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第34章 夏の海 その1

 いよいよ本格的な夏の到来だった。長野県内の山にはいろいろな素晴らしい避暑地があるのだが、滅多に海を見る機会のない長野県民にとっては、貴重な海水浴の季節である。祐希も、同期の連中を何人か誘って、海水浴に行くことにした。祐希が長野県に来て驚いたのが、長野人の海に対するテンションの高さである。海水浴に行くとなると、なぜか彼らは異常なほどテンションがあがるのである。普段から海を見ることが日常だった彼にとって、最初のころは、あの異常なテンションの高さがあまりよく理解できなかった。だが、彼らにとって確かに海に行くのが、かなり骨の折れる作業であることを考えると、彼らの思考も理解できるようになってきた。


 ある平日の大食堂にて、祐希は山下、円山とその話をしていた。


 祐希「千波に海水浴の話したらさ、少なくとも1か月前に言ってくれって怒られちゃったよ。そんなすぐにダイエットできないって。」


 山下「ああ、それって女子はみんな言うよな。ダイエットしても大して体形かわらねえと思うけど。」


 円山「まあ、気持ちの問題だよ。でさ、誰誘う。」


 祐希「うちらと、誰がいい。」


 山下「まあ、野口さんは誘うけどね。」


 円山「野口さんの水着姿か、これは見ごたえあるかもな。」


 山下「おまえ今すっごいスケベな妄想しただろ。」


 祐希「おい山下、ところでもうチューしたんか。」


 山下「うっせーよ。ほっといてくれ。」


 円山「お、こいつ、うちらがどれだけ貢献したか忘れているようだな。」


 祐希「そうだよ。うちら、結構苦労したんだぜ。お前が、あんなアホなこと言うからよ。」


 山下「いやあれはもう忘れてくれ。あれは、まじで俺の黒歴史だわ。」


 円山「でさ、他に誰を呼ぶか。小林とか中村とか畠山とか、たまには他の同期も呼ぶか。それとも、先輩とかさ。」


 祐希「同期でいいんじゃねえか。」


 山下「そうだな。でも足がいるから、車持ちの同期だな。」


 円山「まあ、小林は誘えば田丸と来ると思うぜ。」


 山下「これって、誰を誘うか難しいよな。声かけねえと、機嫌損ねるやつもいるだろうしさ。」


 祐希「まあな。なんであいつが誘われて、俺は誘われないんだみたいなだろ。」


 山下「そうそう。小林を誘うんなら、やっぱ中村もってなるよな。」


 円山「まあ、男同志はいいけど、女同士の相性とかもあるだろうし。」


 祐希「千波は野口さんとは仲良くしているみたいなこと言ってたけどな。」


 山下「中村って彼女いたっけ。」


 円山「いや、多分いないと思うけど。」


 山下「佐野ちゃんとか、遠藤さんとかも誘ってみたら。あの子たちも社交的だしさ。」


 円山「そうすっか。じゃあ、うちら3人、沢田さん、野口さん、小林、田丸、中村、佐野ちゃん、遠藤さん、でいいかな。」


 祐希「車は。俺と円山、小林、中村の4台だな。でも、俺の車の後部座席はきついから、他の車は3人になるよ。」


 山下「まあ、割り振りはあとで決めればいいじゃんか。」


 祐希「じゃあ、小林と中村には俺から言っておくわ。円山は佐野ちゃんと遠藤さん誘ってよ。」


 円山「おう、そうしよう。」


 この週末の土曜日に海水浴ということになった。冬に千波と海を見に行って以来の海だった。今度は見るためではなく、海水浴だった。すでに千波には話はしてあったので、今頃は彼女なりにダイエットを頑張っているのだろうと思う。だが、千波はぜんぜん太っていないし、特にダイエットは必要ないと思えるのだが、やはり彼女からしたら、余計なお肉がついているということだった。あとは、天気が良くなるかどうかだった。梅雨が明けたとはいえ、時折天気が不安定になり、いきなり夕立がくることも多かった。まあ、でもそれも夏という季節が抱えるもうひとつの顔である。


 祐希は会社の内線で小林と中村に電話をかけ、週末の海水浴に誘った。どうも彼らも海水浴に行こうかと話をしていたらしく、一緒に行こうということになった。場所は新潟県の柏崎に行くことにした。小林も中村も車を持っているため、彼らも車を出してくれることになった。よって、車4台、参加者は10人ということになった。祐希の車に2人、あとの3台の車には3人、3人、2人という割り振りになる。円山の車には、佐野と遠藤が乗ることになり、山下と野口は中村の車に乗ることになった。小林と田丸は小林の車ということで、一応車の割り振りも行った。出発は、早朝5時に女子寮前ということになった。


 金曜日の天気予報では、明日の日本海側は快晴になるとのことで、天気は問題なさそうだった。当日の早朝5時には、全員女子寮前に集合した。早朝5時とはいえ、すでにかなり外は明るかったが、まだ気温は涼しかった。ときおり、そよそよと吹く風が心地よかった。すでに、セミの声が騒がしくなってきており、爽やかな夏の朝という感じだった。全員、思い思いの軽装で集合場所に集まった。


 祐希「おはよう。」


 千波「おはよう。いやー、テンションあがるね。」


 千波は小林、中村、佐野、遠藤にはほとんど面識がなかったため、彼らを紹介した。一方、野口と千波は以前のダブルデート以来かなり仲良くなっており、お互い一緒に海に行けるのが嬉しそうだった。


 野口「千波さん、先日はありがとうございました。」


 山下「え、沢田さんとどこか行ったの。」


 千波「そうそう、野口さんとおデートしてたの。お洒落なお店でさ。」


 祐希「へぇー、いつの間にそんな仲良しになってたんだ。」


 野口「千波さんといろいろとお話したくて、お食事にお誘いしたんですよ。」


 千波「私さ、こう見えて女子からモテるからね。」


 祐希「ああ、確かに千波のほうが円山よりも女にもてるもんな。」


 円山「ほっとけよ、うるせーな。」


 山下「あいつ、こういうことだけ聞こえるんだよな。地獄耳っていうの。」


 祐希「佐野ちゃん、遠藤さんも久しぶりだね。」


 佐野「祐希君も元気そうで。」


 佐野は祐希の横に千波がいるためか、少し居心地が悪そうな顔をしていた。そこに小林と田丸が会話にくわわってきた。


 小林「橘の彼女さん、初めてだよ。小林です。初めまして。」


 千波「そうですね。名前と顔は知ってましたけど、こうやってお話するのは初めてですね。」


 祐希「おい、そういえば小林、テレビ出てたよな。」


 小林「え、知ってるのか。」


 祐希は、アホかと思った。すでに会社中で話題になっており、結構笑いもの扱いされているにも関わらず、このリアクションは意外だった。


 祐希「いや、みんな知ってるって。それと、田丸が可哀そうだったぜ。」


 田丸「もうね、顔から火出るかと思ったわよ。」


 中村「いや、あれは今年一番のネタだったよ。」


 小林「そか、みんなに喜んでもらえてよかったよ。さてと、全員揃ったし、そろそろ出るか。」


 小林は例のテレビ出演の件は、全く気にしていないようだった。


 中村「じゃあ、小林の車を先頭にして、後に続いてくれ。」


 祐希「オッケー。」


 千波「ちょっと、市街地出る前に、コンビニに立ち寄って欲しいんだけど。」


 小林「了解です。飲み物とか欲しいもんね。」


 小林が田丸を助手席に乗せて車を出した。その後をすぐに中村の車が、そして円山の車が続いた。祐希は一番後ろについた。ここから、早くて2時間半というところだろうか。いや、もっとかかるかもしれない。車内は冷房がほどよく効いており、千波のCDを聴きながらのドライブである。


 祐希「これは、誰の曲なん。」


 千波「ビリー・ジョエル。いいでしょ。」


 祐希「まあ、いい曲だね。何言ってるかわかんねーけど。」


 千波「お腹空かない。朝、何も食べてないしさ。コンビニでサンドイッチ買おうっと。」


 祐希「お前もコンビニ好きだよな。」


 千波「好きだよー。コンビニのサンドイッチとかおにぎりって美味しいじゃん。」


 祐希「千波の手作りおにぎりも美味しいけどね。」


 千波「さすがに10人分は無理だわ。」


 祐希「まあ、確かにね。」


 小林の車が国道沿いのコンビニの駐車場に入っていった。ここで、全員がいったん車から降りて、車内で飲み食いするものを購入した。千波はサンドイッチとペットボトルのお茶を、祐希はおにぎり2つとお茶を購入した。再び、小林の車を先頭に一路北に向かって走り出した。


 千波「今日さ、私、実はスクール水着持ってきたの。」


 祐希「はあ。スクール水着って、お前22歳だろうが。」


 千波「高校の時に使っていたやつなんだけど、ぜんぜん着れるよ。」


 祐希「それは、お前の体の成長が止まっているってことか。」


 千波「そうなのよ。私ね、お母さんよりも背が低いのよ。普通、今の世の中、子供の方が親よりも大きいのが普通でしょ。」


 祐希「そういえば、下の妹もお前よりも大きいよな。」


 千波「そう、晶子って私よりもでかいのよ。」


 祐希「5センチ以上でかいよな。」


 千波「まあ、妹と背の高さで張り合ってもね。」


 祐希「そういえば、一番下の妹っていくつなん。」


 千波「陽子は8歳だけど、もうすぐ9歳になるよ。」


 祐希「千波のお父さんは、結構溜めて撃つタイプなんだな。」


 千波「そうよ。あの子だけ、年が離れているからね。お父さんも、9年間溜めに溜めて、ドカーンといったのよ。で、期待していた男の子じゃなくて、またもや女の子ってわけ。」


 祐希「策士、策に溺れるってやつか。」


 千波「いや、多分、何も考えていなかったと思うよ。ただ、ドカーンといって、すかっとしたみたいなさ。」


 祐希「で、ダイエットしたんだろ。どうだった。体重減ったか。」


 千波「もう、時間切れよ。そんな1週間とかじゃ無理よ。もっと早く言ってくれなきゃさ。」


 祐希「千波なんか、全然太ってないじゃんか。どこをどうダイエットするんだよ。」


 千波「いろいろお肉がね、ついちゃってるわけよ。でさー、むかつくのが、ダイエットすると真っ先に胸から痩せていくんだよね。そこじゃねえだろって。」


 祐希「そうなん。そんな話、初めて聞いたぜ。」


 千波「そうだよ。女子のダイエットって、胸から痩せていくんだから。そこは痩せて欲しくないのにさ。」


 祐希「じゃあ、ダイエットするってことは、そこを我慢するしかないってことか。」


 千波「でさ、太ももが一番痩せないの。」


 祐希「別に太もも、太くないじゃんか。普通だと思うぜ。」


 千波「いや、もっと細い子いるわよ。私なんか太いほうだもん。」


 祐希「そうかなー。でも、あんまり細いもの俺は好きじゃねえな。千波の足くらいがちょうどいいと思うけどな。」


 千波「まあ、でも、これが私なんだから、高望みしてもね。」


 祐希「千波は今のままで十分かわいいと思うけどな。いいじゃん、俺がいいって言っているんだからさ。」


 千波「まあね。祐希がそう言ってくれるのは嬉しんだけどね。」


 車がコンビニを出てから、1時間以上が過ぎた。小林は途中のドライブインにウインカーを出して入っていった。後に続いていた、中村、円山もドライブインに入っていった。一時休憩だった。


 すでに外は真夏の気温になっていた。車外に出たとたん、地面からの熱気が下から一機にもわっと上がってくるような感じだった。空にはほとんど雲もなく、とにかくカンカン照りだった。周囲からはうるさいくらいのセミの声が聞こえてきていた。外に出ただけで、じわりじわりと体のあちこちから汗が吹き出してきていた。足の下のアスファルトなんかは、相当な熱さになっているようだった。祐希はポケットからライターとたばこを取り出し、近くにあった灰皿の前でタバコを1本吸った。千波はトイレに行ったようだった。


 祐希「いや、暑いね。めちゃくちゃ日焼けするんだろうな。」


 山下「そうそう、それで風呂入るのが辛くなる。」


 円山「そして、皮がぼろぼろめくれあがってさ。」


 祐希「毎年同じことやっているよな。」


 喫煙所に男たちが集まってきた。山下と円山はタバコを吸わないが、中村と小林は喫煙者である。


 小林「タバコやめてえなぁー。」


 祐希「つうか、俺たち成人になったばかりだぜ。お前なんか高校生のころから吸っているんだろ。」


 中村「まあ、うちらの同期で吸っている連中は、高校生の時から吸っているのは間違いないね。」


 小林「言えてる。だってさ、はい成人式終わりました、はいタバコ解禁ってわけじゃねえもんな。」


 祐希「まあ、今さらながら、俺もタバコはやめたいね。」


 しばらく、そこで休憩してから、全員が車に戻った。あいかわらずのセミの声だったが、誰もそんな音は気にもしていなかった。女子は千波以外はサングラスをかけており、特に野口は白い肌に黒のサングラスがよく似合っていた。まあ、彼女くらいの美人は、だいたい何を身につけても、それなりに様になるのである。千波はいつもどおり、メガネをかけていた。


 祐希「千波ってさ、メガネかけて泳ぐの。」


 千波「そうよ。私、コンタクトレンズあんまり好きじゃないしさ。」


 祐希「じゃあ、水の中には潜れないね。」


 千波「海水浴だもん。水にプカプカ浮いているだけだよ。浮き輪持ってきたしね。」


 祐希「じゃあ、二人で沖合に行って、その浮き輪で波に揺られようか。」


 千波「そうそう、海水浴なんてそんなもんよ。」


 車は野尻湖周辺の国道を抜け、県境の山間部にかかっていた。そして、だんだんと下り道に入り、ようやく新潟県に入った。もう、それほどの距離ではなかった。まずは、直江津に入り、そこから東方面に日本海を北上した。日本海が車の左側に見え、はるか向こうには佐渡島が見えた。


 祐希「佐渡島が見えるね。冬に来たときは見えなかったけど。」


 千波「本当だ。佐渡島だね。肉眼で見えるんだ。」


 そして、そのうち柏崎の海水浴場に到着した。


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