表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/61

第2章 同期女子、竹内

 祐希の職場は工場だった。彼はある大手メーカーの地方工場に勤める技術者だった。一方の千波や佐藤、田丸などは、工場内の製造部の所属だった。彼女たちは、精密な電子部品の組立や検査の仕事に従事していた。山下、中村も別の部署だが技術者として勤務しており、小林は勤労課という部署に所属していた。こういう地方の工場での人間関係は、放っておいても濃くなっていくものである。仕事が終わっても、まだ独身の社員達は、それぞれ会社の独身寮に帰っていくのである。毎日、誰かしら会社の人間と顔を合わせて生活していかなければならないのである。福山、北見、滝田さんも、祐希と同じ部署に所属していた。


 滝田「祐希、こないだお前の彼女見たよ。山下が教えてくれた。」


 祐希「え、山下が。余計なことを。」


 滝田「まあ、別にあいつが言わなくても、そのうちばれるって。」


 祐希「まあ、隠しているわけでもないですけど。」


 滝田「でさ、橘、次の土曜日の朝、長野駅まで車で送ってくれねえかな。」


 祐希「東京帰るんですか。」


 滝田「そう、俺、やっぱ田舎は向いてないんだよな。」


 祐希「俺、実は金曜の夜から徹夜なんですよ。あの例のやつ。」


 滝田「え、そうなの。じゃあ、丸山にでも頼むか。」


 祐希の職場では、毎週金曜日から土曜日にかけて、工場の装置の定期メンテナンスのため、2人一組で深夜作業があるのである。今週末は、祐希と福山の順番だった。3か月ごとにローテーションが課内の連絡版に貼りだされるのである。


 滝田は生まれも育ちも東京だった。そもそも彼は入社時の配属発表で、まさかの地方配属になってしまったのである。彼にとっては、当然東京勤務になると思っていただけに、かなりショックだったようだった。一緒に飲みに行くたびに、祐希にはグチをこぼしていたが、ずっと地方で生まれ育った祐希には、何がそんなに不満なのかさっぱり理解できなかった。滝田は、ほとんど毎週末、長野から東京の実家に帰省していた。とにかく、東京のほうが居心地が良いとのことだった。


 滝田「橘も東京に遊びに来いよ。俺んち、泊まればいいし。行きたいところあったら、案内してやるよ。」


 祐希「いや、俺人混みとか苦手なんで。」


 祐希はいままでの人生で東京に行ったのは、2回だけだった。1回目は中学校の修学旅行、そして2回目は今の会社の入社式だった。修学旅行のときは、すべてバスでの移動だったため、それほど人混みを感じることはなかったが、入社式のために上京したときは、朝夕の通勤ラッシュに遭遇し、圧倒されてしまったのである。あれ以来、東京には住めないと思っていた。配属が地方になったのは、彼にとってすごくラッキーな出来事だった。あのまま、都内勤務になっていたらと思うと、彼は少しゾッとしてしまう。


 その週もいつものように忙しく毎日が過ぎていった。一応、毎週水曜日は定時退社日という規定になっているのだが、忙しい場合はやはり残業をせざるをえなかった。ただ、今週の水曜日は、職場の人たちと飲みに行くことになった。


 富永「おう、橘、午後6時に「さくら」に集合な。俺らは先に行っているから。」


 祐希「はい、これだけ終わったら、すぐ出ます。」


 今日は、課長から何人かの課員に集合がかかったのである。集合とは言っても、別に強制力があるわけでもなく、普通に断る課員もいた。祐希は断る理由もなかったので、出席することにした。ただ、今日中にまとめなければいけない報告書があったため、それだけは終わらせたかった。定時の5時過ぎでも、まだ半分しか報告書は完成しておらず、もう少々時間がかかるようだった。


 ようやく報告書が終わったのが、午後6時15分ごろだった。いそいで、着替えを済ませ、外に出た。職場から店までは、歩いて15分くらいの場所だった。店に着いた時には、6時半を過ぎていた。すでに、全員揃っているようで、みんな雑談しながら飲み始めていた。


 滝田「おう、祐希、こっち空いているから、ここ座れよ。」


 祐希「あ、皆さん遅れました、すいません。」


 富永「橘、滝田の横に座れよ。これで全員揃ったな。乾杯するか。」


 福山「で、これは何の飲み会なんですか。」


 富永「いや、別に飲みたいだけで集めただけだけど。」


 滝田「まあ、なんでもいいから乾杯しましょうや。」


 富永「おし、俺が飲みたいから、お集まりいただきました。ありがとう、みんな。かんぱーい。」


 全員「かんぱーい」


 参加者は、課長の富永、福山、滝田、佐山(女性)、田嶋(女性)、須山(女性)、竹内(女性)それに祐希の8名だった。まあ、いつものメンバーという感じだった。須山は祐希の1年先輩で、竹内は祐希と同期で同い年だった。祐希は酒は好きなのだが、それほど強くはなかった。佐山は祐希よりも5歳年上で既婚者だった。田嶋は祐希よりも3歳年上で独身だった。ふたりとも、祐希のことをほとんど弟みたいな扱いをしていた。


 佐山「祐希君も、だいぶ社会人らしくなってきたよね。最初、職場に来たときは、まだガキって感じだったもん。」


 祐希「いや、勘弁してくださいよ。だいたい、俺はまだ未成年だったのに、新人歓迎会とかいって、めちゃくちゃ飲まされて、えらい目にあいましたよ、あん時は。」


 田嶋「あれは、課長が酔っ払って、橘君に飲ませていたのよ。ある意味、ありゃ犯罪だよね。」


 祐希「まあ、でももう二十歳なんで、正々堂々、外で飲めますよ。」


 佐山「課長も悪い人だよね。未成年つかまえて酔わせてさ。いつも、新人が入ってくると、無理やり飲ませるのよ。私の時もそうだったもん。」


 竹内「私もすごい飲まされましたよ。でも、課長よりも私のほうがお酒強かったですけど。」


 祐希のまわりの女性は、なぜか酒に強い者が多かった。なかでも同期の竹内は酒豪で、しかもほとんどビールは飲まず、日本酒ばかりを飲んでいた。


 富永「お、竹内は、また日本酒か。おまえは、好みがおっさんみたいだな。」


 竹内「ええ、私は中身はおやじですから。課長、また飲み比べしますか。しかし、日本酒はやっぱ辛口に限りますね。」


 滝田「おお、いいね、竹内ちゃん。課長キラーだもんな。」


 富永「いや、竹内とは絶対に飲み比べなんかしねえよ。おまえ、普通に一升くらい飲めるだろ。」


 竹内「飲めますね。私、枕元に一升瓶置いてありますから。」


 祐希「お前、まじか。どこのおっさんだよ。毎日飲んでいるのか。」


 竹内「毎日、晩酌するわよ。うちね、家族全員酒好きだから。家じゅう、いたるところにお酒が置いてあるの。うちの死んだじいちゃんなんか、寝ながら点滴していると思ったら、酒瓶がさかさまに吊ってあって、そこから管で口にお酒を流し込みながら昼寝してたもん。」


 須山「うける、それ。美佐子ちゃん(竹内)は、二日酔いとかになるの。」


 竹内「二日酔いは経験ないですね。」


 祐希「ええ、二日酔いの経験ないの。毎回、あんなに飲んでるのにか。お前、化け物だな。」


 富永「いや、竹内はちょっと別格なんだよ。ザルじゃねえよ、こいつは、ワクだよワク。わかるか。網さえもないほど、酒がずぼずぼ入っていくんだよ。」


 竹内「課長、ひどいじゃないですか。こんなうら若き女子をつかまえて。」


 福山「しかし、入社して2年も経つと、これだけ図々しくなるんだよな、女ってすげえよ。」


 須山「いや、私はぜんぜん図々しくないですよ。ねえ、祐希君。」


 竹内「先輩、ひどいじゃないですか。なんか、私だけ大酒飲みの図々しいおばちゃんみたいに言って。」


 滝田「いや、こりゃ10年後はどうなっているのか、恐ろしいわ、まじで。」


 富永「多分、こいつみたいな奴が、部内の裏の権力者になるんだよ。部長よりも、えらそうになってしまうタイプだな、こりゃ。こう、裏で支配する闇のボスみたいな。」


 田嶋「まあ、元気があって、いいじゃないですか。私は楽しいからこの雰囲気好きですけど。」


 滝田「田嶋さんは、優しいよな。」


 須山「そうだ、祐希君、彼女とは上手くいっているの。」


 祐希「ええ、すっかり尻に敷かれてますよ。」


 須山「でも、祐希君の彼女かわいいよね。大事にしてあげなきゃ。」


 竹内「いいなー。祐希だけ。誰かいい男紹介してよ。」


 滝田「竹内は彼氏いないのか。」


 竹内「いませんよ。なんか、友達の紹介とかで、何人かで飲みに行ったりするんですけど、みんな私がお酒飲みだすと、ドン引きするんですよ。」


 福山「だろうな。そりゃ、引くわ、誰だって。」


 竹内「ええ、なんでですか。私、すっごくかわいく飲んでいるのに。」


 滝田「いや、一升瓶脇に抱えて、冷やのコップ酒飲んでりゃ、そりゃ誰だって引くだろう。」


 一同は、大爆笑した。とはいえ、佐山も田嶋も竹内ほどではないが、かなりの酒飲みだった。須山だけは、酒は飲めるのだが、それほど強くはなかった。


 祐希「いや、先輩なんとかしてくださいよ、この酒癖の悪い女。俺なんか、同期だからか知らないけど、いつもあいつに絡まれるんですよ。」


 須山「いや、でも見てるだけで、おもしろいわ美沙ちゃん。」


 滝田「ああ、焼き鳥きたから、そっちに皿まわして。」


 居酒屋のあとの、黄金ルートは、カラオケ・スナックだった。祐希はカラオケはあまり好きではなかったが、このメンバーで飲みに行くと、決まって二次会はカラオケになった。


 富永「おう、いつものところで飲みなおすぞ。」


 全員「はい、行きます。」


 祐希「先輩、俺帰りますね。明日は仕事だし。このメンツに付き合ってたら、死にますって。」


 須山「そうそう、帰った方がいいよ。福山さんとか普通に飲み屋から出勤してくるからね。まだ、水曜日だっていうのに。私もそーっと帰るわ。」


 竹内「おい、祐希。お前、帰ろうとしてるだろ。こら、こっちこいよ。」


 滝田「うわ、始まったよ。いつものやつ。」


 田嶋「橘君、捕まらないうちにさっさと帰りな。ありゃ、そうとうやばいね。」


 竹内の恐ろしいところは、あれだけへべれけになって酔ったとしても、翌日は必ず遅刻せずに出勤してくるところだった。しかも、彼女は酔って記憶を無くしたことがないらしい。確かに、飲んだ翌日に、昨夜のことを聞いても、一語一句全て覚えているのだった。祐希には、あの特技がある意味信じられなかった。それは、特技と言ってもいいのかわからなかったが。


 しかし、あの清楚そうな顔つきで、恐ろしく酒くさい状態で出勤してくるのである。しかも、ばっちりメイクで、髪の乱れもないのである。


 翌日、祐希はいつも通りに歩いて会社に行った。出勤は基本的に歩きで、いつも山下と二人でいつもの道を歩いて通っていた。


 山下「昨日も遅かったな。また、竹内につかまっていたのか。」


 祐希「いや、昨日も激しかったぜ。あいつは恐ろしいわ、まじで。」


 山下「見た目は普通にかわいいんだけどな。あれほど、見た目と中身の違う女も珍しいよな。」


 祐希「そうなんだよ。あいつ、見た目は結構いけてるんだよ。でも、とても友達とか紹介できねえよ。」


 山下「ありゃ、酒で所帯つぶすタイプだね。」


 祐希「あいつ言ってたけど、実家から通っているのに、家に金入れてないらしいぜ。」


 山下「まじで。」


 祐希「給料、全部、酒になるらしい。」


 山下「うわ、じゃあ、あいつは酒のために働いているのか。」


 祐希「そうそう、こないだなんか、ぜんぜん貯金できないって嘆いていたわ。そら、あれだけ飲んでりゃ、貯金無理でしょ。」


 山下「いや、笑えるわ。竹内、強烈だよな、あのキャラ。」


 祐希「おまえ、笑いごとじゃねえぞ。俺なんか、毎回飲みに行くと、最後は絡まれて、悲惨だぜ。」


 山下「まあ、かわいこちゃんに絡まれているぶんは、いいじゃんか。あいつ、本当はお前のことが好きなんじゃねえか。」


 祐希「勘弁してくれよ。あいつと付き合うくらいなら、俺は大屋政子と付き合うわ。」


 山下「え、大屋政子って、あの『うちの、おとうちゃんがぁー』って言っている、ばあさんか。まじで笑える。どんだけ、竹内嫌われてるんだよ。」


 祐希「いや、あいつシラフのときは、結構まともなんだけどな。飲まなきゃ、あいつモテると思うんだけど。」


 山下「いや、でも飲まなきゃいられないだろ。それとさ、竹内ってなんであんなに声が低いんだろう。最初、喋った時に、あいつの声とは思えなくて、あいつの後ろに俺には見えないおっさんがいるんかと思ったわ。」


 祐希「そうなんだよ。あの野太い声で、いきなり朝一番に背後から『おはよう』って言ってくるんだぜ。びっくりするわ。」


 そうこうしているうちに会社に着いた。山下とは部署が異なるため、それぞれのオフィスに向かった。


 田嶋「橘君、おはよう。」


 祐希「あ、田嶋さん、昨日はどうも。あのあと、どうでした、カラオケ。」


 田嶋「まあ、2時間くらいかな。最後は課長もぐったりしてたけどね。」


 祐希「そう、毎回ぐったりして、もうお前らとは飲みに行かないとか言うくせに、また懲りずに集合かけるんですよ、富永課長は。」


 田嶋「まあ、病気みたいなもんよ。」


 祐希「迷惑な病気ですよね。」


 田嶋「でも、誘われると行くんでしょ。」


 祐希「まあ、そうですね。」


 竹内「祐希君、おはよう。ちゃんと帰れた。」


 祐希は、いきなり背後から声をかけられて、びっくりした。事務所には、竹内もまるで何事もなかったかのように出勤してきていた。


 祐希「うわ、びっくりした。その気配を消して、背後とるのやめろよ。つうか、お前酒くせーよ。」


 竹内「なによ、朝からひどいわね。でも私からお酒を取り上げたら、一体何が残るって言うの。」


 茶目っ気たっぷりに竹内がそう言うと、上目遣いで祐希のことを見てきた。


 祐希「何も残らねえな。本当に、何も。」


 竹内「ひどいしない、それって。このうら若き乙女になんてことを。」


 祐希「うら若くねえよ。お前の日本語おかしいんだよ、いつも。」


 竹内は、ばっちりメイクも仕上げて出勤してきていた。一体、彼女はどんな生活をしているのか祐希には謎だった。たしか、彼女にはお兄さんと妹がいると聞いたことがあったが、こんな姉妹を持ったら、どんな気持ちなんだろうと思った。外から見ている分には、結構面白い娘なのだが、これが身内になったら、かなり大変だと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ