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第54章 年末年始 その3

 すでに祐希は母親にはアメリカ行きのことを電話で告げていたが、父親には何も話していなかった。彼の父親は交通事故で長らく意識が戻らず、いわゆる植物人間になってしまっていた。今は、母が実家の家計を切り盛りしているが、そのこともあり、祐希も弟も進学は早々とあきらめたのである。4歳年下の弟は、まだ高校生だったが、彼もまた高校を出たら進学はせずに、就職をしようとしていた。


 雅子「一応、お父さんにも、あんたからアメリカ行きの報告をしておいたら。まあ、気休めかもしれないけど、でも私としてもそうして欲しいしね。」


 祐希「うん、それもあってさ、帰省してきたんだよね。本当だったら、父さんも喜んでくれた話だろうしな。」


 誠吾(弟)「兄ちゃん、俺も一緒に行くよ。母さん、二人で行ってくるよ。」


 雅子「祐希、お母さんの車使えばいいから。」


 祐希「わかった。ありがとう。」


 祐希と弟は、車に乗って敦賀にある病院を訪れた。そこに、父親が入院しているのである。とはいっても、話せる状態ではなく、ただ生命維持装置で生きながらえているだけである。そこには、彼の意思も、意識も、何も存在しない世界である。そこにあるのは、自動的に生かされている、ただの肉体だけだった。祐希は、そんな父親の姿を見るたびに、心が押しつぶされそうな気持になるのである。いったい、自分の父親が何をしたというのだろうか。こんな仕打ちを受けなければいけないことが、祐希には受け入れがたいのである。父は、こんな姿で生きながらえたいのだろうか。祐希は、日々父のことを思い出すたびに、この自分自身の意思とは関係なく、命を維持されている彼の不条理な人生に心が粉々に砕かれるような思いになる。祐希と父は、本当に仲の良い親子だった。子供のころから、父はいつも祐希のキャッチボールの相手をしてくれた。よく、弟と3人で海に釣りに出かけることもあった。彼にとっては、何一つ嫌な思い出なんか存在しない、そういう父親だった。父が交通事故にあった、あの雨の夜のことはいつまでも彼の脳裏に焼き付き、ときどき夢でうなされることもあった。母は気丈にふるまっていたが、まだ二人の子供を抱え、しかもお腹には3人目の子供をやどしたばかりの出来事だった。母はもっと辛かったに違いなかったはずである。病院の病室に到着した。父の顔には、うっすらと髭が生えていた。


 誠吾「こんな植物状態でも、髭って生えてくるんだよな。」


 祐希「そうだな。父さんは、ここまでしてまで生きたいのかなって思うよ。多分、本当はもういいよって言いたいんじゃないかな。」


 誠吾「これって外しちゃダメなの。」


 祐希「いや、法的にどうなのかわからない。でも、母さんが、せめて直美(妹)がある程度大きくなるまでって。」


 誠吾「確かに、母さんの言っていることもわかるけど、でも生前の父さんだったら、絶対にこんなことするなって言うと思うよ。」


 祐希「俺もそう思うな。」


 誠吾「兄ちゃん、アメリカにはどのくらいいることになるの。」


 祐希「大学と大学院に行くから、事前準備も含めて6年半くらいかな。」


 誠吾「もう、こっちには戻ってこないんか。」


 祐希「もし戻ってくるとしても、今の会社を定年退職したあとやな。」


 誠吾「そっか。じゃあ、俺は地元で就職するわ。」


 祐希「県外でもええやろ。母さんだって、お前の好きなように生きていって欲しいって思ってるやろし。」


 誠吾「ほんでも、父さんはこんな状態やし、直美もまだ小さいしな。」


 祐希「そんなん、父さんも母さんも望んでないって。お前の好きにすればええやんか。」


 誠吾「せやな。母ちゃんとも相談してみるわ。」


 祐希「そうや。あんまり、人生の選択肢を自分で勝手に狭めるな。」


 祐希は寝たきりの父親に、アメリカに行くことを報告した。父からは何も反応もなかったが、やはり行く前に一度は顔を合わせて、話をしておきたかった。祐希には、父親が彼らの言葉をちゃんと理解しているような気がしていたのである。ただ、彼にはその意思表示ができないだけなのではないかと思えるのである。


 祐希「誠吾、メシでも行こうか。」


 誠吾「おごってくれるんか。」


 祐希「ええよ、何がええ。」


 誠吾「そやなー、焼肉がいいな。」


 祐希「秋吉とかは。」


 誠吾「秋吉はまだ開いてないやろ。」


 二人は、敦賀市内の焼肉店に入った。祐希も誠吾も久しぶりに食べる焼肉だった。


 祐希「うまいな。やっぱ、ホルモンはうまいわ。」


 誠吾「焼肉なんか、何年ぶりやろ。」


 祐希「俺は、東京でしゃぶしゃぶ食ったぞ。あれはあれで、かなりうまかった。」


 誠吾「しゃぶしゃぶなんか食ったことないわ。でも、俺は焼肉で十分ご満悦やわ。」


 祐希「運転がなかったら、ここらでビールをぐいっといきたいところやけどな。」


 誠吾「飲酒運転はあかんぞ。」


 祐希「まあ、お前が飲める年になったら、飲みに連れて行ってやるよ。」


 誠吾「酒ってうまいんか。」


 祐希「うまいよ。特に、仕事帰りに飲む、一杯目のビールは最高にうまい。」


 誠吾「そっかー。まあ、あと3年くらいやしな。」


 焼肉を食べたあと、二人は自宅に戻った。祐希は自宅でも英語の学習を続けた。とにかく、ひとつでも多くの語彙を増やしたかった。トーフルで規定の点数をとっただけで、大学の授業にスムーズに入っていけるとは思えなかった。以前、杉下が言っていたとおり、あくまでもトーフルの点数は、必要最低限のスコアを超えたに過ぎないのである。そこで満足するような点数ではないのである。


 大晦日の夜は家族4人で過ごした。妹はまだ小さいので、早々と眠ってしまったが、祐希は母親と弟と紅白を見て深夜まで過ごした。午後9時ごろに、母親が年越しそばを作ってくれた。


 雅子「今年もあっという間だったね。」


 祐希「なんか、いろいろあったよ。まさか、自分が東京に引っ越すなんて。しかも、アメリカの大学に行くなんて、想像もしていなかったよ。」


 誠吾「兄ちゃんには、いい年だったやんか。俺も金貯めて、アメリカに行くわ。一回、海外に行ってみたかってん。」


 祐希「そやな。俺の向こうの生活が落ち着いたら、呼んでやるよ。夏休みとか利用してくればいい。」


 誠吾「そういえば、兄ちゃんの彼女はどうするん。」


 祐希「近いうちに籍だけでも入れようと思っている。」


 雅子「祐希、そんな大事なこと、なんでもっと早く言ってくれんかったん。」


 祐希「いや、これも急に決まった話で、まだ千波のご両親にも言ってないんだよ。」


 雅子「結納はどうするの。披露宴もあるし、式もあるし。結婚ってなったら、あんたら二人だけの話やないよ。」


 祐希「わかってるって。でも、今そんな金もないしな。」


 雅子「とにかく、千波さんとの籍を入れるのはいいけど、ちゃんと向こうのご両親には挨拶してよ。必要なら、私も長野まで行くから。」


 祐希「うん、わかった。その時は、頼むわ。」


 年が明けて、新年になった。ただ、天皇陛下のご容体が予断を許さぬ状況ということもあり、全国的にあまり明るい雰囲気ではなかった。祐希は、友人達と一緒に初詣に行くことにした。


 村本「祐希、迎えにきたで。初詣いこさ。」


 祐希「おう、早かったな。」


 二人は村本の車で、恵を迎えに行った。加藤と三田とは神社で待ち合わせをしていた。


 村本「八幡神社でええやろ。」


 祐希「せやな。やっぱ若狭の神社でないとな。」


 恵を途中で拾って、神社へと向かった。


 西村「明けましておめでとう。」


 祐希「おめでとう。今年もよろしくお願いします。」


 村本「明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」


 祐希「なんか、去年はいろいろあったわ。」


 村本「来年の正月には、祐希はアメリカやな。」


 西村「私も一回でいいから、海外で年越ししてみたいわ。」


 祐希「真希と正樹が待ってるかもしれんから、はよ行こさ。」


 神社で5人が揃った。先日の飲み会依頼だった。


 加藤「雅は明日、こっち帰ってくるってよ。」


 西村「じゃあ、明日の夜に集まるか。どうせ、みんな暇やろ。」


 三田「暇や。正月休みって、案外暇なんだよな。」


 祐希「明日の夜なら大丈夫や。もう、次に6人揃うのはいつになるかわからんしな。」


 村本「そやな。みんな、それぞれ忙しいしな。俺やら恵も大学出たら、ますます時間がとれんようになるし。」


 三田「そや。結婚とかしたら、本当にみんな揃うのが難しくなるやろし。」


 加藤「祐希の彼女、一回こっちに連れておいでよ。お披露目してよ。」


 村本「ああ、俺も会ったことないわ。」


 祐希「まあ、機会があればやな。多分、みんなとはすぐに仲良くなるよ。」


 西村「私も頑張って、ええ男見つけるわ。」


 加藤「せやな。恵、頑張ってお祈りすっか。」


 西村「真希には負けへんで。」


 1月2日の夜には、6人全員が揃った。そして、次はいつ開催されるかわからない、6人だけの同窓会が始まった。それは、祐希にとっては、なんだか夢のような時間だった。誰もが幸せそうな顔をして、笑っていた。この時間が永遠に続いてくれないかと思えてきた。ただ、彼の前には、まだまだやるべきことがたくさんあった。全員が心の底から、祐希のアメリカ行きを祝福してくれた。かけがえのない仲間たち。翌日の1月3日には、小浜から直接東京に戻った。今度は、敦賀駅から米原駅まで行き、そこから東海道新幹線で品川まで行った。品川には、新井と森が迎えに来ていた。3人で食事に行こうという約束をしていたのである。


 新井「みんなに会ってきたのか。」


 祐希「ああ、みんなもお前に会いたがっていたよ。たまには、田舎に帰ればいいじゃん。」


 森「私も行ってみたいな、福井に。」


 祐希「何もないけど、何でもあるのが、福井ってところだよ。」


 森「今度、新井君に連れて行ってもらうわ。いいでしょ。」


 新井「いいよ。そのうちな。」


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