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第52章 年末年始 その1

 東京での研修生活はあっと言う間に過ぎていった。すでに年末を迎え、年末年始休暇の時期だった。祐希は会社に有給休暇を申請し、クリスマスは長野で過ごすことにした。そして、そのまま福井に一時帰省をして、また東京に戻る計画にした。すでに、秋もあっという間に終わり、街角は冬の気配に覆いつくされていた。東京のような大都市でも、空気は澄みわたり、快晴の日などは、肉眼で富士山が見えるほどだった。外は空気が乾燥し、冷たいビル風が吹いている、そんな季節だった。


 青柳「橘君は、帰省するの。」


 クリスマス前の平日の午後、祐希は青柳と一緒に仕事をしていた。外はまぶしいくらいの快晴だった。


 祐希「一度、長野に立ち寄って、クリスマスは長野で過ごそうかと思っている。彼女サービスしないとね。」


 青柳「そっか。大事な人がいるっていいよね。なんだか、うらやましいよ。」


 祐希「青柳さんは、どうするの。」


 青柳「寛子から聞いていると思うけど、まあいろいろあってね。」


 祐希「森さんが言っていたけど、年末年始を森さんの家に泊まりにくればって言っても、青柳さんが遠慮して断ってくるって言ってたけど。」


 青柳「寛子の好意はすっごい嬉しいんだけど。なんか、他の家庭の団らんにお邪魔するのも気が引けるし。」


 祐希「でも、森さん本人がいいって言っているだから、それに甘えてもいいと思うけどな。」


 青柳「なんかね、他人の幸せそうな生活を見ていると、時々粉々に壊したくなるときがあるんだよね。でも、そんなふうに思ってしまう自分にすっごい自己嫌悪するんだけど。」


 祐希「そっか。彼氏とかはいないの。」


 青柳「いないね。なんか一人の異性とちゃんと向き合って、人としてきちんとした交際ができるかどうか、あんまり自信がなくてさ。」


 祐希「でも、それはみんなそうじゃないかな。俺だって、今の彼女と付き合い始めたときは、どう付き合っていけばいいか、最初は手探りだったよ。みんなそうだよ。」


 青柳「まあ、そうかもね。私って、こう見えて、案外小心者なのよ。」


 祐希「森さんから聞いたよ。青柳さんも最終候補に残っていたんだって。」


 青柳「そうみたいね。」


 祐希「俺が、先にアメリカに行っているから。あっちで待っているよ。青柳さんなら、全然大丈夫だよ。」


 青柳「そうね。そうなるといいけどね。長野って雪は降るの。」


 祐希「市内はそれほど積もるわけじゃないけど、山間部はかなり雪が積もるよ。雪が降った次の日が快晴だと、雪に反射した太陽の光がまぶしくて、目も開けられないようなときがある。」


 青柳「そっかー。私は、雪国には住んだことがないから。」


 祐希「いつか長野に行ってみない。だいたいどの季節に行っても、長野の景色はきれいだよ。」


 青柳「そうだね。行ってみたいね。」


 祐希は23日の午後には東京を発ち、長野駅に向かった。駅には千波がアルトワークスで迎えに来ているはずである。長野駅を出ると、千波が改札に一人で待っていてくれた。


 千波「祐希、こっちこっち。」


 祐希「千波、ごめんな。まだ平日なのに。」


 千波「午後から半日休暇とったの。課長に結構文句言われたけど、おばあちゃんが危篤なんですって言って抜けてきた。」


 祐希「おまえ、またその言い訳かよ。お前のおばあちゃんって、一体何回危篤になっているんだよ。」


 千波「そうね、高校の部活さぼるときも使っていたら、もう20回以上危篤になっているわね。」


 祐希「おまえも鬼みてえだな。」


 千波「いいのよ。おばあちゃんの許可もらってるし。」


 祐希「しょうがねえな。さ、行こか。」


 二人は駅裏の駐車場に向かい、そこで千波の車に乗り込んだ。祐希は着替えの入ったボストンバッグを車の後部座席に置き、自分は助手席に座った。千波がエンジンをかけ、ギアをセカンドに入れて、クラッチをつなごうとしたが、思いっきりエンストを起こした。


 千波「あらら。この車、結構クラッチつなぐの難しくて。」


 祐希「まあ、急いでいるわけじゃないし。その前に、こっち向いて。」


 祐希は、千波の唇にキスをした。


 千波「もう、いきなり何よ。」


 祐希「いいじゃん。」


 千波「お腹空いてない。ねえたまにはラーメンでも食べに行く。」


 祐希「あのさ、長野に8番らーめんがあるって聞いたんだけど。」


 千波「あるわよ。行ってみる。」


 祐希「行こうよ。北陸人のふるさとの味だもん。」


 祐希は今夜は会社の寮に泊まることになっていた。そして、明日は長野市内のホテルに千波と宿泊し、クリスマスイブを一緒に過ごすことになっていた。千波の運転で、8番らーめんに行ったあと、懐かしの社員寮に到着した。祐希は管理人に挨拶をすませ、空き部屋に荷物を置いてきた。そして、千波と出かけることにした。


 千波「夜は、寮の近くの『さくら』で飲むことになっているから。」


 祐希「いつものメンバーか。」


 千波「そうそう。全くの同じメンバーよ。」


 祐希「山下、円山、そして野口さんだろ。」


 千波「他に誰か呼びたかった。」


 祐希「いや、このメンバーが一番気を使わなくていいから、全然いいよ。」


 千波「円がね、まだノーパンしゃぶしゃぶ行きたいって、うるさくてさー。」


 祐希「え、まだ言っているのか。あいつもたいがいやな。」


 千波「アホでしょー。」


 祐希「まあ、あいつも言い出したら、きかねえからなー。でも、本当にそんな店あるんかな。」


 千波「ねえ、さすがに東京の同僚には聞けないでしょ。」


 祐希「聞けるわけないじゃないか。どの面さげて、『あのー、会社から一番近い、ノーパンしゃぶしゃぶはどこですか。』なんて聞けって言うんだよ。」


 千波「まあ、あそこまでいくと病気だよね。」


 祐希「でも、福田さんか北見さんなら知っているかも。」


 千波「もう、いいよ、その話は。」


 祐希「だな。あいつは放置しとこ。」


 その日の夜は、いつものように、長野の友人達との飲み会になった。数か月間、離れて暮らしていたが、全くそんなブランクを感じさせないような盛り上がりだった。


 山下「少しは、あか抜けてきたかなって思ったけど、全然変わってねえな。」


 円山「こいつは基本的には、田舎が似合うんだよ。祐希、お前には東京は似合わねえよ。」


 祐希「いや、俺もそう思っているんだよ。あんまり、あのキラキラした東京の街並みには、近寄りがたいっていうか。」


 千波「祐希は人混みとか嫌いだもんね。この人、人混みに入ると、気持ち悪くなるのよ。」


 祐希「そうそう。なんかさ、人に酔うっていうか。もう、朝夕の品川駅なんか、どえらい人混みだぜ。」


 円山「いや、テレビでよく見るけどさ、あれはきついな。」


 祐希「なんかさ、朝とか電車にのるやんか、そうするとホームにいる人の8割くらいがおっさんなんだよ。なんか、東京って人口の8割がおっさんなんじゃないかって思えてくるもん。」


 千波「そんなわけないじゃん。朝の通勤しているのが、世の中のお父さんってだけで。」


 山下「その中に、お前も入っているんだよ。」


 祐希「そか。俺もおっさんの群れの一人か。なんか、あれで一生過ごすのもしんどいよな。」


 野口「私も、なんか東京に行くと、すっごい閉じ込められているような感じがするんです。早くここから出して、みたいな。」


 祐希「ああ、わかるわかる。」


 山下「あのさ、あの満員電車ってやっぱり痴漢とかあるんかな。」


 祐希「いや、女子社員に聞いたことあるんだけど、結構みんな被害にあっているみたい。」


 円山「ええ、やっぱり痴漢っているんだ。」


 千波「うわ、いやだーそれ。どこかの、ポマードべっとりのおっさんが、触ってくるんでしょ。いや、気持ち悪いわ。」


 祐希「そうなんだよ。あの、べっとりポマードすっごい迷惑なんだよ。服とかに付いてくると、匂いまで移るからさ。」


 野口「でも、満員電車だと運しだいですもんね。」


 その日は、その居酒屋で遅くまで語り合った。居酒屋に設置されているテレビでは、ずっと昭和天皇のご容体の報道が続いていた。もうかなり衰弱されているようで、いつまで持ち応えることができるのかということが話し合われていた。昭和という大きな時代が終わりを迎えようとしていた。


 祐希「天皇陛下はだいぶ悪いようだね。」


 山下「ああ、ずっと輸血を続けているみたい。」


 円山「昭和が終わるのかな。なんか、ひとつの時代が終わるって感じだよな。」


 テレビでは、どのチャンネルもその報道が行われていた。


 翌日は土曜日だった。いつもなら、祐希が女子寮に千波を迎えに行っていたのだが、今は立場が逆転してしまっていた。千波が男子寮に祐希を迎えに来ていた。祐希は寮の管理人に礼を言って、荷物を千波の車に積み込んだ。今夜は、長野市内のホテルに宿泊する予定である。そして、明日の午後には電車で実家に帰省する予定だった。すでに、電車の指定席は押さえていたので、あとは予定通り行動するだけである。次はいつ実家に帰省できるかわからないため、今回は少しゆっくりとしてこようかと思っている。昼は千波の運転で、久しぶりに長野市内に買い物に出かけた。


 祐希「ねえ、久しぶりに、納豆カレーのお店いかない。」


 千波「いいよ。祐希の行きたいところで、食べたいものを食べて。」


 祐希「来年の年末年始は、アメリカで千波と過ごしたいな。」


 千波「そうだねー。まあ、予定通りいけば、そうなるよね。大丈夫だよ。」


 祐希「俺さー、なんか根拠のない自信があるんだよな。」


 千波「ある程度、楽観的にいたほうが、私はいいと思うけどね。まあ、祐希なら大丈夫だよ。誰に聞いても、同じこと言うもん。」


 祐希「誰かに聞いたの。」


 千波「もう、会社の人とか、高校の時の友達とか、しんせきのおばさんとか、近所のおばさんとか。」


 祐希「いやいや、会社の人以外は、俺のこと知らねえだろ。」


 千波「まあ、そうなんだけど。なんか落ち着かなくて。」


 祐希「そっか。まあでも、ありがとう。」


 二人は納豆カレーの店で、看板メニューの納豆カレーを食べた。祐希は初めて食べたのだが、思っていたよりもおいしい組み合わせだった。


 祐希「この組み合わせって、アリだな。おいしいよ。」


 千波「そうだね。これ、結構いけるかも。」


 その日の夜は、二人でホテルの部屋でゆっくりと過ごした。食事はケンタをお酒を買い込んで、部屋に持ち込んだのだ。そして、祐希は東京で買ってきた、クリスマスプレゼントを千波に渡した。千波も祐希にプレゼントをくれた。祐希はマフラーを、千波はライターをプレゼントした。


 千波「まあ、あんまりライターとか渡すのは良くないんだけどね。」


 祐希「なかなか、禁煙できないんだよね。でも、一日5本くらいしか吸わないけど。」


 千波「タバコやめなよ。まあ、ライターをプレゼントしておいていうセリフじゃないけどね。」


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