第48章 最後の長野生活 その1
千波「で、そのトーフルっていうテストを受けてきたんでしょ。どうだったの。」
祐希「なんかね、聞き取りの問題とかさ、すっごい次から次へと問題が出てきてさ。ぜんぜん、余裕がなかったよ。まあ、俺なりにベストはつくしたけどね。」
千波「そっかー。なかなか手強いようね。私も受けてみようかな。」
祐希「いや、結構受験料が高いみたいだぜ。俺は会社負担で受けられるけどさ、さすがに自腹はしんどいと思うぜ。」
千波「ところで、東京の女にたらしこまれてないでしょうね。」
祐希「いや、そんなことあるわけねえし。」
千波「いやいや、祐希って案外もてるからね。」
祐希「もてないって。ちゃんと出張頑張ってきましたよ。」
千波「まあいいわ。」
金曜日はトーフルが終わってから、そのまま長野に直帰した。そして、今日は9月最後の土曜日だった。祐希は千波といつものモーニングを食べに喫茶店に来ていた。
千波「そっかー。もうあと1か月しか長野にはいないのか。」
祐希「遠距離恋愛になるね。でもさ、先は見えているから。離れているっていっても、長くて2年間くらいだし。」
千波「1年半にしてよ。」
祐希「まず、10月末に東京に行くでしょ。半年くらいは東京で研修だから、来年の5月に渡米でしょ。渡米してから、9月までは語学学校でしょ。」
千波「そこまでで、今から1年後か。」
祐希「そうだね。順調にいけばね。」
千波「で、9月に入学するのね。」
祐希「そうらしいね。まあ、何日ってところまではわからないけど。」
千波「で、それで、どうなるの。」
祐希「大学生活に慣れてきたところで、千波を呼び寄せる。」
千波「そっかー。じゃあ、すっごい最速で大学生活に慣れてよ。」
祐希「それは行ってみないとわからないよ。」
千波「で、籍はいつ入れるの。もう私はいつでもいいわよ。」
祐希「それなんだけど、5月の渡米は大学での面接のためなんだよね。そのあと、一時帰国したあと、最終的に渡米するらしい。だから、その一時帰国のタイミングでどうかなって。」
千波「そうね。それでその後は、私はどうすればいいの。」
祐希「もうさ、千波のことは東京の人事の人たちも知っているから。あとは会社からいろいろと指示があると思う。」
千波「なるほどね。」
祐希「あのさ、俺まだ全然お金ないから、そんなに高い指輪とか買ってやれないけど。」
千波「いいのよ。あとですっごい高いの買ってもらうから。」
祐希「まずは、この1年半から2年くらいが正念場ってところだね。」
千波「祐希なら大丈夫だよ。」
祐希「なんかさ、俺も出来そうな気がしてる。別に根拠とかないけど。」
千波「大丈夫だよ。そして、うちらはすっごい幸せな人生を送るのよ。」
祐希「もちろん、そうだよ。子供は3人だろ。」
千波「そうよ。私がんがん産むわよ。」
祐希「いや、出産ってそういうもんじゃないし。」
千波「今日さ、夕飯は寮の近くで飲まない。山ちゃんとか円とかと。」
祐希「山下は忙しいだろ。野口さんと出かけてるんじゃない。」
千波「大丈夫よ。もう野口さん経由で話してあるから。」
祐希「そうなの。昨日の夜は、あいつ何にも言ってなかったけどな。」
千波「今日、野口さんから聞いているんじゃない。」
祐希「ああ、そういうことか。」
千波「ねえ、映画でも見に行かない。」
祐希「いいよ。何か見たいのあるの。」
千波「いや、何を上映しているかわかんないけど、なんか映画の気分なんだよね。」
その日は、長野市内で映画を見て、そのあと千波の買い物に付き合った。その後、いったん寮に戻り、徒歩で居酒屋に行くことにした。
祐希「居酒屋の前で降ろすからさ。先に始めててよ。俺は車を停めてから、歩いて来るから。」
千波が店に入ると、すでに山下たち3人が来ていた。
山下「沢田さん、こっちこっち。」
千波「久しぶり。祐希は車を停めてから来るって。」
円山「なんか、こうやって揃うのも久しぶりだよな。」
千波「そうね。パンチパーマ以来だよね。」
山下と円山はすでにビールを飲んでいたので、追加でビールを2つ頼んだ。そのうち、祐希が店に入ってきた。野口はいつも通り、グラスワインを飲んでいた。
祐希「悪い、悪い。遅くなって。あ、これ円山、お土産。駅まで送ってもらったから。」
円山「いやだから、ひよこはいらねえって。」
野口「ひよこ、美味しいですよね。」
円山「ああ、じゃあ野口さんにあげますよ。」
野口「いいんですか。」
祐希「まあ、円山がいらないなら、野口さん貰ってください。」
ちょうど、その時、ビールが運ばれてきたので、5人で乾杯をした。
祐希「いやあ、長野の飲み屋は席が広いよな。」
野口「席が広いって。」
祐希「いやね、東京の居酒屋に行ったんだけど、もう席が狭くてさ。しかも、時間制だから、さっと飲んで、さっと食べて、店を出なきゃいけないんだよ。」
千波「なんか、せわしないわね。でも、席が狭いって、どういうこと。」
祐希「なんかね、長野でいう4人用のテーブルだと、東京なら6人用になっちゃう。」
山下「それじゃあ、ぎゅうぎゅうじゃんか。」
祐希「そうそう、すっごい狭いんだよ。」
円山「あーだめだわ。俺は東京には住めないね。」
野口「あ、そうだ。祐希君って誕生日だったよね。」
祐希「ああ、水曜日にね、21歳になりましたー。」
野口「じゃじゃーん。これね、みんなから。」
そう言うと、野口がデパートの紙袋を渡してくれた。中には、きれいな包装紙に包まれた箱が入っていた。
祐希「え、なになに。」
祐希はそういうと、わざとらしい泣きまねをした。
祐希「みんな、ありがとう。」
ハンカチで白々しく、目頭を拭ってみせた。
千波「すっごい安っぽい芝居するわよね。」
山下「はいはい。で、なに頼む。」
祐希「無視かよ。ひでえな。」
山下と野口が仲睦まじそうに、メニューを見ながら、店員にいろいろと頼んでいた。祐希は早速プレゼントを開けてみた。中には、きれいなシルクのネクタイが入っていた。
祐希「すげえ。このネクタイすっごい、肌ざわりがいいんだけど。」
千波「それ、シルクだよ。肌ざわりいいでしょ。色もツヤツヤしててきれいでしょ。」
祐希「みんな、ありがとう。いや、これはいいものもらったな。」
山下「食べ物だけど、なんか、適当に頼んだからね。俺と野口さんの好きなものを中心にな。」
祐希「あのさ。すっげえ、アホみてえな話していいか。」
円山「いいけど、本当にアホみてえな話なんか。」
千波「なによ、そのアホみてえな話って。」
全員が祐希に注目した。
祐希「しゃぶしゃぶ食ったことあるか。」
山下「え、しゃぶしゃぶ。」
円山「お前、まさか行ったのか。」
祐希「そう行ったよ。」
円山「つうか沢田さんのまえで、そんな話していいのか。」
千波「え、どういうこと。私の前でしゃぶしゃぶの話しちゃ何かまずいの。」
円山「しゃぶしゃぶって、あのあれだろ、若い姉ちゃんがノーパンで肉を運んでくるというやつじゃないのか。」
山下「お前、それノーパンしゃぶしゃぶじゃねえか。」
円山「そうそう、それだよ。祐希、行ったのか。」
祐希「お前、何意味不明なこと言っているんだよ。」
どうやら、円山は全てのしゃぶしゃぶ屋は、若い女性がノーパンで給仕をしてくれるものと思っていたらしかった。
千波「もう、円って最悪じゃんか。あんた、バカじゃないの。そんな、日本全国のしゃぶしゃぶ屋さんでさ、ノーパンのお姉さんが肉を運んでくると思ってたの。」
円山「え、違うの。」
全員がほとんど軽蔑のまなざしで円山のほうを見つめた。
山下「いやー、お前、かなり重症だな。」
祐希「そんな店行くわけないじゃんか。」
野口「あのー、そのノーパンなんとかって何ですか。」
千波「ああ、野口さんはそんなこと知らなくていいから。」
なぜか、その野口さんの一言がなぜか面白く思えて、みんなが笑った。
山下「でさ、今後のスケジュールって決まったのか。」
祐希「決まったよ。10月の第4週に東京へ引っ越しになった。いよいよ転勤だよ。」
円山「そうかー、なんか寂しくなるよな。」
千波「でもさ、まあめでたいことだし。」
野口「千波さんは寂しいんじゃないですか。」
千波「まあ、寂しいけど、自分の彼氏がこんな大チャンスをもらえたってことはありがたいことだしね。」
山下「そうそう、物事の良い面を見ないとね。頑張れよ。みんな応援しているんだから。」
円山「そうだよ。お前は、まだまだ伸びしろがあるってことだよ。」
祐希「なんだよ、その上から目線は。」
野口「でも、すごいですよ。そうだ、みんなで東京に会いに行けばいいじゃないですか。」
山下「それいいね。行こうぜ、東京に遊びにさ。」
円山「そうだよ。俺も行くよ。六本木行こうぜ。」
千波「円はそういうガラじゃないじゃんか。」
祐希「お前ほど、その六本木とか似合わねえやつはいねえよ。」
野口「ディズニーランドに行きましょうよ。みんなで。」
山下「そうだ。祐希と沢田さんは行ったんじゃなかったっけ。」
千波「行ったわよ。もうねー、すっごい楽しかった。」
野口「行きたーい。計画たてましょうよ。」
円山「いや、俺だけ彼女いねえし。つうか、誰か女子誘ってよ。」
祐希「竹内でも誘うか。」
山下「いやいやいや、それは円がかわいそうだわ。」
円山「いや、この際、竹内でも我慢するわ。」
千波「いや、竹内さんだって選ぶ権利あるでしょ。」
祐希「ああ、まあそれもそうだな。」
野口「私の短大のときのお友達誘ってみますよ。」
円山「ええ、いいんですか。誘ってくださいよ。」
なぜか、話の流れで、その場にいた5人+野口さんの短大時代の友人の合計6人でディズニーランドに行くようなことになってしまった。
山下「俺さ、ディズニーランドって行ったことないわ。」
円山「ああ、俺もない。」
祐希「でもさ、円山はディズニーランド行くまでに、その髪型何とかしろよ。」
千波「さすがに、ディズニーランドにパンチパーマはないよねー。」




