第5章 ボヤのあと
ボヤがあったため、男子寮の1号棟は閉鎖になってしまった。幸い、男子寮には2号棟もあり、かなりの空き部屋もあったため、とりあえず1号棟は取り壊すことになったようである。祐希と山下がいた部屋は、それほど水損被害はなかったが、日曜日中に2号棟へ移れとのことだった。会社側は、今回被害にあった寮生については、火曜日までは特別休暇ということにしてくれた。日曜日は、心配した千波も男子寮に手伝いに来てくれていた。
千波「いや、山ちゃんも祐希もとんだ被害だったね。」
山下「いや、俺的には、被害以上にいいネタもらったから、ぜんぜん気にならねえよ。」
千波「いや、まじで笑ったわよ。もう、私、北見さんの顔をまともに見れないよ。」
祐希「おまえな、愛するワイフを亡くしたんだぜ。いたわってやらなきゃ。」
千波「祐希も結構楽しんだくせに。」
山下「いや、これは伝説だよな。でも、北見さん怒られるんだろうな。」
祐希「そうそう、日曜日だっていうのに、総務部長も会社に出てきているらしいぜ。」
千波「で、北見さんは、いま会社で怒られているの。」
山下「多分ね。でもさ、あんなことの後にさ、笑わずに怒るのって、ある意味難しくねえか。」
祐希「言えてる。俺には無理だわ。北見さんの顔見たとたんに笑ってしまうわ。」
千波「いや、笑うっしょ、普通の人は。」
山下「ある意味、管理職も大変だよな。」
祐希「これって保険きくのかな。」
山下「きくだろう。」
三人は、部屋の荷物を段ボールに詰めながら、話をしていた。ついでに、不用品の処分もまとめてやろうということになったが、そもそも祐希も山下も、それほどたくさんの物を持っているわけではなかった。
祐希「さっき、総務部の人が言っていたけど、不用品があったら、あそこのコンテナに捨てていいって言ってた。」
山下「まあ、そんな不用品もないけどな。」
祐希「まあ、うちらそんなに物持ってねえし。」
千波「あれ、これって山ちゃんの。」
山下「うわ、沢田さん。ちょっと。」
山下が慌てて、千波の手にあった雑誌を取り上げた。
千波「なんか、巨乳がなんとかって表紙に書いてあったぞ。」
祐希「山下、お前、まさか・・・。」
山下「そう、その、まさかさ。」
千波「アホか。なんで、こうエロいアホが多いかね。」
祐希「だからさ、男は全員変態なんだって。」
山下「そうそう、世の中には、女と変態しかいないんだよ。」
千波「どんな開き直りだよ。で、そのエロ本どうするの、山ちゃん。」
山下「キープ。」
千波「キープなんかい。」
祐希「山下って、巨乳好きなんだ。でも、藤崎ってぺちゃんこだったじゃんか。」
山下「うるせえな。その話やめろって。」
千波「まだ未練があるの。私が、間を取り持ってあげようか。」
祐希「やめとけ。山下の次のターゲットは、ずばり、『ザ・巨乳女』なんだよ。俺たちが口を出すことじゃないんだよ。」
千波「あのさ、藤堂さんって、祐希のとなりの課にいるじゃん。あの人、めっちゃ巨乳だよね。」
山下「ああ、知っている。なんかさ、これ噂なんだけど、藤堂さんだけ、会社の制服が特注らしいぜ。」
千波「え、うそ、まじで。それって、乳に合わせて、作ってるってこと。」
祐希「お前、乳とか言うなよ。デリカシーねえな。」
山下「これ、まじらしい。総務部の池田さんが言っていた。」
千波「いや、でもありうるわ。なんか、体にあう服がぜんぜんないって言ってたもん。」
祐希「ああ、そうかもな。」
千波「なんかさ、わざわざ東京にでっかいサイズの服だけ売っている店があって、そこまで買いにいくって言ってたもん。」
祐希「おれさ、藤堂さんに、やっぱ巨乳だと肩こるんですかって聞いたことあるわ。」
千波「え、なに、それ、やめてよ、はずかしい。最悪じゃん。」
山下「お前、そんなこと聞いたのか。おまえもデリカシーないね。」
祐希「そしたら、真面目に答えてくれたぞ。やっぱり、すっごい肩凝るんだって。」
千波「そらそうでしょ。だって、胸に新生児2人ぶらさげてるようなものじゃん。」
山下「え、そんなに重いのか。ひと乳、3kgくらいあるのか。」
祐希「その、ひと乳ってなんだよ。」
千波「山ちゃんも、マニアだよね。」
結局、だらだらと3人で荷物を2号棟の部屋に運んだ。荷物もそれほど多くなかったので、昼過ぎには作業が終わった。
祐希「メシでも行くか。」
千波「一応、これって引っ越しだから、引っ越しソバなんかどう。」
山下「いいね。沢田さんの分は、俺たちのおごりでいいよ。」
祐希「そうだな。あの、『そばきち』でも行くか。あそこなら、歩いていけるし。」
千波「おう、行こう、行こう。」
三人は、男子寮から歩いて、蕎麦屋に行って食事を済ませた。千波はそのまま、歩いて女子寮に戻っていった。祐希と山下が、男子寮に戻ると、北見が戻ってきていた。
山下「北見さん。」
北見「おう、おまえら。迷惑かけたな。悪かった。」
祐希「いや、誰も怪我しなくて、良かったですよ。でも、ご愁傷さまです。」
北見「もう、それはいいって。今日なんか、会社でさんざん総務部長と富永課長に絞られたよ。」
山下「まあ、北見さん、でも本当に誰も怪我とかしなくて、良かったですよ。」
北見「まあな、一応保険も下りるらしいし。」
祐希「北見さんも、2号棟に移るんですよね。手伝いますよ。俺たちは引っ越し終わったから。」
北見「悪いな。迷惑かけたうえに、良くしてくれて。」
山下「いや、ぜんぜん問題ないっすよ。」
北見は、祐希達と違って、結構な荷物があった。特に、本がたくさんあった。ただ、ほとんどの本は焼けてしまっているか、消火時の放水によってダメになっていた。焼けた部屋のなかから、捨てるものと、新しい部屋に運ぶものを選別して、箱に詰めていった。
北見「いや、ほとんど使い物にならねえな。火曜日まで休みあるから、ちょっと買い物いってこないと。」
祐希「ですね。服とかも、かなりやられてますね。」
北見「もう、作業はいいや。俺がおごるから、飲みに行くか。」
山下「行きますか。」
祐希「行きましょう。」
午後5時半を過ぎると、あたりはかなり暗くなってきていた。祐希と山下は、温かい服に着替えて、外出することにした。北見には、祐希と山下の冬物の服を少し貸すことにした。三人は、寮から歩いていける居酒屋に行くことにした。その居酒屋は、全国チェーンの居酒屋で、男子寮からは歩いて10分くらいのところにあった。
店主(小澤)「はい、いらっしゃい。おう、北見ちゃん。大変だったね。いろいろ聞いたよ。」
そこの大将は、北見とも仲が良く、時々一緒に釣りに行っている釣り友達だった。
北見「まいど、小澤さん。どうせ、ろくな事聞いてないんでしょ。」
小澤「もう、北見ちゃん、有名人だぜ。」
北見「とりあえず、生の大3つ持ってきて。あと、焼き鳥10種盛り、肉豆腐、刺身盛り3人前。」
小澤「あいよ。」
北見「お前ら、なんでも好きなもの頼めよ。」
祐希「ピザ食っていいっすか。」
北見「おう、いいよ。山下、お前は。」
山下「そうですね、俺はレバニラ炒めかな。」
小澤「ピザは何にします。」
祐希「このサラミのピザお願いします。」
小澤「はい、サラミのピザとレバニラ炒め入りまーす。」
店内は、それなりに混んでおり、テーブル席はほとんど埋まっていた。祐希達3人は、カウンター席に陣取っていた。
北見「そろそろ、スキーの季節だな。お前ら、もう冬だぜ。」
山下「そうっすね。長野にいるからには、スキーに行かなきゃ損ですよね。」
祐希「だよな。すごい有名なスキー場がいっぱいあるもんな。北見さん、行きましょうよ。」
北見「おう、そうだな。でも、男だけじゃつまんねえからさ。誰か女の子で、スキーが好きな娘とかいない。おまえら、誰か同期の女の子とか誘えよ。」
山下「同期ですか。あんまりスキーするやついないんですよね。」
祐希「そうそう、長野人って、スキーをめっちゃする人と、全く興味の無い人に分かれるもんな。不思議だよ。」
北見「俺なんか、北海道出身だからよ。やっぱ、スキーとか好きだけどな。」
祐希「そっか、北見さん、北海道でしたね。」
そのうち、ビールが運ばれてきたので、乾杯をした。料理も次々と運ばれてきた。三人で雑談をしていると、店の奥のほうから、聞きなれた声が祐希を呼んでいた。
佐藤「祐ちゃん。」
祐希「あれ、佐藤じゃん。いたの。」
佐藤「いや、やっぱり祐ちゃんじゃん。どうしたの、男三人で。」
祐希「お前は、誰と。」
佐藤「慶子(田丸)ちゃんと、藤堂さんと三人で飲みに来てるの。」
祐希「え、お前、藤堂さんと知り合いなのか。」
佐藤「知ってるわよ。同じ高校の先輩だし、うちの姉ちゃんの友達だし。」
祐希「ああ、そう。小林は来てないの。田丸がいるんだろ。」
山下「あ、どうも、祐希と同室の山下です。」
佐藤「ああ、山下さん。どうも佐藤です。」
北見「あ、北見です。」
佐藤「どうも佐藤です。二人とも、祐ちゃんからよく話は聞いてます。」
祐希「一緒に飲むか。どっちも3人ずつだし。」
佐藤「いいよ。大将、どこか6人で飲めるテーブルない。」
小澤「ああ、さっき帰ったお客さんが使っていたテーブルを片づけるから、ちょいとお待ちを。」
佐藤「じゃあ、慶子ちゃんと、藤堂さんに言ってくる。」
そう言うと、佐藤は奥の座敷のほうに消えていった。
北見「だれ、あの子。」
祐希「あの、製造部にいる、俺の1年後輩の女の子です。同じ会社ですよ。」
山下「いや、俺も初めて会ったかも。」
北見「結構、かわいいじゃん。色白で、ちょっと髪の色がヤンキー入っているけど。」
祐希「あいつね、高校中退して、しばらくバイトしてから、親のコネかなんかで入社したみたいですよ。結構、やんちゃしてたらしいけど、あんまり昔のことは知らないんだけど。」
山下「おまえ、仲いいんだな。」
祐希「なんかね、馬が合うっていうか。たまに、小林と田丸も誘って、飲みに行ったりしてる。そう、中村とかも来るときあるし。」
山下「おう、同期の地元軍団だな。でもさ、同期でも、地元出身と俺たちみたいな県外出身者とでは、なんか壁があるよな。」
北見「そらそうだろ。地元出身の連中は、地元の連れがいるからな。」
祐希「そうそう、佐藤も田丸も地元民だし。たしか、藤堂さんも地元民だよ。」
山下「なんか、こう中に入っていけないっていうか。」
祐希「まあ、確かに、あいつらと飲んでると、地元ネタが多くて、ぜんぜん話についていけねえことがあるよ。」
北見「まあ、でもそれは仕方ないよな。あいつらはあいつらの人間関係があるわけだし、」
山下「ですよね。」
そうこうしているうちに、6人用のテーブルがきれいに片づけられ、店のアルバイトが飲み物と食べ物を移動してくれた。
北見「ほんじゃ、あらためまして、乾杯。」
全員「乾杯。」
佐藤「いや、祐ちゃん、久しぶりじゃん。」
祐希「そういえば、佐藤、お前スキーとかするの。」
佐藤「スキーはしない。寒いの嫌いだし。」
山下「いや、この長野市に住んでいて、それはもったいないな。」
田丸「私はスキー行きますよ。うちの家族はみんなスキーが好きなので。」
藤堂「私は、行きたいんですけど。スキーウェアがあうのがなくて。ね、わかるでしょ。」
北見「いや、あの、そうですね。」
佐藤「なんか、みんな藤堂さんの胸見てない。」
男「いやいやいや、見てないですよ。全然、見てないし。」
田丸「まあ、加奈子ちゃん(藤堂)が目の前にいると、目がいきますよね。」
佐藤「じゃあ、みなさん。拝観料払ってください。」
北見「拝観料って、なに。」
佐藤「乳・拝観料です。」
祐希「なんじゃ、そりゃ。で、ちなみにいくらなん。」
佐藤「350円です。」
山下「それ、善光寺の本堂に入るより高いじゃんか。」
佐藤「だって、ご利益ありますよ。でも、祐ちゃんは無料でいいよ。」
北見「ええ、なんで祐希だけ、無料なん。」
佐藤「だって、私のダーリンだし、ね、祐ちゃん。」
山下「なんじゃ、そりゃ。でも、乳は藤堂さんのもんだぜ。」
田丸「あんまり大きい声で、乳、乳、言わないでくださいよ。他に聞こえますよ。すっごい、恥ずかしいんですけど。」
佐藤「本当にご利益あるんだから。特に、安産とか。」
祐希「いや、俺たち、出産しねえし。」
山下「他には、どんなご利益が。」
北見「お前、本気でそんな質問してんじゃねえよ。」
藤堂「まあまあ、みなさん、私の乳で遊ばないでくださいよ。」
祐希「あ、でもね、山下、巨乳好きなんですよ。」
山下「おまえ、いきなり何言ってんだよ。」
佐藤「そういえばさ、今日、男子寮大変だったんじゃない。」
祐希「そうボヤがあってね。まあ、その話はやめよう。」
祐希は北見を気遣って、なんとか話をそらそうとした。
佐藤「祐ちゃんの部屋は大丈夫だったの。」
祐希「あんまり被害なかったよ。ありがとう。」
その後、しばらく6人で会話を楽しんだ。その時だった、店の奥のほうから、聞きなれた野太い声が聞こえてきた。
竹内「大将、熱燗追加。5本持ってきて。」
間違いなく、竹内の声だった。
北見「おい、竹内じゃねえのか、あの声。」
祐希「確かに、竹内ですね。北見さん、あいつにつかまる前に、店、出ましょうよ。」
山下「なんか、完全にできあがってるな、やつは。」
佐藤「あの人が、あの有名な竹内さんなの。」
いつの間にか、全員の声がひそひそ声に変わっていた。
祐希「さわらぬ神に祟りなしだよ。」
藤堂「それじゃ、お開きにしますか。」
とりあえず、北見のおごりということになった。北見は店主の小澤にツケにしてもらい、こっそりと全員が店を出ることにした。
祐希「いや、あっぶねー。なんで、竹内いるんだよ。」
山下「ありゃ、もうべろべろだったな。」
佐藤「やばいね、あの人。なんか、私、トイレ行くときに見かけたけど、一緒にいた男の人にすっごい絡んでたよ。」
祐希「いや、いつものことなんだよ。」




