第36章 祐希の未来 その1
祐希の顔つきがかなり真剣に見えたのか、千波は少し困惑したような表情を浮かべた。
千波「いいよ。大事な話って。」
祐希「うん、じつは・・・。」
千波「じつは・・・、何。」
祐希「俺さ、大学に行こうかと思っている。」
千波「大学。でも、仕事はどうするの。辞めるの。」
祐希「いや辞めないよ。」
千波「いやでも、会社に籍を置いたまま、大学に進学なんてできるの。」
祐希「それなんだけどさ、会社側が俺に大学に行かないかって。費用は会社が負担してくれるらしい。」
千波「で、なんで祐希にそんなオファーがきたわけ。」
祐希「あの会社のIQテストの結果とか、あとおそらく今までの勤務が評価されたように思うんだけど。」
千波「IQテストって、あの全員がうけたやつだよね。祐希のスコアが良かったってこと。」
祐希「そうらしい。会社で一番だったらしい。」
千波「おお、すごいじゃん。まあ、祐希がかなり地頭が良いっていうのは私もいつも感じていたけど、それほどとはね。うんうん。」
祐希「あのさ、会社は俺に海外の大学に行ってはどうかって。」
千波「海外。どこの国。」
祐希「基本的にはどこの国でもいいらしいけど、アメリカになると思う。」
千波「そう。祐希は行きたいの。」
祐希「行きたい。こんなチャンスは、この先二度とないと思う。」
千波「そうだろうね。」
そう言うと、千波は黙り込んでしまった。祐希も次にどう千波に言葉をかければよいかわからなかった。
祐希「千波はどう思う。これって、俺一人の問題じゃなくて、千波のことも俺にとっては重要だからさ。」
千波「そうね。正直言うと、祐希と離れるのはすっごい嫌だけど、これが祐希にとって大きなチャンスだということもわかるよ。」
祐希「あのさ、千波の正直な気持ちを聞きたい。どうして欲しいか。」
千波「日本の大学じゃダメなの。」
祐希「ダメじゃないけど、俺はどうせなら英語も学びたいし、外の世界も見てみたいと思っている。」
千波「で、私と別れたいの。」
祐希「別れたくはない。俺は他の女性にはぜんぜん興味ないし。」
千波「アメリカに行ったら、時々は日本に帰ってこれるの。」
祐希「わからない。行ってみないとわからないことばかりなんだ。」
千波「アメリカかー。遠いよね。」
千波はまたもや黙り込んでしまった。
祐希「とりあえず、食べようか。」
千波「そうだね。」
千波はマックを食べているあいだも、いろいろと考えているようだった。普通だったら、いろいろと話しかけてくるのだが、今の千波はもくもくと食べ続けた。
千波「ねえ、遠距離ってさ、上手くいくと思う。」
祐希「上手くいくんじゃなくて、上手くいくようにするんだよ。」
千波「まあ、そうかもね。でもなー、遠いなー。」
祐希「俺もさ、日本から出たことないし、飛行機も乗ったことないから、全然想像がつかねえよ。」
千波「言えてる。今までの人生の知識と経験を総動員しても、全然予想さえもできない。いっそのこと、私は会社辞めて、祐希についていこうかな。」
千波はそう言うと、またもや黙り込んでしまった。
祐希「そうか、そうだよな。千波も来ればいいんだよ。お前、それ良いアイデアだよ。」
千波「え、どういうこと。そんなことできるの。なんか、ビザとかないと外国には住めないって聞いたことあるよ。」
祐希「だから、会社に頼んで、お前のビザも取ってもらうんだよ。」
千波「んー、そのビザの制度とかがわからないから、それができるのかさえわからない。」
祐希「だってさ、うちの会社の海外支店の人たちって、家族を連れて赴任している人がいるって聞いたことがある。要するに、千波が俺の家族になればいいんだよ。」
千波「それって、私たちが籍を入れるってこと。」
祐希「そういうこと。ダメか。」
千波「結婚するってことか。私は全然いいけど、祐希はそれでいいの。」
祐希「でもさ、考えてみろよ、このままいけば、遅かれ早かれの話じゃんか。だったら、今でもいいんじゃねえか。」
千波「祐希がそれでいいんなら、私はそれでいいよ。2人だったら、まあ海外生活もなんとかなると思うし。でも、全然想像つかないなー。」
祐希「俺さ、会社に聞いてみるよ。仮に千波と籍を入れて、法的に俺の妻となった場合、千波を連れてアメリカに行けるのか。」
千波「そっかー。なんか、人生ってわからないよね。ここにきて、かなり想定外の出来事って感じだよね。うん、いいよ、わかったわ、一緒に行ってあげる。」
祐希「善は急げだな。週明けにでも会社に聞いてみるよ。お前は、アメリカに行きたいかー。」
千波「おー。」
その日の夜はいつになく、千波は祐希に甘えてきた。ベッドの中でも、千波は祐希に抱きついて、離れようとしなかった。
祐希「なんか、今日はえらい甘えん坊だな。」
千波「だってさ。もし、一緒に行けなかったらと思うと。今、私がいろいろと考えてもねって思うけどさ。」
祐希「大丈夫だよ。来年の今頃は、俺たちは2人でアメリカにいるんだよ。」
千波「どんなところなんだろうね。私ってあんまり海外とか外国とか興味ない人だから、全然想像がつかないよ。なんか、アメリカ人とかってでかそうだよね。」
祐希「だよな。でかそうだよな。」
千波「祐希、英語できるの、ところでさ。」
祐希「今から勉強するんだよ。」
千波「そっか、君は社内で一番のIQの持ち主だったわね。」
そう言うと、千波はシーツにもぐりこんでしまった。
千波「ほれ、息子よ、もう一回頑張るのよ。」
祐希「もう少し休ませて。」
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週明けに祐希は富永に時間をとってもらい、祐希の希望を伝えた。
富永「で、考えてくれたか。」
祐希「ええ、いろいろ考えましたが、是非行かせていただきたいと思います。」
富永「そうか。そうだよな。こんなチャンス、そうそうあるわけじゃないしな。まあ、俺がお前の立場だったとしても、答えは同じだったよ。」
祐希「課長。ひとつお話がありまして。」
富永「彼女のことか。」
祐希「ええ。」
祐希は少し驚いた。富永は祐希が千波のことを相談するということをあらかじめ予想していたようだった。
祐希「なんでわかるんですか。」
富永「わかるよ。同じ社内の女の子じゃないか。そんなの気が付かないわけないだろ。」
祐希「ええ、そうです。あの製造部にいる沢田千波です。」
富永「で、どうしたいんだ。沢田も連れていきたいのか。」
祐希「ええ、出来れば。」
富永「もし、彼女がお前と夫婦の関係なら可能だと思う。でも、お前ら結婚してないだろ。」
祐希「じゃあ、もし私が進学する前に、彼女と籍だけでも入れたらどうなりますか。」
富永「まあ、それは会社と相談になると思うが、おそらく家族帯同として認められると思う。俺も、なるべくお前の意向が通るように会社には交渉していくつもりだ。宮下部長も同じように考えていると思う。」
祐希「ありがとうございます。課長、一度会社に打診していただけないでしょうか。」
富永「祐希。その件は、俺がなんとかするから心配するな。その代わり、お前は思いっきりいろんなことを学んできて欲しい。俺は、お前みたいな部下を持てて幸せだよ。」
祐希「ありがとうございます。」
富永「まず今からでも必死に英語を勉強しろ。それと、アメリカという国がどういうところなのか、お前なりに勉強しておけ。」
祐希「わかりました。もう必死でやります。最後に課長には思いっきり褒めてもらいたいですから。」
それを聞くと、富永は笑っていた。祐希は富永にはいままで世話にばかりなってきたうえに、まだ全然恩返しができていないと思った。さらに、またもや今回の件で富永に助けてもらうことになった。本当に彼には頭が上がらない思いだったと同時に、彼の言葉が心から嬉しかった。富永から言われたことを、早く千波にも伝えたかった。もう、祐希の心は固まってきていた。その日、残業を終え、寮に戻ると、山下がすでに帰宅していた。
山下「例の件、なんか進展あったのか。」
祐希「うん。実はな、千波も連れていこうかと思っている。」
山下「沢田さんもか。そんなことできるのか。」
祐希「できるらしい。ただし、千波が俺の家族になればできるらしい。」
山下「おお、まじか。ということは、お前が同期一番乗りってことか。」
祐希「おう、たっぷりとご祝儀頼むぜ。」
山下「式は挙げるのか。」
祐希「いや、そんな時間も金もないから、籍だけ先に入れる。あとのことは、あとで考えるよ。」
山下「沢田さんはそれでいいのか。彼女の気持ちもちゃんと聞いてやらねえと。」
祐希「うん、土曜日にその話はしたよ。あいつも一緒に連れて行ってくれるなら、いいって。」
山下「そうか。それはよかった。」
山下は何か少し考えているような感じだった。
山下「円山を誘って、飲みに行こう。」
祐希「おい、今からか。もう9時だぜ。」
山下「お祝いだよ。俺がおごってやるよ。」
祐希「山下、お前のその気持ちだけで俺は十分嬉しいよ。」
山下「行こうぜ。ほら、行こう。」
結局、その時間から円山も誘って、飲みに行くことにした。3人で歩いて、小澤さんの店に行くことにした。
円山「いったい何なんだよ。こんな平日のこんな時間に、いきなり飲みに行くってさ。」
山下「いいからさ、黙ってついてこいよ。」
祐希「いや、円にも聞いて欲しい話があってさ。」
円山「わかったよ。まあお前らがそこまで言うなら、なんかあるんだろ。」
山下「お前、びっくりして、3滴以上ちびるぜ。」
円山「3滴以上か。それは相当な出来事なんだな。俺はちょっとやそこらのことでは、ちびらねえからな。」
店に着いて中に入った。店の中には、半分以上の席に客がいたが、そろそろ帰ろうとしているような客が多かった。
小澤「おお、祐希君、いらっしゃい。」
祐希「小澤さん、あそこのテーブルいいかな。」
小澤「いいよ、空いてる席ならどこでもお好きなところに。」
山下「とりあえず、生大3つ持ってきて。」
3人は4人用テーブルにつき、メニューを眺めた。
山下「今日はお祝いだから、俺と円山で支払いな。」
円山「おいおい、どういうことなんだよ。何のお祝いなんだよ。祐希の誕生日ってまだじゃなかったっけ。」
山下「まあ、今そのこと話すからさ。」
円山「わかった。祐希、お前もようやくこの年になって生えてきたか。」
祐希「は、お前何言ってんの。俺はもう中1からぼうぼうだわ。」
山下「え、お前中1から。それって、遅くねえか。俺なんか小5だぜ。」
円山「そんなんどうでもいいわ。」
山下「とりあえず、俺が適当に頼んでくるぞ。トイレに行くついでにさ。」
祐希「おう、頼むわ。」
円山「おでん盛り頼んでおいて。」
山下は席をたち、トイレに向かった。トイレに入る前に、小澤さんに直接注文をしていた。
円山「はい、それで話ってなんだよ。お祝いってなんだよ。」
祐希「あのさ、俺、大学に行くことになった。」
円山「大学にか。お前、会社辞めるのか。」
祐希「いや、辞めないよ。会社が金を出してくれるらしい。」
円山「全然、言っている意味がわからんけど。会社の費用負担でお前が大学に行くってことか。」
祐希「まあ、そんなところだわ。」
円山「で、なんでお前なの。」
祐希「あの会社で受けたIQテストのこと覚えているか。あれで俺のスコアが社内で一番だったらしい。」
円山「まじでか。お前が一番だったの。すげえな、それ。それで、会社が大学に行かないかってこと。」
祐希「まあ、そういうこと。過去に行った人がいるらしい。」
円山「それは行くべきでしょう。ようやく、山下の言っていた、お祝いの意味がわかったよ。そっかー、お前がねー。」
祐希「どうちびったか。」
円山「んー、3滴くらいちびったかもな。」
祐希「それで、アメリカに行くことにした。」
円山「アメリカの大学ってことか。」
祐希「そう。」
円山「沢田さん、どうするんだよ。おいていくのか。」
祐希「いや、連れていこうかと思っている。」
円山「それって、できるのか。」
祐希「課長が言うには、千波が俺の家族になれば可能らしい。」
円山「なるほど、そういうことか。でももしそうなったら、二重でおめでたいってことか。」
祐希「どう思う。」
円山「いや、行くべきでしょ。そんなの俺に聞くまでもねえだろ。いやー、なんかちょっと、その話に感動しているよ。すげえな、お前は。すげえよ、本当にさ。」
そのうち、山下が戻ってきたと同時にビールが運ばれてきた。
山下「円山には話したのか。」
祐希「ああ、今話したよ。」
円山「山下、お前の言っている意味がようやくわかったよ。こりゃ、確かにお祝いだな。祐希、俺たちの奢りだから、じゃんじゃん飲めよ。」
祐希「ありがとう。いや、お前らに祝福してもらえるのが、一番嬉しいよ。」
山下「いやー、お前には頑張って欲しいね。お前ならいけるよ。」
円山「いやね、お前の言うとおり、3滴ちびったわ。」
3人で気楽に飲もうと思っていたが、店の奥から佐藤が登場してきた。
佐藤「あれー、祐ちゃん、久しぶりじゃん。」
祐希「おう、佐藤、相変わらず飲み歩いてるな。」
佐藤「祐ちゃんもさ、たまには私と差し飲みしようよ。いつでも付き合うわよ。なんなら、お持ち帰りしてもいいわよ。」
祐希「さすがに男子寮に住んでいるのに、お持ち帰りできねえだろ。ところで誰といるの。田丸なの。こっち来ればいいじゃんか。」
佐藤「そうそう、いつもの面子ですよ。慶子ちゃんと藤堂さんとね。あの子たちも呼んでくるね。」
そう言うと、佐藤は店の奥に消えていった。間もなく、祐希達のテーブルに来ると、小澤さんにお願いして、もっと大きなテーブルの席に移らせてもらった。
円山「藤堂さんって、あの伝説の巨乳女子のか。」
山下「いや、やばいって。俺さ、あの声聞いただけで、先走り汁出たもんな。もう俺の白のブリーフの前面がパッキパキになったからよ。」
祐希「そういえば、そういうことあったよな。あの会議室でマッサージしてたときだろ。いや、お前ら、まじで変態だろ。」
円山「いや、あの破壊力すごいって。あの、乳だけで、俺の明日の活力は十分満たされるもんな。」
そのうち、6人での飲み会になってしまった。
祐希「つうか、お前らこんな平日の夜も飲み歩いているのか。」
佐藤「そんなわけないじゃん。たまたまよー。」
円山「ていうか、俺は佐藤さんとは初対面かも。」
祐希「あれ、そうだっけ。」
佐藤「そうですね。初めまして、佐藤です。でも、円山さんのことは知ってますよ。」
円山「そうなんですか。」
佐藤「だって、いつも会社の大食堂で祐ちゃんとご飯食べてるじゃないですか。」
山下「いや、どこで見られてるかわかんねえな。」
祐希「あ、そうだ、田丸ってテレビ出てたの知っているか。」
藤堂「ああ、私見ましたよ。あの彼氏がドラム叩いていたやつですよね。いや、私はあれ見て感動しちゃって。」
山下「え、あれ見て感動ですか。藤堂さん、すげえな。」
田丸「もうやめてよ、恥ずかしいからさ。」
佐藤「私も見たよ。いや、あれって最高だったよね。祐ちゃんも、私にラブソング歌ってよ。」
結局、6人になってしまったため、3人でのお祝いの場にはならなかった。それでも、祐希は山下と円山の気持ちが嬉しかった。また、今週中に総務部長との面談があるとのことだった。祐希は、次回の面談の際には、はっきりと自分の意思を伝えようと思った。海外に行ったこともない祐希にとっては、アメリカという国は全くの未知の世界だった。彼はなんだか物事が案外スムーズに進むような気がしてきた。そう、こうなったら楽観的に考えるしかないと思えてきた。




