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第47章 東京出張 その3

 水曜日の朝は二日酔いのためか、少し頭が痛かった。青柳とバーに行ったことまでは、はっきりと記憶があるのだが、そのあとの記憶はかなりおぼろげになっていた。なぜか、朝は猛烈な空腹感に襲われた。寮の1階で昨日と同じように一人で朝食をとった。今日からは、2課で設計の実習をするとのことだった。なんとか、寮から職場までの行き方は覚えたし、東京オフィスの様子もだいたい把握できた。今日は外は快晴だった。暑かった残暑もかなり和らいできていた。急に一瞬にして夏が去り、入れ替わるように秋がそこまでやってきていた。そして、今日は祐希の21歳の誕生日だった。本当なら千波と一緒に過ごしたかったが、出張と重なりあったため仕方がなかった。


 水曜日と木曜日は設計2課での設計実習だった。よって、人事部には立ち寄らず、朝から設計2課の自席に出勤した。祐希が出勤したときには、もうすでに半分以上の課員が出勤してきていた。山中も青柳もすでに出勤してきていた。


 青柳「橘君、おはよう。昨日はちゃんと帰れた。」


 祐希「おはようございます。ちょっと、二日酔い気味かも。」


 山中「橘、そんなに飲んでなかっただろ。」


 祐希「いや、私はそんなにお酒強いほうじゃないんで。」


 山中「そうか。まあ、あれがうちの課員たちだよ。」


 祐希「課長、ありがとうございました。なんか、歓迎会とか全く想定外だったので、嬉しかったです。」


 山中「まあ、お前も仲間だってことだよ。」


 祐希は自席についた。そのうち、朝礼が始まり、そのあとそれぞれが自分の仕事を開始した。祐希は手持無沙汰で、自席についていた。いったい、何をすれば良いのかさっぱりわからなかった。そのうち、青柳が近づいてきた。


 青柳「じゃあ、今日と明日は、私がいろいろと仕事のやり方を教えるから。」


 祐希「設計実習って、青柳さんとやるんですか。」


 青柳「そうよ。私もこう見えて、一応設計技術者ですから。事務員だと思ってたの。」


 祐希「いや、別にそんなことはないですけど。」


 青柳「ねえ、なんか飲み物とか欲しいでしょ。8階に自販機あるから、買いに行こうよ。」


 昨夜のバーで見た青柳とは明らかに別人のような感じだった。今、目にしている青柳は、本当に同い年の普通の女の子という感じだった。だが、昨夜の青柳はどう控えめに見ても、同い年の女性とは思えないほど大人の雰囲気をまとっていた。この昼と夜とのギャップはなんなんだろうか祐希には理解できなかった。


 青柳とエレベータに乗って、8階まで上がった。8階の食堂には確かに、何台か飲料の自動販売機が設置されていた。祐希は、缶コーヒーを1本買った。青柳は、フルーツ系のジュースを買っていた。


 青柳「今日はしゃぶしゃぶ屋さんに行くって聞いたよ。」


 祐希「ああ、森さんに何食べたいって聞かれたからさ、お肉って答えたら、じゃあしゃぶしゃぶねって言われて。」


 青柳「しゃぶしゃぶ美味しいよね。いいチョイスだと思うよ。」


 祐希「青柳さんて、昼と夜では別人みたいだね。」


 青柳「そんなことないでしょ。私は昼でも夜でも私だし。」


 オフィスに戻ると、青柳は祐希のとなりのデスクに陣取って、設計作業の進め方をいろいろと指導してくれた。祐希は設計業務というものは未経験だったため、彼女から基礎的な作業の進め方を学ぶことになった。そもそも、設計とは図面を作図するようなイメージがあるのだが、各種の膨大な計算作業が必須だということがわかった。青柳の指導は要領がよく、的を得た簡潔な説明がなされており、彼女はかなり優秀な技術者だということがわかった。そうやって、午前、午後ともに研修はあっという間に終わってしまった。


 青柳「まあ、今日はここまでにしようか。」


 祐希「すっごいわかりやすかったです。ありがとうございました。」


 青柳「でも、橘君は飲み込みが早いよね。説明も一回で済むから、私も楽だったわ。」


 祐希「いえいえ、なんかあっという間でした。」


 青柳「じゃあ、もう定時になったし、上がろうか。」


 祐希と青柳は、山中に挨拶をして、その日は帰宅することにした。今日は、祐希の21回目の誕生日なのである。まさか、先週まで顔も名前も知らなかった、東京本社の同期に祝ってもらえるなんて、全く想定外の出来事だった。祐希は実は、しゃぶしゃぶなるものを食べたことがなかった。青柳とオフィスビルの1階ロビーで待ち合わせた。そこに、森も合流して3人で品川駅に向かった。夕方になっても、天気は良かったが、西日が強く差していた。品川駅から電車に乗り、川崎駅に向かった。


 森「祐希は今日は実習していたんでしょ。どうだった。」


 祐希「いや実は、青柳さんが講師をしてくれて、すごい勉強になったよ。」


 青柳「橘君は飲み込みが早くて、こっちも楽させてもらったわ。」


 森「よかったじゃん。東京異動になったら、毎日半日は業務をしなきゃいけないんだから、遅かれ早かれだよね。」


 祐希「そうだね。ところで、東京本社ってうちらの同期ってかなりいるの。」


 森「多いわよ。うちらの年って入社した社員も多かったからね。地方の事業所にもたくさん行ったけどね。」


 祐希「そうなんだ。あまり、他の事業所との交流ってないから。」


 青柳「でも、東京本社では同期全員が集まったりとかないけどね。長野はどうなの。」


 祐希「まあ、東京本社と違って、同期の人数も少ないから、一応全員の名前と顔くらいは知っているけど、全員集合はないなー。」


 森「もう、本社はね結構人間関係がドライだからね。あんまり、べたべたと濃い付き合いをみんなしたがらないっていうか。まあ、ある意味、楽と言えば楽なんだけど。」


 青柳「私は、今くらいがちょうどいいけどね。」


 森「京子(青柳)は、結構ドライだもんね。」


 青柳「そうかな。普通じゃない。」


 お喋りをしている間に、川崎駅にはすぐに着いた。改札を出て、駅の東口にある駅ビルに入った。祐希は勝手がわからないので、森と青柳のあとをついていった。とにかく、夕方の帰宅時間だったので、駅周辺は人でごったがえしていた。


 森「大丈夫よ。ちゃんと4人で予約してあるから。」


 青柳「ねえ寛子、4人ってどういうこと。」


 祐希も4人と聞いて、ちょっと不思議に思った。われわれ以外に、一体誰がいるというのだろうか。


 森「いや、じつはもう一人呼んでいるんだよね。あとで紹介するからさ。」


 青柳「そうなの。私の知っている人なの。」


 森「いや、京子は面識ないと思う。」


 3人が店に着くと、すぐに店員が個室に案内してくれた。ちょうど4人用のテーブルが部屋の中央に置かれ、4人分の準備がされていた。


 祐希「もうひとり誰か同期が来るのかな。」


 森「そのうち来るわよ。ここさ、2時間制だから、午後8時には出なきゃいけないのよね。」


 青柳「まあ、仕方ないよね。どうする、飲みものとかさ。もう、頼んじゃう。」


 祐希「いや、もう一人の人が来てからがいいんじゃない。」


 森「いや、何時になるかわからないから、先に始めようか。」


 青柳「いいの。じゃあ、ビールでいいよね。」


 祐希「俺はビールでいいです。森さんは。」


 森「私もビールでいいよ。」


 すでに食事は時間制限の食べ放題となっているようだった。店員が出汁の入った、しゃぶしゃぶ用の鍋を持ってきた。そして、テーブルの中央にあるIHのスイッチを入れた。そして、肉の入った四角い重箱のような容器をいくつか持ってきた。しゃぶしゃぶの追加は部屋にあるインターホンで頼むように説明された。森が3人分のビールを頼んだ。


 そのうち、鍋が湯だってきたので、まずは中に野菜とお豆腐を入れた。そのうち、飲みものが運ばれてきたので、3人で乾杯をした。


 森「もう、お肉入れて食べようよ。」


 テーブルには、ポン酢とゴマダレの2種類のタレが用意されていた。そのほか、薬味や七味などがテーブルには並べられていた。鍋に薄い牛肉を入れようとしていたときに、個室の引き戸が開いて、一人の男性が入ってきた。祐希は、ふと彼の顔を見てみた。それは、中学の同級生だった新井だった。


 祐希「新井。おまえ新井だよな。」


 新井「祐希、久しぶり。お前、今日誕生日なんだって。」


 中学校の卒業以来会っていなかった旧友と、まさか川崎のような遠く離れた地で会えるとは想像もしていなかった。


 祐希「森さん、どういうことなの。」


 森「祐希が月曜日に新井君のこと言ってたから、内線で電話してみたのよ。それで、水曜日に来ないってお誘いしたのよ。だから、じつは私は初対面なの。」


 新井「森さん。ありがとうございます。いや、電話もらったときは、びっくりしちゃって。」


 森「はじめまして、人事の森です。」


 青柳「はじめまして、青柳です。」


 新井「新井です。祐希とは同じ街の出身なんです。小学校と中学校が一緒だったんですよ。」


 祐希はいきなりのことだったので、何を話せばいいのか、わからなかった。


 森「まあ、みなさん、とりあえず座りましょう。新井さん、お酒はどうします。」


 新井「同じもので。」


 青柳がインターホンでビールの追加を頼んでくれた。


 青柳「昨日、橘君が言っていた、新井さんってこと。」


 祐希「そうそう。俺と新井は子供のころからの友達なんだよ。それで、俺は高卒で今の会社に入ったんだけど、新井は高専に進学したから、今年就職したんだよ。それで、俺と同じ会社に入社してきたってわけ。」


 青柳「そうなんだ。」


 新井「俺は祐希がこの会社にいるって知っていたから、彼の社内の内線番号を調べて先月一回だけ電話してみたんだよ。」


 祐希「それで、俺が月曜日にこっちに来た時に、森さんに新井のことを話したわけ。」


 新井「そしたら、森さんから、祐希が東京に来ているから、水曜日の夜で食事に行きませんかって連絡をもらったんだよ。」


 森「最初は、知らない人だし、いきなり電話したもんだから緊張したわよ。」


 青柳「そういうことね。じゃあ、寛子も新井さんとは初対面ってことか。」


 森「そういうこと。なんか、二人を再会させてあげたくてさ。」


 青柳「寛子らしいよね、そういうところ。」


 祐希「いや、森さんって気配りの人ですよね。」


 森「そうよ、もっと褒めてよ。ほらほら。」


 新井「ということは、全員同い年ってことか。」


 新井のビールが運ばれてきたので、あらためて乾杯をした。祐希は一気に緊張がゆるんだようになった。


 祐希「いやね、最初3人だと思っていたのに、急に森さんが4人で予約しているって言うからさ、誰が来るのかと思っていたよ。まさか、新井だなんて想定外だったわ。」


 森「ねえねえ、方言で話してよ。」


 祐希「ああ、それよくね言われるんだけど、全員方言なら方言が出るんだけどね。」


 新井「言えてる。案外、急には切り替えられないっていうか。」


 青柳「あーわかる。私もさ、地方出身だからさ。田舎に帰るとすぐに出るんだけどね。」


 新井「青柳さんはどちらですか。」


 青柳「大分です。大分は美人が多いんですよ、知ってました。」


 祐希「いや知らない。そうなの。」


 青柳「いや、私がそう思っているだけなんだけど。」


 祐希「俺、大分人の知り合いって、青柳さんが初めてかも。」


 新井「森さんは、東京なんですか。」


 森「八王子なんですよ。」


 祐希にとっては、いきなりのどっきりだったが、嬉しいどっきりだった。新井と話しているうちに、だんだんと言葉が方言になっていった。そのたびに、女子2人から言葉の意味を聞かれた。誕生日会という名の飲み会はあっという間に時間が過ぎて行った。


 森「さて、そろそろお会計して行きますか。」


 新井「祐希の分は僕が持ちます。」


 祐希「いや、いいって。払うよ。そんなん、みんなやりくり大変なんだから。」


 青柳「いやいや、お誕生日の人は免除でいいよ。」


 結局、祐希の分はあとの3人が払ってくれることになった。そして、店を出たあとは、女子はそれぞれ帰宅していった。祐希は新井ともう一軒行こうということになった。


 新井「いや、しゃぶしゃぶ美味かったわ。それと、あの二人めちゃ性格ええなー。なんか、あか抜けてるし。うちら田舎者とはちょっとちゃうな。」


 祐希「いや、俺も今週会ったばっかりやしな。でも、ええ感じの子やわ、ふたりとも。」


 新井「そういえば、森さんが言うてたけど、お前アメリカに行くらしいな。前に電話で言ってた、東京に異動になるかもって、そのことなんか。」


 祐希「そうや。なんかな東京で研修してから、それからアメリカに行けって。」


 新井「なんか、森さんが言うてたけど、お前以外にもう一人候補者がいたらしいで。」


 祐希「そうなん。知らんかったわ。」


 新井「あの、青柳さんらしいわ。」


 その言葉に祐希はかなり驚いた。確かに、今日の研修のことを考えると、青柳は相当優秀だとは思っていたが、祐希と青柳の2人が候補になっていたというのは、初耳だった。


 祐希「いや、それ本当なんか。」


 新井「まあ、人事担当者が言うんやから、本当やろ。」


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