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第57章 アメリカへの道 その3

 アメリカに来てから、すでに数日が経過していた。その日は金曜日だった。昨日は、会社の会議室で木下と、彼のアシスタントの米国人女性と模擬面接を複数回実施した。想定される質問や、本人のアピールポイントなども、全て頭に叩き込んだ。木下のアシスタントの女性からは、英語の発音のチェックや、面接の流れなどを説明された。基本的には、日本の会社の入社前の面接とは大きく変わらないようだった。あとは、緊張せずに落ち着いて質問に答えられるかだった。


 木下「橘、じゃあそろそろ行こうか。」


 祐希「はい、行きましょう。」


 木下は左側の運転席に乗り込んだ。祐希は、右側の助手席に乗り込んだ。


 木下「まあ、ここから30分以内くらいだな。」


 祐希「ここは、サンフランシスコ市内なんですか。」


 木下「いやいや、ここはサンマテオってところだよ。サンフランシスコはもっと北側になる。」


 祐希「先日、案内してもらった、あの高いビルがたくさんあるところは、サンフランシスコなんですか。」


 祐希がアメリカに到着した翌日に、木下はサンフランシスコ市内とその周辺の町をいろいろと案内していた。


 木下「そうだよ。あそこは、サンフランシスコのダウンタウンになるね。この辺は、いろんな町が連なっているからね。」


 祐希「そうかー。あの、長い橋はなんていう橋なんですか。」


 木下「あれは、サンマテオ・ブリッジだよ。対岸がヘイワードって町になる。」


 祐希「景色が綺麗ですよね。」


 木下「この辺は、夜景が綺麗なところもたくさんあるよ。」


 祐希「僕がこっちに住むようになったら、案内してくださいよ。」


 木下「そうだな。俺の一押しは、トレジャー・アイランドかな。」


 木下は車を出して、大学へと向かった。祐希は、何を着て行けばいいかわからなかったため、会社の指示どおり、スーツを着て面接に臨むことにした。大学に到着し、木下は有料のコインパーキングに車を停めた。そこから、二人で大学構内の建物の中に向かった。あらかじめ、担当者と建物の指定があったため、二人はその建物に向かった。指定された部屋に入ると、そこには秘書のような女性が待っていてくれた。その女性が、奥の部屋に消えていき、再び戻ってきた。どうやら、彼女に付いてこいとのことだった。そこからは、祐希は一人でその女性のあとに従った。別の部屋に案内されると、そこには3名の面接官らしき人たちが待っていてくれた。彼らの前には、椅子が一脚置かれており、その椅子に座るように促された。


 面接自体は、30分程度で終わった。ほとんど想定していたような質問だったため、それほど問題なく答えることができた。面接官に礼を言い、その部屋をあとにした。祐希の体からは一気に力が抜けた。木下の待つ部屋に案内されたあと、その秘書の女性に礼を言って、そこを後にした。


 木下「どうだった。」


 祐希「いや、わからないですね。一応、質問には全て答えましたけど。」


 木下「まあ、書類は全て提出済みだし、ほとんど問題ないとは思うけどな。」


 祐希「まあ、なるようになるでしょ。ダメだったら、また長野に戻るだけですよ。」


 木下「まあ、やることはやったしな。メシ行くか。」


 祐希「久しぶりに日本食が食べたいですね。」


 木下「サンフランシスコの日本人街でも行くか。」


 面接が終わった翌日に、祐希は成田行きの飛行機に乗った。今回の渡米の目的は全て果たした。空港には木下が車で送ってくれた。


 木下「アメリカは出国審査ってものがないから。そのまま手荷物検査を受けたら、搭乗ゲートに向かえばいいよ。」


 祐希「じゃあ、日本と違って、パスポートにスタンプを押すところがないってことですか。」


 木下「まあ、そういうことだ。この国は、出ていく人間には興味が無いんだよ。その代わり、入ってくる人間のことは、すごいチェックするけどな。」


 祐希「まあ、合理的と言えば、合理的ですね。」


 木下「まあ、入学の可否については、しばらく時間がかかると思うよ。日本と違って、何もかもがスローだからな、この国は。」


 祐希「まあ、気長に待ちますよ。」


 木下「気をつけてな、今度、会うとしたら、その時はお前が合格しているってことだな。」


 帰国便は、往きと違って12時間以上かかった。エコノミー席での、長時間のフライトには正直うんざりだった。唯一救いだったのは、飛行機がそれほど混んでおらず、2席を一人で使うことができたことだった。途中、飛行機は乱気流の影響で、一気に高度が落ちることがあった。祐希には初めての経験だったため、一人慌ててしまった。機内アナウンスで乱気流の影響であり、特に問題ないとのことだったが、彼には恐怖しか感じなかった。周囲の乗客は慣れているためか、それほど騒いでいる様子もなかった。


 成田には早朝に到着した。アメリカを発ったのが日曜日だったのだが、日本はすでに火曜日になっていた。そう、時差の関係で、月曜日が消えていたのである。話には聞いていたが、彼には不思議な現象だった。


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 祐希がアメリカに発ってから、5日余りの日が経過した。予定通りにいっていれば、すでに面接を終えているはずだった。だが、まだ祐希からの連絡がなかった。千波の寮でも、すでに各個室に個別に電話を引けるようになっていたため、千波も早速電話を引いていた。もし祐希が連絡をとろうと思えば、千波に直接電話ができるようになっていた。ただ、おそらく国際電話はかなり高額なため、電話をしてきていないのだろうと思った。それと、千波はなんとなくここしばらく生理がきていないことが気になっていた。もしかしたらという気持ちもあったため、ある平日に体調不良を理由に会社を昼から休み産婦人科に行ってみた。結果はやはり妊娠しているということだった。千波は嬉しい気持ちもある一方で、少し不安も感じていた。ただ、この状況を早く祐希には知っておいて欲しかった。


 その後、祐希が帰国する日になった。本当は迎えに行きたかったのだが、平日で仕事があったため、祐希からの連絡を待った。そして、その日の夜に千波の帰宅を待っていたかのように、寮の部屋の電話が鳴った。


 祐希「千波、帰ってきたよ。」


 千波「おかえり。ごめんね、迎えに行けなくて。」


 祐希「仕方ないよ。平日だしな。」


 千波「で、どうだったの。面接は上手くいったの。」


 祐希「まあ、大丈夫だと思う。向こうとしては、俺の意欲とかそういうのを知りたかったみたい。十分、アピールもできたし、手応えもあったしね。」


 千波「あのね、私ね、妊娠しているみたい。」


 祐希「え、本当にか。」


 千波「そう。昨日、病院に行ってきた。まだ、誰にも言っていないんだけどね。」


 祐希「そうかー。俺もパパになるのか。」


 千波「それって、私がアメリカについていくのに、何か支障になったりするのかな。」


 祐希「いや、ならないと思うよ。会社としては、家族の帯同は問題ないってことだからね。」


 千波「そうかー、よかった。ねえ、こっちに来るんでしょ。」


 祐希「ああ、とにかく入籍を済ませないと。なんかバタバタだけどね。千波のご両親にもちゃんと挨拶しないといけないしね。」


 千波「もう、お母さんには話してある。多分、お母さんもお父さんに話していると思うけど。うちの両親は大丈夫だよ。」


 祐希「しかし、赤ちゃんか。めっちゃ嬉しいよ。」


 千波「早く会いたいな。」


 祐希「予定通り、明後日にはそっちに向かうから。まだ、結納も式も今は挙げられる余裕はないけど。」


 千波「いいよ、それは後でも。」


 千波は一気に物事が運んでいくのを感じていた。ほんの数か月間で、おそらく今後の人生を大きく左右するような出来事が、次々と起きていくのである。あらかじめわかってはいたが、それなりにストレスも感じていた。更に、妊娠がわかったことで、精神的にもかなりしんどい思いをしていた。確かに、祐希の今後のキャリアを考えると、多少しんどくても一緒に乗り越えていかなければならないことである。そんなことは全て承知しているのだが、なんだか彼女自身の心がそれに追い付いていかないのである。いままで、長野ののんびりとした環境のなかで、気の合う友人たちに囲まれて暮らしていたのとは違う世界に踏み出さなければいけないのである。入籍、渡米、出産、そして新しい異国での生活。一見、明るい未来に見えても、やはり未知の世界に踏み出す不安は大きかった。今までとは違う世界。今までとは違う環境。そして、今までとは違う国と違う言葉。幾重にも重ね合わされた、今までとは違う世界。そもそも、千波自身も飛行機にさえ乗ったことがないほど、今まで狭い世界に生きてきた。それが、一気に世界が広がるのである。それは、物理的にも精神的にも、そして文化的にも、全く異なる世界である。


 祐希は帰国の翌日に東京のオフィスに出勤した。人事部への報告があるためだった。会社に到着し、設計2課の自席に立ち寄ったあと、すぐに人事部から呼び出しがあった。人事部では、伊藤と森が待ち構えていた。祐希は人事部の会議室に入るように促された。


 伊藤「橘、どうだった、初めてのアメリカは。」


 祐希「もう、初めてのことばかりで。飛行機も初めてですし、海外も初めて、大学での英語の面接から、人生初のメキシコ料理体験まで、初めてだらけですよ。」


 森「それで、面接はどうだったの。」


 祐希「ええ、まあ質問には全て答えることはできましたけど、どうでしょうね。」


 伊藤「まあ、大丈夫だろう。推薦状も2通提出しているし、お前の高校在学中の成績証明書も提出してあるし。」


 森「ところで、長野に行くんだよね。千波さんとの話を進めるんでしょ。」


 祐希「ええ。そうか、もう森さんも知っているんだ。」


 伊藤「まあ、彼女は人事だからな。多少はお前の生活面も知っておかないとな。」


 祐希「いえ、別に隠すことでもないんで。」


 伊藤「とりあえず籍だけ入れるって聞いているけど。入籍したあと、沢田をどうするつもりなんだ。」


 祐希「まだはっきりとはわかりませんが、アメリカには連れて行くつもりです。あとはタイミングをどうするかですね。ちなみに、彼女が僕とアメリカに言っている間は、休職扱いとか可能ですか。」


 伊藤「会社の規定では可能だけど。ゆくゆくは日本に戻ってきた後に、沢田はまた働く意思があるのかな。」


 祐希「それは、千波と話し合ってみます。」


 森「まあ、なんでも希望があればわれわれに話をしてみて。できるだけ、橘君と千波さんの意向に沿えるように考えるから。」


 祐希「伊藤課長も森さんもありがとうございます。」


 その日は、そのまま帰宅が許可された。祐希は寮に戻る前に、品川でお世話になった英語学校の杉下に会いに行った。一言、お礼を言いたかったのである。


 杉下「あれ、橘君どうしたの。こんな中途半端な時間に。」


 祐希「アメリカに行ってきました。無事に面接を終えました。一言、お礼を言いたくて。」


 杉下「そっかー。で、どうだったの、面接は。」


 祐希「まあ、手ごたえはありましたけど、こればっかりは相手がどう思うかですからね。」


 杉下「まあ、大丈夫よ。スタンフォードみたいな大学は、なるべくいろんなバックグラウンドの学生を集めるからね。あと、優秀な生徒は、どこの大学も大歓迎だしね。」


 祐希「そうなんですか。それはどういった理由なんですか。」


 杉下「基本的に多様性を求めているのよ。いろんな国から、いろんな人種とか、いろんな宗教とか、そういう違いのある学生を集めて教育しようとしているのよ。そのほうが、学生同士での学びも多いからね。」


 祐希「確かに、向こうにはいろんな人がいましたね。メキシコ料理店にも行きましたよ。日本では見たことないですよ。」


 杉下「ああ、カリフォルニアはねー、メキシコ人多いからね。」


 その2日後に、祐希は有給休暇をとって、長野に向かった。千波の両親に会うためである。すでに千波からは、話はしてもらっているが、やはり今後のこともしっかりと話したうえで、彼女の両親の了承をもらう必要があった。できれば、そのままの流れで入籍も済ませたかった。特に、千波がすでに妊娠している以上、なるべく早く会いに行くべきだった。


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