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第45章 東京出張 その1

 9月の第4週の月曜日の朝に祐希は東京に行くことになった。当日は、駅まで円山の車で送ってもらった。円山はそこから寮に戻り、出社しなければならないので、かなり早朝に駅まで行くことになった。


 祐希「悪いな。平日の朝なのに。」


 円山「いや、この時間なら出勤に間に合うから大丈夫だ。気をつけてな。」


 祐希「ありがとう。お土産は、ひよこでいいか。」


 円山「いらねえよ。買ってくるんなら、もっと気のきいた物にしてくれよ。」


 祐希「じゃあ、行くわ。ありがとな。」


 円山「ああ、それじゃ。」


 円山の車は今来た道を引き返していった。空はどんよりと曇り、今にも雨が降りそうな天気だった。日本列島は、西から近づきつつある台風によって、西日本各所で大雨が降っていたが、まだその雨雲は長野市まではきていなかった。


 祐希は東京行きの切符を購入し、しばらく時間があったので、軽く蕎麦でも食べることにした。立ち食いの蕎麦屋に入ると、月見そばを注文して食べた。その後、改札を通り抜け、東京行き特急列車のホームに行った。しばらく待ったあと、特急列車が入ってきた。すでに予約席を確保してあったので、その席に座った。週頭ということもあり、週末を長野で過ごしていた、単身赴任の男性会社員と思われる人たちがまばらに座っていた。


 東京駅に到着したあと、山手線で品川に行った。本社ビルは、品川駅から田町方面に歩いて15分くらいのところにある。いわゆる第一京浜道路を北のほうに歩いていくのである。比較的わかりやすい位置に本社があるため、ほとんど迷うこともなく本社に着いた。受付の女性に出張者であることを告げ、人事部の伊藤課長を呼び出してもらった。そして間もなく、伊藤が一階の受付に降りてきた。


 伊藤「橘君だね。」


 祐希「はい、橘祐希です。お世話になります。」


 伊藤「大森から引き継いでますから。とりあえず、一緒に人事部のほうに来てもらえますか。」


 そう言うと、伊藤はエレベータに一緒に乗るよう、祐希に手招きしてきた。二人がエレベーターに乗ったあと、伊藤は10階のボタンを押した。


 伊藤「ここの10階に人事部がある。それと君が一時的に配属になる、設計2課は4階にあるから。」


 祐希「はい。もう今日のスケジュールみたいなものはあるのでしょうか。」


 伊藤「この後、人事部で面談をしてもらう。その後、会社の8階にある食堂で昼食をとり、うちの課員と一緒に君が入る予定の川崎の寮に行ってもらう。」


 祐希「わかりました。」


 伊藤「川崎の寮では、もう君のお布団とかが用意されているから、今日からの1週間はそこで寝泊りしてもらう。」


 祐希「ここから、どのくらいですか。」


 伊藤「品川と川崎は東海道線って電車ですぐだよ。寮は川崎駅から、バスで15分くらいかかる。」


 祐希「あんまり東京というか、関東の地理に疎いもので。」


 伊藤「みんな最初はそんなもんだよ。橘は出身はどこなんだ。」


 祐希「福井県小浜市です。」


 伊藤「そうか、わりと近いな。俺は京都の宮津市だよ。」


 祐希「いや、全然近所ですね。天橋立のところですよね。」


 伊藤「そうそう。まあ、東京は地方から出てきた人が多いからな。生粋の東京人のほうが珍しいかもな。」


 二人はエレベータを降りて、人事部のある事務所に入った。その後、人事部の会議室に案内された。


 伊藤「ちょっと、ここで待っていてくれ。部長を呼んでくるから。」


 祐希「はい。わかりました。」


 会議室の椅子に腰かけ、祐希はしばらく待たされることになった。会議室には窓がついており、外を見ると東京タワーが見えた。ほんの数週間前に、千波と観光していた場所だった。10分ほどそこで待っていたら、伊藤が人事部長を連れて会議室の中に入ってきた。


 伊藤「神谷部長、こちらが長野事業所から今度東京に異動してくる予定の橘君です。」


 神谷「君が橘君か。まあ、座ってくれ。」


 東京人事部長の神谷と、課長の伊藤との3者での面談が始まった。


 神谷「もう、大森君からはほとんどの内容を聞いているんだろ。」


 祐希「ええ、おおよその話は伺っております。あとは、東京での研修のスケジュールとか渡米の時期などは、こちらの人事部と調整してくれとのことでした。」


 伊藤「そうか。それで、長野の上司の方とは、東京への引っ越しの時期とかは話はしてあるのか。今やっている仕事の引継ぎとかあるだろうし。」


 祐希「引継ぎはほぼ終えております。10月の辞令以降であれば、いつでも良いとのことでした。」


 神谷「そうか。じゃあ、話は早いな。あとは、橘君のタイミングで引っ越しは決めてもらっていいが、10月中にはこちらに引っ越してきて欲しい。すでに、寮の部屋が決まっているし、新しい職場での受け入れ準備も終わっているようだし。」


 祐希「ありがとうございます。10月の第4週でいかがでしょうか。」


 伊藤「こちらは全然問題はないけど。」


 神谷「まあ、君も住み慣れたところから離れるわけだし、目一杯延ばしたい気持ちはわかるよ。それじゃあ、10月の第4週の月曜日から、こちらに出社ということでどうかな。」


 祐希「ええ、それで結構です。」


 伊藤「この後は、設計2課に挨拶に行ってもらうよ。うちの若い社員を案内につけるから、彼女と一緒に行動してくれ。」


 そう言うと、伊藤は会議室を出て、しばらくして一人の女性社員を連れて戻ってきた。若い女性だった。


 伊藤「橘君、こちらは森さんだ。」


 森「森です。初めまして。」


 伊藤「じゃあ、森さん、あとはお任せしますね。」


 そこで伊藤は会議室を出ていった。


 祐希「橘祐希です。よろしくお願いいたします。」


 森「橘君は、私と同期ですよ。同い年の同期。」


 祐希「え、じゃあ今年21歳ってことですか。」


 森「ええ、5月に21歳になりました。」


 祐希「僕は明後日が誕生日なんです。」


 森「あらら、それじゃあ、こっちで誕生日を迎えるんですか。」


 祐希「そうなります。」


 森「じゃあ、明後日ってことは水曜日ですから、一緒に食事でも行きませんか。」


 祐希「いいですけど、僕は店とか全く知らないですよ。」


 森「大丈夫です。この辺のお店なら、結構知ってますから。」


 その後、森は祐希を連れて、第4技術部へ挨拶に行った。


 森「部長、橘君をお連れしました。」


 三田「森さん、ご苦労さん。ちょっと、二人で会議室で待っていてくれないか。」


 森「わかりました。」


 森は技術部の会議室に祐希を案内して、中に入った。ここで、三田部長と山中課長との面談が行われる予定である。しばらくして、先ほどの部長とは違う男性社員が会議室に入ってきた。


 山中「お待たせしました。部長はあとから来ますから、まずは私との面談を進めましょう。」


 森「山中課長、こちらが橘さんです。今朝、長野からこちらにいらっしゃいました。橘さん、こちらが設計2課の山中課長。東京にいる間は、山中課長が橘さんの上司になります。」


 祐希「課長、はじめまして。橘祐希です。よろしくお願いいたします。」


 山中「そうか、君が橘君か。いや、君のことは東京でもかなり話題になっているよ。まあ、あまり緊張しなくていいから、楽にしてくれ。」


 山中は二人に着席するよう促した。二人は、山中の対面に着席した。


 山中「一応、設計2課に配属ということになるが、まああくまでも形式上だということだ。留学の準備とか、社内研修のほうを優先するよう上から指示が出ている。」


 祐希「わかりました。でも、仕事もやらせてもらえるんですよね。」


 山中「まあ、焦るな。まずは、東京の生活に慣れるようにしてくれ。一応、森さんが生活面のサポートをすると聞いているから、わからないことは彼女に聞いてくれ。」


 森「一応、東京生まれの東京育ちなので、ある程度のことはわかるから、わからないことは遠慮なく聞いてください。まあ、東京と言っても、八王子ですけど。」


 祐希「いえいえ、なるべく森さんに迷惑をかけないようにします。」


 山中「研修については、人事部でカリキュラムを準備しているらしいから、それまではこちらの仕事を手伝ってもらうことになる。」


 その時、会議室のドアが開き、さきほど顔を合わせた三田部長が入ってきた。


 三田「いやごめん、ごめん。ちょっと、客先でトラブルがあってね。」


 森「すいません、お忙しいところをお邪魔したみたいで。」


 三田「橘君だね。第4技術部の三田です。よろしく。」


 祐希「部長、はじめまして。橘祐希です。こちらにお世話になることになりました。」


 三田「まあ、もう私から説明することはないと思う。生活面は森さんにいろいろと相談するといい。それと、うちの設計2課に来るようになったら、こちらも君の同期がいるから、彼女をサポートにつけるから。」


 祐希「いろいろとありがとうございます。」


 森「それじゃあ、お昼休みも近いので、とりあえず会社の食堂を案内してきます。」


 三田「おう、そうしてくれ。今日は寮も見に行くって聞いている。寮の見学が終わったら、今日はもう上がっていいぞ。」


 祐希「わかりました。ありがとうございます。」


 そう言うと、三田も山中も会議室を出ていった。会議室には祐希と森の二人が残された。


 森「橘君って、祐希って名前なんだ。」


 祐希「そう、祐希です。森さんは。」


 森「私は寛子っていうの。」


 祐希「森寛子ですか。いい名前ですね。」


 森「なんか、ありふれた名前だけどね。まあ愛着はあるけど。」


 祐希「あの、お昼行きませんか。」


 森「あ、そうだね。会社の食堂があるから、そこに案内するね。本社の食堂のご飯はおいしいのよ。」


 祐希「そうなんだ。長野事業所の大食堂はやばいくらい不味いですよ。」


 森「それ有名だよね。長野に出張に行った人が全員同じこと言っているもんね。なんか、怖い物食べたさっていうか、一回食べてみたい。」


 祐希「いや、全力でお勧めしませんよ。」


 森「そんなに酷いの。」


 祐希「まあでも、すっごい空腹だったら食えるかなってレベルですね。」


 森「そっか。じゃあ、ご飯行こうか。」


 祐希「ですね。」


 二人はエレベータに乗って8階の大食堂に入った。社員数に比べて、食堂のテーブル数が不足しているため、昼休み時間が3つのシフトになっていた。それぞれ、20分のインターバルで昼休みは始まり、同じように昼休みが終わるのである。よって、20分ごとに食堂で食事をする社員が入れ替わるように工夫されていた。祐希と森が食堂に行ったときは、ちょうど最初のシフトの人たちが食べ終わるころだった。森は食堂のシステムを説明してくれた。定食、麺類、カレー・丼物のカウンターが分かれており、食堂の前払いカードでの精算になるとのことだった。カードは食堂内の自販機で購入することができる。希望の金額のボタンを押して、お金を入れれば、カードが発行されるようになっていた。要するに、テレフォン・カードと同じ要領だった。祐希はカードを2000円分購入した。


 森「何が食べたいですか。」


 祐希「森さんのお勧めでいいですよ。」


 森「じゃあ、パスタとかどうです。」


 祐希「いいですよ。パスタ好きだし。」


 森「ここのパスタは日替わりで、結構おいしいんですよ。」


 その日のパスタはジュノベーゼだったが、祐希は生まれて初めて、この緑色のパスタを見た。


 森「ジュノベーゼですね。バジルの匂いがする。」


 祐希「ジュノベーゼってなんですか。」


 森「パスタの種類ですよ。バジルソースのかかったパスタ。バジルは大丈夫ですか。」


 祐希「バジルですか。いや、よくわかんないな。」


 森「香草ですよ。」


 祐希「いや、初めて食べますけど、挑戦してみます。」


 パスタにはスープとミニサラダがついていた。会社でこんな洒落た食事ができるなんて、祐希には信じられなかった。


 祐希「おいしいですね。魚介も入っているみたいだし。ぜんぜん、いけますよ。」


 森「ここのパスタはだいたいハズレはないですよ。会社から補助が出ているから、それほど高くないし。」


 祐希「長野も大食堂の食事は安いですけど、あまり美味しくないですよ。」


 森「午後からは、外出しましょうね。川崎の寮への行き方とか、寮の部屋の見学とかで今日は終わり。」


 祐希「はい。よろしくお願いいたします。」


 森「じゃあ、食事が終わったら、会社を出ましょう。川崎はすぐですよ。」


 9月の最後の週だったが、その日はまだ残暑が厳しい一日だった。二人が外に出た時刻は、天気は良かったが、あまり風もなく蒸し暑かった。森が2人分の切符を買ってきて、そのうち1枚を祐希に渡した。


 森「切符の買い方くらいはわかるよね。」


 祐希「ええ、さすがにそれくらいはわかりますよ。」


 森「じゃあ、行こうか。なんか、デートみたいだね。」


 なぜか、森は会社内にいたときとは、全く祐希への接し方が違っていた。まるで、昔からの親しい友人みたいな振る舞いにかわっていた。


 森「ねえ、祐希って呼んでいい。」


 祐希「ああ、いいですよ。長野の職場でも、みんな祐希て呼んできますし。」


 森「そう。じゃあ、祐希、行こうか。」


 祐希は、品川駅の改札を森のあとに続いて通過した。品川駅は巨大な建築構造物で、いくつもホームがあり、しかも大勢の人が行きかっていた。しかも、人々の歩く速度がすごく速く感じた。


 祐希「東京の人って、なんでこんなに歩くのが速いんですか。」


 森「さあ、私はもう毎日のことだから、慣れているけど。」


 東海道本線の電車に乗り、川崎駅で降りた。品川から川崎は案外近かった。


 祐希「川崎って初めてきましたよ。大きい街ですね。」


 森「さっき、電車で河を越えたでしょ。あれが、多摩川っていうの。」


 祐希「あれが多摩川ですか。名前だけ知ってましたけど。」


 森「まあ、この辺じゃ、一番大きな河だね。」


 祐希「しかし、ここって神奈川県ですよね。東京と神奈川って近いんですね。」


 森「そうね、もうここら全部で首都圏ってことになっているからね。ところで、祐希って出身はどこなの。」


 祐希「福井県小浜市です。知ってます。」


 森「福井か。行ったことないな。日本海側だったよね。」


 祐希「そうそう。お魚が美味しいですよ。」


 森「いいわね、お魚。ところで、寮に行ったあとは、川崎の街中を歩いてみる。」


 祐希「そうですね。どこで何が買えるか知りたいし。」


 森「川崎なんか、商店街に入れば、なんでもあるわよ。買い物は楽だし、食事するところもたくさんあるし。あとね、大きな声では言えないけど、風俗もあるわよ。」


 祐希「なんで、そんなこと詳しいんですか。」


 森「そんなこと、みんな知っているわよ。」


 川崎駅を出て、バスロータリーに向かった。そこから、森の後をついて、路線バスに乗り込んだ。バスは市街地を離れ、街の外側へ向けて走り出した。およそ、15分程度走ったところで、二人はバスを降りた。そこは、住宅街だったが、通りにはコンビニや本屋や銀行の支店なんかがあった。


 森「ここから、少し歩くからね。」


 祐希「あとついていきますよ。」


 寮にはバス停から徒歩5分程度で到着した。男子寮はまだ新しい建物で、すごくきれいだった。森が管理人に話をして、祐希に鍵を渡した。


 森「男子寮には女性は入れないの。ここからは、一人で部屋とか見てきてよ。私はここのロビーで待っているから。」


 祐希は管理人の案内で部屋を見せてもらった。そこは洋室で、ベッドにはすでに布団が敷かれていた。学習机、本棚、椅子が備え付けられていた。そして、なんといっても嬉しいのが、電話の差し込みがあることだった。管理人いわく、この男子寮の各部屋には電話線が引き込まれており、個別に契約すれば、部屋で電話が使えるということだった。祐希の部屋は3階の門部屋で、その分窓も多かったため、明るい部屋だった。その後、管理人が大浴場、食堂、洗濯機置き場などを見せてくれた。建物が新しいうえに、設備も整っていた。祐希は部屋に持ってきていた荷物を置き、森が待っている1階のロビーに降りた。


 祐希「お待たせしました。」


 森「どうする。街中に出てみる。もし、疲れているのなら、今日はここまでにするけど。」


 祐希「森さんは疲れていないですか。」


 森「私は平気よ。ねえ、街中をちょっと歩いてから、飲みに行こうよ。」


 祐希「じゃあ、そうしましょうか。」


 祐希と森は、さっきとは反対方向のバス停から、今度は川崎駅行きのバスに乗った。川崎駅に着いたあとは、駅の周辺の百貨店や商店街を見て回った。夕方ごろになり、どこにでもあるような一軒の居酒屋に入った。


 森「長野でも飲みに行ったりするの。」


 祐希「しますよ。同じ寮の同期とかと。」


 森「もう、敬語使わなくていいよ。面倒じゃん。」


 祐希「まあ、そうだね。同い年だし。」


 森「そうよ。なんなら、寛子って呼んでもらってもいいわよ。」


 祐希「さすがに、今日初めて会った女性を下の名前で呼び捨てはできないなぁ。」


 森「祐希って、案外堅いのね。」


 祐希「そうかな。普通だと思うけど。」


 店員が注文を取りにきたので、森が何品か食事を頼んでくれた。飲み物はビールにした。そして、間もなく飲み物だけが運ばれてきた。


 森「まあ、とりあえず乾杯しようか。」


 祐希「だね。」


 森「じゃあ、祐希の初東京出張に乾杯。」


 二人はジョッキを合わせた。


 祐希「森さんは、お酒は強いの。」


 森「お酒は大好きよ。毎晩、晩酌してるもん。」


 祐希「実家ですか。」


 森「そう実家通いよ。両親と姉と弟の5人家族。うちはね、お酒は全員自分の飲む分は自分で買ってくるっているルールになっているの。だから、私は私が飲むお酒だけを買ってくるの。」


 祐希「じゃあ、他の家族もそうなの。」


 森「そうそう。まあ弟はまだ飲める年じゃないから買ってこないけど。」


 祐希「それ、でもいい仕組みだよね。」


 森「でもさ、時々お姉ちゃんがね、こそっと私のお酒飲んで、しれっとしていることがあってさ。で、喧嘩になるの。まあ、普段は仲いいんだけど、お酒のことになると、醜い姉妹の争いに発展するってわけ。」


 祐希「お姉さんも好きなんだ。」


 森「好きだよ。すっごいのんべえだもん。お父さんも好きだしね。お母さんは全然飲まないけど。」


 祐希「なんか、長野の職場でも、すっごいお酒の強い女性がたくさんいるんだよな。日本酒を2升飲める子がいてさ。」


 森「ええ、2升も。それは格が違うわ。」


 祐希「見た目は、本当に普通の女の子なんだけど、まあすっごい飲みっぷりだよ。」


 森「さすがに、そこまではないな。」


 祐希「でも、楽しく飲める人がいいよね。うちの新人の女子なんか、酔うと上司に絡んで、プロレス技とかかけちゃう子がいるもんね。」


 森「いや、それ本当。見てみたいわ。」


 祐希「もうね、花見のとき、大変だったんだよ。コブラツイストとか普通の女子がそんなプロレス技かけられねえと思うんだけど。」


 森「おもしろいね。」


 そう言うと、森はジョッキのビールを一気に飲み干してしまった。


 祐希「森さん、ペース早いね。」


 森「なんかね、喉が渇いていてさ。この喉が渇いているときの、冷たいビールの一気飲みって病みつきになるよね。」


 そのうち、店員が先ほど森が注文した食事を運んできた。テーブルの上には、4皿ほどの料理が並べられた。


 森「ねえ、祐希って彼女いるでしょ。」


 祐希「つうか、いきなりだな。まあ、彼女いますよ。なんで。」


 森「多分だけど、年上じゃない。1歳上とか。」


 祐希「当たり。なんでわかるの。」


 森「そういうのって、なぜかわかるのよ。あのね、女は他の女の匂いに敏感なのよ。」


 祐希「え、なんか匂いついてる。」


 森「いや、そんなんじゃなくて。あくまでも、例えよ。でもね、匂うのよ。」


 祐希「そっか、女性って鋭いっていうもんな。」


 森「まあ、私は特に鋭いかもね。」


 祐希「あ、そうだ。森さんって人事課だよね。今年入社した新井って知らない。あの、福井高専を出てるんだけど。」


 祐希は話題を変えることにした。どちらにしろ、新井には連絡を取ろうと思っていたので、ちょうど良かったのである。


 森「いや、今はわからないけど。会社で調べればすぐにわかるけど、知り合いなの。」


 祐希「そうそう。田舎の連れなんだよ。」


 森「明日、部署名と内線番号を調べてあげるよ。」


 祐希「ありがとう。」


 その後、森はほろ酔い気分で帰宅することになった。


 森「川崎から八王子って結構遠いんだよね。1時間以上かかるんだよね。」


 祐希「そうなんだ。俺は東京の地理がいまひとつわからなくて。」


 森「じゃあ、私は帰るね。明日は、朝の8時半までに人事部に出勤してきて。」


 祐希「はい、わかりました。」


 森「いろいろと移動費とか精算するから、領収書を忘れずに持ってきて。」


 祐希「わかりました。それと、今日はどうもありがとう。」


 森「明後日は、誕生日を祝ってあげるからね。何食べたい。」


 祐希「お肉。」


 森「お肉かー。じゃあ、しゃぶしゃぶとか好き。」


 祐希「いや、食べたことないわ。」


 森「川崎駅の駅ビルの、しゃぶしゃぶ食べ放題があるの。そこでも行く。」


 祐希「じゃあ、そうしよう。」


 森「じゃあ、おやすみ。」


 なんか、長かった一日だった。祐希は森を改札まで見送ったあと、バスで男子寮に戻った。男子寮の大浴場はものすごくきれいで、なんかホテルに泊まっているような感覚に陥った。明日は、時間があれば、新井に内線電話をしてみようと思った。


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