第35章 夏の海 その2
海水浴場の駐車場には、長岡、新潟、富山、長野ナンバーの車でかなり埋まってきていた。ときおり、関東のナンバーも見られたが、ほとんどが近傍の県のナンバーの車だった。駐車場に車を入れ、早速全員が浜茶屋の場所を確保した。順番に浜茶屋の更衣室で着替えを済ませた。千波は本人の宣言通り、22歳にしてのスクール水着だった。
千波「じゃじゃーん。どう、このスクール水着。」
祐希「つうか、本当にスクール水着じゃんか。なんかさ、俺は女子高生を連れまわしている悪いお兄さんみたいじゃんか。」
中村「あかん、それ逆にやばいわ。鼻血でそう。」
円山「おまえ、何興奮してんだよ。」
スクール水着自体は地味なのだが、ある意味、逆に珍しいため目立っていた。そもそも成人の女性が着用するような水着ではないため、みんなの目線が千波に注がれていた。千波は背も低く小さいうえに、顔もかなり若く見えるため、確かに高校生に見られないことはなかった。だが、やはりもう成人の体つきであるため、見る人が見ると、かなりいやらしく映ったのかもしれない。
その他の女子は、全員かわいらしい水着を着用していた。野口は普段は保守的ないでたちを好む割には、水着姿はかなり大胆なビキニ姿であった。
円山「いや、うちらの女子たちは、みんなスタイルいいよな。」
山下「俺、野口さんの水着姿初めてみたよ。めっちゃきれいだわ。」
その他、佐野、遠藤、田丸もなかなかの見栄えだった。
祐希「しかし、お前らのへそ毛とか、きったねえすね毛とかなんとかならねえのか。」
特に山下は元々毛深いうえに、特にムダ毛の処理をするような性格でもないため、あちこちに体毛が生えていた。
小林「山下、毛深いなぁ。まあ、髭も濃いから、全体的に毛が濃いんだろうけどな。」
山下「しまった、へそ毛くらいは処理してくればよかった。」
円山「もう、遅いよ。今さら、こんなところで、カミソリでじょりじょりはねえだろ。」
祐希「そう、こないださ、こいつのケツ毛にアリがからまって死んでたけどさ、俺は生まれ変わっても、あのアリにはなりたくねえと思ったよ。」
中村「最悪じゃんか。山下のケツ毛だろ。あの女子たちのケツ毛ならまだしも、山下のケツ毛にからまって死ぬなんて。」
山下「おまえら、本気にするなよ。こんなの冗談に決まってんだろ。」
一方の女性陣は、日焼け止めを体中に塗りたくっていた。千波が車から浮き輪をおろしてきたので、祐希は頑張って浮き輪を膨らませた。
祐希「女子は運転しないから、飲んでもいいでーす。ただし、山下の飲酒は許可しません。」
山下「いいじゃんか。俺も運転しねえじゃん。」
円山「いやいや、お前だけ飲もうとしているのか。信じられねえよ。」
佐野「ごめん、私、飲んじゃうかもです。」
遠藤「私も我慢できるか自信ないなぁ。」
祐希「いいですよ。だって、このピーカン照りだもん。そりゃ、飲みたくもなるでしょ。」
中村「はい、全員、泳ぐ前にちゃんと準備運動してくださいね。」
中村は浜茶屋の前に出て、おもむろに準備運動をしようとしたが、サンダルを履いていなかったため、すぐに浜茶屋に戻ってきた。
中村「いや、やばいわ、この砂。火傷するって。めちゃくちゃ熱いわ。」
そのうち、全員まちまちにビーチの方へと向かっていった。祐希も千波を連れて、波打ち際に向かった。千波が持ってきていた、かなり大きめの浮き輪を見ずに浮かべ、浮き輪は千波に使わせた。
祐希「なあ、少し沖の方に行ってみようか。あの、遊泳エリアのぎりぎりのところまでさ。」
千波「いいよ。行こう。」
祐希は、浮き輪で浮かんでいる千波を引っ張って、沖合のほうに泳ぎだした。波打ち際から、100メートルほど沖合に出た。水はちょうど良い水温で、とても気持ちよかった。上を見上げると、真っ青な空に、小さな雲がところどころ浮かんでいた。海水浴客は、祐希が思っていたよりも少なく思えた。祐希の実家のある若狭の海には、関西や中京からの海水浴客が多く来るため、この新潟の海よりか人出が多いと感じた。千波は、メガネをかけ、長い黒髪を後ろで縛っていた。
千波「ちょっと、どこ触ってるのよ。もう、見えないからって、エッチだー。」
祐希「へへへ、いいじゃんか。ほれほれ。」
祐希は、水面下で千波の太ももをまさぐってみた。
千波「あの、佐野さんだっけ、あの子、絶対に祐希のこと好きでしょ。」
祐希「さあ、知らない。なんで。」
千波「だってさ、あの子の祐希を見つめている目が完全に恋する少女って感じだったわよ。」
祐希「お前、そんなの見てたのか。こええな、女ってさ。」
千波「わかるわよ。女同士ってそういうのはすぐにわかるんだから。」
祐希「そういえば、野口さんとメシに行ったって言ってたけど、なんかあったのか。」
千波「山ちゃんとのことでね、ちょっと相談されてさ。」
祐希「なんかもめたとか。」
千波「いや、仲良くやっているらしいよ。あの子ね、やっぱり山ちゃんのこと好きみたいだよ。」
祐希「まあ、山下にはもったいないくらいの女性だけど、俺的には結構応援しているけどね。」
千波「野口さんって、男性経験が全くないみたいで、どう男の人と向き合えばいいかわからないみたい。それで、相談されてさ。」
祐希「大丈夫だよ。山下はあれで結構気を遣うやつだし。俺はあの二人はすっごい合っていると思うけどね。」
遠く浜辺に目をやると、山下と野口が手をつないで歩いていた。野口はやはり結構目立つようで、まわりの若い男の子たちが野口の姿に見とれているようだった。ある意味、山下も大変なんだろうなと思えた。もし、野口が一人で歩いていたら、何人の男がナンパをしにくるだろうかと思えた。
祐希「野口さんはやっぱり目立っているね。」
千波「あの子、きれいだもん。それに、あの水着だから、そりゃ目立つわよ。私が男だったら、ナンパしちゃうかも。」
祐希「まあ、ある意味、山下も大変かもな。」
海水浴場には、家族連れ、カップル、友人同士のグループなどが、思い思いに海水浴を楽しんでいた。
祐希「なんか、平和だよな。ずっとこの時間が続けばいいのにな。」
千波「そうね。なんか、すっごい幸せ。空がきれい。」
二人は波に揺られ、どこへ流されるでもなしに、ぷかぷか浮いていた。だが、やはり潮の流れはあるようで、しばらく波に揺られていると、いつのまにか最初に海に入った浜茶屋からかなりの距離を流されていた。
千波「ねえねえ、浜茶屋がすっごい向こうにあるね。」
祐希「流されたのかもね。岸に上がって、歩いて戻るか。」
千波「いや、砂が熱いから無理だよ。元の場所まで、ゆっくりと泳ごうよ。」
祐希「そうだな。」
沖の方では、ジェットスキーが何台か、ものすごいスピードで水面を走っていた。祐希が子供のころは、あんな乗り物はなかったのにと思った。いつごろから、あんな乗り物が普及してきたのだろうか。
ゆっくりと元の場所に泳いで戻ることにした。そろそろお腹も減ってきたので、何か食べたいとも思ったのである。ようやく、元の浜茶屋の前まで泳いでたどり着き、海から上がった。そして、そこに置いてあったビーチサンダルを履いて、浜茶屋に戻った。浜茶屋には、誰もいなかった。
祐希「みんないないね。なんか、食べようよ。」
千波「そうだね。お腹空いちゃったし。」
祐希「千波は何がいい。俺はラーメンでも食べるわ。」
千波「私もラーメンでいいよ。あと、ビール飲んでいい。」
祐希「オッケー、じゃあ注文してくるよ。」
一緒に来た仲間はどこにいるのかわからなかった。たしか、全員泳げると聞いていたので、どこかで泳ぎに夢中になっているのだろう。遊泳エリアをくまなく見てみたが、仲間は誰も見当たらなかった。彼らも、どこかに流されて、別の場所で泳いでいるのかもしれない。
浜茶屋で食事を終え、ふたりでかき氷をひとつ頼んで食べた。夏の海で食べる、かき氷はなぜか抜群においしい。千波はビールでほろ酔い気分で、とても気持ちよさそうだった。
祐希「あの、イカの丸焼きって、どこの海水浴場でも売っているよな。」
千波「そうそう、あれ匂いが良いから買っちゃうけど、食べるとそれほど美味しくはないよね。」
祐希「そうそう、匂いでつられて買うけど、確かに美味しいと思ったことはないな。」
千波「その割にけっこう高いよね。」
そう言っていると、そのイカの丸焼きを食べながら、円山が向こうから歩いてきた。
円山「おう、お前らここにいたのか。」
祐希「イカうまいか。」
円山「いや、匂いにつられてつい。」
千波「やっぱり。円って単純だよね。すぐこういうのに引っかかるし。」
円山「え、何の話。」
祐希「いや、さっきそのイカの話しててさ、匂いはいいけど、高いわりにはあまり美味しくないよなって。」
円山「そうなんだよ。俺さ、毎回、買ってから後悔するんだよ。今日も買って、一口食べた時点で、また騙されたよって思った。」
千波「まったく学習能力ねえなぁー、円は。」
午後3時ごろになると、ひとりまたひとりと浜茶屋に戻ってきた。そろそろ帰り支度をしようということになり、全員が順番にシャワーを浴びて、着替えを済ませた。千波は、涼しげな薄手のワンピースに着替えていた。
祐希「千波、その服、すっごい似合ってるじゃん。」
千波「この日のために買ってきたのよ。」
千波は薄手の生地でできた、薄いオレンジ色と白がまじった柄のワンピースを着ていた。彼女の細い体形にちょうど合っており、すごく似合っていた。他の女子たちも、全員思い思いのかわいい服に着替えていた。それに比べて、男子連中は判で押したように、Тシャツに短パン、それにサンダル姿だった。
千波「しかし、君たちはお洒落に興味ないのかなー。みんな同じような恰好してさ。」
祐希「まあ、その辺にあった服を持ってきただけだしね。」
最後に小林が持ってきていたカメラで全員写真を撮ることにした。海をバックに、浜茶屋のバイトの女の子に頼んで、何枚か写真を撮ってもらった。そして、朝来た乗り合わせで、全員が車に乗り込んだところで、一路南に向かった。
車内では千波は疲れたのか、すやすやと寝息をたてて眠ってしまっていた。多分、他の車の中でも、運転手以外は眠っているのだろうと思えた。ときどき、千波は車の助手席で眠ってしまうことがあるが、本当にすやすやと静かな寝息をたてて眠る。彼女がいびきをかいているのを聞いたことがなかった。祐希が左手を伸ばして、千波の右手を軽く握った。すると千波が目を開いて、「どうしたの」と聞いてきた。
千波「ごめん、寝てたね。」
祐希「いいよ、寝てて。結構、渋滞しててさ。」
長野市街に着いたのは、午後7時過ぎだった。全員で国道沿いのファミリーレストランに行って、食事をした。10人そろっての食事はとても楽しかった。あの1980年代終わりごろの日本の熱い夏の一日はそうやって終わりつつあった。誰もが、幸せだったし、誰もが明るい未来を見ていた。それは、祐希も千波も、彼らの仲間たちも。




