第25章 美人コンテスト
毎年、この季節になると会社の創立記念日がやってくる。その創立記念日での一大イベントが、長野事業所・美男美人コンテストである。現代では、いろいろと否定的な議論があるものの、昭和末期の企業ではこういうイベントも普通に行われていたのである。
祐希の会社の創立記念日では、近くの大学の体育館を借り切っての芸能人によるイベントが毎年開催されていた。やってくる芸能人は予算の関係なのか、最近あまりテレビで見ることが減ってきたような芸能人がほとんどだった。おそらく、一番旬の芸能人を呼べるほどの予算はかけられないのである。とはいえ、それなりに全国区の知名度を誇る芸能人が毎年呼ばれ、創立記念日はそれなりに盛り上がるのであった。
その中でも、一番盛り上がるイベントのひとつが、長野事業所の社員を対象とした、美男美人コンテストだった。ルールは非常に単純で、女子社員は一番かっこいいと思う男子社員に1票を投票し、男子社員は一番美人だと思う女子社員に1票を投じるだけである。そして、上位3位までの美男美女が発表され、景品が進呈されるのである。女子の部門では、もうすでに、3年前から製造部の鈴木が美人コンテストの1位を維持していた。ちなみに、昨年の2位はなんと祐希の同期の竹内だった。そして、昨年の3位はソフトボール部の佐々木だった。すでに投票は前々日に締め切られており、昨日は総務部総出で集計作業を終わらせていた。
祐希は山下と円山とイベント会場に行き、イベントを楽しんでいた。今回はバラエティー番組とかで活躍している、若い女性芸能人がイベントを盛り上げていた。その芸能人は、実際に目にすると、思っていたよりも小さく見えた。
山下「美女コンテストだけと、まあ、女子の3強は今年も強そうだよな。」
祐希「ああ、言えてる。お前は誰に投票したの。」
山下「野口さんに決まっているじゃんか。」
円山「まあ、そうなるわな。祐希は沢田さんに投票だろ。」
祐希「さすがにな。そら普通、自分の彼女に投票するでしょ。俺にしてみれば、千波が一番かわいいしな。」
山下「いやーのろけるねー。」
円山「はいはい。」
祐希「円は誰に清き1票をいれたわけ。」
円山「鈴木さんだよ。やっぱ、あの人はきれいだよ。」
鈴木は、同じ男子寮の先輩の窪田の彼女である。窪田はそれほど男前ではないものの、二人は社内では結構有名なカップルだった。窪田は若い割にはしっかりしており、後輩からの人望も厚い人物だった。
祐希「男はまた今年も宮本さんだろな。」
円山「宮本さんは、確かにかっこいいもんな。」
宮本はサッカー部のゴールキーパーで、祐希も仲良くさせてもらっている先輩だった。
山下「それで、2位が三崎さんだろ。で、3位が畠山だろ。まあ、去年と同じか。」
円山「まあ、三崎さんは野球部で、しかも慶応ボーイだからな。」
畠山は祐希達と同じ年の同期だった。ただ、彼は違う寮に住んでいるため、普段はあまり付き合いがなかった。
円山「これさー、3位までしか発表されねえじゃんか。4位とか5位って誰なんだろうな。」
山下「まあ、俺じゃねえのは間違いないな。」
祐希「まあ、俺も千波からの1票だけだろうな。いやあいつ案外、俺には入れてねえかもな。」
山下「いや、それはねえだろう。ちゃんと、おまえに入れてるって。」
円山「俺さ、今年は野口さんが入るような気がする。」
祐希「ああ、それありうるな。野口さんも、きれいなだもんな。」
円山「山下の鼻の下がかつてないほど伸びまくってるな。」
祐希「言えてる。でもさ、こいつ山下って名前じゃねえからよ。」
円山「ああ、ウンコなんとかっていうのが、本名なんだろ。」
山下「うるせえな。その話やめろって。」
祐希「そのおまえの本名のこと、野口さん知っているのか。」
円山「つうか、もうみんな知ってるんじゃねえか。」
例の怪しい催眠術占い師の話は、いつの間にかかなり社内で広がってしまい、山下はちょっとした有名人になってしまっていた。祐希は誰にもその話はしていないのだが、おそらく佐藤と田丸から話が広がったのだろうと思われた。というか、彼女たちしか話の根源は考えられないのだが。
祐希「さすがに、ウンコ・ブリブリーノ=オマンコスキー4世は知られちゃまずいだろう。」
山下「その、フルネーム言うの、やめろって。」
円山「でもさ、4世ってことは、1世~3世もいたってことか。」
祐希「そうなるよな。山下の父ちゃんが3世なんじゃねえか。」
祐希と円山はそのしょうもないネタで盛り上がっていた。
山下「ええい、やめい、お前ら。もうそのネタはええって。」
さすがの山下も円山と祐希のイジリにイラついているようだった。
祐希「わかった、わかった、悪かったよ。もうこのネタは封印するわ。」
祐希がそう言った直後に背後から大きな声がした。
千波「おう、ウンコブリブリーノ、ここにいたか。」
千波が大声で、山下を呼んだのである。
山下「ちょっと、沢田さん、声がでかいですって。」
千波「いやー私ずっと名前間違えて呼んでいてごめんね。祐希がさ、君のことを山ちゃんだって言うから、山ちゃんって呼んでたけど、ちゃんと本名があったのね。」
円山は必死に笑いをこらえていた。千波は大谷と佐々木と一緒にイベントに参加していた。
祐希「千波、もうやめろって。こいつ、こう見えて結構傷ついてるんだからよ。」
千波「いやーん、山ちゃん、冗談だから許して。」
山下「だから、もう、そのネタは封印してくださいよ。」
千波「だよねー、山ちゃん、ごめんねー。」
千波はあっけらかんとした表情で答えていた。ただ、佐々木も大谷もその話を全く知らなかったようで、山下の傷跡に塩を塗るかの如く聞いてきた。
佐々木「え、なになに、そのウンコなんとかって。」
大谷「沢田、それ何よ。」
祐希は、これはまずいと思い、すかさず口をはさんだ。
祐希「いや、佐々木さんも大谷さんもなんでもないですって。」
大谷「なんか、やーねー。私たちだけ知らないことがあるのね。」
円山「いや、ほんと、しょうもないことなんで。まあ、あんまり気にしないでください。」
これ以上、山下の傷口を広げないよう、祐希と円山はなんとかフォローした。祐希は千波のほうをちらりと見たが、全く自分の言ったことを気にしている様子もなかった。
千波「祐希は、ちゃんと私に1票入れたんでしょうね。」
祐希「毎年、入れてるよ。今年も千波に入れたよ。」
円山「いや、お熱いですねー、お二方は。」
なんとか、祐希と円山は話を別の方向に持っていくことができた。
千波「円も早く彼女作れば。うちらとダブルデートしようよ。あ、そうだ、山ちゃんさ、こないだ公園で見たよ。」
山下「ああ、祐希から聞きましたよ。」
千波「かわいいねー、あの子。うんうん、すっごいかわいいよ。山ちゃんとぴったりじゃんか。」
山下「ですよねー。かわいいですよね。いやー、俺もかわいいなーって。」
千波「すっげー鼻の下伸びてるね。しょうがねえな、この色男。」
そのうち、美男子コンテストの発表がされるようだった。ステージ上では、例の芸能人の女性がコンテストの結果発表を行うようだった。毎年、男子の3位から順に発表され、最後に女子の1位が発表されるのである。
芸能人「はい、それではまずは美男子3位からの発表です。名前を呼ばれた方は、ステージに上がってきてくださいね。」
そう言うと、その芸能人は総務部の担当者から、封筒を受け取り、少し大げさな動作をしてその封筒を開封し、中に入っていた紙片を取り出した。
芸能人「はい、それでは、まずは男子3位からです。男子3位は、畠山稔さんです。」
発表されると同期の畠山がステージに上がった。身長180cmを超えるうえに、顔立ちも端正でよく目を引く存在である。
円山「まあ、順当だよな。うちらの同期では、一番もてるもんな。」
千波「誰、あの人。祐希の同期なの。」
祐希「そうだよ。」
大谷「へー、案外格好いいじゃない。」
その女性芸能人は、2位と1位を次々に発表していった。大方の予想通りの結果となり、2位は野球部の三崎で、1位はサッカー部の宮本が選ばれた。
祐希「まあ、順当だよな。予想通り。」
千波「私、ちゃんと祐希にいれたのに、なんで3位内に入っていないのよ。」
佐々木「私もね、実は橘君に入れたのよ。」
千波「ええ、そうなんですか。」
佐々木「だって、私の彼氏は社外の人だしね。まあ、かわいい後輩の彼氏に清き1票と思ってさ。」
大谷「じゃあ、祐希君は少なくとも2票は入っているってことじゃん。」
佐々木「大谷はやっぱ彼氏に入れたわけ。」
大谷「そりゃ、勿論ですよ。」
千波「やっぱ、そうなりますよね。」
3位までに入った男子社員3人は、それぞれ記念品を受け取っていた。
祐希「あの記念品て何なんでしょうね。」
山下「まあ、うちの会社ケチだから、たいしたもん入ってねえよ。」
佐々木「ああ、あれね。万年筆セットと商品券だよ。」
大谷「ああ、そっか。佐々木さん去年も一昨年も3位でしたもんね。」
佐々木「そうそう。でも、毎年品物は変わるみたいよ。去年は万年筆セットだったけどね。でも、今年も商品券は入っていると思うわよ。」
円山「あの下世話な話で申し訳ないんですけど、いくらの商品券でした。」
佐々木「えっとね、3位はね2万円分だったわよ。」
大谷「ああ、意外ともらえるんですね。」
そうこうしているうちに、女性部門の発表に移った。
芸能人「はい、続きまして女性部門の3位から発表します。」
がやがやしていた会場は少し静かになった。
芸能人「女性部門の第3位は、野口菜々美さんです。」
会場から、どよめきが上がった。祐希は、それとなく佐々木の様子を見てみたが、それほど気にしている様子もなかった。
千波「ああ、あの子。」
大谷「沢田、知ってるの、あの子。」
祐希「まあ、今年の新入社員で円山の部署の子ですよ。」
佐々木「たしかに、かわいいよね、あの子。まあ、仕方ないわね。」
山下のほうを見ると、かなり嬉しそうだった。だが、野口はなかなかステージに上がってこなかった。なんせ、初めてのことだったため、どうしていいのかよくわからなかったようである。ようやく、ステージに上がってきた野口は、見るからに緊張しており、すぐに下を向いてしまった。
千波「山ちゃん、よかったじゃない。この色男。隅に置けねえな、このー。」
千波は、山下を右手で軽く小突いた。
大谷「なになに、山下君とあの子、なんかあるの。」
佐々木「こらこら大谷そこはつっこまないの。」
やっぱり佐々木さんは、大人だなと思った。彼女はもうすでに、それとなく事情を察しているのだろうと思った。そして、今年も2位は竹内で、1位は鈴木が選ばれた。
大谷「あの竹内って子、祐希君と同じ部署の子だよね。あの酒癖の悪さで有名な。」
祐希「そうですか、やっぱりそこまで竹内は有名になってますか。」
ステージ上に上がった女性3人も記念品を順番に受け取っていた。そして、創立記念日のイベントは滞りなく終了した。あとは、各職場ごとの飲み会が街中のあちこちで開かれて今日は終わるのである。
イベントも終わり、帰りぎわに佐々木が祐希たちに真顔で聞いてきた。
佐々木「ところでさー、あのウンコブリブリーノって何だったの。」
いやいや、そこの事情も察してくれよと祐希は思った。




