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第26章 小林と田丸テレビに出る

 いつもの平日だった。その日も相変わらず、祐希は山下と円山と昼食をとっていた。


 円山「なんか、噂で聞いたんだけど、小林が全国ネットのテレビに出るって聞いたんだけど。」


 祐希「いや、それは初耳だな。」


 山下「あれ、なんだっけ、『元気が出るテレビ』じゃなかったっけ。俺もその噂聞いたよ。」


 円山「そうそう、それだよ。」


 祐希「それいつ放送なの。」


 山下「いや、そこまで詳しい話は知らない。あの番組っていろんなコーナーがあるけど、どのコーナーかな。」


 円山「ちょっと、俺、小林に聞いてみるわ。」


 『元気が出るテレビ』というのは、80年代中頃から90年代中頃までに人気のあったテレビ番組である。そのなかのいくつかのコーナーには、普通の一般募集の視聴者も参加して番組を作っていた。数日後、円山は小林から放送予定日を聞き出すことに成功したが、どのコーナーに出るのかは、教えてくれなかったとのことだった。放送日は、今週末の日曜日ということだった。だが、祐希と山下の部屋にはテレビがなかったので、北見に頼んで、彼の部屋でテレビを見せてもらうことにした。その日は、日曜日の夜だった。


 その日の北見の部屋には、祐希たち3人が揃っていた。あらかじめ買っておいた、ビールとつまみを北見の部屋に持ち込み、番組が開始されるのを待った。そして、午後8時になり、いよいよ番組が開始された。


 北見「小林って、お前らの同期の小林だろ。わざわざ、テレビ局のロケに行ったのかな。」


 円山「行ったらしいですよ。なんか、千葉のほうまで行ったみたいです。」


 祐希「なにそれ、スタジオの収録じゃなくて、ロケに行ったんだ。一体、何の企画なんだろうな。」


 そのうち、番組はいつもどおり進んでいった。どの企画も面白く、あっという間に番組も中盤に差し掛かった。次の企画は、『渚で彼女にラブソングを歌おう』だった。出演者の男性たちが、彼らの彼女たちに海辺でラブソングを歌って聞かせるという企画だった。MCの女性が、出演者の男性ひとりひとりに意気込みを聞いていたそのとき、テレビに上半身裸でしかも鎖を巻き付けた小林が映った。明らかに、ヘビーメタル・バンドの出来損ないのような恰好をしていた。下は革のパンツにブーツ、髪の毛はジェルかなんかで垂直に立っていた。良く見ると、乳首にピアスがしてあり、顔にはどぎついメイクがされていた。


 祐希「おいおいおい、これ小林じゃねえか。」


 山下「こいつ、こんな趣味あったっけ。ヘビメタじゃんか。」


 円山「これってさ、彼女にラブソングってことは、田丸も出るのか。」


 祐希「そういうことになるよな。」


 4人はテレビにくぎ付けになっていた。最初のカップルの男性は、アコースティック・ギターを持って、自作のラブソングを歌っていた。その男性も、その男性の彼女も、ごくごく普通の恰好をした、普通のカップルだった。さらに、その次のカップルの男性は、今度はエレキベースを弾きながら、ロック調の曲を歌っていたが、いまいち内容がわからなかった。その男性の彼女は、それでも彼氏が懸命に歌ってくれたのを見て、嬉しそうだった。そして、その次に小林の順番のようだった。


 円山「小林って楽器弾けたっけ。」


 山下「全然、知らない。あんまり深い付き合いしてねえしな。」


 祐希「まあ、すぐにわかるって。」


 その時だった、ドラムセットとそこに座る小林が映った。そして、別のカメラで、緊張した面持ちの田丸の様子が画面いっぱいに映った。小林と違って、田丸はごくごく普通の恰好をしていた。白いブラウスに、ベージュのカーディガン、紺色のスカートに黒いローファーを履いていた。髪の毛も肩上できれいに切りそろえられており、メイクも薄目の自然な感じのメイクだった。田丸に関して言えば、地方銀行の窓口にいるような、比較的保守的なイメージの地味な若い女性という感じだった。それに比較して、小林はその対極にあるような派手で反社会的な感じのいで立ちだった。初めて彼らを見る人たちにとっては、どう考えても、この二人に接点や共有する価値観のようなものは見いだせないと思われた。


 小林は、ドラムの前に座ると、いきなり激しくドラムを叩き出した。激しい、ドラムの轟音と共に、小林はマイクに向かって叫んだ。


 小林「愛してるぜ、ベイベー♪」


 ドドド、ドドド、ドドド


 ほとんど、ドラムの音は適当に叩きまくって、不快なノイズを出しているだけのように思えた。


 小林「愛してるぜ、ベイベー、カモーン・ベイベー♪」


 何が、ベイベーなのか、祐希たちには意味が分からなかった。


 小林「愛してるぜ、ベイベー、シェケラー・ベイベー♪」


 円山も山下も、あっけにとられたような顔をしていた。


 祐希「こいつ、適当にドラム叩いて、ベイベーしか言ってねえな。何回、ベイベー叫ぶんやろか。」


 円山「おい、田丸見てみろよ。」


 ときおり、田丸の表情がアップで映し出された。もう、彼女の表情からは、困惑と迷惑という感情しか読み取れなかった。明らかに、心の中では、怒っているような感じだった。おそらく、田丸はこんなパフォーマンスは事前に聞かされていなかったのだろうと推測された。


 小林「愛してるぜ、ベイベー、ハネ―ムーン・ベイベー♪」


 こいつは、ベイベーがつく言葉ならなんでもいいのだろうと思えてきた。それにしても、ハネムーン・ベイベーはないだろうと祐希は思った。


 円山「なんかさ、小林の乳首黒いなー。」


 山下「あいつ遊びすぎなんだよ。あちこちで、乳首をいじられてるんだよ。尋常じゃねえ黒さだよな。」


 祐希「そうそう、田丸とそういうプレーしてんだよ。田丸ってさ、あんな感じで案外Sなんじゃねえか。」


 円山「そうそう、あういう普通のいで立ちの女性って、裏で豹変するんだよ。小林の乳首を攻めまくって、いじりたおしているんだよ。」


 北見「しかし、これってラブソングって言えるのか。」


 そして、間もなく小林のラブソングが終わった。それは、とてもラブソングと言える代物ではなかった。その後、小林と田丸が二人並んでテレビに映っていた。女性MCが田丸にインタビューをした。田丸は顔を真っ赤にしており、おそらく恥ずかしさでいっぱいのような表情だった。


 MC「はい、彼氏が素敵なラブソングを歌ってくださいましたけど、どんな感想ですか。」


 田丸は消え入るような小さな声で答えた。


 田丸「ええ、すごく感動しました。素敵な歌でした。」


 テレビを見ていた全員が、「嘘つけ、そんなわけねえだろ。」とつっこみを入れたくなるような感想だった。次に小林にマイクが向けられた。


 MC「今日のご自分のパフォーマンスはどうでしたか。」


 小林「ああ、俺の愛が世界中に届いたぜ。ありがとう、ベイベー。」


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 佐藤「いやあ、慶子ちゃん、お疲れさまでした。」


 数日後、佐藤と田丸を誘って、会社帰りに飲みに出かけた。


 田丸「もうね、死ぬほど恥ずかしかったわよ。あれ、全国ネットだよ。信じられないでしょ。顔から火吹くかと思ったわ。」


 祐希「いやいや、結構面白かったよ。」


 円山「あれってさ、ラブソングなのか。俺には、絶叫しているとしか思えなかったけど。」


 田丸「絶叫以外の何ものでもないわよ。生き恥をさらしたわよ、本当に。テレビ出るって言うから、前日に美容院まで行ったんだから。」


 山下「まあ、そんなのみんなすぐに忘れるって。俺だって、結構今まで生き恥さらしてるぜ。」


 田丸「でさ、あの人、実は金属アレルギーで、いま上半身がえらいことになっているの。」


 それにしても、小林は一体何をしたかったのか、いまひとつ祐希にはわからなかった。


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