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第56章 アメリカへの道 その2

  祐希は出国ゲートに向かった。最後に、こちらを振り返り、大きく手を振った。その姿を見ていると、千波の目には涙があふれてきた。祐希の前では泣かないと決めていたが、やはりあふれる涙をおさえることは出来なかった。


 山下「行っちゃったね。」


 円山「まあ、うちらが心配してもね。あいつなら大丈夫だよ。」


 伊藤「君たちは、長野事業所からなのかな。」


 山下「ええ、僕と円山は橘の同期で同じ寮に住んでいたので。」


 森「そうなんだ。じゃあ、私とも同期ってことね。」


 山下「そうなんですか。僕は山下といいます。こいつが円山で、こちらが野口さん。」


 新井「あの僕は同期ではないんですが、同じ年です。祐希とは幼なじみで。」


 伊藤「まあ、ここでは何だし、みんなでご飯でも行こうか。」


 森「そうですね。なんか、お腹空いちゃった。」


 伊藤の提案で、成田市内のファミリーレストランに行くことにした。祐希と千波は、伊藤の運転で成田まで社用車で来ていた。そして、森と新井は、森の車で成田空港まで来ていた。山下と円山、野口は、円山の車で長野から成田まで来ていた。長野に戻るときは、千波も乗せていくことになっていた。3台の車に分乗した7名は、伊藤の車を先頭に成田市の郊外のファミリーレストランに入った。


 店内はそれほど混んでもおらず、すぐにテーブルに案内された。人数が多かったため、店のスタッフがテーブルをふたつ、隣り合わせにしてくれた。


 野口「祐希君、行っちゃいましたね。」


 森「まあ、今回は面接と、向こうの様子を視察してくるだけだから、すぐに戻ってくるよ。」


 円山「沢田さん、大丈夫。」


 千波「まあ、すぐに戻ってくるしね。なんか、さっきはちょっと感傷的になっちゃって。」


 野口「わかります。」


 新井「そっかー。祐希には長野にこんな友人がいたんだな。」


 千波「新井君が一番彼とは長い付き合いなんだよね。」


 新井「もう、本当に小さいころから知ってますから。」


 円山「昔の祐希ってどんな感じの子供だったんですか。」


 新井「あいつは、勉強は出来ましたね。本当に、ぶっちぎりでした。中学校のころなんか、いつも1番でした。あいつの次に勉強のできた女子がいたんですけど、彼女は東大の法学部にストレートで合格したくらいですから。まあ、祐希はその東大の子の上をいってましたから。」


 千波「そんなこと、全然知らなかった。」


 森「そうなんだ。やっぱり、橘君は優秀だったんだね。」


 山下「あいつ、そんな素振り見せたことなかったな。」


 円山「そうだよな。俺もそんなこと知らなかった。」


 伊藤「橘なら向こうに行っても大丈夫だよ。あいつは優秀だよ。俺は全然心配してない。」


 新井「僕もそう思います。まあ、千波さんにはちょっと我慢してもらわなければいけないんですけど、祐希がこうなって良かったなって思います。」


 野口「でも、千波さん、あっという間に、今度は千波さんがアメリカに行くことになりますよ。それまでは、うちらと長野で仲良く過ごしましょうよ。」


 千波「ありがとうね、みんな。」


 伊藤「沢田、われわれ人事部も、できるだけ君の意向を受け入れていこうと思っているから、まあしばらくの間は我慢してくれ。」


 千波「ええ、もう大丈夫です。」


 山下「沢田さん、おいしいもの食べて、長野に帰りましょう。」


 円山「そうそう。帰りは車の中で寝てていいですから。」


 7人はそこで食事をとったあと、それぞれの車に分乗して帰っていった。千波は円山の車の後部座席に野口と座った。そして、成田空港から長野市を目指して北上した。


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 祐希は木下の運転する車の中で、眠気に負けそうになってしまっていた。とにかく、初めて経験する時差ぼけは思っていたよりも、体に負担だった。


 木下「おい、橘、夜まで我慢しろ。今、眠ると、今度は夜に眠れなくなるぞ。」


 祐希「ああ、すいません。なんか、時差ぼけって案外しんどいですね。すっごい眠いですよ。」


 木下「そりゃそうだろ。徹夜しているのと変わらないんだから。」


 祐希「しかし、いい天気ですね。いつもこんな天気なんですか。」


 木下「まあ、今は乾期だからな。乾期のカリフォルニアは、ずっとこんな空だよ。」


 祐希「全然、雲がないですよね。しかも、めちゃくちゃ眩しいです。」


 木下「お前も、そのうち車を運転することになるから、サングラスは持っていたほうがいいよ。まぶしくて運転できないからな。」


 祐希「よくアメリカの映画で、みんなサングラスかけているじゃないですか。あれって恰好つけているだけかと思ってましたよ。」


 木下「いやいや、サングラス無しじゃあ、眩しくて運転できないんだよ。」


 祐希「いや、経験してみて初めて分かりましたよ。」


 そのうち、木下は会社のオフィスがある、サンフランシスコ郊外の小さな街に車を入らせた。そして、その街の一角にある、平屋建てのレストランの駐車場に入った。


 木下「さて、メシくうか。」


 祐希「はい。」


 祐希は木下のあとについて、レストランの中に入った。そこは、木下の言っていたメキシコ料理店だった。


 木下「メニュー見てもわからんだろ。」


 祐希「いやー、生まれて初めてですよ、メキシコ料理なんて。」


 木下「まあ、カリフォルニアにはメキシコ人が多いからな。そもそも、ここはメキシコの領土だったわけだし。」


 祐希「そうなんですか。知らなかった。」


 木下「メキシコ戦争って戦争があったんだよ。その戦争でアメリカがメキシコに勝って、カリフォルニアからテキサスまでの広い領土を奪い取ったんだよ。」


 祐希「そうなんだ。全く知りませんでした。」


 木下「まあ、100年以上前の話だけどな。」


 木下は、祐希のような若者が好きそうなメニューを適当に何品か注文してくれた。店員が小さな更に、白い餃子の皮のようなものをたくさん重ねて、テーブルに置いた。


 木下「これはな、トルティーヤっていう食べ物で、メキシコ人の主食なんだよ。」


 祐希「これは、何で出来ているんですか。」


 木下「これは、トウモロコシだよ。」


 祐希は、一枚トルティーヤを手に取り、一口食べてみた。


 祐希「なんか、あんまり味がないですね。」


 木下「まあ、日本人にとっての白米みたいなもんだよ。いろんな、肉料理とか魚料理をこれにくるんで食べるんだよ。」


 間もなく、木下が注文した料理と、大きなグラスに注がれた炭酸飲料が運ばれてきた。祐希は喉が渇いていたので、その飲み物を飲んでみた。てっきり、コカ・コーラだと思って飲んだその飲み物は、コーラとは全く違った味がした。


 祐希「なんか、この飲み物、薬みたいな味がしますね。てっきり、コーラだと思ってました。」


 木下「これは、ルート・ビヤーってやつだよ。あと、ドクター・ペッパーってやつもある。こっちの連中はこういう味が好きなんだよな。」


 祐希「なんか、美味いのか不味いのか、よくわからない味ですね。」


 木下「まあ、何でも経験だよ。」


 祐希は皿に盛られた料理を食べようとしたが、皿の端のほうに、黒いペースト状のものが乗せられていた。


 祐希「この黒いのは、何ですか。」


 木下「ああ、これね。これは、豆をペースト状にしたものだよ。これも味がないから、他の食べ物と食べるか、塩をふって食べるかだな。」


 祐希がフォークでそのペースト状の食べ物をすくって口に入れてみたが、あまり味がしなかった。


 祐希「本当だ。あまり味がしないですね。」


 木下「フリホーレスっていう食べ物だよ。」


 祐希「でも、こっちの魚料理も肉料理もすごい美味しいです。メキシコ料理って生まれて初めて食べました。」


 木下「こっちでは、テックス・メックス料理とも言うんだよ。」


 祐希「どういう意味なんですか。」


 木下「テックスはテキサス、メックスはメキシコって意味で、テキサス料理とメキシコ料理という意味なんだよ。」


 祐希「初めて聞きましたよ。勉強になります。」


 食事のあとは、木下が会社で借りているアパートに案内してくれた。とりあえず、今回の短期滞在中はその部屋を使えば良いとのことだった。


 木下「明日は、この辺を車で案内してやるよ。そして、明後日は面接の事前準備をしよう。そして、明々後日の金曜日の午後が本番の面接だ。」


 祐希「わかりました。ちょっと僕は仮眠をとります。」


 木下「わかった。午後6時ごろに電話をするから、そとで食事をしよう。」


 祐希「いろいろとお手数おかけします。」


 そう言うと、木下はアパートから去っていった。アパート内には、当面の生活に必要なアメニティーは全て揃っていた。祐希には水道の水がそのまま飲めるのかわからなかったが、部屋に飲料水のボトルが置いてあったので、それを飲むことにした。それにしても、午後のカリフォルニアの空は本当に頭がおかしくなりそうなほど青かった。アパートの窓から外を見ると、遥か向こうに海が見えた。そして、海の向こうにはまた陸地が見え、こちらとあちらの陸地をつなぐように、長い橋がかかっていた。ここから見る限り、相当長い橋に見えた。祐希にはその橋の名前さえもわからなかった。そもそも、祐希がいるアパートもサンフランシスコのどの辺なのかもわからなかった。彼には、まったくこの辺の地理の知識さえもないため、いったい自分がどこにいるかもわからなかった。青い空には、何分かの間隔を隔てて、飛行機が飛んでいた。


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