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第40章 東京お上り旅行 その2

 祐希は真っ暗な空間にいた。というよりか、真っ暗な空間の中にいることに気が付いたと言ったほうが正確かもしれない。真っ暗で、しかもひんやりと冷たい空間だった。そして、体がゆっくりと下降していくのを感じた。それは、明らかに高いところから落ちるような速度ではなかった。だがしかし、彼の体はゆっくりと下降していっていた。声を出そうとしても、声が出なかった。周囲を見渡しても、漆黒の闇しか見えなかった。いや、目を開けているのか、閉じているのかさえわからなかった。とにかく、周囲は真っ暗闇だった。そこからなんとか出ようと手足を動かし、もがいてみたが、全く意味のない行為に思われた。誰か助けてくれと叫びたいのだが、声が全く出ない。周囲は寒々としているのだが、体中から汗が噴き出しているのが感じられた。一体、俺はどこにいるのだろうか。


 千波「祐希、大丈夫。祐希、起きて。」


 千波が激しく祐希の体を揺さぶっていた。祐希はようやく目を覚ました。体中から嫌な汗がじっとりと噴き出していた。部屋の中はほどよく空調が効いており、決して暑いというような環境ではなかったが、汗まみれで、しかもものすごく喉が渇いていた。


 祐希「千波、ここは。」


 千波「上野のホテルだよ。すっごいうなされてたよ。ちょっと待ってて、お水持ってくるから。」


 千波はそういうと、冷蔵庫に入っていた、ボトルの飲料水を持ってきてくれた。祐希は、そのボトルの水を一気に飲み干した。


 千波「どうしたの。なんか、悪い夢でも見たの。」


 祐希「今、何時なの。」


 千波「えっとね、夜中の3時半だね。大丈夫、汗びっしょりじゃんか。」


 祐希「夢見てた。なんか、すっごい変な夢。」


 千波「嫌な夢だったんじゃない。すごいうなされていたよ。」


 千波はそう言うと、優しく祐希の頭を胸に抱き寄せた。千波は何かあると、祐希の頭を胸に持っていき、両手で抱きしめるのである。


 千波「落ち着いた。」


 祐希「うん、ありがとう。千波って時々俺の母親みたいになるよな。」


 千波「手のかかる子だな、おまえは。」


 祐希「千波っていつもいい匂いするよな。いつもさ、こうやって抱き合っていると、つい千波の匂いを嗅いでしまうよ。」


 千波「変態だね。でもね、私も祐希の匂いが好きなの。」


 二人は深夜のホテルのベッドの上で、しばらく黙って抱き合っていた。祐希にとって、千波の胸に抱かれているときが一番心が安らげる至福の時である。千波のこのなんとも言えない、やわらかい匂いが大好きだった。


 千波「ねえ。」


 祐希「うん、なに。」


 千波「祐希って、将来何人くらい子供欲しい。」


 祐希「最低2人かな。でも、3人は欲しいかな。」


 千波「3人かー。じゃあ、うちのお母さんと同じくらい頑張らなきゃいけないってことね。」


 祐希「そっか、うちらどっちも3人兄弟だったな。しかも、末っ子だけ年が離れているのも同じだよな。」


 千波「そうだよねー。なんか不思議。」


 祐希「さっき夢を見ていたのは覚えているんだけど、どんな夢だったのかが全然思い出せない。」


 千波「夢って、そんなもんよ。見たという事実は覚えているけど、夢の内容は思い出せそうで、思い出せない。そんなものだよ。」


 祐希「なんか、千波のことを呼ぼうとしていたような気がする。」


 千波「そっか。ねえ、私って祐希の夢に結構出てくるの。」


 祐希「出てくるよ。それがさ、お前が知らない俺の地元の友達と一緒にいたりする夢を見たりすることがある。どう考えても、ありえない組み合わせなのに。」


 千波「そうなの。」


 祐希「そう。千波の夢には俺は出てくるの。」


 千波「私ね、夢が思い出せないのよ。多分、夢に祐希は出てきていると思うけど、目が覚めると、ほとんど記憶が消えているのよね。」


 祐希「俺もそういうことあるよ。そうかと思えば、何回も同じ夢を見たりすることもあるしね。」


 千波「そうなんだ。不思議だね。」


 そういうと、千波は祐希にキスをしてきた。祐希の舌に千波の舌を激しくからませてきた。キスは数分間続いた。


 千波「キスっていいよね。なんか気持ちが満たされるっていうか。」


 祐希「俺も、千波のキスは好きだよ。」


 千波「さて、もう落ち着いた。もう少し眠ろうよ。」


 そういうと、千波は布団にもぐりこんだ。そして、ほんの数十秒で寝息が聞こえてきた。祐希のほうも、気持ちが落ち着いたとたんに、再び激しい眠気が襲ってきた。二人とも、再び深い眠りに落ちて行った。


 朝は少し遅い時間に目を覚ました。ホテルの1階のラウンジで朝食が食べられるプランだったため、起床して着替えたあと、1階に向かった。


 千波「ねえ、深夜に起きたの、覚えてる。」


 祐希「覚えているよ。なんか変な感じだったよな。」


 千波「ねえ、子供の話したの覚えてる。」


 祐希「覚えているよ。千波は何人欲しいの。」


 千波「えっとね、第1子は女の子かな。で、2番目は男の子、3人目はまた女の子で、3人だね。」


 祐希「いいね。それでいこうか。」


 千波「でも、そんなに上手くいくか。まあ、でも元気な子供ならどっちでもいいけどね。」


 祐希「言えてる。生まれてきたら、どっちもかわいいよ。」


 東京の2日目は、東京タワーに行くことにした。山手線で有楽町まで行き、そこから地下鉄に乗り換えて、御成門という駅で降りた。祐希にはさっぱり自分がどこにいて、どの方角に向かっているのかさえわからなかった。ただただ、千波の後を付いてまわった。


 祐希「千波ってすごいよな。なんで、そんなにスムーズに乗り換えとかできるわけ。」


 千波「私ね、こういうの得意なのよ。路線図見たら、だいたいすぐに乗り換えとか一瞬でわかるのよ。」


 祐希「その才能はすごいよ。俺なんか、方向音痴だから、もう訳わからねえよ。」


 千波「ほう、IQ高くても、そういう弱点があるのか。」


 祐希「いや、そんなの関係ないと思うけど。」


 千波「東京タワーってさ、階段でも上まで登れるらしいよ。」


 祐希「いやこの暑さでそれは遠慮しておくわ。」


 千波「根性ないなー。アメリカでやっていけるか。」


 祐希「それとこれは別の問題だし。」


 千波「じゃあ、上に上がりますか。」


 祐希「なんか、メインデッキとトップデッキってあるけど、全然料金が違うね。」


 千波「本当だ。トップデッキまでだと、結構するね。」


 祐希「メインデッキでいいんじゃない。十分高いでしょ。」


 千波「そうだね。貧乏会社員だしね。」


 二人はメインデッキまでのエレベータの料金を払って、タワーエレベーターに乗り込んだ。そして、地上150メートルの高さのメインデッキでエレベーターを降りた。メインデッキから見下ろす東京の街並みは生まれて初めて見る光景だった。見えなくなるまで遥か向こうまで人工物に地表が覆われている景色を見るのは、祐希にとっては生まれて初めての経験だった。空気がよどんでいるせいか、富士山は肉眼では見えなかった。冬の空気が澄んでいるときには、かなりきれいに富士山が見えるということだった。


 祐希「すげえな。建物がびっしりと立ち並んでいるし。そりゃ、あれだけ人が多いわけだ。」


 千波「本当だね。なんか、人がすっごい小さく見えるね。」


 祐希「なんか東京ってさ、真っ平だよな。どこを見ても、平坦で山みたいなのが無いよね。」


 千波「ねえ、写真撮ってもらおうよ。」


 祐希「カメラあるの。」


 千波「あの使い捨てのやつ買ってきたの。」


 千波は近くにいた中年の女性にお願いして、写真を撮ってもらうことにした。その女性は快く撮影を承諾してくれた。千波の肩を抱いて、念のため2枚写真を撮ってもらった。その女性も、九州から観光に来ていると言っていた。


 祐希「さっきの人が言ってた、はとバスってよさそうだよね。」


 千波「今日の午後から、はとバス観光してみる。多分、半日ツアーとかもあると思うよ。」


 祐希「その前に、電話して料金を聞いてみようよ。」


 二人は東京タワー見物を終えたあと、公衆電話からはとバスに電話してみた。たしかに、半日ツアーや夜のツアーとかもあったのだが、思っていた以上に料金が高かったので、あきらめることにした。


 祐希「いや、結構高いんだね。ちょっと、あの値段はきついよな。」


 千波「まあ、電車があるから、どこでも行けるよ。」


 祐希「次は、どこに行くの。」


 千波「神社。」


 祐希「神社って、どこ。」


 千波「原宿だよ。明治神宮に行って、今後のことをお参りするのよ。それから、竹下通りに行くの。」


 祐希「明治神宮って、原宿にあるの。」


 千波「原宿駅からすぐだよ。」


 祐希「千波は詳しいね。」


 千波「ちゃんと事前リサーチしているからね。」


 地下鉄と山手線を乗り継いで、なんとか原宿に着いた。相変わらず、すごい人混みだった。原宿駅の改札を出て、少し歩くと明治神宮の入り口に着いた。想像していたよりも、はるかに駅から近かった。そのうえ、神社の参道に入ると、まるで別世界のように静かだった。参道の両脇には、背の高い木がたくさん立っていた。都会のど真ん中に、こんなに静寂を保っている場所があることに、祐希は少し驚いた。


 祐希「なんか、ここだけ別世界だよね。」


 千波「静かだよね。なんか、ここだけ少し涼しく感じるよね。緑が多いしさ。」


 祐希「やっぱりさ、神社って好きだな。気持ちが落ち着くっていうかさ。やっぱり俺たち、日本人だよな。」


 千波「しっかりと、お参りしなきゃね。だって、これから数年間は、お互いいろんな新しいことに挑戦するわけだし。特に祐希にとっては、これからの人生がかかっているもんね。」


 祐希「ありがとう。確かに、神社にお参りして、気持ちを引き締めるっていうのも大切かもね。」


 千波「そうよ。神社の力って侮れないわよ。」


 二人は、参道をゆっくりと歩いて奥まで進んだ。そして、本宮の前に行き、お賽銭を箱に入れたあと、鈴を鳴らしてお参りをした。祐希は千波との明るい未来と、まだ見ぬ3人の子供たちのために祈った。でもその前に、いろいろとやることがたくさんあった。たとえ近いうちに千波と籍を入れたとしても、子供をもうけるのは数年待つことになると思った。


 千波「ねえ、何をお祈りしたの。」


 祐希「いや、無事にこのまま人生が進んでいって、3人の子供の顔が見られますようにって。」


 千波「もうそんな先のことを祈っていたの。まずは、大学に無事に入れますようにじゃない。」


 祐希「まあ、そうだね。千波は何を祈ったの。」


 千波「無事に3人産めますようにって。」


 祐希「同じじゃん。」


 千波「私は大学行くわけじゃないしね。それに、女にとって出産は人生をかけた一大イベントだからね。」


 祐希「そっか。まあ、出産だけは、千波に頑張ってもらうしかないもんな。俺は、ぴゅって出すだけだしな。」


 千波「こら。神様の前でそんなこと言わないの。バチがあたるわよ。」


 その後、千波が竹下通りに行きたいというので、彼女につきあって通りを歩いてみた。あんなに有名な通りなのに、かなり狭い道なのに驚いた。途中で、クレープを食べ歩いたりしたが、特に買い物はしなかった。平日の午後ということで、学校帰りなのか、学校をさぼってきているのか、制服姿の高校生たちがたくさん歩いていた。そろそろ歩き疲れてきたので、ホテルに戻ることにした。東京の夏の気温は二人にとっては、かなり過酷な環境だった。


 祐希「しかし、夏の東京って暑いね。」


 千波「なんか、ズシリと重みのある暑さだよね。なんか、上手いこと言えないけど。」


 祐希「あーわかる。そんな感じだよね。だんだんとさ、体が重くなってくるみたいなさ。」


 千波「ホテルに戻って、休もうか。明日は早朝から移動だしね。今日は、もうゆっくりと休もうよ。」


 祐希「だね。そうしよう。」


 明日は、朝一番に上野のホテルをチェックアウトして、ディズニーランドに隣接しているリゾートホテルに宿泊するのである。上野のホテルは安さと場所で選んだが、明日泊まるホテルはかなり奮発して予約したホテルである。電車で上野駅に戻り、途中コンビニに立ち寄って飲みものを購入したあと、ホテルに戻った。その夜も、近くの居酒屋で夕食を済ませた。二人とも程よい疲労感と少しお酒が入っていたため、夜は一瞬で深い眠りに落ちて行った。その夜の祐希は、昨夜のような夢にうなされることはなかった。部屋の中には、二人の寝息と空調の音が静かに響いていた。


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