないよね。」
男三人は、千波の後に続いた。街中の物凄く細い路地に入ってしばらく歩くと、左側に店の入り口のドアがあった。祐希は千波と何回か来たことがあるが、何回来ても、ここまでの道が覚えられなかった。
山下「こんなところに、店があるんだ。それにしても、この前の道、狭くないか。」
円山「だよな。人がひとり通れるくらいしかないじゃん。」
千波「でもね、中は結構広いんだよ。」
4人は店の中に入っていった。店内は、思いのほか広く、かなり客が入っていた。店内には、おいしそうなカレーの匂いが漂っていた。女性の店員が、4人掛けのテーブルに案内してくれたので、その席についた。
千波「私、何、食べようかな。」
山下「何がお勧めなん。」
祐希「そら、納豆カレーだろ。この店の一押しだぜ。」
円山「納豆カレーか。おまえ、食べたことあるのか。」
祐希「ないない。カレーに納豆とかありえねえし。」
千波「実は私も食べたことないの。」
山下「おまえら、納豆が嫌いだとか。そういうこと。」
祐希「いや、納豆もカレーも好きだけど、それを合わせるっていうのは、あんまり。」
千波「でも、ソフトボール部の先輩はみんな美味しいって言っていたよ。」
円山「俺、食ってみようかな。」
祐希「俺は、普通にカツカレーとかでいいよ。」
山下「俺は、このエビフライの乗ったカレー。」
千波「じゃあ、注文取ってもらおうか。」
結局、納豆カレーに挑戦したのは、円山だけだった。千波は、なすとキノコのカレー、祐希はカツカレー、山下はエビフライカレーを頼んだ。そのうち、4つのカレーと飲み物が運ばれてきた。
千波「ねえ、円、納豆カレーどう。」
千波は、円山のことを、円と呼んでいる。
円山「いや、案外いけるよ。美味い、美味い。」
山下「カレーに納豆ってありえねえな。」
祐希「俺も、あまり食欲そそられないな。」
円山「いや、これ結構、合うよ。想像を超える美味さだよ。」
千波「それね、佐々木さんも好きなんだよね。」
祐希「なに、ソフト部でも来るの。」
千波「たまに。試合のあととかに。」
食事をしながら、食べ物の話になっていった。
祐希「そういえばさ、円山って、よく定食屋で豚汁定食食っているじゃんか。あれって、豚汁をおかずにメシって意味わからねえけど。」
円山「いや、豚汁は普通にメシのおかずになるっしょ。」
山下「なるよな。それ、普通だぜ。」
祐希「いや、普通さ、ご飯、汁、おかずの3点セットが定食じゃん。豚汁定食って、ご飯、豚汁、はいこれだけって感じじゃんか。」
円山「いや、豚汁定食は普通にどこにでもあるぜ。」
山下「あるよな。」
千波「あるある。よくさー、おっさんが、定食屋で食ってるよね。」
円山「いや、おっさん以外も食うっしょ。」
千波「あ、そういえばさ、私こないだ実家でテレビみてたら、お好み焼きをおかずにご飯食べてる人を見たよ。」
円山「いや、そっちのほうがありえねえな。」
祐希「いや、それ普通だろ。お好み焼き定食は普通だよ。あと、焼きそば定食とかさ。」
山下「え、おまえ、焼きそばをおかずにご飯たべるのか。」
千波「それって、炭水化物、炭水化物じゃん。太りそう。」
祐希「あと、焼うどん定食、ラーメン・ライスとか。」
山下「ラーメンにライスまではアリだけど、他はないな。」
祐希「それは、山下家ではないのか、新潟にはないのか、どっちなん。」
山下「いや、うちの田舎でもあんまり見ないな。あるかもしれないけど。」
千波「沢田家にはないわね。そんな食文化は。円ん家はどう。」
円山「うちもないな。あんまり、うどんは食べないし。うちら、ほら、そば文化だからさ。」
祐希「そうだよな。長野って、あんまりうどん屋見ないね。」
千波「まあ、基本そばだね。おそばをおかずにご飯食べる人見たことないし。」
山下「いや、そばはおかずにならないでしょ。」
祐希「長野ってさ、蜂の子とか食べるんだろ。あと、なんだっけ、イナゴとかさ。」
千波「食べるよ。昔は海の幸が手に入らなかったからね。」
山下「あと、あの『おやき』ってなんなん。」
円山「おやきがどうしたん。あれって、普通にどこにでもあるだろ。」
祐希「いや、こっち来て初めてみたぜ。おまえ、まさかあれが全国どこにでもあるとでも思っているのか。」
山下「俺も、見たことなかった。長野人って、おやき好きだよな。うまいか、あれ。」
千波「おいしいわよ。とくに野沢菜入りは最高でしょ。」
山下「いや、あれってさ、かぶりつくまで中身がわからないじゃんか。最初、びっくりしてさ。まさか、野沢菜が入っているなんて、想像していなかったから。」
祐希「そうそう、あのビジュアルだと、普通はアンコとか想像するよな。」
円山「いや、アンコ入りもあるぜ。」
千波「アンコ入りも美味しいよね。」
祐希「つうか、おやきの中身って、基本なんでもありなんだろ。」
千波「まあ、基本的にはね。いろいろあるよ。あれって、福井とか新潟にはないの。」
祐希「いや、うちの田舎じゃ見たことねえな。」
山下「いや、俺も見たことないかも。」
千波「まあ、昔はどこの家庭でも作っていたけど、最近は店で買ってくるよね。」
円山「そうそう、うちのばあちゃんも良く作ってたもん。ばあちゃんのおやきは最高に美味かったよ。」
会話をしているうちに、だいたい全員が食事を終えようとしていた。
千波「もう、お腹いっぱい。祐希、まだ食べられる。」
千波の皿には、まだカレーが1/4くらい残っていた。
祐希「じゃあ、3人でひとすくいずつ食べるか。」
男三人で、スプーンひとすくいずつ食べて、ようやく千波の皿も空になった。
千波「ねえ、アイス食べていい。」
山下「え、今、お腹いっぱいって言ってなかった。」
祐希「いや、千波は甘いものは別腹なんだよ。」
千波「そうそう、なぜか甘いものは食べられるのよ。」
千波は、若い女性の店員を呼び、デザートを注文した。
千波「えっと、このココナッツ・アイスクリームにチョコレート・ソースをかけてください。」
祐希「あ、俺、アイスコーヒー。」
山下「俺は、アイスラテ。」
円山「あ、じゃ、俺はホットコーヒーで。」
食事を終え、4人で買い物に向かった。先日のボヤ騒ぎもあり、いろいろと買い足すものもあった。千波も冬服を何枚か欲しいようだった。千波のショッピングに山下と円山を突き合わせるのも気が引けたため、祐希は2組に分かれて買い物をすることを提案した。
山下「じゃあ、買い物終わったら、向かいの喫茶店にいるから。」
祐希「おう、終わったら行くわ。」
円山「買い物終わったら、どこ行く。」
祐希「ボーリングでも行くか。」
山下「いいね。そうしようか。」
祐希は長野に来るまで、ボーリングというものをしたことがなかった。祐希の田舎には、ボーリング場がなかったため、友人とボーリングに行くということがなかったのである。そもそも、高校時代にそんなボーリングに行けるほどの小遣いもなかった。
夕方になり、千波も気に入った洋服が買えて上機嫌だった。東急の道路向かいにある喫茶店で再度合流し、車で郊外のボーリング場に向かった。
祐希「久しぶりのボーリングだよ。」
山下「とりあえず、時間も考えると、2ゲームってとこだな。」
円山「俺さ、いつもこのボーリング場で借りる、シューズに少し抵抗があるんだよな。」
千波「わかる。誰が履いたかわかんないしね。」
祐希「そら、消毒とかちゃんとしているだろ。そんなこと言ったら、ボールだって誰がさわったかわからねえぜ。」
山下「まあ、生足で履いているわけじゃないし。それに、ボーリング・シューズで水虫がうつったって聞いたことないしな。」
千波「まあね。あの、都会でさ、つり革つかまるのが嫌だって人とか、絶対に無理だろうね、こういう貸しシューズとかって。」
祐希と千波も、それほどボーリングは上手くなかった。山下と円山は少しはマシだったが、4人ともそれほどの腕前ではなかった。ただ、かなりボーリングは盛り上がった。千波の最初のゲームのスコアは凄まじく悪く、たったの35だった。しかも、1回ストライクをまぐれで取ったにもかかわらず、そのスコアだった。
祐希「いや、ストライクとっているのに、35って初めて見たよ。」
千波「もう、うるさいなー。むかつくわ。」
山下「いや、真面目にやって35って、ある意味すげえな。」
円山「いや。おもしろかったわ。沢田さんのスコア、まじ笑える。」
千波「何よ、全員揃って、意地悪。」
祐希「よし、帰る前にメシでも行くか。」
山下「あの、円山の好きな、豚汁定食でも食いに行くか。」
千波「それ、どこ。」
円山「そか、沢田さん知らないんだ。」
祐希「うちらが良く行く店だよ。普通の定食屋。まあ、内輪では高級割烹と呼んでるけどな。」
円山「あれの、どこが高級割烹なんだよ。さ、腹減ったし行こうぜ。」




