第4章 ボヤ騒ぎ
その日は、土曜日だった。徹夜明けだった祐希は、眠気を我慢しながら寮に戻った。途中のコンビニで、サンドイッチと牛乳を買って、部屋に戻った。まだ、早朝の6時ごろだった。部屋に戻ると、山下がまだ布団に入って眠っていた。
徹夜明けだったので、眠かったのだが、腹も空いていたので、とりあえずサンドイッチを食べ牛乳を飲んだ。なぜか、口の中が気持ち悪い感じがしたので、洗面所に行って、歯を磨き、そのまま部屋に戻って眠ってしまった。寝る前に、午前8時半に目覚しをセットしておいた。
8時半になり、目覚しのアラームが鳴った。目を覚ますと、もうすでに山下はいなかった。
祐希「あいつ、また今日も仕事かよ。」
なんとなく、独り言を言っていた。すぐに着替えを済ませ、寮の裏側にある駐車場に行って、車のエンジンをかけた。しばらく、そのままアイドリングさせて、エンジンを温めることにした。今日は、千波と千波の先輩達と、その先輩達の彼氏と、ボーリングに行くことになっていた。ボーリングに行くのは、夕方だったので、とりあえず千波を迎えに行くことにした。10分ほどアイドリングさせてから、ゆっくりと車を出した。千波が住んでいる寮までは、車で3分程度のところにある。
基本的に、女子寮は会社のすぐとなりに建てられていた。おそらく、帰宅が夜遅くなった場合のことを考えて、近くに建てられているようだった。男子寮は、少し会社から離れた場所に建っていた。会社まで歩いて、約15分程度のところに建っていた。
千波の寮の前に着いたのが、朝の9時ごろだった。しばらく寮の前で待っていると、中から千波が出てきた。すぐに、祐希の車の助手席に乗り込んできた。
千波「おはよ。」
祐希「おう、おはよ。もうさ、目がバッキバキだわ。」
千波「そか、徹夜明けか。うわ、今、ギラギラなんじゃない。」
祐希「おう、やばいくらいに、ギラギラですけど。」
千波「おっかねーなー。」
祐希「なあ、いきなり行っていいか。」
千波「まだ、朝の9時よ。空いてるか。まあ、私はいいけど、別に。しかし、徹夜明けの男子って、なんでこうなるんだろうね。不思議だわ。」
祐希「千波はお腹空いてないか。」
千波「食べてから行く。あの、国道沿いの喫茶店とかさ。」
祐希「おっけ、じゃ、そうしようか。」
祐希は車を出した。よく二人で行く、国道沿いの喫茶店があり、そこはこの辺りでは珍しく、モーニングが出るのである。喫茶店に到着し、店に入った。店員のおばさんが、開いている席にどうぞと言ってくれたので、適当に国道沿いの窓側の席についた。
千波「なんかさ、今日は大谷さんと佐々木さんが来るって言っていたじゃん。なんか、もうあと二人来るらしいよ。カップルだって。」
祐希「へえ。で、会社の人。」
千波「いや、わかんないけど。」
祐希「ところで、大谷さんと佐々木さんって、どこの人なん。」
千波「大谷さんは豊科ってところ。松本の近くよ。」
祐希「いや、ぜんぜんわからねえ。俺、あんま地理とかわかんねえし。」
千波「そか、祐希は長野県民じゃないもんね。」
祐希「で、佐々木さんはどこ。」
千波「詳しくは知らないんだけど、多分新潟だったと思う。」
祐希「新潟か。じゃあ、山下と同じだな。」
千波「へえ、山ちゃん、新潟なんだ。」
祐希「らしいぞ。なんか、キラー・カーンと同じ出身地だって言ってた。」
千波「だれよ、キラーなんとかって。そもそも日本人の名前じゃないじゃん。」
祐希「プロレスラーだよ。あの、モンゴリアン・チョップとか知らねえのか。」
千波「知るわけないじゃん。私、プロレスとか見ないもん。」
祐希「キラー・カーンを知らないってことは、アンドレ・ザ・ジャイアントも知らないってことか。」
千波「なによ、そのなんとかジャイアントって。猪木と馬場くらいしか知らないわよ。」
祐希「いや、お前とはプロレスの話はできねえな。」
千波「いや、別にほかに話すこといっぱいあるし。」
そのうち、さっきの店員のおばさんが注文を取りに来たので、ふたりともモーニングを頼んだ。
千波「今日さ、朝からラブホ行っても、夕方まで時間あるね。どうする。」
祐希「バッティングセンターでも行くか。」
千波「おお、いいね。行こう、行こう。」
そのうち、コーヒーと厚切りトースト、スクランブルエッグとサラダが運ばれてきた。この値段で、こんなに食べ物を出して、儲かるのだろうかと思った。
祐希「大谷さんてさ、たしか双子って言ってなかった。」
千波「そうそう、一卵性双生児だから、すっごい似てるの。」
祐希「会ったことあるの。その、どっちだっけ、お姉ちゃんか、妹ちゃんか。」
千波「大谷さんは、妹らしいけど、もうそっくりだよ。」
祐希「で、大谷さんのお姉ちゃんは、どこにいるの。」
千波「なんか、別の会社に勤務しているみたい。松本にいるらしいよ。お姉さんも、ソフトボールしているの。」
祐希「へえ、そうなんだ。」
千波「高校のとき、大谷さんのチームと対戦したけど、双子でセカンドとショートを守っていて、なんつうの阿吽の呼吸っていうの。」
祐希「ほう、上手いんだ。」
千波「そう、上手なのよ。ああ見えて、足も速いのよ、あの二人。」
祐希「ああ見えてって、どういう意味。」
千波「いや、ちょっとおデブちゃんじゃん、大谷さんって。」
祐希「うわ、おまえそんなこと考えてたんだ。」
千波「本人には、言わないでよ。ああ見えて、結構厳しいんだから。」
祐希「そう。俺には優しいぜ。すっごい、面倒見の良い姉御って感じでさ。」
千波「そりゃ、年下の男子と、同性の後輩とでは、態度違うわよ。」
祐希「まあ、そうかもな。女の世界は、どろどろですなぁ。」
そこで、ゆっくりと朝食をとったあと、喫茶店を出た。間もなく、10時半ごろになっていた。秋はどんどん深まっていき、街の街路樹の葉も茶色くなっていた。あたりには、落ち葉も増えてきて、吐く息も少し白くなってきていた。やはり、長野市は他の本州の町に比べると、気温が数度ほど低いのである。祐希はテレビを持っていないので、天気予報は見れないが、明らかに長野市の秋は、他の町よりも半歩くらい先に深まっていっているような感じだった。千波は生まれも育ちも、この町であるため、あまりそんなことは感じていないようだった。
千波「んー、寒いね。」
喫茶店から外に出て、千波は大きく背伸びをした。
千波「もう、目覚めた。」
祐希「ああ、さっきコーヒーも飲んだし。でも、まだギラギラですけど。」
千波「しゃあねえな。世話の焼けるやつじゃ。」
祐希「姉御、お願いしやすよ。」
千波「アホか。ドスケベが。」
結局、その日は、午前中からラブホにしけこみ、その後バッティング・センターで発散した。祐希は、かなり疲れていたが、まだボーリングが残っていた。夕方になって、待ち合わせ場所のロイホに行った。
佐々木「あ、千波、こっちこっち。」
千波「あ、恵(佐々木)先輩。」
大谷「あれ、祐希こんなところに居ていいの。」
祐希「え、どうしてですか。」
大谷「え、知らないの。」
祐希「なんか、あったんですか。」
佐々木「あ、そうそう、さっきね、男子寮からボヤが出てさ、大騒ぎしてたよ。」
祐希「まじですか。いや、全然知らなかった。」
大谷「戻った方がいいんじゃない。千波は私が送っていくから。」
祐希「わかりました。ちょっと、千波、ごめん、俺行くわ。」
千波「あ、ああ、わかった。気をつけてね。」
ボヤ騒ぎは本当だった。火は消し止められたらしかったが、まだあたりには煙が漂っていた。外では、寮内から避難してきた寮生が着の身着のままで、消防署員の動きを見ていた。そこに、山下がいたので、声をかけた。
祐希「おお、山下、無事だったか。」
山下「おお、祐希。戻ったか。」
祐希「いや、出かけてたんだけど、人に聞いてさ、急いで戻ってきたよ。で、火は止まったのか。」
山下「ああ、でもなんかさっきから消防の人がざわついているんだよな。」
祐希「まさか、誰か逃げ遅れたとか。」
山下「なんか、そんなようなことを言っていたけど、なんか女性がどうのこうのって。」
祐希「女性って、ここは男子寮だぜ。」
祐希は、近くにいた消防隊員の無線の声を聞き取ろうとした。すでに火は消えたらしいが、どうやら人のようなものが倒れているようだった。
消防隊員①無線「えっと、火元になった2階の一番奥の部屋の中に、人のようなものがうつぶせで倒れてます。」
消防隊員②無線「反応はあるのか。いま、救急隊を行かせる。」
2階の一番奥の部屋といったら、北見さんの部屋だった。ということは、北見さんの部屋が火元ということになる。たしかに、北見さんは喫煙者で、部屋にはいつもタバコと灰皿が置いてあった。しかも、周囲を見渡したが、北見さんの姿が見当たらなかった。
消防隊員①無線「どうやら、女性のようですが、全く動きません。」
消防隊員②無線「状態を確認しろ。」
消防隊員①無線「わかりました。うつ伏せになっているので、起こしてみます。うわっ。」
消防隊員②無線「どうした。何があった。」
消防隊員①無線「こ、これは。」
消防隊員②無線「どうした。生きているのか。」
消防隊員①無線「こ、これは、な、な、南極、いや違うな。」
消防隊員②無線「良く聞こえない。南極って言ったか。」
消防隊員①無線「あの、聖子でもないし。」
消防隊員②無線「何を言っているんだ。しっかりしろ。」
消防隊員①無線「あの、だ、だ、ダッチワイフってやつです。」
消防隊員②無線「・・・・・・。」
祐希と山下はその無線の会話を聞いて、しゃれにならないほど大爆笑してしまった。北見さんが、そんなものを部屋に連れ込んでいたなんて。その後、北見さんが、暢気に歩いて寮に戻ってきた。
北見「おい、何かあったのか。」
祐希「北見さん、無事でよかったです。どこに行ってたんですか。」
北見「いや、パチンコ行っていた。」
北見「つうか、なんでお前ら俺を見て笑っているんだよ。」
山下が必死に笑いをこらえながら、なんとか声を出した。
山下「き、北見さんの奥様が焼死されました。」
北見の顔がみるみるうちに真っ青になっていった。




