第20章 新入社員 野口さん その1
4月になり、新入社員の季節になった。今年も数十名の新入社員が入ったようだった。彼らは新人研修を終えて、4月の第2週には配属発表があり、各部署へそれぞれ配属された。祐希はあまり興味がないのだが、山下と円山は新人の配属が決まると、社内の各部署を見て回って、どんな女子社員が入ったか見に行くのが恒例行事になっていた。山下や円山だけでなく他の社員たちも、興味深々で各部署へ見に行く者が多かった。祐希の部署への今年の新入社員は、高卒の女子社員1名だけだった。山下の部署には大卒の男性新入社員、円山の部署には短大卒の女子新入社員がそれぞれ1名ずつ配属されたようであった。そんなある日の昼休み、祐希は、山下と円山と3人で会社の食堂で昼食をとっていた。
山下「円山の部署に配属されたあの女子社員、結構美人じゃんか。」
円山「なんか、県内の短大を卒業して入社してきたから、俺たちとタメ年だよ。」
祐希「うちは、スポーツ推薦入社の女子社員が1名配属されたよ。ソフトボール部だから、千波の後輩になる。」
山下「あのさー、円山のところの新人女子の名前、なんていうんだ。」
円山「野口さんだよ。なんで。」
祐希「お前、まさか、手つけようとしているんだろ。」
山下「あのねー、表現がよくないよ。手をつけるって。俺は一度、お食事にでも誘ってみたいなーって思っているだけでさ。」
円山「お前はさ、女誘って行けるようなお洒落な店知らねえだろうが。定食屋と居酒屋しか知らねえくせに。」
祐希「いえてる。お前、デートに誘って、いきなり豚汁定食、ご飯大盛じゃなー。」
山下「バカ、豚汁定食は円山だろ。俺はエビフライ定食だよ。」
円山「どっちも変わらねえだろ。どっちにしろ、基本的には米粒てんこ盛りじゃんか。」
祐希「しかも、大ジョッキビールがぶ飲みで、でっけーゲップしてさ。」
山下「お前ら、どこかお洒落な店探しといてよ。そうだ、祐希さ、沢田さんに聞いてくれねえか。」
祐希「千波にか。まあ、あいつ地元民だから、どこか知っているかもな。いいよ、聞いておいてやるよ。」
山下「それと、円山さ、ちょっとみんなでご飯みたいな感じで、段取りしてくれねえかな。あと、食事も洋食か和食かとか聞いてみてよ。」
円山「しゃあねえな。まあ、誘うとしたら、佐野ちゃん、遠藤さん、野口さんってところかな。まあ、それとなく誘ってみるよ。食事は和食がいいんじゃねえか。」
祐希「そうそう、和食がいいよ。箸のほうが慣れてるからさ。」
山下「いや、助かるわ。」
どうも、山下は円山の部署に配属された、野口さんという女性新入社員のことが気になるようであった。山下としては、まずは男女6人で食事に行き、その後で個別になんとか食事に誘いたいと考えているようだった。
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後日、千波とデートをしているときに、祐希は店の話をした。その日は、土曜日の昼で、ふたりで食事をしているときだった。いまだ、冬の真っ盛りで、昼食後に千波の買いものに付き合うことになっていた。
祐希「まあ、そういうことで、どこかいい和食の店知らないかな。」
千波「そうね。でもさ、あんまり高いお店でもしんどいでしょ。」
祐希「まあ、そうだね。でも、山下の頼みだし、どこかお店チョイスしてよ。」
千波「私も、先輩とか同じ高校だった子とかに聞いてみるよ。」
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結局千波が探してきたのは、個室があって、和食のコースメニューのある割烹だった。場所は長野市内の中心街から少し離れたところにある店だった。個室は、座敷とテーブル席のどちらかを選べるとのことだった。祐希と千波は、円山と山下を誘って、平日の夜に下見に行くことにした。
千波「一応、個室がいくつかあって、座敷とテーブル席から選べるみたいなんだけど。」
祐希「今日は、テーブル席で予約しておいた。」
山下「なんか、内装とかめっちゃお洒落じゃんか。」
円山「沢田さん、よくこんな店見つけてきたね。」
千波「高校の時の友達に教えてもらったの。どう、なかなか雰囲気いいでしょ。」
四人は予約してあった個室に案内された。その個室は、ほどよく暖房が効いており、照明などの意匠もかなりこだわって室内装飾が設計されていた。その日は、円山の車で4人で来店したが、帰りは山下が運転して帰ることになっていた。
祐希「帰りは、山下が運転してくれるから、千波は飲んでいいよ。」
山下「まあ、俺の頼みで付き合ってもらっているから、今日は俺が運転するわ。」
円山「じゃあさ、早速飲もうぜ。」
千波「じゃあ、料理も持ってきてもらうわよ。」
そういうと千波は個室内の電話で、あらかじめ予約しておいたコース料理をもってきてもらうよう頼んだ。その際に、ビール3人分とウーロン茶をひとつ注文した。間もなく、店の和服の女性が現れ、生ビールをグラス3つと、ウーロン茶を1つ持ってきてくれた。
祐希「ビールってグラスしかないんだね。」
千波「そうなのよ。こんなのすぐなくなっちゃうわよね。」
円山「まあ、とりあえず乾杯するか。」
四人でビールとウーロン茶で乾杯をした。そして、まもなく料理が運ばれてきた。まずは、先附が運ばれてきた。小さな小鉢にごま豆腐が入っており、その上に山椒とダシがかかっていた。
山下「うまいけど、一口だな。」
千波「もっと、お上品に食べてよ、山ちゃん。会社の食堂の昼ごはんじゃないんだからさ。」
次に前菜が運ばれてきた。細長いお皿に、一口大の料理が何品か並べられており、非常にきれいに盛り付けられていた。
円山「このさー、小さい料理がちょこちょこ運ばれてくるじゃんか。もっと持ってこいよーって感じだな。」
千波「でさー、その野口さんって子、どこの人なの。」
円山「長野市内の人で県内の短大卒だって。なんか、見た目はお上品そうな感じだな。清楚な感じでさ。ありゃ、絶対・・・。」
千波「絶対、何?」
祐希「なに?絶対、何?すっげー気になるんだけど。」
円山「いや、なんでもない。」
山下「円、やっぱりそう思うか。」
千波「なんか、この二人言葉がなくても通じあってるよ。気持ち悪いんだけど。」
祐希「千波も、こいつらの思考はわかっているだろう。」
千波「まあね。君たちの頭の中って、ほとんど3つくらいしか考えていることないもんね。ミトコンドリア並みの脳みそだわ。」
円山「そうそう、ミトコンドリア、懐かしいね。」
千波「いや、そこ懐かしむところじゃないし。」
そのうち、前菜を食べ終わり、皿が下げられた。次は、汁物が出された。
山下「俺、ぜんぜんこの料理の順番の意味がわからん。このタイミングでお吸い物なんか。これって普通なん。」
祐希「わかるわけねえだろ。いいから黙って食えよ。」
汁物のあとに、お造りが人数分運ばれてきた。
千波「やった、お魚だ。いやだ、おいしそう。」
祐希「千波は猫だよな。その刺身好きなところとか、気まぐれなところとか、体のやわらかいところまで、ほんと猫みたいだよ。」
山下「いや、でもきれいに盛り付けしてあるよな。この店いいかも、うん。」
山下は店が気に入ったようだった。料理もどの品も美味しかったし、素材も新鮮だった。
千波「いや、わたしビールおかわり。ちょっと、円、ビール頼んでよ。」
円山「はいはい、祐希もいるだろ。」
祐希「ああ、頼んで。」
山下「とこでさ、やっぱテーブル席がいいかな。」
円山「座敷はやばいっしょ。テーブル席にしたほうがいいぜ。」
千波「え、なんで。座敷でもいいじゃん。」
祐希「千波は、山下の足の臭さを知らないから、そういうこと言えるんだよ。」
円山「もうね、あの雨に濡れた野良犬みたいな匂いがするから。どんな足しとるんやみたいな。」
千波「やだー、もう食事中にやめてよ。」
山下「そんなわけねえだろ。いくらなんでも。」
円山はそう言うと、電話でビールの追加を頼んだ。そのうち、お造りも食べ終え、次の料理が運ばれてきた。銀鱈の西京焼きだった。
山下「いや、うんめー、この西京焼き。なんかさー、ご飯欲しくなるよな。」
千波「いやー、お魚おいしいわ。ビールも美味しいし。」
円山「もう、この店でいいんじゃねえか。」
祐希「うんうん。ここでいいよ。部屋もきれいだしさ。」
その後、煮物、酢の物、焼き物が運ばれてきて、最後にご飯と味噌汁とお漬物が運ばれてきた。
円山「漬物って、こういう店では、香の物って言うんだな。知らなかったよ。」
山下「いや、おいしかった。沢田さん、いい店紹介してくれて、ありがとう。」
千波「それでさ、いつ決行するわけ。」
祐希「まだ、わからないけど。まあ、向こうの都合次第だよな。」
山下「円と祐希は来てくれるよな。」
祐希「おいおい、俺もか。お前と円だけでいいじゃんか。」
円山「俺はどっちでもいいけど。まあ、でも向こうは間違いなく女性3人だぜ。」
山下「沢田さん、お願い、祐希を貸してもらっていいかな。」
千波「どーしよーかなー。まあ、山ちゃんのお願いだし、一応検討はしてあげるけど。」
円山「そら、沢田さんの許可がねえと、祐希も来れねえよな。」
祐希「ええ、尻に敷かれてますんで、はい。」
千波「いいよ、別に。その代わり、またこの店連れてきてよ。その、食事会が終わったあとでいいからさ。食事会がどうだったか気になるし。」
円山「で、いつがいい。平日、それとも土日。」
千波「金曜日の夜がいいんじゃない。次の日は休みだしね。土曜日は私と祐希は忙しいからね。」
ということで、下見は万全だった。メンツも決まったし、あとは円山が同じ職場の女子3人を誘って、日程を決めればよかった。次の金曜日なのか、そのまた次の金曜日なのか、そこだけがまだ未定だった。




