第27章 下世話な人たち その1
さわやかな春の季節もそろそろ終わりをつげ、季節は夏になる前に梅雨の到来を迎えていた。気温ももはや寒さは感じることもなく、日本列島では衣替えの時期を迎えていた。ただ、祐希とその周りの人たちは相変わらずの毎日を送っており、特別変わったこともなかった。野口や二見など、新入社員も徐々に周囲の環境に慣れてきて、少しは気持ちに余裕が出てきたようである。祐希と千波の関係も特に変化はなく、相変わらずカップルとして仲の良い関係を維持していた。山下はようやく野口との交際にこぎつけ、最近は毎週末野口とのデートに出かけていくようになった。小林と田丸の、あのテレビ番組出演も一時期社内で話題になったが、もうすでにみんなそんなことも忘れているようだった。そんなある日の祐希の職場で、祐希は北見と滝田と雑談をしていた。
北見「知ってたか。福田さんのアパートって壁一面にエロビデオが棚に収納されているらしいぜ。」
滝田「ああ、有名ですよ。福田さんのアパートの部屋って、別名『陰毛の館』って呼ばれているらしいですよ。」
祐希「なんですか、そのなんとかの館って。」
滝田「いや、だから毛が落ちていて、えらいことになっているってこと。」
祐希には具体的にその様子が想像できなかった。どんな恐ろしい部屋なんだろうかと思った。
北見「でさ、あまり大きな声では言えないんだけどさ、福田さんって乳を見ただけで、AV女優の名前を当てられるらしいぜ。」
そこに、いきなり佐山が話に割り込んできた。
佐山「北見さん。なにくだらない話をしているんですか。ちゃんと真面目にお仕事してくださいよ。」
北見「うわ、佐山さん、もしかして聞こえてました。」
田嶋「聞こえてますよ。北見さんの声って響きますから。」
北見は小さい声でささやいたつもりだったようだが、女性社員2人にしっかりと聞かれていた。祐希としては、あまりその話に関わりたくなかった。なぜか、嫌な予感がしたのである。そして、その話はそこで終わったものだと思い、すっかり忘れていた。
数日後、会社から寮に帰宅し、風呂に入ったあと、部屋に引き上げてきたところで、滝田が祐希の部屋に呼びに来た。
滝田「北見さんが、部屋に来いって言ってるぞ。」
祐希「ああ、今ビール買ってから行きます。」
滝田「ああ、酒ならあるから。大丈夫だってさ。」
ということで、祐希は滝田と北見の部屋に向かった。
北見「おお、祐希、よく来たな。」
祐希はものすごく嫌な予感がした。
祐希「また、俺にエロ本買いに行かせるんでしょう。もう、まじで勘弁してくださいよ。」
北見「いや違うよ。実はさ、お前と滝田に立会人になって欲しいけど、受けてくれるか。」
祐希には北見の言っていることがよく理解できなかった。ますます、嫌な予感が募ってきた。
祐希「何の立会人ですか。どうせ、北見さんが言うことだから、ろくなことじゃないでしょうか。」
滝田「そうそう、はっきり言って、しょうもないことだわ。」
滝田が、大きくうなずいた。滝田はことの内容をすでに知っているようだった。その時、北見が祐希に無言でビールを差し出した。祐希は何も考えずに、ビールのプルトップを開け一口飲んだ。飲んだところを見計らって、北見が口を開けた。
北見「お前、俺の酒を飲んだな。」
祐希「え、なんですか。どういうことですか。」
北見「それを飲んだからには、もう俺の頼みを断れないな。」
滝田「祐希、お前、はめられらんだよ。まあ、俺もはめられたけどな。」
そう言うと、滝田は少し嬉しそうな顔をした。祐希には、彼ら二人の言っていることが、全く理解できなかった。
祐希「いやいや、なんですか。はめられたって、どういうことですか。」
北見「だから、お前と滝田には立会人になって欲しい。」
祐希「なんの立会ですか。説明がないから、さっぱりわからないですよ。」
北見「俺と福田さんの一騎打ち勝負の立会人だ。」
祐希にはさっぱり北見の言っていることがわからなかった。そこから、北見の言う、一騎打ち対決の簡単な内容説明が始まった。要するに、北見と福田のどちらが、AV女優に精通しているかの対決ということらしかった。一通り、その対決方法について語ったあと、北見はその対決にかける意気込みを熱く語った。
祐希「また、俺をそういう変なことに巻き込もうとしているでしょ。北見さんは、本当に悪い先輩ですよ。こんな悪い人見たことないですよ。ねえ滝田さん、どう思います。」
滝田「だよなー。北見さんは、後輩をビール一本で騙して、そういうディープな世界に引き込もうとするんだよ。悪い人だよなー。」
祐希と滝田は悪態をついたのだが、北見は全く動じる気配もなかった。この男はどこまで図太い男なんだろうかと祐希は思った。
祐希「で、その勝負はどうやってやるんですか。」
北見「簡単だよ。女優の乳だけ見て名前を当てるんだよ。先攻後攻で、交互に雑誌のカラーページ見せあうんだよ。その時に、乳以外の部分を紙でかくして、それを見せあって、当たったら得点ってこと。」
まともな大人がどうやったら、そういうアホな勝負事を考えつくのか、祐希には全く理解できなかった。
祐希「北見さん。どうやったら、そういうアホなこと考えつくんですか。」
北見「いいか、祐希、これは男と男の真剣勝負なんだ。お前と滝田以外に、立会を頼める者は思いつかない。これは、言わば、男と男のプライドをかけた闘いだ。」
祐希は、頭が痛くなってきた。もう、正直言って、このアホな闘いから逃げたかった。だが、北見はいつになく真剣な表情で祐希に迫ってきた。おまけに、滝田はこの非情なる運命をすでに受け入れているようだった。まるで、悪い狼に襲われる間際の赤ずきんちゃんのような心境だった。祐希は、心のなかで、『赤ずきんちゃん、助けて。』と叫んだが、当然助けは来なかった。
その世紀の大一番は、週末の土曜日に福田のアパートにて実施されることになった。そう、あの悪名高い、『陰毛の館』に北見と滝田と一緒に乗り込まなければならないのである。毎週、土曜日は千波とのデートの日なのに、どういう因果でこういうことになったのか、さっぱり理解できなかった。そう言うと、北見は悲壮な面持ちで闘いにかける意気込みを一人たんたんと語っていた。
北見「これは、長野事業所のエロス頂上決戦なのだ。負けるわけにはいかない。」
滝田「北見さん、大袈裟ですって。だいたい、そんな意気込むようなことじゃないですよ。」
祐希「わかりましたよ。もう今回だけですよ、北見さん。しかしあの、ワイフ事件を起こしたのに、全然反省してないですよね。」
そう言ったあとに、祐希はしまったと思った。
北見「いや、もう後妻をもらった。今や俺も一夫多妻だ。」
祐希はこれ以上、北見を刺激しないほうがいいと判断した。ここでつっこみを入れると、おそらく新しいワイフの紹介が始まり、彼女との馴れ初めから、今現在の関係まで、少なくとも1時間は拘束されそうな気がしたからである。滝田も同じように感じたらしく、別の話題に切り替えようとしていた。
滝田「で、勝ったら何かあるんですか。」
北見「いや、何もないよ。ただ、長野事業所のエロ・エロ・オブ・ザ・イヤーに選ばれるだけだ。」
祐希「え、なんですか、それ。そんな賞みたいなもんあるんですか。」
北見「俺と福田さんが作るんだよ。」
祐希はこれ以上、北見の話を聞いているのが、アホらしくなった。とはいえ、土曜日の勝負に付き合ってやらないと、北見がいじけそうなので、しぶしぶ同意した。そう、今週末の土曜日は、ゴジラ対モスラに匹敵する大一番が繰り広げられるのである。祐希は、深い疲労感に包まれた。




