第41章 男と男の勝負 その1
暑かった夏もそろそろ終わりを告げようとしていた。ただ、今年は残暑が厳しく、本来なら秋の気配を感じられる時期になっても、まだまだ暑さが続いていた。祐希は富永からの指示により、仕事の引継ぎを他の課員にすることになった。引継ぎ書も作成したうえ、何度か課内での打ち合わせも行った。今、住んでいる寮から、川崎市にある会社の寮に移るための準備も徐々に進めていた。車は、実家の弟がそろそろ免許を取るということで、残りのローン付きで弟に譲ることにした。いよいよ、会社から9月20日付の転勤辞令が出された。この中途半端な日付の転勤辞令のため、その日に出された辞令はその一通のみだった。すでに、周囲の社員たちも噂で祐希の進学のことを知りつつあり、人によってはお祝いの言葉を言ってくれる者もいた。
山下「寂しくなるな。なんか、ずっと二人で同じ部屋だったからな。なんか、変な感じだよ。」
祐希「でも、俺がいなくなれば、お前ひとりで一部屋使えるんだぜ。広くていいだろ。」
山下「まあ、でもお前には頑張って欲しいよ。」
祐希「なんだよ、しみったれた顔してよ。お前らしくもねえな。」
平日の夜だったが、部屋で二人で酒を飲んでいた。山下は日本酒をチビチビとやっていたが、祐希はビールを飲んでいた。つまみは、近くのコンビニで買ってきた、柿の種とスルメイカだった。
山下「こうやって、二人で飲むのも、あと何回くらいかね。」
祐希「そうだな。これが一番安上がりだもんな。」
山下「東京はどうだった。行ってきたんだろ、沢田さんと。」
祐希「ああ、行ってきたよ。いや、やっぱ東京はすごいわ。」
山下「何がすごいんだよ。」
祐希「人だよ、人。あの満員電車とか初めて乗ったけど、すごかったね。」
山下「田舎者丸出しだな。まあ、俺もおまえとかわらねえけどな。」
祐希「でもさ、行ってきてよかったよ。次に行くときには、それなりに心構えができるからさ。」
山下「そうかもな。俺は何回か出張で行っているからさ、なんとなく様子はわかっているけど、お前はそういう経験なかったもんな。」
祐希「そうなんだよ。俺って、全然東京出張がなくてさ。」
そこに、円山が部屋にやってきた。
円山「おう、俺も仲間に入れてくれ。酒買ってきたぞ。」
祐希「おう、ここ座れよ。」
山下「円は東京行ったことあるのか。」
円山「あるよ。お前、バカにしてるのか。」
山下「いや、バカにはしてねえけど。」
円山「俺は東京に親戚がいるからさ。子供の時とか、親に連れられて何回か行ったことあるよ。」
祐希「東京のどこに行ったの。俺さ、まだいまいち東京の地理がわからねえよ。」
円山「うちの親戚は二子玉川ってところに住んでいる。一応、世田谷区ってところだから、23区内だよ。」
山下「二子玉川か。なかなかいいところじゃんか。」
円山「多摩川あるしね。でも、川向いは川崎だぜ。」
祐希「ああ、俺さ、東京に異動になったら、川崎の寮に移れって言われているよ。」
円山「世田谷と川崎って、多摩川をはさんでいるお隣さんなんだけど、なんか人種が違うんだよな。」
山下「なんか、川崎ってちょっとガラが悪いって聞いたことあるぞ。」
円山「そうそう、川崎に入ったとたんに、パンチパーマ率が一気に跳ね上がる。」
祐希「おいおい、いまどきパンチパーマのおっさんとかいるのか。」
円山「もう今はわからないけど、俺が子供のころは結構パンチパーマのおっさんを見かけたぞ。」
山下「そういえば、祐希のところの富永課長って、ちょっとパンチパーマ入ってねえか。」
祐希「そうそう。なんかえらい中途半端なパンチパーマなんだよな。」
円山「あれって、結構髪を巻くのに時間かかるんじゃねえか。」
祐希「お前、一回やってみればいいじゃんか。」
山下「おい、それいいね。そうだ、今度ボーリングでかけねえか。負けたやつがパンチパーマの刑に処せられるってどう。」
祐希「お前、本気で言ってるのか。そもそも、どこの床屋でパンチパーマなんかかけられるんだよ。」
円山「あ、俺知ってるぞ。パンチパーマやってくれる店。」
山下「よし、決まった。勝負しようぜ。」
円山「俺はやってもいいぞ。お前らに負ける気しねえし。」
山下「お前はどうなんだ、祐希。やるよな、当然。」
祐希「お前ら、本気で言っているのか。」
結局、3人でパンチパーマをかけたボーリング大会をやることにした。なぜか、立会人に、千波と野口さんを呼ぶということになった。祐希は仕方ないので、その立ち合いを千波にお願いするはめになってしまった。話の流れとはいえ、とんでもないことに巻き込まれてしまった。祐希は千波がどんな反応をしめすのか、少し心配だった。そもそも、パンチパーマっていくらかかるのかさえ、彼にはまったくわからなかった。そして、その週末のデートの時に千波にその話をしてみた。
祐希「あのさ。」
千波「ん、どうした。」
その日も、いつものように喫茶店のモーニングで朝食を済ませようとしていた。
祐希「いや、なんて言うかな。」
千波「なんか、言いにくいこと。」
祐希「言いにくいね。」
千波「浮気でもしたの。」
祐希「いや、ぜんぜんそんなんじゃないんだけどさ。多分、千波が驚くんじゃないかなって。」
千波「はっきり言いなよ。なによ。」
祐希「パンチパーマって知っている。」
祐希が小声で言った。
千波「なに、ちょっと聞こえなかった。もっかい言って。」
祐希「パンチパーマ。」
千波「パンチパーマ。え、どゆこと。」
祐希「いやだから、もしさ、俺がパンチパーマかけちゃったりなんかしたら、やっぱり驚くよなって思ったりしてさ。」
千波「なんで、祐希がパンチパーマなんかかけるのよ。」
祐希「あのさ、ちょっとぶっちゃけて言うね。」
千波「おう、言ってみ。」
祐希はことの顛末を千波に話した。千波の顔がだんだんとにやけてきていた。
千波「いいよ。私が立ち会ってあげる。いや、こりゃ見ものだねー。」
祐希「もし、俺が負けたらどうする。」
千波「どうもしないわよ。デートも普通にしてあげる。」
祐希「恥ずかしいとか思わないか。」
千波「ぜんぜん。つうか、見てみたい。パンチパーマの祐希を。」
祐希「お前さ、楽しんでるだろ。信じられねえよ。」
千波「楽しいじゃんか。私、こういうアホなノリは大好きなんだけど。」
祐希「自分の彼氏がパンチパーマってどうなん。」
千波「別に。腕組んで歩いてあげるわよ。なんにも、恥ずかしくないし。」
祐希「そうか、そんなもんか。俺は絶対に反対されるかと思っていた。つうか、俺はぜんぜん気乗りしないんだけど。」
千波「まあ、山ちゃんと円が考えそうなことよね。あの子たち、そういうこと考えるのだけは上手いんだから。」
祐希は、千波がかなり気乗りしているのが意外だった。はっきり言って、強烈に反対されると思っていたため、少し拍子抜けしてしまった。だが、祐希自身はまったくこの勝負に気が乗らなかった。だいたい、3人ともボーリングの腕前は同じくらいで、はっきり言って3人ともどちらかというと下手なほうだった。勝負はかなりレベルの低い争いになることが予想された。
千波「でもさ、パンチパーマだと、枝毛とかになりそうだよね。」
祐希「いやいや、心配するところそこじゃねえだろ。」
ということで、あっさりと千波の許可が出てしまった祐希は、辞退する言い訳を失ってしまった。出来れば、野口さんが強硬に反対して、この話が流れてくれればと祈るような気持ちだった。しかし、どういうわけで異動前にこんなアホなチャレンジをしなければいけないのかと考えると、少々暗い気持ちになっていった。だが、山下や円山のパンチパーマ姿を想像すると、案外面白いことになるかもしれないと思えてきた。
千波「でさ、パンチパーマのまま東京異動になったりしてね。」
千波は嬉しそうに笑い出した。
祐希「お前、他人事だと思って、なんだよそれ。信じられねえな。」
千波「いや、なんか想像するだけで笑えてくるんだけど。いや、おかしいわ。誰が負けても見ものだよね。」




