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第58章 橘千波 その1

  祐希が長野駅に着くと、改札で千波が待っていた。平日の午前中だったが、千波は有給休暇をとったようだった。おそらく、もうすでに長野事業所にも、祐希と千波が近々籍を入れるということは伝わっているようだった。千波の職場も、いろいろと気を遣ってくれているようだった。東京の人事の伊藤が言っていたように、かなり会社を挙げてのサポート体制をしいてくれていることを感じていた。


 千波「おかえり。」


 祐希「千波、会いたかった。」


 千波「先週、祐希のお母さんから電話があったみたいよ。」


 祐希「どういうこと。それは、千波のご両親にってことか。」


 千波「そうみたい。近いうちに、福井からご挨拶に伺いたいと。」


 祐希「ああ、うちの母さんには、かなり前から千波とのことを話していたからね。」


 千波「じゃあ、祐希のお母さんとしては、うちらの結婚には同意してくれるってことかな。」


 祐希「もちろんだよ。うちは、何も反対するような理由もないしね。」


 千波「うちは、お母さんは賛成なんだけど、お父さんはちゃんと話をしたいって言ってた。」


 祐希「まあ、そりゃお父さんの言うことが正しいよな。」


 千波「今日はね、うちに泊っていってよ。親には言ってあるから。」


 祐希と千波は駅裏の駐車場に向かった。千波の軽自動車がそこに停められていた。千波は祐希を助手席に乗せると、車を出して大通りへと出た。


 千波「もう、このまま実家に行くからね。お父さんは仕事でいないけど、お母さんは家にいるから、お昼は3人でどこかに食べに行こうね。」


 祐希「いいよ。じゃあ、そうしよう。」


 千波「面接って一体何を聞かれるの。」


 祐希「まあ思っていたよりも、月並みな質問が多かったな。」


 千波「例えば。」


 祐希「まずは、あなたはどういう人間ですかって。」


 千波「それは、自己紹介みたいな感じかな。」


 祐希「そうだね。それと、今の仕事の内容とか、10年後にはどうなっていたいかとか。」


 千波「なるほど。案外、普通の質問だね。」


 祐希「まあ、想定していた質問ばかりだったよ。」


 千波「想定外の質問とかはなかったの。」


 祐希「えっとね。今まで読んだなかで、一番印象に残っている本とその理由は。」


 千波「で、どう答えたの。」


 祐希「ヴィクトール・フランクルの夜と霧って答えたよ。」


 千波「知らない人だなー。その人は誰なの。」


 祐希「オーストリア出身の精神科医だよ。彼はユダヤ人だったから、第2次世界大戦のときにナチスの強制収容所に入れられてしまうんだよ。その時の体験談が書かれた本だね。」


 千波「へぇー、そんな本読んでるんだね。」


 祐希「まあでも深い本だったよ。千波も読んでみたら。」


 千波「今度、図書館で探してみるわ。」


 二人で会話しているうちに、長野市内の千波の実家に着いた。今まで、何回かは来たことがあったが、今回は以前とは違う気持ちだった。


 幸子(千波の母)「ああ、千波、おかえりなさい。祐希君も上がって。」


 祐希「ああ、お邪魔します。すいません、こんな平日に。」


 幸子「聞いたわよ、千波から。アメリカ行ってたんですってね。あとで様子を聞かせてよ。」


 祐希「ええ、あとでお昼ご飯に行きましょう。」


 千波「お母さん、ちょっとお昼まで私の部屋で休むね。祐希もバタバタしてて忙しかったから。」


 幸子「じゃあ、お昼になったら、出かけましょうか。」


 祐希と千波は、千波の部屋に入った。


 祐希「お母さんは、千波が妊娠していること知っているの。」


 千波「うん。お母さんには全部話してある。」


 祐希「ということは、お父さんは知らないってことか。」


 千波「いや、多分、お母さんがもう話してると思うよ。あの人、自分の心の中にしまい込めない人だからね。」


 祐希「まあ、そのほうがいいけどね。」


 千波「ねえ、どっちだと思う。」


 祐希「なんか、女の子のような気がする。だって、千波って3姉妹じゃんか。なんか、女系になるような気がする。」


 千波「私も女の子とのような気がしているんだよね。」


 祐希「まあ元気に生まれてきてくれれば、どっちでも俺はいいけどね。」


 千波「まあね。そりゃそうだ。元気なのが一番だよね。」


 昼になるまで、祐希は千波の部屋で休ませてもらった。ここのところ、いろいろと忙しくて、かなり体力的にも精神的にもきつい毎日が続いていた。気が付いたら、祐希は眠ってしまっていた。


 しばらくして、祐希は千波に起こされた。ほんの短時間だったが、かなり深く眠ってしまっていたようだった。だが、起きた時にはかなり頭がすっきりしていた。


 祐希「すっごい、熟睡したよ。どのくらい寝てた。」


 千波「1時間ちょっとくらいだね。すっごい、イビキかいてたよ。疲れていたんだね。」


 祐希「あの時差ボケがさ、かなりきつかったよ。あんなの生まれて初めての経験だったしさ。」


 千波「ねえねえ、飛行機ってどうだった。」


 祐希「あれはね、俺はあんまり好きじゃないな。狭いしさ、なんかすっごい息苦しく感じる。しかも、乱気流になると、いきなり高度が一気に下がってさ。あの、ジェットコースターみたいな感じでさ。」


 千波「ええ、そうなの。なんか、それ怖いね。」


 昼は千波の母親が車で近くのお寿司屋に連れて行ってくれた。


 幸子「祐希君、アメリカってどんな感じだった。」


 祐希「なんか食べ物とか飲み物が全部すっごい大きいんですよ。マックのコーラとかこんなでっかいんですよ。」


 祐希は手を広げてサイズを説明した。


 千波「なにそれ。人間用サイズじゃないじゃん。ゴリラに飲ませるんじゃないんだからさ。」


 幸子「で、大学の面接に行ったんでしょ。どうだったの。」


 祐希「案外、大丈夫でした。まあ、事前準備もかなり慎重にやりましたから。いろいろと会社の人がサポートしてくれたので、本当に助かりました。」


 幸子「ねえ、千波のことなんだけどね。」


 祐希「はい。」


 幸子「もう妊娠しているでしょ。こっちで出産させて、しばらくうちで過ごさせてから祐希君のところにやろうかと思っていて。」


 祐希「そうですね。それは、千波と赤ちゃんの体が一番大事なんで、一番いい方法でと思っています。」


 千波「一応、それはお母さんとも話したのよ。本当は、すぐにでも祐希のところに行きたいんだけど。」


 祐希「俺のことは大丈夫だよ。やっぱり、千波と赤ちゃんの健康を優先したいしさ。」


 幸子「私たちもね、初めての孫になるわけだしね。ほんの少しだけでも、おばあちゃんしたいっていうのもあるのよね。」


 祐希「お母さん、僕のことは心配いらないんで、千波と赤ちゃんのことお願いします。」


 3人は寿司を食べながら、今後のことをいろいろと話し合った。千波の母親は、すでに祐希と千波が結婚することを大前提で話をしていた。もうすっかり祐希を義理の息子として受け入れているようだった。


 祐希「お父さんは、うちら二人のことをどう思っているんですか。」


 幸子「お父さんも別に反対するようなことは考えてないみたい。まあ、妊娠する前に挨拶に来て欲しかったってことは言ってたけどね。」


 祐希「まあそうですよね。順番がおかしいと言われれば、何も反論はできないです。」


 千波「大丈夫よ。うちは娘3人だから、どんどん嫁に出していかないとって思っているみたいだしね。」


 昼食のあとは、いったん千波の実家に戻ったあと、祐希と千波は気分転換に出かけることにした。あまり天気は良くなかったが、久しぶりの二人でお出かけだった。祐希が千波の車を運転して、菅平までドライブに行くことにした。菅平に着くころには天気がかなり回復していた。菅平までの坂道はかなり急こう配で、なかなか軽自動車にはきつい登りだった。


 千波「菅平なんて久しぶりだねー。」


 祐希「菅平ってさ、冬よりも夏のほうが好きだな。なんか、夏の早朝の菅平って霧がかかっていてさ、なんか幻想的でさ、日本じゃないみたいな景色だよな。」


 千波「そうねー。案外、ここって穴場なんだよね。まあ、夏は大学のラグビー部の合宿所ってイメージが強いけどね。」


 祐希「ああ、そうだね。」


 標高のせいか、紫外線をたっぷりと含んだ夏の日差しがまぶしかった。先ほどまで空にかかっていた雲は、風にどんどんと流されていた。そして、雲が去った青いそらの遥か彼方に太陽が輝いていた。


 祐希「カリフォルニアってさ、全然空に雲がなくて、真っ青だったよ。」


 千波「そうなんだ。」


 祐希「そう。なんか、気が狂いそうになるほど、真っ青な空でさ。しかも、すっごい太陽の光がまぶしくて、高速道路とか走っていると、目を開くのも辛いくらいだった。」


 千波「なんか、映画ではよく見るけどね。」


 祐希「来年の今頃は、その青い空の下で暮らしているんだよ。」


 千波「でも、まだ大学に入れるって決まったわけじゃないんでしょ。」


 祐希「大丈夫だよ。」


 千波「なんか祐希って、かなり自信家だよね。」


 祐希「そうかなー。普通じゃねえか。」


 千波「でも男の人って、それくらい自信があったほうがいいと思うけどね。」


 二人が千波の実家に戻ったのは、午後7時ごろだった。まだ、千波の父親は帰宅していなかった。千波の母親と真ん中の妹が、二人で夕飯の支度をしていた。


 幸子「ああ、おかえりなさい。お父さんももうすぐ帰ってくるわよ。」


 晶子(千波の真ん中の妹)「祐希君、久しぶりね。」


 祐希「晶子は就職したんだろ。どう仕事は。」


 晶子「うん、なんとかやってるよ。」


 千波の真ん中の妹は、今年の春に高校を卒業し、就職したばかりだった。そのうち、千波の父親が帰宅した。


 千波「おとうさん、おかえり。祐希が来ているわよ。」


 祐希「お父さん、お邪魔してます。」


 圭吾(千波の父)「おう祐希君、いらっしゃい。」


 晶子「陽子を呼んでくるから、ご飯にしようよ。」


 晶子が一番下の妹の陽子を呼びに行った。そして、6人が食卓に揃った。


 幸子「とりあえず、ご飯を食べましょう。祐希君はビール飲む。」


 圭吾「遠慮しなくていいぞ。俺も飲むから、一緒に飲もう。」


 祐希「ああ、じゃあいただきます。」


 妹がいるためか、食事中は千波の両親からは、祐希と千波の今後のことに関する話をしてこなかった。そして、食事が終わり、妹2人が2階の部屋に上がったところで、千波の父親から話があった。


 圭吾「お母さんと千波から話は聞いている。」


 祐希「ええ、すいません。もっと早くお話をしにくるべきでした。」


 圭吾「まあ、千波から聞いたが、かなりきつい日程で動いていたらしいね。大変だったね。」


 千波「ねえ、お父さん。もうお母さんから全部聞いていると思うけど。」


 祐希「あのお父さん、千波と結婚したいと思ってます。もうお腹に赤ちゃんもいます。一緒にアメリカに連れていきたいと思ってます。」


 幸子「お父さん、祐希君なら大丈夫よ。」


 圭吾「そうだな。俺は反対するつもりはないよ。」


 千波「お父さん、ありがとう。」


 圭吾「なんか、うまく言えないけど、千波も祐希君も頑張って欲しい。」


 祐希「ありがとうございます。」


 幸子「千波は、橘千波になるのね。」


 千波「そうね。橘って苗字になるのよ。なんか、今すっごい幸せ。」


 祐希「千波、頑張ろうな。」


 千波「そうね。私も英語の勉強始めるよ。」


 圭吾「祐希君、千波をよろしくお願いします。」


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