第22章 新人歓迎会と花見
今年の新入社員の配属も終わり、いよいよ新人歓迎会の季節がやってきた。長野は他の本州とは違って、やや気候が涼しいため、新人歓迎会の季節と花見の季節がちょうど重なるのである。今年は、祐希の部署には、高卒の女子の新人が一人配属された。今年、一人のベテラン女性社員が子育てに専念したいとのことで退職する予定だったからだ。その新入社員は、そのベテラン社員の仕事を引き継ぐことになっていた。その、新入社員の名前は二見慶子といった。彼女も千波と同じくスポーツ推薦で入社した社員だったため、会社のソフトボール部に所属になっていた。ポジションも千波と同じ、ピッチャーとのことだった。
今年の新人歓迎会の感じは、滝田と竹内が担当することになった。滝田は長野出身ではないため、場所の選定などは竹内が担当することになった。場所は昨年と同じ、城山公園となった。
朝礼時に富永から、本日の新人歓迎会と花見についての話があった。今日は金曜日だった。
富永「はい、今日は全員定時に退社して、全員で城山公園に集合します。会社から城山公園までは、会社のほうでマイクロバスを手配してますので、そちらに乗るように。あと、帰宅時も希望者は、そのマイクロバスで帰宅できますので、希望者は利用してください。みんな、くれぐれも飲酒運転はしないように。以上。」
滝田と竹内は昼前には場所取りのため、公園に向かうとのことだった。祐希も田嶋と2人で、買い出しに行かされることになった。買い出しには会社の営業車を借りることができた。会社で昼食をとったあと、祐希は田嶋と一緒に外出し、営業車を使って、早速買い出しに向かった。
田嶋「問題はお酒だよね。竹内もいるから、結構買っておかないとね。」
祐希「そうそう。去年も途中で酒がなくなって、竹内が暴れてましたからね。あの二の舞は避けたいです。」
田嶋「あの子、あれだけ暴れてたのに、全部覚えているからね。しかも、全く反省している様子ないし。」
祐希「まあ、それが竹内ですから。」
祐希と田嶋はまずは酒屋に向かった。今日の参加人数は、約25名とのことだった。田嶋は酒屋に入り、店員に会社で指示された買い物リストを渡した。そこには、買い出しの酒のリストが書き込まれていた。
・缶ビール350㎖:24缶入り、10箱
・日本酒1升ビン:2本
・ウイスキー:オールド2本
・白ワイン:5本
・紙パック焼酎:2本
・氷、水、お茶:適当に
・おつまみ:適当に
以上が課長が書いた、買い物リストだった。
祐希「この、適当にって、うちらで勝手に決めろってことですかね。」
田嶋「まあ、去年とか一昨年とかの買い出しの量はなんとなく覚えているから、なんか見つくろうわよ。」
祐希「しかし、これだけの酒、飲み切れるんですかね。とても、25人が飲む量とは思えないですよ。」
田嶋「いいのよ。また別の機会に飲むからさ。」
祐希「まあ、会社の指示ですからね。たしかに、佐山さんも田嶋さんもお酒強いですもんね。」
田嶋「私は強いけど、竹内みたいな飲み方はしないわね。」
祐希「いや、なんか今日はやばい予感がするなぁ。」
田嶋「大丈夫よ。何が心配なのよ。」
祐希「いや、今年の新人の子が飲まされるでしょう。それで、この職場が嫌になってみたいな。」
田嶋「ああ、それはね、みんなが通過する儀式みたいなもんよ。橘君も経験すみじゃない。」
祐希「そうですね。いや、あれはやばかったですよ。でも、課長が竹内に返り討ちにあってましたけどね。」
田嶋「逆に竹内に飲まされて、べろべろになってさ。いや、あれは楽しかったわ。」
酒屋の人が次々と営業車のトランクに酒を積み込んでくれた。つまみになりそうな乾き物なども、そこの酒屋で購入した。ほとんど田嶋がどれをどの程度購入するのか決めてくれた。
田嶋「よし、これで買い物は終わったね。会場に運ぼうか。滝田君と竹内が待っているからね。」
祐希「ええ、行きましょう。」
祐希は営業車を走らせ、花見会場へと向かった。公園内の駐車場に車を停め、祐希が滝田を呼びに行った。お酒は、滝田と祐希が車から場所取りをしたところまで人力で運んだ。田嶋は、紙コップやら紙皿、おつまみなどを運んでいた。竹内は場所取りのところで運び込まれたものを整理していた。
田嶋「よし、これでいいね。次は、レストランにパーティーセットのお料理を頼んであるから、それを取りに行こうか。」
祐希「ああ、あのから揚げとか、ポテトとかいろいろ入っているやつですね。」
田嶋「4時ごろに取りに来て欲しいって言ってたけど、もう行こうか。ちょっと早いけど。」
再び、祐希の運転で市内の洋食屋にケータリングの料理を取りに行った。料理はできあがったばかりで、すごいいい匂いがした。大きな、使い捨てトレイに入った料理を2つ受け取り、車に運び込んだ。その後、再び会場に向かった。会場でそのまま料理をわたし、田嶋はそのまま会場に置いてきた。ここから、3人で場所取りの見張りをすることとなった。祐希は一人で会社に向かい、営業車を会社の駐車場に戻した。
祐希「配達完了です。田嶋さんは、そのまま会場にいてもらってます。」
富永「おう、橘、ご苦労だった。」
そういったあと、課長は祐希の耳元で小声でささやいた。
富永「おい、見ろよ、あの北見とか福田の様子。すでにもう心ここにあらずって感じだな。まったく、しょうがねえなあ。」
祐希「そんなに楽しみなんですかね。」
富永「わからん。ただ、もうすでにあいつらの頭の中は、飲み会モード全開になっているわ。」
課内ではすでに二見が少し緊張した面持ちで机に向かっていた。まだ、具体的な仕事は言いつけられていないようで、課内の書類のチェックをもくもくとこなしていた。祐希は二見に話しかけてみた。
祐希「二見さん。橘です。よろしくお願いいたします。」
二見は少し慌てた様子で、すぐに席を立ち、祐希にお辞儀をしてきた。
二見「二見慶子です。よろしくお願いいたします。」
祐希「二見さんって、ソフトボール部なんだって。」
二見「ええ、まだ練習とかには参加していないですけど。」
祐希「そっか、頑張って。試合の時は、いつも応援に行っているんだよ。」
二見「え、そうなんですか。ソフトボール好きなんですか。」
祐希「好きですよ。でも、俺はサッカーやっているけどね。」
もうすぐ定時の5時になろうとしていた。課長が立ちあがって、課員に声をかけた。
富永「もうすぐ5時だから、そろそろ仕事しまえよ。まだ、外は寒いからな。マイクロバスがすでに来ているみたいだから、みんな順番に乗り込んでくれ。」
富永の号令で、課員はやっていた仕事をとりあえず終わらせ、更衣室へと消えていった。祐希はすでに着替えは済ませていたので、マイクロバスへと乗り込むことにした。
祐希「二見さんも着替えて、バスに乗り込みなよ。今日は主役なんだからさ。」
二見「わかりました。」
そう言うと、二見は事務所をあとにした。祐希は、事務所から会社前の駐車場に向かい、そこに停車していたマイクロバスに乗り込んだ。すでに何名かの課員が乗り込んでいた。あの様子だと、二見はかなり緊張している感じだった。祐希が新人で入ったときは、滝田と竹内という同期がいたため、まだ気分が楽だったが、今年の新人は二見ひとりである。同じ境遇の人がいないため、いろいろと彼女なりに緊張してしまうのも無理はないと思った。午後5時15分までには、全員がマイクロバスに乗り込んだ。富永が、運転手に車を出すよう指示をした。
会社から花見会場までは、約30分の道のりだった。すでに、マイクロバスの中にも、いつのまにかビールが持ち込まれており、すでに飲み始めている者もいた。祐希は、乗り物に乗っているときにお酒は飲めなかった。乗り物に乗りながら、お酒を飲むと、ものすごい悪酔いをするのである。
午後6時少し前には、花見会場に到着した。全員がぞろぞろとマイクロバスを降り、場所取りをしてあるところまで歩いて行った。すでに、場所とりの3人が段取りをしていてくれてあった。長野の4月の夜は、まだ結構寒く、正直言って冷たいビールが美味しく感じられる季節ではなかった。ただ、それは祐希個人の感想である。こんな寒いなかでも、美味そうにビールを飲む連中はいくらでもいるのである。辺りはかなり暗くなってきていたが、あちこちの木々に吊られた、電球の提灯の灯りで、辺りはそれなりに明るかった。全員がブルーシートに座ったところで、まずは缶ビールが回された。そして、全員が缶ビールを手に持ち、プルを開けたところで乾杯が始まった。
富永「えーと、今日は二見さんの新人歓迎会及び、職場の花見を開催したいと思います。とりあえず、全員ご起立願います。」
全員がビールを持ったところで、全員が起立し、富永の音頭で乾杯をした。そのあと、全員で拍手をした。
全員が座ったところで、ツマミやケータリングの料理などが回された。祐希は、須山と佐山の間に座った。
祐希「いや、よかった。佐山さんと須山さんの間の席で。また、竹内に絡まれるところでしたよ。」
佐山「竹内って、もう毎回、祐希君に絡んでくるもんね。あの子、祐希君のことが本当は好きなのよ。」
須山「でも、竹内って、見た目は結構いいと思うよ。」
祐希「まあ、別に性格は悪くないですしね。確かに、見た目もきれいだし。ただ、あの酒癖はついていけないですよ。今日は誰が犠牲になるんでしょうね。」
佐山「ねえねえ、あの新人の子、なんかやっぱり緊張しているよね。」
須山「そりゃ、いきなり課長の横でしょ。そら、緊張するわよね。しかも、左隣は北見さんじゃない。」
佐山「あの並びはいかんな。」
祐希「いや、俺の新人歓迎会もあんな感じでしたよ。」
佐山「ああ、あの時は、竹内が暴れたから、その印象しかないわね。」
須山「課長に電気アンマしてたもんね。あんなの、小学校のときのアホな男子がしているのを見て以来だったわ。」
佐山「そうそう、あの子さ大声で、『必殺電気アンマー』って叫びながらやってたもんね。あの子の家ってどうなっているんだろうね。」
祐希「課長、翌週、あそこが腫れてましたもんね。」
佐山「そうそう、パンパンになっててさ。笑っちゃいけないんだけど、今でも思い出すだけで笑えるんだよね。」
須山「でも、40歳手前の上司にいきなり新人の女子が電気アンマってありえないですよね。」
祐希「ないですよ。そんなん日本全国の新入社員全員調べても、多分あいつだけですよ。」
佐山「そういえばさ、あの後、課長えらい奥さんに怒られたらしいよ。」
須山「え、なんでですか。」
佐山「なんかね、変なお店で、なんか変態プレーをしてきたんじゃないかって疑われてさ。」
祐希「まあ、ある意味、変態プレーですけどね。」
須山「だって、翌週の朝とか、竹内が普通に、『おはようございまーす』って課長に言っていた時、こいつって思ったわよ。」
宴会は徐々に盛り上がっていって、席をうろうろと動く課員も出てきた。祐希達のところにも、田嶋がやってきた。
田嶋「ちょっとさ、竹内の隣だったから、逃げてきたわ。そろそろ、目が座ってきていて、やばいかなと思ってさ。」
佐山「敏子ちゃん、それ正解だよ。」
田嶋「だって、あの子見境なく、なんだっけ、あの両足もって股間をこうやってグイグイやるやつ。」
祐希「電気アンマーですか。」
田嶋「そうそう、それそれ。あんなのやられたら、たまらないわよ。」
祐希「あいつ、女性にも電気アンマーやるんですか。」
田嶋「なんか、社内都市伝説によると、そういうことがあったらしいよ。犠牲者の名前は非公開だってさ。」
祐希「でも、あの新人の子、大人しいですよね。」
佐山「まあ、そのうちだんだん慣れてくれば、正体あらわすわよ。」
そのうち、参加者も酒がどんどん回ってきているようだった。話す声も大きくなってきていた。
北見「おい、なんだよこのチーズ、めちゃくちゃ臭えじゃねえか。」
滝田「これは、こういうチーズなんですよ。北見さん。」
北見「いや、これはチーズじゃねえ。これは、巨大なチンカスのかたまりだ。」
もう完全に北見は出来上がっていた。
竹内「もう、北見さん、やめてくださいよ。食べられないじゃないですか。そんなでかい声で、『チンカス、チンカス』言わないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか。」
どうやら、竹内は北見をロックオンしたようだった。
須山「ああ、見てみて、北見さんやばいよ、やばいよ。竹内にロックオンされているわよ。」
祐希「ああ、やばいやばい、出るぞ、今年も。」
そう言っていたその時だった、新入社員の二見ががばっと立ちあがって、そのまま北見のところに向かった。
二見「こらー、おまえはさっきから、『チンカス、チンカス』ってうっせえんじゃ、ボケ。」
全員の動きが一瞬止まった。二見の顔は真っ赤になっており、すでに相当酔っているようだった。北見は一瞬何が起きているのか理解できなかったらしく、あっけにとられていた。
祐希「え、ちょっと待って、まさか。」
その後、二見は北見を立たせ、いきなりのコブラツイストをかけ始めた。あっけにとられた北見は、あっさりと二見の技にかかってしまった。
北見「痛い痛い。」
その時なぜか滝田が彼らの近くに行き、北見にギブアップかどうかを聞いていた。そのたびに、北見は首をふって、まだギブアップしていないことをアピールしていた。二見はコブラツイストをあきらめ、次に卍固めに入った。この、技から技への流れるような一連の動きは只者ではない雰囲気を醸し出していた。あいかわらず、北見はギブアップを拒絶していた。
祐希「北見さーん、まだいけるぞー。」
佐山「北見さーん、ロープよ、ロープをつかんで。」
そこには、当たり前だが、ロープなどというものはなかった。北見は依然として、ギブアップを拒否していた。二見は、卍固めでのギブアップをあきらめ、寝技に持ち込んだ。そして、スムーズな動きで四の字固めに持ち込んだ。すばらしい動きだった。まさに、磨き込まれたプロの動きだった。祐希達のお花見場所は異様に盛り上がってきており、他の場所から来た立ち見客まで現れる始末だった。
滝田「ギブか、ギブか。」
北見は激しく首を振った。
二見が、さらに足を締め上げた。激しい断末魔とともに、北見は地面を右手で2回タップした。見事な二見の勝利だった。滝田は、二見の左手を取り、高々と天に向けて突き上げた。二見のあざやかな勝利だった。その後、滝田によるヒーローインタビューが行われ、宴もたけなわのなか、新人歓迎会・お花見は無事に終了した。祐希の職場に、また新しい猛者が誕生した瞬間だった。
佐山「いや、すごかったねー、今日の試合。」
須山「いや、久々に燃えましたね。二見ちゃん、強いわ。」
祐希「あの、なんの話してるんですか、二人とも。」
田嶋「あーあ、なんかうちの会社って、どういう採用基準で新人を採用してるんですかね。まあ、楽しいからいいけど。」
今年も大いに盛り上がった宴会となった。




